Horse racing watcher 第3回

風元正さんが競馬にまつわるあれこれを綴る「Horse racing watcher」第3回です。今回は秋のGⅠレース、そして馬券の買い方の変遷について。予想ソフトを駆使して馬券を「投資」として買う人が増えるようになり、競馬の在り方はどのように変わったのか。故・阿佐田哲也氏の箴言とともに考察されています。
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「人間」は負けっぱなしか?



文・写真=風元 正

 
秋のGⅠシーズンは入場制限がかかったまま実施され、天皇賞から「名勝負」が展開された。私はグランアレグリアが2000mを克服することを望んだがやはり1600mまでの馬。横山武史エフフォーリアはとことん攻めの姿勢で堂々とインを抜けて、若手NO1ジョッキーの地位を確保した。まあ、強い馬は強いとして、4着「サン」レイポケットに賭けた私はちょっとがっかり。エリザベス女王杯で、レイパパレとアカイトリノムスメが押し出され人気馬だったが、5分間アカイイト本命だった私もすぐ日和って、アカイ違いの前に惨敗。レースでは重い馬場でヨーロッパ的な消耗戦が展開されて、出走馬中最大の514kgの馬体を大外ぶん回して弾けるように突き抜けたアカイイトの幸英明の騎乗は痛快だった。阪神競馬場はその後もスタミナ勝負で馬券が荒れるのかとワクワクしたのだが、次週のマイルチャンピオンシップではいきなり軽いスピード馬場に変貌。つまり強い馬が走りやすく荒れない状況で、1番人気グランアレグリアの朝青龍みたいにパンと張った馬体の逞しさに驚きつつ観念し、レースも500回やってもグランの勝利だろうという安らかな展開だった。C・ルメールは他馬が脚をなくした地点を見計らい2呼吸も遅らせて仕掛け抜き去る完璧な騎乗。藤沢和雄調教師が定年で引退するのはもったいない。ジャパンカップは天皇賞で2着だったコントレイルが出遅れ癖を出さず、1枠2番を生かし切った見事なレースで勝ち切って福永祐一はレース後ずっと泣いていた。コントレイルは馬体を絞り、同じ父ディープインパクトのシャフリヤールと同じく仕上がり切った姿で出てきて、やはりこの父の仔の牡馬は運動神経の塊みたいな小さい馬が本流という意を強くした。同じ父でも牝馬のグランアレグレアとは個性がまったく違う。4着馬は天皇賞と同じで「ヨン」レイポケットを襲名し、私を含めた多くの穴党はこの馬が微妙に馬券圏内に届かないことに悶絶した。上位馬と比して筋肉量が足りない。
GⅠは大荒れか銀行レースかという極端な結果が続き、スポーツ的に鮮烈なレースを見るのは心温まるが安い配当しか当たらず懐は干上がる。高配当を期待したチャンピオンズCは白毛馬ソダシを消しで臨み、松山弘平テーオーケインズがずっとすごい手応えのまま6馬身差千切った圧勝ぶりにびっくりし、2着のチュウワウィザードも実力通りジワジワ伸びてきたのだが、前走3着なのに14番人気だった3着の坂井瑠星アナザートゥルースは当然抜け。とはいえ、オーストラリアの長期滞在を経て、ドバイ、フランスで騎乗経験を積んだ坂井クンの進境は目覚ましい。岩田望来、団野大成、菅原明良、永野猛蔵、亀田温心などのキラキラネーム系の20代の若手騎手がどんどん馬券に絡むようになり、タケシ(横山武史の通称)のほかは名前で馬券が売れないので好配当にありつけるし、みな直線諦めず全力で馬を追い、のし上がろうという野心に充ちた騎乗が頼もしい。1年前と比較しても、それぞれ馬上で慌てなくなっている。31歳の松山が中堅に見えるくらいで、ジョッキーの世界では急速に新旧交代が起こっている。ルメール、M・デムーロ、福永などのトップを張ってきた面々がキャリアの終盤に近付いたことも大きい。若手たちが外人騎手の騎乗をレース中に観察し、技術を盗んだのも底上げに一役買っている。しばらくは、ベテランを蹴飛ばして儲けさせてもらおう。
 

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学生時代、大ブームだった阿佐田哲也『麻雀放浪記』にものすごく影響を受けた。あまりに読みすぎて、社会人になったら離れたものの、知らぬ間に考え方のベースに入っている。『Aクラス麻雀』にこんな一節がある。
「麻雀の戦略というと、完璧な必勝法を期待される。また神がかりのように巧くなりたいと思う。そこが穴ぼこなので、一足飛びにあがろうとして階段から転がりおちる。/まず開発された地域をたしかめ、少しずつその地域を拡げていくのである。巧くなる道はそれしかないように思う。どんな名人だって未開発の地域はたくさん抱えている。ただ開発された地域の中で確実に勝負しているのである」
こんなしびれる箴言がごろごろしている。誕生日が3月28日で同じ。業界に入り、担当ではなかったが会うチャンスを探り、ついに同席して麻雀雑誌を愛読していることを熱弁したら、あの蓬髪の間の大きな両の瞳でギョロっと睨まれて、「あれはインチキですから」とにべもなかった。純文学作家である本名の色川武大は、つまり、そう考えていたのである。もう一度、今はなき新宿の「なつめ」(字忘れた)で会い、馬券で勝つのはどうすればいいのか? という身も蓋もない質問をしたら、にこりともせず「人と同じことをしちゃダメだよ」と教えてくれた。30年以上前の話だが、昨日のことのように覚えている。そしてもう、私が色川さんの死んだ歳になっているのに呆れている。
色川さんの賭博種目は競輪だった。人間は信用できるが、馬は何するかわからないからである。最近、笠松競馬の八百長が摘発されたが、手口は圧倒的な一番人気の馬を騎手が出遅れたりしてわざと負ける、というパターンが多かった。地方だと頭数が少ないので、強い馬が負けるとわかっていれば予想は簡単である。逆に、確実に勝つ手段は馬の場合は難しいようで、特に中央は多頭数で賞金もそれなりだから、八百長的な仕掛けはほぼ不可能である。人の手によるレースのコントロールが難しいし、確実な指標がないから、競馬必勝法はない、というのが近年までの常識だった。ところが、2010年、「馬券裁判」がはじまりすべてが変わる。
07年から09年、大阪市の元会社員がIPATで28億7000万円の馬券を購入し、払戻金30億1000万円を得た。もうけは1億4000万円。国税庁は払戻金全部を雑所得とみなし、会社員はもうけだけを所得と主張して裁判になった。この裁判では競馬が投資と認定され、外れ馬券が経費となり、追徴金はかなり減ったわけだが、競馬ファンが注目したのはそっちではない。当然、どうやってこれだけ勝てるのか、色めき立った。
「馬券裁判男卍」は今も予想を発表しているから、裁判で確定した多額の追徴金も払って無事に馬券生活を続けているのだろう。その手法は予想ソフトを使い、さまざまなファクターでフィルターをかけて高配当の馬券を1レースに100点ほど開催日ごとほぼ全レース、自動で購入するというものだった。かつて万馬券に当たるのは年に1度でもいい方だったが、馬単、3連複、3連単という高配当が当然の券種が生まれれば、だれかが気づいてもいい手法である。
ちょうど同じ頃、私は3連単1頭軸4頭ボックス馬券を駆使して、生涯たった2度の年間プラスを達成したのだが、いつの間にかスランプに陥った。当たった時の配当がどんどん安くなってきたのが主因で、一発逆転を狙えなくなった印象を受けていたが、これは「馬券裁判男卍」と似た自動投票で稼いでいる人が増えたから。推測通り、最近でも小規模な馬券裁判があった。都市伝説で、税金を逃れるために競馬場でソフトが指示する何百通りの買い目をマークカードで塗る集団が目撃されたという話があったが、今はネット投票口座が税務署に捕捉されるのは常識だし、税金もちゃんと払っている気がする。11年にWIN5が導入されてから配当1億円が珍しくなくなったから、いよいよソフトを駆使して投資する人が増えて当然である。
「馬券裁判男卍」は100万円の資金から投資競馬を始めたという。パドックや返し馬を見て、競馬新聞を読み込んで、という古典的な予想法の限界を、3連単16頭立てで最大3360通りとか、WIN5は5つのレースが16頭立てならばその5乗だから1048576通り買えば当たるとか、確率論の方向から解決した。もちろん、いちいち人間が計算し手で入力していたら間に合わないから、馬券をネットで購入する競馬インフラの整備の副産物ともいえる。それにしても、ただ機械任せで馬券を購入し続け、時たましかない1発の特大馬券の的中を待つギャンブルは楽しいのだろうか。「馬券裁判男卍」も、自分の予想を実践できるのは「我慢」できる人とあらかじめ断っている。
 

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ちょうど同じ時期、プロ棋士が将棋ソフトに歯が立たなくなってきた。もともと詰将棋はすぐ人間以上になったが、評価係数を判断基準に各局面でしらみつぶしに読んでゆく従来の方法論では、どれだけ過去の棋譜を読み込み、手を読む精度を上げてもバグが出る。しかし画像認識を導入したのが画期で、深層学習を重ねて読む必要のない手を省くことができて計算の負荷が減り、AIは正解手に近づくのが容易になったらしい。ちょっと理屈をかじっただけではよく分からないが、つまりは評価係数による直線的な読みと画像からの判断という2つの論理をかけ合わせることにより、AI特有の抜け穴が消えたということのようだ。2017年、佐藤天彦名人がPonanzaに手も足も出ずに敗北し、人間と将棋ソフトのタイトル戦だった電王戦は役目を終えた。
今、藤井聡太が4冠王となり、無敵街道を驀進している。物心ついてから人間だけではなく将棋ソフトとの対局で腕を磨いてきた藤井はAI時代の申し子である。彼は子供の頃から詰将棋が抜群に強く、12歳の時から詰将棋解答選手権チャンピオン戦で5連覇した。将棋は、どんなに手数がかかっても詰めば1手と同じ意味である。藤井の終盤戦の始まりの圧倒的な早さ、つまり普通の棋士が詰みの気配すら見出せない局面で詰み形を発見してゆく棋風は、AI将棋と似ている。
羽生善治は吉増剛造との対話で、将棋盤を「海」に譬えた。地球を覆う「海」は人間にとっては「無限」に近い実在である同時に、詩的な神秘世界でもある。羽生のめざましさは、AI将棋の画期となった画像認識と似通っていて、過去の将棋の蓄積や対局中の読みの連続性から時折ふっと離れて、ある局面からまったく新しい発想の手を見出す柔軟さにあった。羽生は前出の対話で、長考を「海に潜ってゆく」と形容しており、「羽生マジック」は何かあると感じた瞬間から通念から離れる能力から生まれていた。しかし、藤井は羽生の開いた地平を消化した上で、将棋の有限性に手が届いたAIとともに思考を深め、圧倒的な終盤力をベースに人間離れした正確で深い読みにより勝利を重ねている。どうも詩的な表現で譬える余地はないし、少なくとも私のような素人初段が近寄って表面的でも真似しうる将棋ではない。いや、大山康晴、中原誠、米長邦雄、谷川浩司くらいまでは雰囲気だけは手に反映した気分になれたが、羽生の段階からすでに無理だったかも……。
阿佐田哲也は、麻雀必勝法は自分より弱い人と打つこと、と喝破し、でも負けてもかまわないと思うメンツを常に集めるのは高い人間力が必要、と身も蓋もないセオリーを明かした。それを読み、私は同僚の懐を狙うサラリーマン麻雀が厭になって足を洗った。そして長い間、難解極まりない競馬に翻弄されてきたが、ついに味もそっけもない必勝法が目の前に出現し、以来ずっと動揺している。
唐突かもしれないが、競馬や将棋をめぐる状況は、私の中で江藤淳の「閉された言語空間」がリアルな脅威として浮上した理由のひとつに数えられる。現在広がっている「アーキテクチャー型管理(監視)社会」では、たとえばはじめての駅に降りて空腹だった場合、人は食べログ3.5以上の店に入ってしまう可能性がかなり高い。あらゆる局面で食べログの評価値的な選択肢が用意されているとするなら、人間の「自由意志」などどこにあるのだろうか。それはすなわち「閉された言語空間」となる。AIとともに歩む競馬と将棋も似たような閉域が出現していて、勝ち負けだけを競う局面では、あやふやな「人間」はすでに完敗だ。
 

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紅葉の盛り、ムーミンバレーパークを訪れた。トーベ・ヤンソンの「ムーミン谷」を再現したテーマパークであるが、完璧に作り込まれた虚構空間を想像してはいけない。元は飯能の人工湖の宮沢湖。スナフキンの帽子をかぶったコスプレ少年は羨ましく、かつてムーミンの世界にどっぷりひたった世代の家族連れもいると同時に、「もうちょっとアトラクションに投資しなきゃダメだよ」と文句たらたらの酔っ払ったおじさんもいた。私は鮮やかな紅葉の谷をのんびり歩き、どこかで30年以上前の宮沢湖のしょぼさを二重重ねにして楽しんだものの、隙の多い場所だった。ファンシー(=インチキ)な世界は、廃墟のごとく何もない場所からしか立ち上げることはできない。ディズニーランドもまたしかり。そして、「夢」の世界を維持するためには端的にお金と手間がかかる。
東京競馬場も改装されてどんどんファンシー空間となり、パンデミック前は若者たちのデートスポットになっていた。芝生の上で大声を挙げて単勝100円で買った馬を応援し、ビニールシートの上でビールやワインに酔う。私は昔競馬場に集っていた煙草臭いおっさんたちを思い出しながら新しいお客さんを眺めるのは嫌いではなかった。しかし、パンデミック後、JRAは観客を入れる気があまりない。ネット予約して指定席に入る競馬場などうんざりだけれど、ふらっと門をくぐり、串カツを頬張って大声で叫ぶアジールに戻ることはもうないかもしれない。JRAはもう、ぐるぐる資金を回してゆく投資競馬人だけを相手にする決意をしたのだろうか。何しろ、私ですらIPAT導入後は2億円くらい馬券を買って、マンション1軒分くらい損をしているのだから、今後も「電脳競馬」オンリーで売り上げは維持できそう。私自身、ターゲットという競馬ソフトの助けがないと予想できないからPCは必携で、リアル競馬場で買う馬券は別の種目になってきた。
久々に仙台の荒浜に足を運ぶと、荒浜小学校が震災遺構として観光名所になったのに続き、追悼の場と思しき新たなハコものの建設が進んでいた。タクシーの運転手は、「すっかり綺麗になって、もう、津波が来たなんて信じられませんよ」と言う。帰りのバスでは、東日本大震災の日は生まれていなかった子供たちと一緒になって、中のひとりが先生に「お土産がないよう」と訴えていた。生者たちの時は止まらない。


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色川さんは私に、「安くたって馬券は当たればいいんだよ」と微笑んだ。振り返ると、実に大切なことばかり語ってくれていた。数値でがんじがらめに計算してもレースでは何が起こるかわからないから高配当も出る。馬券的中は相変わらず難しいし、まあ「当たればいい」。AIは人の思考の抜け穴をしらみつぶしに攻めるわけだが、そこから生まれる隙を人と馬の野生を頼りにして逆手に取る方法論はないものか。
今クール、最も熱いドラマである『最愛』と『アバランチ』はどんどん登場人物が全力疾走するワクワクものの演出だが、その中でも松下洸平と綾野剛の走りが圧倒的にカッコいい。だから主役を張れる。そして私たちも、全力でゴール板を駆け抜ける馬と騎手の美しさから馬券を組み立てられないものなのか。AIと勝負する方法論は案外、大きな動物が早く走るという、忘れかけていた競馬の感動の原点の近くに転がっているかもしれない。日本シリーズでいくら打たれてもハラハラ・ストッパーのマクガフを起用し続けたヤクルトの高津臣吾監督の度胸と信念のように、学ぶべき事例は山ほどある。

 友とまた芹鍋つつく夜来たり


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。