宝ヶ池の沈まぬ亀 第65回

青山真治さんの2021年10月下旬から11月中旬にかけての日記です。コンペティション部門の審査員を務めた東京国際映画祭(TIFF)、新文芸坐での伊藤大輔特集、『アネット』(レオス・カラックス監督)や『やさしい女』(ロベール・ブレッソン監督)など、久しぶりの映画館通いの日々。さらに前回から引き続いてのオーネット・コールマン&ジョン・コルトレーン研究、『カラマーゾフの兄弟』挑戦についても記されています。


65、三冊のロックンロールの本、または「失われた跳ね板を求めて」



文=青山真治

 
某日、なにかまとまったことをする予定の前というのは落ち着かずにふわふわした状態に陥りがちだが、前回書いた通り週末からTIFFコンペの審査員をやらねばならないせいであまりこれという作業に手をつけられずにいる。結果、コルトレーンとオーネットを聴きフォークナーを訳し『カラマゾフ』を読む、という巨人の群れループに没入。とにかくコルトレーンは早く解散すればいいのにとしか思えず、オーネットには早くスタジオでやったらどうかと思うばかり。五十六年前に向けての大きなお世話。
女優はロケに出かけた。ホラー系のメイク写真が送られてきた。雨降る夜に怖すぎ。
夕餉の準備中、ふとぱるるを見ると短い痙攣を何度か起こしてやがて意識を失ったように思われた。しばらくじっと見ていた後、私は食事にして、すると十五分くらいでいつものように起きて私の隣で分け前をねだった。だからどうだというわけではなく、以前からたぶんそうだと考えていたが、ぱるるはてんかん持ちなのではないかと思う。私は『おやすみ、かあさん』という演劇を演出した経験があり、そのとき曲がりなりにもてんかんのことを知ろうとしたので、対処の仕方を少しは知っているし、何も世話しなくても自分で起き上がってこられる症状のあることも知っている。いつも同じとは限らないだけで、おしっこを漏らすこともあるはずだが、ぱるるにそこまでのことが起こるのを今まで見ていない。もしかすると夜更けにそういうことがあり、それで時々トイレ以外の場所を違えて濡らすことがあるのかもしれないが、そうだとしてもそれだけのことで拭けば済むことだ。ただ、私にはトラウマがあり、幼稚園の頃から三度、違う友人が目の前で発作を起こして倒れたことがある。最後は中学の時で、三度とも私には何もできなかった。三度目は先生を呼びに走るくらいのことはできたはずだ。ただ、その経験が教員の免許を取るのをやめる要因の一つでもあったとは言える。いつ起こるかわからない生徒の発作に関して教員として責任を取れないことに諦念と恐怖を感じ、そういう不安と生涯向き合うのは自分には無理だった。もちろんそういう思いもせずそういう考えを持たずに教員になり、そうした場合に平然と対応できたり、またそういう経験をせずに一生を全うしたりする人もいるだろう。私には無理だった。大学にいてもその不安はあった。ぱるるに発作のあることは平然と受け入れ、付き合って行く。たしかに発作直後は元気がなかったり、普段も少し体力的に弱かったりするけれど、彼女に無理はさせないし、ぱるる自身も無理はしないと信じる。寿命のかぎり生きられるはずで、その間なんら変わることなく私たちは彼女を心から愛し続ける。誓ってそうする。
オーネット六五年『アット・ザ・ゴールデン・サークルvol.1』を聴く。現在でも『気狂いピエロ』がヌーヴェルヴァーグと呼ばれるならこれも当然いまなおフリーと呼ばれてしかるべきである。この歳になって初めて聴いたが、これまで聴かなかったことが嘘のようにすんなり受け入れられる。もっと若い頃に聴いていたらどうだったかなんてわからない。五〇年代のオーネットは全否定に近く、いまも聴き直す気にさえならない。だが、いまだから逆にこの軽みを全面的に受け入れられるのだと思われる。ユーモア、パロディ、芸、なんでもいいがこの軽みによってこのときのオーネットはジャン=リュックにちょっとだけ勝っている気がする。芸の勝利。そして何しろトリオ万歳だ。スタジオを、なんて大きなお世話だった。ライヴこそが、と言えるかどうかは別として。
女優のロケ帰りはほとんど日替り時刻。ぱるるが狂喜乱舞するのを見て、何やら涙腺が緩みそうになった。
 
某日、雨は明け方まで続いたか、しかし夜明けには上がっていた。女優の小樽ロケ出発を察知してか、終始不機嫌なぱるるを尻目に、同時に届いた『アット・ザ・ゴールデン・サークルvol.2』が1以上に面白くて熱中。六〇年代前半を休んだだけのことはあると思う。トンネルをここへ抜け出た、という吐息が伝わってくる。
さらに続けて『Live At The Tivoli '65』を聴いて、楽曲という概念の無化、アルバム単位とも違う音の無限の空中浮遊について考えていると、白土三平先生の訃報が舞い込んだ。
子供の頃カムイに出会って以来、白土先生の創作物は私の精神の体幹だったとつくづく身に沁みる。他に代わりになる方はない。中上健次さえ白土先生あってこその同志である。頼み込んで会いに行った唯一の人でもある。赤目プロは当時練馬にあった。緊張した。
病を得てオーネットを聴きながら白土先生の訃報を聞くというのは、やはりいま自分にとっての巨大な転回点と思われる。すっかり失念していたが、そろそろ『カムイ伝』第二部以降を読む必要がある。ということで、こうなるとは思っていなかったが、アマゾンのポイントをどんと使って第二部と外伝を全集買いした。次の入院で一気読みか。白土作品とは時空の、そして歴史の縦横無尽な空中浮遊だと思う。カムイの「飯綱落とし」とは見事なフリーの至芸である。
 

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自転車でコジマへ行く。いつもの半分くらいの量を購ったが、それなら自転車でじゅうぶんだった。坂道でも一度も押す必要はなかった。
フリーが疎外されているのは、コルトレーンの再発に『クル・セ・ママ』や『アセンション』が入っていないことからも明らかだが、Twitterを見ていてもぼんやりと疎外というか枠組みのきつさのようなものが感じられる。他人がフリージャズと抵抗なく呼んでしまえるのも私には奇妙に見える。それが何か違うものに感じるのはこちらが変なのか。『AA』を作っているときにこの呼称への違和感はかなり植えつけられた。それで私は私なりにフリーとだけ呼ぶことにして現在に至っている。とはいえコルトレーンを終いまで聴いてみないことにはなんとも言えないので、この辺の議論は来年に持ち越される。
 
某日、いつもの通りに朝の仕事をするのだが、どうもメリハリを欠くのは当然女優がいないせいで、それはぱるるも同様だった。しかしともあれ、なるべくいつも通りに行動し、仕事が済めば勉強部屋に篭り、翻訳の続き。しかし近しい他人に指摘されるまでもなく呆れるほど英語力に乏しい。年々ひどくなるのは記憶力低下のせいか。テキトウさのなせる技か。
浅野くんが事務所を独立したという話。なんとなくだが、心配してしまう。
午前中降っていた雨がやみ、コルトレーン『アセンション』が届いたので聴く。想像通りのものだった。流れでオーネットの六六年二枚組『Live Free Trade Hall Manchester 1966』も。この明るさはなんだろう。どんなに混沌とした像を描いてもコルトレーンは浮遊しない一方で、オーネットは作曲されたメロを吹いてもいつしか空中を舞っている。これはなぜか。
Twitterに『世界の夜』というホッパーが表紙の哲学本が紹介されていて、その帯の惹句が「非時間性=革命の水脈」というものなのだが、オーネットの浮遊を「非時間性」と読んでも差し支えないかもしれない。楽曲単位、アルバム単位というあり方を抜けている気がするからだ。一方、コルトレーンは、これはどうもこのピアニストとドラマーがいる限り、と言わねばならない気がするが、そこに「時間」が厳然と檻をめぐらしている。
『村』の方は早速展開が始まり、スノープスの放火癖(いわゆる『燃える納屋』の話)の端緒が語られた。「雑貨屋」に集まる客の「噂話」として動き出すプロットというのはもろに紀州サーガに繋がるし、それが「放火」であることも然り。しかもその広げ方が微妙に生々しく家族の話などを媒介とするので、すぐに匂いが漂う。これぞフォークナーである。
夕餉に宅独ジンギスカンを試みて成功。ぱるるは女優のいないのを本当に心細く感じているらしく、不安の呻きが止まらない。やがてこちらは末端の痛みに苦しみ始め、投薬。
深夜目覚めて、ただぼんやりと明日の準備。いつしか雨が。

 
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某日、内視鏡のため絶食、何もすることのない朝からすでにぱるるは女優の帰宅待ちで落ち着かず、昨夜から階段の上でそわそわし続けている。私はTIFFのためにセルフで抗原検査と検温が義務化。まあ朝のイベントが一つ増えるというだけ。
風呂で頭と髭をあたり、ホキモトから撮影終了の連絡を受けた後、正午ごろ女優帰宅、例によってぱるるの狂喜乱舞を見て心和み、外出。病院へ。
まずは痛み止めの薬を入手するミッションがあり、看護師との交渉の結果、担当外の医師による処方箋を得る。続いて内視鏡。例によって寝ているうちに済んでしまうのだが、今回は麻酔が効きすぎて起こされても起きられず、結局十五分ほど長めに寝かせてもらった。昨夜痛み止めを飲んで寝て起きて……がえらく不規則でそれが朝まで影響したせいだろうか。処方箋薬局に寄ったりスーパーで買出ししたりして帰宅したのだが、夕餉含めてはっきりした記憶がない。ようやく正常に戻ったのはさらに眠って起きた二十一時過ぎのことだった。もはや何をする時刻でもない。
大瀧師匠がはっぴいえんどを「情念のない音楽」と呼んでいたことを知る。随分以前にすでに読んだ気もするが。それは先日フリーについて書いた「心のない音楽」というのとほぼ同じ意味である気がする。
 
某日、数日ぶりに真っ当な朝の仕事、じっくり時間をかけたが、時間をかけてもかけなくても出来にさほど違いはない。昼まであれこれ作業して、夫婦で六本木へ。本日から稼働するTIFF審査員としてのお勤めのための衣類を購いに。困った時のZARAが我が家の習わしだが、吊られたそれらを眺めて、これはこれとしてまずはどこかで値札を見て諦めをつけたいと珍しく駄々を捏ね、別のセレクトショップへ。ふと、ああと足を止めたのはコム・デ・ギャルソン。実は昨夜から話題にはしていた。折角だから日本のブランド、着たことのない服、という野心があった。しかしどうもサイズが合わない。で、大きめが他の店舗にあるか聞いてもらうとDOVER STREET MARKET GINZAにあると。こういうときに行動のテンポがほとんど同じなのは夫婦だからなのか。即座に移動した銀座では、六本木からの電話を承知されていた老練のギャルソンが待ち受けてくれていた。あっという間にお気に入りが2ポーズ決まる。「子供の頃からの憧れの」と口を滑らすと、妻とギャルソンが同時に「もうちょっと早く着たらよかったのに」という含みで笑う。はい、いろいろありまして。
初めて中に入ったミッドタウン日比谷での会合。ディレクター市山氏と審査員チームとの最初の顔合わせ。どうやら楽しくなりそうだ。
 

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某日、朝は六時半まで起きられない。たったあれだけで疲弊したか。体力をつけなければ。雑誌「映画芸術」最新号が届いていた。『Wの悲劇』完成台本が掲載された。澤井さんに捧げる編集長の英断。
三時ごろまでごろごろ、のんびりと準備していわゆるオープニングセレモニーへ。ふんわりと行われた。夕餉は初めて入った東急プラザのうどん屋にて。
 
某日、朝餉後いそいそと準備してぱるるを連れて投票。帰りは見送って独り銀座へ。
上映初日はスペイン映画『ザ・ドーター』。いささか官僚気味のごく凡庸な出来だったが、ラストで犬を犠牲にしたのでアウト。また、シネスイッチが見やすいとは言いがたいことも再確認。
ランチはミッドタウン2Fのスペイン風の店。ごく官僚的。
しかしその後の同僚イザベル・ユペールと濱口竜介のトークは大変示唆に富んだ面白いものであった。脳内でシュトロハイム〜キャサリン・ヘップバーン〜イザベルという系譜が作られた。破綻という最も危険な映画の過剰を体現した人々。
自宅に帰ると激しく疲れており、初日からこれでは先が思いやられる。
選挙も予想はされたが酷い有様。その上、京王線でテロ。いよいよ本格的にやばい国、しかも独自のやばい国になりつつあるようだ。
 
某日、行きのタクシー運転手氏の話によれば本日、朔日の月曜ではあるがタクシー利用者は非常に多いとのこと。これが昨日の事件を受けてのことかどうか。
とにかく映画を見るのに余裕がないのが嫌で、珈琲の一杯くらいは飲んでシートに着きたいと願い、四丁目の角のドトールに入り浸る結果となる。夕方はさすがに逆サイドのルノワールにしたけど。食べ過ぎると疲れるので昼は抜くことにする。
で、二日目は三本。トルコ『四つの壁』。韓国『オマージュ』。フィリピン『復讐』。本日に限ったことではなく現代映画全体の課題なのかもしれないが、剰余ということを取り沙汰したくなった。過不足なく語ることは結構なことだが、剰余もしくは欠乏としての過剰ということが映画にとって恩寵であったのは過去のことになったのか。クルドの流れ者たちはどうしてもっと歌舞音曲にうつつを抜かさないのか。韓国の女性映画作家は音声を失った遺物のリップを読むべく嫌になるほど繰り返しサイレント画面を見たくはならないのか。フィリピンの貧民窟の若者が逃走不可能を承知でどこまでもバイクで疾走するのを見たかった。でなければ徹底した暴力を。だがどれも望むべくもなかった。ほんの二十年前まではそれが映画の証だったはずだ。売れるソフト、売れるコンテンツであるということがこのような過不足なさに収まることが条件だとも承知している。だがそれでは映画にならない。昨日のトークでイザベルに痛烈に示唆を受けたことは他ならぬそれだった。
ふと夕方の銀座でカフェ「タイガー」のありえない痕跡を探す散歩。それは昭和初期の紛れもない過剰であったはずだ。
自宅ではNZが相変わらず跋扈しているようだ。別にみんながいいならいいけど、的な斜の構え方で薄ぼんやりな不安が隣り合わせ。
 
某日、女優は早くにロケで出かける。昨夜届いたコルトレーン『サン・シップ』とポップ・グループ『Y』ダブ・ミックスを聴きながら朝餉。コルトレーンはサンラーに捧げられただけあって本人充実、しかし例によってメンバーはギャリソン以外硬直。ファラオ・サンダース加入までこの状態は続く。『Y』は、ほとんど新譜に近い。爆音で聴くべき一品。
出発したが、あまりの陽気に無人の留守中出しっ放しの味噌汁がどうしても気になり、一旦帰宅し冷蔵庫にしまって再出発。今日は割とあっさりタクシーは捕まえられた。
本日二本。アゼルバイジャン『クレーン・ランタン』イタリア『カリフォルニエ』。前者は過渡期にあり、こうした「スタイル」はすでにやり尽くされたもので、本人はかなり達成感あるかもしれないが実は、さて次どうするか、というところに立っている感じのもの。こうしたものはあえて無視すべきかと思う。後者はまるでくだらないありがちなものでできているのだが、その結果この世の真実を最も裸形で明かしている稀有な作品と思われた。髪をコテに巻くヒロインの手に馴染んだ仕草はいわばここにおける「過剰」であり、スマホで下手くそなダンスを撮る場面もまた「過剰」であり、それらにえもいわれぬ感動を覚えた。反抗的でありながら彼女なりに見せる両親への心遣い。殊にロングショットの切り返しだけで描かれる父親との別れ。そしてこれはポンペイ周辺でロケしているが、それは『イタリア旅行』の舞台でもある。アメリカ人ジョージ・サンダースの代わりが美容院の出来損ないの看板であるという、何ともしれないユーモア。しかし私はこれを待っていたと思わず呟きたくなった。上映後の第一次審査ではあまり評判は芳しくなかったけれど。彼らの言葉を借りれば、ここにはロッセリーニの奇跡も、ヴィスコンティ『若者のすべて』の崇高さもない。でもそここそを評価したい。
終わってミッドタウンへPFF荒木氏を表敬訪問。元気そうで何より。
帰宅して夕餉を作って食う。すでに女優は帰宅していたが、グルメ番組出演で腹は満たされており、結局夜も単独食であった。ようやく聴き逃しでウィークエンドサンシャイン、パディ・モローニ追悼を。心洗われた。
先生より久しぶりのメール。フロドンが邸宅に現れた、と。嬉しいことに『サブマリン爆撃隊』を改めて絶賛されていた。
 
某日、メキシコを舞台とするノワール『市民』(「ど素人」とか「パンピー」とかそういう意味合いか)は、しかし発信はベルギーで監督はルーマニア人。キャスリン・ビグロー的才能というかこれも女性監督なのだが、若いのに相当達者な演出力とは思うものの、我々の想像するメヒコノワールの域を出ないことも確か。はっきりと「反=家父長制」を打ち出していることは注目できる一方、主演女優のいささか美しすぎる姿にチグハグな違和を覚える。そこらへんのバランスは決してよくない。クリスが目ざとく気づいた『突破口!』の引用など面白いのだけど、ではそこがドラマとして強い像を打ち出すかというとそうでもない。全体に悪くないだけちょっと勿体無い。ラストは中上『軽蔑』だった。
いつものように角のドトールで休憩しつつ読書の後、午後もメキシコの母子もの『もうひとりのトム』。見終わってこれか昨日の『カリフォルニエ』か、どちらでも構わないが、個人的なベストと思われた。奇しくも両方監督が二人組であり、主人公はどちらかといえばキツい女である。とにかく善し悪しを超越した共依存をそれでいいのだと思わせるところまで「過剰」に描き尽くすことに、ここでも感銘を受ける。もちろん子供の精神障害や薬物問題など現代的な問題意識も重要だろうが、それ以上にこの親子の野放図で危なっかしい関係がどうにもスリリングだ。『カリフォルニエ』の場合はジャミラひとりで画面を緊張させていたが、こちらは二人の関係の際どさに振り回され、どちらが良いとかいう話ではないし、その不安定さに惹かれると他の作品の芝居がどれも古色蒼然に見えてしまう。共通点はロングショットの良さであり、タバコのシーンの無為の空気感である。タバコは『市民』でも吸うのだが、微妙だがそれは違っている。他の審査員がどう見たか楽しみだ。
夕方、武蔵小山で女優&ぱるると合流、買出しして帰宅。残り物で夕餉、女優はコンドウノリコちゃんとカラオケ、私はバラカンビート。名盤片面『イート・ア・ピーチ』side 3。
深夜、帰宅した女優は北原ミレイを、私はジュネーヴ初井くんのTwitterからハンス・アイスラーを導入。
 

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某日、午前はカザフスタンというかオミルバエフ『ある詩人』。こうした作品を見ることができるのが映画祭の楽しみであるとは承知の上で、しかしコンペに相応しいかどうかは問われるべきところではないか。これを上映することは映画祭そのものの理念のためであり、優劣を問う場に置く必要はないように思われる。いまこの姿勢を支持する、以上、ということではなかろうか。逆にいえば、善し悪しとは別に、私はそれ以上の興味をこの作品に持たなかったのだけれど。
昼に葛生と顔を合わせたのでルノワールでお茶。Twitterではごく普通にやりとりしているが直接話すのは久しぶりのこと。和気藹々。
午後はコソボ『ヴェラは海の夢を見る』。これぞ、どストレートに「反=家父長制」を打ち出す現代映画最前線と呼んで差し支えないのではないか。ここでの「過剰」は手話であり、ドラマにしっかり組み込まれたその過剰さは『ドライブ・マイ・カー』を軽く凌駕している。個人的にはこれか『トム』か『カリフォルニエ』のいずれかに、または三本とも何らか受賞することに全く反対しない。技術的なことを言えばこれが最も達者と思われたが、これも長編第1作。腰の座り方というか、映像的な遊び含め大いに試みている、そこを評価できる。
帰りにギンザコマツのユニクロで靴下を大量ゲット、コジマで皆さんの食料を。一旦帰宅、さらに人間用のスーパーへ。餃子で夕餉の後、『Y in DUB』を改めて。ど傑作。さらにオーネット『チャパカ組曲』。これがまた素晴らしい。抜け方が尋常ならざる感じ。
 
某日、本日についてはあまり思い出しても意味のない三本と言わざるを得ない。昼休みに有楽町ビックカメラで昨日の朝止まっていた腕時計を新調。千圓也。最後のチベットの山奥の森林警備の話は、音響だけちょっと面白かった。そして帰りに旧プランタンの辺りにできたユニクロでスエット上下を五着贖い、この冬に備えた。夕餉はまたしても成城石井のフォーなど。どんだけ成城石井好きなんかと。なんだかんだストレス溜まる。夜更けに痛み。
 
某日、いろいろ終了してすでに日曜の午後。つい先ほどはYouTubeで今度監督となる新庄の強肩健在映像を見てやはりこの男は信じられるとか、その直前に久しぶりに吉田美奈子「BEAUTY」のヴァージョン違いを聴いてやはりこれこそが日本のベストワンだなと感じ入っていた。コルトレーンがらみでその文字を目にするにつけ、神とか何とかこれまで信じてきたことはないけど、新庄の肩や吉田さんの声や大谷の全身のバネなんかは信じるに価し、それを信じればそこから発せられる言葉や論理なんかも信じられるものだ。
今回の審査チームは皆そういう意味で信じられる人たちで、いや、他の所に行けば嘘もつくし騙しもするかもしれないが、この場所ではたとえクリスが俺を買収しようと二万円財布から取り出そうが、ゲラゲラ笑っておしまいにできる。そういうものだ。
土曜の午後見た日本『ちょっと思い出しただけ』はコンペ作としては題材や構成にいささか難があるのだが、池松壮亮と伊藤沙莉のカップルの演技は俳優部としてコンペ最高の出来だったと思う。そして改めて、映画のみならず日本文化そのものがガラパゴス状態で独自の経過を辿り現在に至る(濱口の日本人は海外にもわかりやすく保守的なイメージだ)ので、ここで語られることがどれほど切実であっても海外に暮らす方々にはひたすらわかりにくかろう、というかむしろ軽蔑的もしくは気に触る部分さえあるだろう、だがこれはこれとして、愚かしくダメダメだが痛ましく愛おしいものでもあるのだ、と二人の演技に心から感じ入りつつ、さてどうやったら説得できるかと考えあぐねるのだった。台詞のほとんどは日本語ならではの意味の反転を携えているので、大量すぎて裏読みは外国人には至難の技。だが考えてみればそれは『カリフォルニエ』のジャミラの、捉えどころのない奔放さとも繋がるものだとも言えて、やはり国籍を問わぬ映画祭はいいもんだと改めて。
結果は諸媒体のTIFFコンペ受賞結果を参考にしてもらえたら幸い。国際映画祭の審査会議とはそれなりに巧妙な駆け引きと妥協の産物である。それにしてもこの卑小な島国文化をいつまでも庇護し続けては世界から置いてけぼりにされるばかりだが、いいんだろうか。
昼休みにまたぞろビックカメラへ出向き、持ってくるのを忘れた電子辞書を新調した。毎日鞄に忍ばせてきたし、家でもキーがかなり甘くなっているのだが日常的に翻訳で電子辞書を使っていたおかげで「家父長制」patriarchyを引いて議論に参入できた。二〇二一年の映画を議論する国際的な場はanti-patriarchyを考えること抜きにはありえない、と言っておいた。この用語の導入はおなじみ「週刊金曜日」における廣瀬純の連載からで、つまり昨夏から継続中の純のレクチャーはこうして国際的な場で効力を発揮するのである。
朝餉の間にウィークエンドサンシャイン聴き逃し、階段拭き掃除して夕餉はごく早めの時刻に女優が松茸ご飯を炊いたので、コンビニへ駄菓子を贖いに行った後バラカンビートはリアルタイムで。朝な夕なアリーサ映画のジェニファー・ハドソンの声にやられっぱなし。『リスペクト』見に行かねば。スプーナー、誰がやってるんだろう。
 

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某日、そんなわけで今週来週と映画を見る予定(新文芸坐で伊藤大輔特集やるらしいし)を組んでいるうちにいつの間にか眠ってしまったが、午前中に授賞式の準備もあり、バタバタ。Twitterでは、どうやら日曜に坂本アビがイザベルとデートしたらしく、『天国の門』絡みの呟き。泣きそうになる。
で、ヴェンダーズの特集上映も始まっており、そのパンフレットに文を書いたが、この表紙が素晴らしい。あのシーンである。誰もが忘れられないであろう、これ。
 

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それをしげしげと眺めていると、ザ・バンドの本とリトル・フィートの本も出たので並べて今年を締める方向で生きるつもりになっていく。本当は『ビートルズレコーディングセッション』みたいな、誰が歌って誰が何弾いて、みたいな記録本を期待していたのだが、それはまあいずれやがてそのうち。
 

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するとディレクター市山氏より連絡。イザベルから『ちょっと思い出しただけ』にスペシャルメンションを、との提案。池松・伊藤コンビがやはり気になっていたので、これは朗報。すぐに承諾を伝える。
銀座コム・デ・ギャルソンに寄って袖の直しを依頼、ミッドタウンでお茶をしてから待ち合わせ場所へ。ということで授賞式へ無事参列。しかし賞の発表方法について事務局側と意思の疎通がうまくいかずギリギリまで揉める。さらにいえばホスピタリティがよろしくない。水さえ個人的に確保しなければならない状況でロビーに置かれたパイプ椅子で待機、というのはどうなのか。個々人は優秀なのに組織的には頭のない蛇のように優柔不断なスタッフだと思われたに違いない。ホスピタリティの希薄さから信頼も薄まり、そうするとイザベルでなくとも警戒する。あれこれと問題をはらんだ新生TIFFだが一番の難局はそこではないだろうか。根本的な官僚性を正面から改善しなければ解決はしないだろう。彼ら彼女らと食事も一緒に摂れない、彼らだけでなくコロナ禍の今回は日本人だけだったがゲストや記者を交えたパーティこそが映画祭に必要不可欠なもののはずだが、それもない。会見の続きは必須である。上映して賞を出すだけなら何も映画祭を名乗る必要はない。
とはいえ二十三時帰宅。最近では最も遅くなった。かつてならお早いお帰りだが。
 
某日、日がなやる気なし。土砂降りの中、病院へ行き、インスリン&物品を入手、駅の成城石井で買出しを済ませそそくさと帰宅。オーネット『チャパカ組曲』の続きはさらに良く、コルトレーン『ファースト・メディテーションズ』も初めてこのカルテットによるフリーが成立したように聴こえた。完全にモードを抜けきったわけではないが、どことない爽やかさに満ちている。少なくともどうしたらいいかわからない苦悩よりわからないなりにふっ切れた境地を感じる。ホッとしたので六五年の録音を年内に聴いてしまうことにした。さらにトルコのコーラン。ほぼ浪曲だが十五分超えたあたりでちょっとこちらの感覚がふわっとしてくる。立て続けに宗教音楽に入っていくが、これまた尺八そっくりの笛の音は陶酔を増幅させてくれる。つまりよくできているのだ。
しかしいいトリップ中に体内に異変が起こったか、覿面に痛み。慌ててロキソニン。
ディーン・ストックウェルの訃報。またひとり、いなくなった。
 
某日、Twitterのラス・タンブリンによる幼馴染ディーン追悼文に泣けて泣けて仕方ない。「向こうで君がデニスとハグする逆側から俺もハグするんでよろしく」と。かと思えば坂本アビはイザベル姐さんとの交友録にてモンタナでのマイケルとの出会いを書く。二十年前俺がモンタナ州ビリングスに彼らの幻影を追ってさまよったことを姐さんは知らない。
早朝ホテルの前でタバコを吸っているとネイティヴのおっさんに一本ねだられた。ハイウェイでホールドアップを食らった。道端で出会った農夫のおっさんはピックアップの運転席から噛みタバコを路上に吐いて「どこから来なすった?」と訊いてきた。
しかしそうやってこちら側でベタベタするだけではアメリカ映画は本当に終わりの終わりを迎えかねないので、いまはただ『ファースト・カウ』の公開をじっと待っている。
晴天の午後、病院へ。手術日程決まる。本日も予定した映画をやめて即帰宅。とにかく落ち着きたい。
夕餉は女優の贖ってきた弁当。それから予定を立てつつ、関係各位に連絡。と、退院間に合わず十二月のアナばか参戦ならずと気づき、そうなるといったいいつからアナばかを休んでいるのかと調べるが、アナばか自体のコロナ中止が多く、よくわからない。
 

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某日、一日経ってもまだディーン・ストックウェルとイザベル姐さんのことが頭から離れない。昨日『天国の門』が今年四十周年だと気づいて大変驚き、それだからイザベルは来たのか、世界のどこより『天国の門』を愛したこの国に、などと夢想に浸り、もしディーンがあのモンタナの田舎に現れるとしたらどの役だったか、と想像を膨らませた。もちろんジョン・ハートと取り合うだろうが、ちょうどいま読んでいる『カラマゾフ』に出てくるジェントルマン、人間の姿をした悪魔という設定の人物(これとイワンの対話は全編中最も、というか唯一リアリスティックに読ませる)にうってつけで、クリストファスンはそういうキャラクター、つまり(自分と顔の違う、とフョードルは書いている)ドッペルゲンガーと会話する必要があったかもしれない、などとも思う。そのとき牧童頭である自己と保安官である自己の分裂を分析できただろう。だがあの映画にとってそんなものは蛇足だったろうか。あるいはブリングスの駅長、といった役柄があったらよかったかもしれない。この人も暴挙を知りながら止めることのできない人だろう。悪魔というと『エンゼル・ハート』のデニーロとか思い出して最悪な印象しかないが、ディーンならうっとりする場面ができたかも。もっともこの悪魔はブルガーコフ経由でミックが歌うことになるわけで、起源を『ファウスト』とか『第七の封印』とかに求めることになる。ともあれ『天国の門』にはそれほどの幅があった、といまさら言い張るつもりもないけれど、ムルナウ的側面を忘れるわけにもいかないではないか。
このシーンだけはこの大長編小説の中で例外的にまあまあ面白い。前後との脈絡も含めて。ヴォネガットは「人生で知るべきことは『カラマゾフ』にだいたい書いてある」と言ったそうだがそれって要は「人生はくだらない」ということかね、と尋ねたくなるくらいくだらない。私にとって「人生で知るべきこと」は、いまなら吉田健一や梅崎春生にこそある。
当日記書籍化に向けてゲラ確認中、ごく最近ジョニー・ラモーンのモズライト2がオークションに出されて一億円の値が付いたことを思い出す。我がことのように嬉しかった。そういえば昨日は中原のFacebookに上がったレスター・バングスにまつわるロバート・クワインのインタビューを読んでそのクレイジーさを堪能したが、ギターのことを考えていて不意にレスポールにビグスビーをつけるアイデアを思い出し、来年それを決行することにした。同時にピックアップをアルニコに換えるかどうかも検討する。
本日も晴天だったが、ゴミ出し以外一度も外に出なかった。朝イチでアヴェレイジ・ホワイト・バンドのセカンドを初めて通しで聴いた。ドラマー超絶技巧。
 
某日、昨日はフョードル・ドストエフスキーの誕生日だったらしい。
朝の仕事の後、猫と私を除く一家がこぞって伊豆へ出かけて行った。ひとり何憚ることなく池袋へ足を伸ばし、新文芸坐にて伊藤大輔特集『この首一万石』。内田吐夢にも言えることだがこの人たちの作風を一口に説明することはできない。そして伊藤大輔はもしかすると同時代の誰より複雑かもしれない。まるでそのキャリアの最後まで黎明期の混沌を保存していたかのように感じることがある。比較を導入すると格付けのようになって嫌なのだが、どこかでウォルシュを想起させるのは伊藤だけではあるまいか。これほどの困難をまるでいともたやすくやってのけているように見えるのを巨匠の余裕だとか予算の潤沢さだとか理由付けするのはたぶん間違っている。明らかに業界の斜陽を意識しながら、それでもやるんだよ、でなけりゃお客は帰ってこない、とばかりに余計複雑な技術を駆使する。演出のテクニックでいえばダントツだろう。そこが何よりウォルシュを思わせる。ああいう風にやりたいと思って大抵は失敗するのだが、伊藤は常に成功例しか撮らない。決して江利チエミは上手いわけではないが、そつなく見せる術を伊藤は心得ている。スパッとロングに引いたときに息を飲ませたら勝ちなのだ。それは伊藤が江利チエミを擁護しているから可能なのであって監督が役者を苛めるとか怒るとか言うのはほとんどが擁護するためなのだ。と同時に映画を、作品を擁護するのが監督の務めで、本業でない江利や水原弘を使って逆に映画を輝かせることが可能であり、必要なのだ。そのことを伊藤は懇切丁寧に教えてくれる。一方で吉田義夫の豹変などなかなか怖くてできないだろうが、あっさりやってのける。驚くべき手さばきである。細かいところは細かいが流すべきところはサーッと、しかし絶妙に流す。結果、どれも印象深い。こういうことを名人芸と呼ぶべきなのだろう。
アテネの封書が届いていて、中原のカルトブランシュのチラシが曖昧な内容を掲載して同封されていた。この催しは三回目になるのか四回目か、だんだん学館ホールの灰野さんを思わせる感じになってきて、いわゆるラリーズもそうだっただろうか、じっと待ってなかなか始まらず始まれば終わらず、みたいな、こちらにとっては夢のような話で、現実にはアテネは学館でも西部講堂でもないので朝にはならないんだけど、なるといいなあという夢だけは見ながら過ごせる。そしてこれができるのは中原だけである。
眠りこけた後、誰もいない深夜にジョゼフ・スペンス。これは最初に出た方。ギターと口ずさみのバランスがほとんどグレン・グールドである。バハマ・ブルーズはこれだけあれば事足りる感じ。ここにも心のない音楽。いつでもどこでもそこへとんでいけるやつ。
 

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 (撮影:女優) 

 
某日、偶々ヤクルト日本シリーズ進出という報を見て、そういえば先日中井美穂さんとお会いしたことを思い出し、そのとき古田はどうしてるかなあ、と考えていたが、いまヤクルトの監督は高津なのだった。高津がマウンドに上がるとやにわに身構えた記憶が蘇る。若松が監督の頃だったか。いまや監督か。まだ一度も高津采配を見ていない。というかプロ野球を見なくなって久しい。
TIFFの間にクリスから名前を知ったショーン・ベイカーとブラッド・イングルスビーの作品を見ようと決めたのだが、他にもすべきことが増えてなかなか追いつかない。何かをやると必ず何か用事は増えて、やらないまま宿題は積み重なるものだ。
そんなわけでさっさと『カラマゾフ』を終わらせにかかる。
YouTubeで見たラーキン・ポー「Sledegehammer」とテイラー・スウィフト「All too well」10分ヴァージョンがとっても良い。なんか総じて『レイチェルの結婚』を見ているようだ。ポー姉妹は末長く仲良くやってほしい。
「年内に『マイ・フェイバリット・シングス』と関係ない六五年録音コルトレーンを全部聴く」ということで注文した四枚が到着。そもそも中上への抵抗で聴いてこなかったのだが、その中心である『クル・セ・ママ』、いきなりだなあ、と思ったらすでに録音は十月になっていた。それにしても素晴らしい。後半二曲は六月でファラオ・サンダースたちもいないので、そこらへんはなるほどと思える。『ライヴ・イン・シアトル』は九月末。スタンダードを演奏するマッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズとはライヴでも完全に心が離れている気がする。無視して疾走するコルトレーン。どうもあちこちで空耳のように歌声が聴こえるのでまたしてもグールド関係かと。そういえば朝TwitterにVDPが偶然ジョゼフ・スペンスを上げていてこれはちゃんとした歌声が聞こえた。
夕餉を挟んでdisc2。ピアノ/ドラムなしだとやりたい放題、楽器なしで吠える。まだ見ぬ渋さ知らズを夢想する。二曲めでは延々と続く緊迫したベース二重奏。だがその後は結構グズグズになり、聴くのが辛い。二枚組にする必要があるとしたらバンドとして駄目であったことの証拠物件として、ということになる。
ふと脈絡なく思い出したのだが、TIFFで『アリサカ』というフィリピン作品があり、出来は措くとしてその舞台が「バターン死の行進」として知られる第二次大戦中の戦場である。戦場というか、アメリカとフィリピンの捕虜を九十キロ近く徒歩移動させた謎の作戦の実行地だが、これを作品中「日本軍による残虐行為が行われた」と語り、それはもちろんそうなのだがそれだけではないし、辻政信のごとき狂人による偽命令のような歴史の闇に触れるのだから徹底調査しなければならないはずだが、この映画ではそうしたことはされない。ただここはそういう場所で、というだけで、それを物語中で生かすこともない。画面に小さく映し出される役所の観光課か何かが作ったような標識と変わるところがない。なんだか釈然としなかった分、わが身に返して改めて肝に命じた。日々勉強しているのもこういう局面にも正当な態度で臨むためである・・・と急に軍人もどきな口ぶりになるけど・・・
コルトレーンはあと二枚、後日届くものも加えて三枚、年内はそこまでなのでゆっくり楽しむべく今日はここまで。他の時間はずっと『カラマゾフ』と脳内シナリオ作業。
『カラマゾフ』でスメルジャコフを形容するに「白痴」という単語が頻出する。もちろん旧い原卓也訳である。亀山訳を繙いて当該箇所をあたるが、一切出てこない。かつて私がまだ小説を書いていた当時、すでに「白痴」は使用禁止だった。編集者の指示によって全て直した。それはいいのだが、この頻出ぶりは原典がそうなっていなければありえない気がする。イッポリートはスメルジャコフ=「白痴」と考えている。それはそれで重要な表現だ。それが知的障害を意味するかどうか曖昧な時代そのものを言う必要もある。亀山訳は「気の毒な男」とかさまざま別の言い回しで回避しているが本当にそれが正しき道かどうか、考えてしまう。言うまでもなくこの単語がタイトルである傑作がフョードルにはあるわけだし。
 
某日、どうもフリーばかり聴いているような書き方になっているが、ウィークエンドサンシャインもバラカンビートもリアルタイムで聴いた。パット・マルティーノ追悼でカサンドラ・ウィルソンが歌う「Both Sides Now」が両方でかかった。あと、アヴェレイジ・ホワイト・バンドのセカンドを何度も聴いている。こんな変態チックなドラマーの存在を知らなかったことに驚く。まだまだ世界は広く、深い。
新文芸坐伊藤大輔特集は『素浪人罷通る』。一九四七年、八尋不二脚本。阪妻戦後最初の時代劇とのこと。天一坊ものというとつい気持ちが乗らないが、これは例外的に良い。はっきり江戸幕府という究極の家父長制をネタに社会的閉塞状況を批判する物語である。伊藤は戊辰戦争で祖父を亡くし、一家離散の憂き目に遭っているという。愛媛出身となっているが親の代には江戸の人である。伊藤と清順師匠によるその辺の会話など聞いてみたい。吉宗が天一坊にまみえる瞬間、疾走する馬上から陣笠を傾げて見せる仕草を捉えた激しい前進移動とエンディングで阪妻が大見得を切る俯瞰から仰角へ至るクレーンの緩やかな縦移動を軸として、途中の大岡越前との対話の長さで日が暮れる時間経過の蝋燭の描写がロングショットのどんでんで描かれる大胆な構造(この編集の呼吸が非常に難しいと知っているだけに)に驚くというより惚れ惚れとする。ディランがロビー・ロバートソンのギターを「数学的」と表現したことを思い出した。やはり本当の意味での達人である。
「扇子は表も裏もあって」という台詞は『この首一万石』にもあり、あちらは伊藤の単独脚本なのだが、これはここからの借用なのかそれともこの台詞自体常套句として昔から使われているのか、それは調べるべきかも知れない。
今年は阪妻生誕百二十周年とのことだが、この阪妻は息を飲むほどいい。心から大俳優だと初めて思った。来年、阪妻を研究してみようと思う。『富士に立つ影』など小説を読む余裕はないから映画で見ておいて損はないという気がする。というか、時代劇だな。そして時代劇といえば阪妻なのだということを強く認識した。存在そのものが感動と虚無の相克である。山中が戦後もいればいつかは阪妻と撮っただろうか。そうそう忘れちゃいけない、助監督・加藤泰通であった。
 
某日、また数日が経過した。今週は毎日昼前には出て、夕方帰る段取りで映画を見続けたがこれは心身共に健康的で、よいと思われた。前日からの継続で池袋の伊藤大輔に通う。月曜が『おぼろ駕籠』、火曜は『われ幻の魚を見たり』の後地下鉄で日比谷へ移動し、初ミッドタウンTOHOで『モーリタニアン』、水曜『アネット』試写から同じように日比谷へ移動して『リスペクト』を見るつもりが断念、何しろ『アネット』がよくて、覚悟はしていたが精神的にメロメロとなりすごすご帰宅した。帰りに娘のためにペットショップでおやつを購った。金曜は渋谷『やさしい女』から池袋『王将一代』、と映画三昧の今週。もちろん伊藤はいうまでもなくハズレなし。殊に『われ幻の魚を見たり』十六ミリでも圧倒的に秀逸であり、この馬に次ぐ馬の歓喜と雪の湖に響く慟哭の絶望をリストアしないのは犯罪的であり、であるがゆえに現代映画はつまらないとしか思えない。見直すべきは『王将一代』も同様、前半はおそらく田中絹代と確執があったのではないか、惨憺たる出来なのだが、後半香川京子が登場して三吉邸の土間にかかる跳ね板を飛び越えたところから別の映画になり、松山崇の天王寺のセットもいつもながらほぼ抽象的に昇華されるのだが、それが前半と後半で艶も何もまるで違うように見え、さらに雨に打たれる地べたに描かれた将棋盤の大クライマックスを経て、ラストのいくらなんでもという大事件までめくるめく超絶技巧が展開、終映後しばし絶句。絶句と言えば『おぼろ駕籠』のエンディングにも言葉を失わざるを得なかった。こちらでは絹代としっかり映画をやれたのだと思われるが、女乞食に囲まれて三味線を弾いて歌う絹代とほだされる阪妻のその後の川べりのやりとりに何か見てはいけないものを見ている気さえして、しかし映画とはまさにそういうものであるべきだと気を引き締める。そう、そこは『やさしい女』も同様であり、最も難解なスパイ映画、つまりは『裏切りのサーカス』のことだがそれくらい複雑なフラッシュバックでできていることをすっかり忘れていて、それはこの映画の主題がなんであったかを忘れていたのと同様、ここで問われる謎は「自殺の理由は誰にもわからない」の一点に尽きるのだが、謎が決して解けない謎一点なので「わからない」感は単純さの渦中に雲散霧消し、その上こちらに経験のない子供時代にはまだこのような主題と向き合う用意はできていなかった。驚いたことにドミニク・サンダは前作『少女ムシェット』エンディングの自殺と同じように試みを繰り返し、だがその直後のクローズアップは『ムシェット』にはなく、この大写しのショットには作家の全人生を賭したような驚異があって、それが『王将一代』の雨中の将棋盤に向き合ってまるで死ぬのを忘れたような辰巳柳太郎を撮る伊藤の覚悟というかほぼ殺気のような勢いと重なって、この二作をまるでかれらの遺作のように思わせるのだった。それは『アネット』を見たからということもあったかもしれない。伊藤が雨中の将棋盤を撮り、ブレッソンがサンダのクローズアップを撮るのは「もうこんなもの二度と撮れないかもしれない」という真剣さとともにだが、レオスは覚悟云々はともかく少なくとも『ポーラX』まで毎回そんなショットばかり撮っていた、つまり常に遺作めいていたのだが、今回は遺作というよりはまるで死んだ人が死んだ人と撮っているような印象さえあり、それは『ホーリー・モーターズ』もそうだったのだが、ただそこに一人娘という紛うことなき「生者」がいて、これを自分の側に引き込むのかそれとも自分が向う側に飛び込むのかのサスペンスが映画になっていく、そこに抽象的議論はなくて、あるのは同じ大阪舞台の『わが町』にもあった気がするけど土間の跳ね板だけなのだ。そして映画という装置はそれに尽きる。
失われた跳ね板を求めて。どうやらこれまた今後の目標になりそうだ。
 

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『アネット』 2022年春 ユーロスペースほか全国ロードショー!

 
そうして『カラマゾフ』を読み終えた。四十年がかりで、何度も挫折して。最後まで好きになることはなかったが、結果的に悪い気もしなかった。特に、例の悪魔はそれとして、葬儀が終幕であるということは今後何か繋がりのヒントとなる気がした。葬儀を終幕に置く小説や映画はいくつかあるが、いいものが多い気がする。読みかけてやめたままのジュネの『葬儀』を探す(地下室の)旅に出ようかとも思う。裁判の最終弁論に際しては退屈すぎてさすがにやめちまおうかという気にもなったが、とにかくもう終わりだからと粘り強く続けて正解だったと思いたい。しかし最後の最後に「カラマゾフ万歳」はないだろう。それこそ「苦笑」してしまう。こういうのが嫌いなのだ。
いずれ亀山訳に添付された「解題」も読んでおこう。いずれやがてそのうち。
 
某日、唐突だが日本映画批評は田中絹代という女優のキャリアについて「魔女狩り」という言葉を軸として解体すべき時が来ているのではないか。いや、伊藤を見続け、そうして昨夜遅く、「新潮」連載の平山周吉「小津安二郎」の続きを読んでそう思わされた次第。今年のTIFFで監督・絹代の特集がなされたが、それらも含めて作家ごとに語られる絹代像はあってもトータルで田中絹代とは誰であったかを「現代的視点」で語り直す必要を感じている、ということなのだが。平山「小津」連載を読んで来たが、特別編集号の休載(八月だったか)以降入院もあって読んでいなかったのが三号ほど、溜まっていた。話題の中心は山村聰で、フォードにおけるジョージ・オブライエンやドナルド・クリスプと並べて私も密かに考えていた(これは『センチメンタル・アドベンチャー』のジョン・マッキンタイア以来長く疑問に思っている老人の描写に深く関わる)ので佐分利信との比較含め興味深く拝読したがそこで『宗方姉妹』撮影時(一九五〇年)の絹代がデコの証言付きで浮上する(十月号)。詳細は省くがここでの絹代に対する小津の対応と、一九五五年伊藤『王将一代』の画面から推察される現実、そして同時期溝口作品のそれについて、例えば新藤兼人のごとき同時代人の証言とは一線を画したところで考察すべき問題がそれじたい「現代的」な課題としてあるのではないか。もっともそれは私の仕事ではないのであまり余計なお世話は控えて山村聰の続きに戻るが、いずれにせよ絹代というのはつくづく難問だと思われる。
で、山村聰なのだが、そもそも最新十二月号が届いてパラパラやっていると見つけて、そこに「小津が感慨を託し」た俳優たち、といった記述があるので不思議に思い、さらに読み進めるがもう一つ掴みきれず、結果数号戻った次第。山村聰への言及はありがたい限りで、先だって見た『女は二度生まれる』はもちろん、作品は乗れないが『にごりえ』も山村聰だけはほとんど悪魔的に素晴らしく、当然小津の数作でもその優秀さは発揮されるが、しかし「感慨を託」すということはあっただろうか、と訝しむのは、誰であれ映画作家が俳優に自身を仮託する様子というのはあまり見栄えのすることではなく、きっと小説家には登場人物にそういう思いを抱く人もいるだろうがそれは作品の大部分を孤独に拵えざるをえないがゆえだろうと推測するが、大勢が一緒にやる映画のような作業では照れ臭くてそれにはそぐわない感覚ではないかと思われるからだ。だもんでこの論がどう転がって行くか見て行ったが、そりゃ冗談半分に「勤続三十一年」などと言わせてみるが、あれも気心知れた東野英治郎だからで、ゆえにそういう「感慨を託す」思いがあったと説得されることはなかった。それよりむしろ考えるべきはこちらの最大の泣き所の一つ、例の塚本芳夫助監督の挿話であり、またおそらく次号でマスクと併せて言及されるだろう、山村の眼帯の意図ではなかろうか。そこを突きつめれば、何を血迷ったか『早春』を批判したという水木某や小倉某がいかに軽薄な意見を軽はずみに書いたか、証明されることだろう。この二人の想像力の無さには呆れるばかりだ。山村聰にある種の感慨を託す者があるとしたら、それは子供時代から長きに渡って彼に、どこまでいってもかなわない、あるいはきっと助けてくれる、いわゆるラスボスのイメージを持つ我々世代ではないのか。
ともあれいつか別の形で、本格的に田中絹代が論じられるのを待つことにしたい。
 
某日、シナリオ直しの最終局面に入ったので他のことはほとんどできない。二日間集中してシナリオ直しをやっているとさすがに二日目の晩は体力が払底、夕餉を摂るなり思考停止したのでバラカンビートをぼんやり聴いた。トップからスプリングスティーンなので苦笑しかなかった。でも日本の偽ロッカーたちに食い物にされる前の二曲だけはもう許しているのでむしろ好感を持って聴いた。昨日ウィークエンドサンシャインでは「Thunder road(涙のサンダー・ロード)」、今晩は「Born to run(明日なき暴走)」。そしてポール・サイモンが引退宣言をした話。やはり来年はポール・サイモンの年にすべきだろうかと真剣に考える。
ふと、この年になってなお自分が本気で好きな映画というのはどれくらいあるだろうかということをはっきりさせたくなっている。むしろはっきりさせない方が助かる気もするがなんとなく釈然としない。これは、昼間に夫婦で買出しに出たら社長夫人にばったり出会いなんだか嬉しい緊張のようなものをしたその直後、社長がSNSに上げた写真が森﨑さんの『喜劇 特出しヒモ天国』の冒頭、殿山泰司が法話をがなるあのお寺を思い出させる京都の寺でのもので、あの映画が大変好きである自分がまたべつの映画を好きだというとき、そこにはっきり自己同一性を認めることができるかがどうも気になり始めて、考え込んでしまったのだった。あの映画を裏切るようなものを好きだなどと金輪際言いたくないがそれがどういうものかと聞かれても答えられない。森﨑さんが嫌いな映画を知ろうとするとかそういうことではない。それはなんら解決にならない。例えば新選組も忠臣蔵も嫌いであり幕末も関ヶ原も武蔵も柳生一族も嫌いな自分が、それでも時代劇を好きだと言えるのか。いや、眠狂四郎も机竜之助も座頭市も子連れ狼も実際そんなに好きではないのだ。深刻ぶって大だんびらを振り回すことがそもそも嫌悪の対象である者には、だから山中の三本があればよい、左膳や金子氏であれば刀も悪い気はしない。沓掛の錦ちゃんなら、マキノの次郎長一家なら、特に許す。というか大好き。チャンバラが嫌いなわけではもちろんない。槍というのも例外だろうか、千恵蔵も橋蔵も田崎も悪くないし、越路なんて大いに許す。でもふと彼らを愛せるのは彼らが武士ではないからだったのかと気づく。どうもそこだろうか、映画がどうこうというより身分やら存在やらで好悪は左右されているのか。ある時代の表現に内在する人倫が現在より優れているとかあるいはその逆とか、そうしたことを気にしながら創作を持続するのか全く気にせず現在の自分の判断のみで進むのか。そういう問題がそこに隣接する。どこにも安住できないなら上下左右揺れながら進み、やがて力尽きて死んでいくばかりだ。マーベルだろうが自主映画だろうが、あらゆる意見を受け入れたとしても映画本体が忘れられては元も子もない。映画は風景画でも記念写真でも曲芸でもない。映画は映画である。
ルサンチマンがこじれすぎてもはや何が言いたいのかわからなくなってきたが、つまりは人生は短くて、数多の価値判断に振り回されている場合ではなく、いい加減ここらで自分の行く先をはっきり見定めたいものだということ。これぞという地点に向けて突き進みたいのであって、余計なことにかまけている暇はない、ということである。
やはり私は、失われた跳ね板を求めている。


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某日、作業は沈滞したまま眠りに落ち、朝もなお画期的な解決が生み落とす訳でもない。
それでも根気強くその場に張り付いているといつしかアイデアというのはやってきて、しかも場所を変えて、というのは形式を刷新し続けると内容のつながりまでもが見えてきて、先へ進める糸口も見えてくる。途中でPより催促の電話、というか励ましの電話があり、そこからさらに拍車をかけて夕方近く、脱稿。脳みそが疲れ果てた。
だがこれで終わらなかった。直後、朝日の小峰健二が続けているUPLINK浅井バッシングが渋谷の写真を掲載しており、やり口が汚いというかすでにこの世に存在しない場所をなおも虚飾の証拠かのように使う手に、久方ぶりにエースナンバーワンの「人間になれ」発言を思い出すほど怒髪天を突き、それだけならまだしも古澤健が「この問題に言及しない映画関係者はありえない」と追い討ちをかけるので、心で死ぬほど罵倒した。
そういうことを忘れるべく、電車を乗り継いで明大前へ。敬愛する某文豪の命日につき初めての墓参を思いついた。だが地図や住所を適当にしか頭に入れなかったのがまずかった。歩けども歩けどもその場所は見つからず。とうとう二駅分歩いて見つけた街路図を見ると住所が間違っている。駅に降り立ったところから左右を間違えていた。タクシーを拾おうとするも、祝日でなかなか走っていない。ようやく捕まえると私のような迷子を待ってましたとばかりに出勤してきたという。祝日にはそういう人が多いらしい。それでようやく目的地にたどり着く。行けばなんのことはない、一昨年の同じ頃『金魚姫』のロケハンで来たことのある場所だった。無事墓参を終え、打合せへ。神泉駅から歩いた。道すがら失われた跳ね板が二枚あった。それらを踏み越えて先へ進む。シナリオはとりあえずこういうことで、作業を進めることに。もちろん適宜直して行くが、いわゆる叩き台完成である。
帰宅して夕餉は女優特製ルーロー飯。超美味。
食後どっと疲れて何もやる気にならず。
 

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(つづく)
 


青山真治

映画監督。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『こおろぎ』(06)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、『空に住む』(20)など。

近況:年明け早々Bialystocks4曲入りが出るらしいです。発売記念ライヴもあるとか。
こちらは宣伝業、カラックス本やカーペンターなど。当日記の書籍化も鋭意進行中、年明けに発売予定。