妄想映画日記 その132

札幌での爆音映画祭、萩でのアナログばか一代などについて綴られた樋口泰人の2021年10月1日~15日の日記です。試写で観た『GUNDA/グンダ』(ヴィクトル・コサコフスキー監督)、『ラストナイト・イン・ソーホー』(エドガー・ライト監督)、『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』(スティーヴン・キジャック監督)についても。
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文=樋口泰人


10月1日(金)
もうちょっと寒いと言うか涼しいのかと思い長袖の上着も持ってきていたのだが、半袖でも大丈夫だし、夜は薄い長袖をひっかければ十分という気候。それでも空気が乾燥して肌に気持ち良い。ホテルから会場までの20分ほどの散歩を堪能する。単にだらだらとこうやって歩いていたい。というわけにもいかず、時刻通りには会場について『鵞鳥湖の夜』『典座』『メッセージ』の調整をする。
『鵞鳥湖の夜』はYCAMでやった時もそうなのだが、通常の音量での上映とはまったく違う。雨の音町の音バイクのンエンジン音などが身の回りを駆け巡り否応なしに舞台となる武漢の街に引きずり込まれる。ただそれは例えば逃れようのない運命の足音のようなものではなく、その世界のどこかにあるはずの希望の窓に向けての小さな流れの合唱のような、新しい世界のざわめきとともにある。それが最後に大きな流れとなって画面を充たすのだが、こんな展開をいったい誰が想像しただろうか。
久々の『典座 -TENZO-』はバラバラにあった人の声が次第に積み重なり、青山俊董というひとりの尼僧の声として宇宙に広がり出す。その思わぬ展開に、こちらの心も全開となる。しかしあの上海の郊外にある寺には一度行ってみたい。特に何かを期待しているわけではないのだが、太刀打ちできない何かと向き合うそんな一瞬は起こりそうな気がする。
そしてやはり久々の『メッセージ』。『DUNE/デューン 砂の惑星』公開間近ということでの選択だったのだが、こうやって何度か観ているとようやく、この映画の時間のリンクの仕方が見えてくる。1回で分かれよ、ということでもあるのだが、そんなものだ。そしてまた次観たときは変わる。そして観るたびに、エイミー・アダムスの幸薄い顔が、次第に愛おしくなってくる。そしてそのまま本番へ。札幌爆音スタート。
昼食はおいしい焼き魚、夜は弁当になってしまったのだが旬の秋鮭がめちゃくちゃうまかった。緊急事態宣言が明けただけで、街はだいぶ明るくなっていた。

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10月2日(土)
気温が少し下がり、秋の気配。空が広いので何となく気分もいい。会場のそばにあるおいしい居酒屋のランチ。ニシンはもう季節外れだったのだが、生のニシンをそのまま焼いたものは北海道でしか食えないのでつい頼んでしまう。満足。そして本日1本目は『レ・ミゼラブル』。さすがに人気作だけあって、当初は半分しか売り出さなかった座席を急遽全席開放したにもかかわらずほぼ満席。年齢層はもっと高いかと思ったら以外に若い人が多かった。こうやって幅広い年齢の方たちが思わぬ形でやってきてくれるのはうれしい。夜の回は『カネコアヤノ Zeppワンマンショー2021』。こちらはさらに年齢が若くなり、挙手してもらった結果、ほとんどの人がこの会場は初めてだった。この人たちが、何かもう1本、別の映画を観に来てくれるといいのだが。でも明日は、本物のカネコアヤノライヴが札幌であるので、残念ながらこちらの思うようにはいかない。
夜はジンギスカン。東京のジンギスカンと違って札幌は基本的に生の羊肉なので、それだけで全然違う。何度でも食べたくなる。実は毎食ジンギスカンでも案外大丈夫だと思っている。

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10月3日(日)
午前中はやはり気持ちがいい。見晴らしのいいカフェの2階で仕事をしつつ、秋の気配を堪能する。昼は会場すぐそばにある根室港に水揚げされた魚をメインにした回転ずし。北寄貝やイカやウニ、筋子などをおいしく味わった。
本日1作目は『鵞鳥湖の夜』。これはさすがにコアなアジア映画のファンが、と思っていたところ、いろんな年齢層の方たちが来場されていて次回につながる感じ。思わぬ爆音にみなさま色めき立ってくれたらいいのだが。そうこうしているうちに『典座』のトークに出席する富田くんも到着。富田くんがいかに飛行機に遅れるかを札幌爆音ディレクターの小野さんに盛盛で話しておいたので小野さんはひやひやだったらしいのだが。トークは盛り上がり、このままあと2時間くらいは行けそうだ、というところで終了。内と外、ドキュメンタリーとフィクション、監督と観客などあらゆるものが反転しながら転がり続け、誰も想像しない場所を開いてしまう空族の映画についての話であった。その後の打ち上げも含め、楽しい札幌の4日間であった。

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10月4日(月)
午前中から某雑誌の取材を受ける。2時間ほど、爆音と、それをいろんな場所で行う意味について話す。こちらはもう15年以上もやり続けていて当たり前になっていることを、まだそれがまったく当たり前ではない人に向かって整理しながら話すというのは、同じ話の繰り返しのようで何か新鮮な気持ちになる。初めて爆音をやった時の驚きや興奮は、まだ昨日のことのようでもあるからだ。過ぎてしまった時間はしかしまだ手の届くところにある。
昼飯はたぶん今年の北海道での最後の食事。とはいえほぼ満喫したので小野さん御用達のスープカレーを。旅行者向けのガイドにはたぶんあまり載っていない、ジャマイカ風味の店舗。香辛料の香りが清々しく身体を貫く。わたしは25倍の辛さでこれが中辛から辛口の、辛いものOKな人の入り口くらいの辛さ。小野さんは100倍(笑)。一口味見させてもらったら脳天までスコーンと抜けた。

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10月5日(火)
1週間ほど事務所を留守にすると、郵便物だけでもあれこれ溜まる。というわけでいろんな整理にかまけた1日だった(はず)。実は記憶なし。家でぐったりしていたかもしれない。


 
10月6日(水)
5日と同様。北海道から買ってきて激ウマの筋子を食った。


 
10月7日(木)
山口に行くためのPCR検査を受けた。受けている途中で、緊急事態宣言が明けたので受けなくてもよかった、ということが判明。今回はPCR検査の件をすっかり忘れていて、札幌から帰って来た日に急に思い出して湯浅さんにも伝え急ぎで検査の予約をしてもらったのだが。いつものように忘れたままだったらよかったのに。『脳のおそうじスープ』逆効果ということにしておこう。そして検査場すぐそばでイサーン料理を久々に。辛い。たぶん日本人向けに相当マイルドになっているはずなのだが。イサーン風焼き鳥で辛さを落ち着けながら、もち米のまったり感を楽しんでいるうちに、すべてがどうでもよくなってくる。その後それでも仕事はした。夕方には大阪アジアン映画祭の暉峻くんと会って、boidの企画について話す。実現できるかどうかはまだわからないが、自分の仕事を自ら変えていかないと何も変わらない。



10月8日(金)
月に一度の税理士との面談。今後の企画のことなど。これまでやったことのないことをやろうとしているので、新鮮でもあるがそう簡単にはことは進まない。でもやるんだよ、という馬力がすでにないところからの話である。

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10月9日(土)
山口へ。羽田は相変わらず空いている。湯浅さんも同じ便。11日締め切りの原稿がまったく手つかずだったので、飛行機の中で書いた。何を書くかはだいたい決まっていたのでとにかく文字にするだけ。まあ、それが難しいのだけど。
山口ではまず『アメリカン・ユートピア』上映中のYCAMスタジオCにて、上映後に湯浅さんとトーク。暴走気味にあれやこれやを話し始める湯浅さんを止めるのは諦めて、はいはいと聞いていたらあっという間の1時間。この日の収穫は、『アメリカン・ユートピア』を日本語で、劇団四季か宝塚が上演、という提案。こんなことができるようになれば暮らしやすい世の中になる。

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10月10日(日)
萩へ。アテンド車が30分ほど遅れるも、無事萩に到着し、とにかくまずは昼めしということで3年ぶりの「豊月」。普通に観光で来たらわかっていないと絶対に入れない街の寿司屋なのだが、ここがランチ1300円でなんの変哲もない、普通のネタの寿司を出してくれるのだが、信じられないくらいうまい。写真だけではわからない。湯浅さんも大満足で、つい、追加の握りをいくつか。次はいつ行けるだろうか。

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そしてアナログばか一代。会場は明倫学舎という、吉田松陰や高杉晋作、桂小五郎という幕末明治維新の志士たちが学んだ「萩・明倫館」の跡地にある、旧明倫小学校校舎である。歴史に疎いわたしはそう言われてもあまりピンとこないのだが、とにかく「日本」という「国」の未来を賭けて才ある若者たちがしのぎを削ったその場所で、ローリング・ストーンズやトーキング・ヘッズや内田裕也やアラン・ヴェガやリー・ペリーをかけまくってようやく温まってきたところで時間切れ。続きは11月20日に山口市のほうでということでなんと今年初めてのアナログばか一代は終了したのであった。

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夜は、2種しかいない現存する日本在来牛のひとつである見島牛(萩の沖にある見島で飼育されている)とオランダのホルスタインとが掛け合わされて生まれた見蘭牛の焼肉。1日で絶品の魚と牛を堪能したわけである。罰が当たらないように、あまり自慢はしない。

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10月11日(月)
湯浅さんもわたしもこの日は夕方にそれぞれの目的地に着けばよいということで、昼は萩をさらに堪能。阿武町というところにある道の駅に行って、もう信じられないくらいの激安プリプリの魚をひたすら愛でまくる。湯浅さんは「ここに住みたい」とまで言い出す。でかいカツオまるごと1匹800円、真鯛2匹で1300円とか。4月にいすみ市の浅川さんのところに行ったときも近所の港そばのスーパーの激安魚の群れに唖然としたのだが、その値段を知っていてもさらに驚く価格と質。もちろん買っては帰れないのだが。仕方ないので、併設されている温泉に入って気持ちを静める。外は夏のように暑いが空気は秋のように乾燥しているので何とも言えず気持ちいい。つかの間の休息というところか。そして場所を移して海鮮丼を堪能して新山口駅へと向かう。

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湯浅さんは京都へ、わたしは博多へ。駅で博多行きの列車を待っていると、アテンド車を返しに行った友人から電話があり、車の中にパソコンが置かれていたと。ああそうだ、手荷物の中にパソコンを入れていて、こんな日にパソコン持ち歩いてもということで、車の中のスーツケースの隣に立てかけておいたのだった。しかしなぜか、スーツケースだけ持ち、パソコンは置き去り。愕然としたのだが、幸い新山口に停車する新幹線は少ないのだった。時間の余裕はある。友人も京都へ向かうということで駅に持ってきてもらった。やれやれ、うっかりしているとあれもこれも忘れる。
博多の夜は、以前タイ爆音でも上映したアノーチャ・スウィチャーゴーンポンの特集上映を企画した三好くんと。三好くんは、もう何年も前、福岡爆音の時に知り合って、その後、福岡爆音をやるたびに観に来てくれて、そのたびにやりとりはしていたのだが、まさかここまで本気で上映活動をやり始めるとは思ってもいなかった。夏の終わりに連絡が来て、もう、アノーチャの映画をやるなら全力で手伝うよということで、とりあえず状況確認や今後の動きの確認など。上映の詳細はこちら
しかし博多の料理も美味い。萩では素材の新鮮さがずどんと胃袋を直撃したのだが、こちらは人の手が入った時間が胃袋を満たしていく。

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10月12日(火)
博多がいいのは空港が近いことだ。天神からでも地下鉄で約15分。ギリギリまで仕事をしていても遊んでいても大丈夫。羽田もこれくらいだといいのにと、いつも思う。まあこちらの勝手な都合に過ぎないのだが。

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10月13日(水)
『GUNDA/グンダ』試写。疲れ果てていたため何度か気を失いそうになる。と言うかおそらくそうでなくてもきっとそうなる。気を失いつつ我も失い別のものになる。登場するのは豚と牛と鶏とあとは何だったか。セリフもなく心地よい音楽もなく豚のいびきや放尿の響きといった通常の映画では絶対に聞くことのできない音が次々に。いったいこれは誰が見ていて誰が聴いた音なのか。そんなことを考えているうちに考える我を失いカメラの視線の移動とともに世界を見つめ直す何ものかとして自分が作り替えられていくわけである。世界を変える小さな革命の映画と言ったらいいか。

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『GUNDA/グンダ』(配給:ビターズ・エンド)
12月10日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー



10月14日(木)
何カ月ぶりかで渋谷川沿いの某所へ。再び迷子。何度来ても迷子になる。早めに着いたはずなのに5分ほどの遅刻。

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夜は『ラストナイト・イン・ソーホー』試写。エドガー・ライトの新作である。主人公の生きる時代がいつなのかははっきりとわからないのだが、とにかく彼女の母が青春時代を過ごした60年代のロンドンに、彼女がトリップしつつ物語は展開する。というわけで60年代イギリスのポップス、ロックがこれでもかと流れる。ペトゥラ・クラークの「恋のダウンタウン」が一番フィーチュアされていたかな。ほとんどがモノラル音源にもかかわらず、センターのスピーカーから出たり左右のスピーカーに振られたり、あるいはサラウンドにも回ったり、主人公のトリップの状態によってなのかその場の状況に合わせてなのか、音の空間が次々に作り替えられていく。ドルビーアトモス仕様で作られているということで、音楽だけならそこまではやりすぎではないかと思うのだが、後半の展開を知るとああこのためかと納得。とにかく、デヴィッド・リンチで言えば『ロスト・ハイウェイ』のような夢の残骸によるわれわれの世界の歴史の物語となるわけだが、これは実は母のかなえられなかった夢でではなく、主人公を育てた祖母のかなえられなかった夢が母の幽霊を通していびつに語られているのではないか。つまりわれわれの歴史とは常にこのようなゆがんだ像を持っていて、時間の流れもよどみ逆流し脇道へと迷い込む、そんな整理不能な靄としてあるのではないか。そして現在もまた、その靄の中にあってさまざまな歪みの影響を受けつつそのゆがんだ光を過去へと投げ返す。そのような過去と現在とが鈍く共鳴し合う映画だった。

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『ラストナイト・イン・ソーホー』(配給:パルコ ユニバーサル映画)
12月10日(金)、TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開

 

10月15日(金)
『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』試写。ザ・スミスの解散発表の日から始まる映画。87年。わたしは30歳である。この映画の主人公たちのようにスミスの解散に心底ショックを受けるには、スミスとの出会いが遅すぎた。ではわたしにとってのそんなバンドは何だったのかと思うと思い浮かばない。好きなバンドはいっぱいあるが、この映画の彼らのような反応を果たして示すことができるかと言うと、どうやら無理そうである。愛が薄いのか。いや、若い頃はそうだったはずなのにもはやその感触を忘れているのか。いずれにしてもある出来事をきっかけに、自分と世界との関係が一気に変わる。そんなうらやましい「若さ」が、この映画には溢れていた。
「87年のアメリカのコロラド州デンバーの熱狂的なザ・スミス・ファンを主人公に、これでもかとザ・スミスの曲をかけまくりながら、『マドンナのスーザンを探して』や『プリティ・イン・ピンク』をやってしまうという、泣きながら笑うしかない映画を観た。『スーザンを探して』の万引きは万引き防止システムをかいくぐる、ストリートで鍛えられた技あり万引きだったのだが、こちらは別の意味でストリートな香り漂う公認万引き。共に舞台はレコードショップ。そして87年当時現役レコード店員だったわたしは、やはり皆様の万引きに泣いていたのだった」というツイートをしていた。

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『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』(配給:パルコ)
12/3(金)より、 TOHOシネマズ シャンテ・渋谷シネクイントほか全国ロードショー




樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。11月26日(金)~28日(日)にまつもと市民芸術館 小ホールで「爆音映画祭2021 in 松本」を開催。