Horse racing watcher 第2回

40年にわたって競馬を嗜んできた風元正さんがその面白さや記憶に残るレースについて綴る連載「Horse racing watcher」。第2回は近年の日本の競馬界を席巻してきたサンデーサイレンスの血統を持つ馬についてのお話です。ディープインパクトを筆頭とするサンデーサイレンスの仔、あるいは孫馬が競馬の世界にもたらした変化はどのようなものだったのでしょうか。そして今、サンデー系に代わる新たなトレンドの到来が予感される理由とは。

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日曜日の静寂



文・写真=風元 正

 
パンデミックに突入しても、一週も中断せず粛々と開催を続けるJRAは不思議なエアポケットに入っている。JRA関係者も競馬場に自由に入れない厳しい入場制限をかけ、緊急事態宣言下は無観客という対策が効果的だったらしく、人が集まらないから毎週ギャンブルを興行していても目立たない。この9月初旬、丸山元気と江田照男という2人の騎手のCOVID-19感染が発表されたものの、これまでゼロだった方が驚きで、しかも、2人とも症状は軽くすぐ復帰した。売れ行きがさほど下がらないのは、ファンの間に地道な「電脳投資競馬」が根付いているからだろう。どうやら、大歓声も酒もない競馬で十分という話のようで、私もJRA最終レース後の佐賀競馬で一儲けしているから文句は言えない。
「ウマ娘」で当てたサイバーエージェントの藤田晋が今年7月のセレクトセールで23億6700万円かけて18頭の馬を買い、話題になった。最近では珍しい新参の太客。この夏、藤田氏が4億7000万を投じたドーブネが武豊を背にして札幌の新馬戦を外から圧倒的な差し足で全馬を抜き去った瞬間、競馬サークルの安堵のため息がどこかから聞こえた。勝ってくれないといろんな人の立場がまずくなる。次走、ききょうSでドーブネは逃げ切りで大楽勝を演じたから、馬主としては強運かもしれぬ。
それにしても、スペシャルウィーク、トウカイテイオー、オグリキャップ、シンボリルドルフなどなど、かつての名馬の物語が二次元の美少女の姿で蘇るゲームがここまで浸透するとは驚きである。20年前の、サイレンススズカのレース中の怪我もアニメの中の物語として受け入れられているらしく、競馬ファンとしては素直に嬉しい。確かにあの頃の競馬は熱く、私も名勝負物語に酔っていた。その熱がどこかで醒めたのは、やはり、ドーブネの父であるディープインパクトの父、サンデーサイレンスが種牡馬として供用されてその孫の代に入り、生産界の地図が一新されたからだろう。

 
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「日曜日の静寂」サンデーサイレンスは1986年生まれで、父ヘイロー母ウイッシングウェル。生産牧場ストーン・ファームのアーサー・ハンコックはケンタッキーの名門クレイボーン・ファームの主ブル・ハンコックの長男だが、父に疎んじられて跡継ぎになれなかった人。サンデーサイレンスは、薄手の青鹿毛の馬体がみすぼらしい上に脚も曲がっていて、母の近親に強い馬がまるでいない血統もあいまって思うような値段が付かず、生産者自身が所有していた。
しかし、デビューするやいなや圧倒的な競争能力を発揮する。お暇ならユーチューブで1989年の米3冠レース・ケンタッキーダービーを見て頂きたいが、外から差し切る勢い溢れる脚力には狂気すら感じる。直線では右へ左へ思い切り斜行して走っていて、いかにも気性が難しそう。一方の雄、3冠レースで熱戦を繰り広げたライバルの良血馬イージーゴアは、「貴公子」と綽名された美しく大きな馬で、クレイボーン・ファームで父の後を継いだ弟セスの生産馬であるエリート。3冠レースではサンデーの2勝1敗で全米を熱狂させる激闘だったが、いかんせん、貧しい血統と馬格のせいで種牡馬としての人気がまったく出ない。
ここで登場するのが、たまたまテレビでサンデーサイレンスのレースを見て惚れ込んだ社台ファーム総帥、「日本一の馬喰」吉田善哉である。伝説に充ちた生涯の話は端折るけれど、千葉の社台牧場の土地が成田空港の完成で高く売れて北海道に広大な土地を買えた巡り合わせと、ほぼ当たらぬ自力での種牡馬購入というバクチを続け、1975年、「血統の墓場」と呼ばれた日本に当時の世界の主流血統を持つノーザンテーストを導入して大成功し、80年に社台レースホースという産地直送の一口馬主倶楽部を設立して資金源を確保した歴史は記しておきたい。そして並外れた歩みの最後、アメリカへ吉田3兄弟の長男・照哉を送り込み、借金を抱えていたハンコックを口説き落としてサンデーサイレンスを16億円の高値で購入した。
しかし、ダート競馬が中心のアメリカの競争成績は信用しないのが血統のセオリーであり、日本で種牡馬となったサンデーサイレンスの前評判は低かった。吉田善哉は成功を確信していたが、産駒の走りを見ることなく93年に他界する。しかし、1994年初産駒がデビューするとみんなびっくり。皐月賞=ジェニュイン、タービー=タヤスツヨシ、オークス=ダンスパートナーとクラシック馬を輩出し、怪我しなければ怪物だったフジキセキはすぐ引退して種牡馬入りするなどとてつもない勢いで活躍馬を出し、バブルの余韻が残る日本に何度目かの競馬ブームを巻き起こした。さらに13年間種牡馬成績トップに立ち続け、競走馬の能力も世界レベルまで引き上げた。そして2002年の春、サンデーサイレンスは5千万という世界一の種付け料に到達したまま大往生を遂げる。
私はたまたま、東京競馬場の馬券売り場で吉田照哉の後ろに並んだことがある。96年のダービー、2桁馬番の馬の単勝を10万円買ったのは盗み見ることはできたが、締め切り直前でどの馬なのか突き止められず、結果は照哉の牧場・社台ファームの生産馬である人気薄の13番フサイチコンコルドが勝利。ああ、この馬だったのかと気づいても遅い。単勝は2760円ついたから照哉さんには300万弱の配当があったと邪推する。陽灼けして土の匂いのする骨太の、華やかな人で、父と同じく馬喰の雰囲気が漂う快男子だった。


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サンデーサイレンスの代表産駒は三冠馬ディープインパクトである。しかし、サンデー産駒が自由に買える、というフレコミで98年から始まった善哉の次男・勝己のノーザンファーム主催のセリ市場セレクトセールでついた値段は7000万。1億円を超えて当たり前のサンデー産駒にしては安かったのだが、その理由は、父親のサンデーサイレンスのアメリカでの評価と同じく、小さくて見栄えがしないからだった。
「チーターのように走る」と讃えられたディープインパクトは、デビュー当時の450kg前後の体重のまま引退した。無駄な筋肉は邪魔だと馬自身が体重調整していたらしい。頭がいい。競走馬は通常、調教して筋肉をつけて鍛えて強くするもので、現代競馬は500kgを越える大型馬が有利なのだが、サンデー系の馬は別である。馬見の天才・岡田繁幸は「柔らかさ」が違うと断じたが、全身を使って走るしなやかさが特徴的であり、サッカー選手ならメッシや久保建英のような小柄で俊敏な馬が強い。夭折した超絶スピード馬サイレンススズカやディープインパクト産駒の最強馬である去年の3冠馬コントレイルも同じくらいの馬体重だった。国際GⅠを勝ったステイゴールドやその仔で凱旋門賞2着のオルフェーヴルも大型馬ではない。かつての種牡馬界の王者だった「お助けボーイ」テスコボーイ産駒の雄大な馬格と伸び伸びしたフットワークとはタイプがまるで違う。サンデー系にも大型の名馬が出てはいるが、どうも本流ではない。
サンデーサイレンスは遺伝力が強い。初期は秘密にされていたがノド鳴り(馬のぜん息)持ちで、レースでは苦しがって斜行する。ただ、産駒には疾患とともに息切れしても全力を振り絞って先頭に立とうとする激しい気性も伝わる。もともと馬は群れる生物で、他馬と一緒に走ることが楽しいのが普通で、先頭でゴール板を駆け抜ける目的を教え込むのが難しいが、サンデー系は人から教わらなくとも一等賞になろうとする馬が多い。借金取りに追われているような切迫したレースぶりと勝ち気な性格まで遺伝する種牡馬は珍しい。
また、早熟で幼い頃から何も手をかけなくとも調教では抜群に動く。だから、調子に乗って鍛錬すると筋肉が傷つき、しばしば故障して能力が台無しになってしまう、とても扱いの難しい血統である。ディープインパクトを生産したノーザンファームはサンデー系の馬を多数育成した経験から特徴を見定め、早期デビューに至る調教法を金と手間をかけて開発し、いつの間にか他の牧場を圧倒する「ノーザンファーム1強」体制が築かれていた。
「風の馬券師」小林弘明が「トランポリン馬場」と呼ぶ日本の馬場は特殊である。自然の森そのままのヨーロッパの深い馬場とは正反対の、硬い路盤の上に芝を植えた人工的で速い時計が出る馬場では、筋肉が鋭く収縮する「柔らかさ」を備えた馬が圧倒的に強い。ジャパンカップでは2006年から日本馬の連勝が続き、強い外国馬は決して来日しなくなった。現在生き残っているサラブレッドの血統は十分に淘汰を経ていて、みな良血といってもいいのだが、競争能力が高い馬が出る確率は実はそう高くない。しかし、サンデー系の場合は異常なほど走力が遺伝する。それゆえ日本競馬は、この地ではサンデー系の血脈がなければ勝負できない、という奇妙な踊り場にたどり着いた。

 
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ノーザンファームの総帥・次男坊の吉田勝己は病弱だそうで、ロマンチストの善哉や照哉とキャラが違い、表に出る発言も少なく、何を考えているのか今ひとつ見えない。ただ、サンデー系の卓越した能力を最大限に評価し、世界中から優秀な繁殖牝馬をかき集め、ビジネスとして血統の価値をマネジメントする凄腕は素人目でもわかる。
ディープインパクトは3着入線した凱旋門賞で失格した。日本では許可されているノド鳴りの治療薬がフランスでは禁止されており、現地で使って検出されてしまった。しかし、競馬にも陰謀史観があって、馬主の金子真人がノーザンファームの言い分を聞かない人なので、引退後の種牡馬価格が高騰するのを防ぐため、牧場側があえて欠陥を明かしたという説がある。実際、中東の石油王はその失格のせいでディープ争奪戦から手を引いた。去年のジャパンカップでは、ノースヒルズの生産馬であるコントレイルの戦歴を傷つけるため、ノーザンファームの切り札であるアーモンドアイのローテーションを動かしてぶつけ、あえて負かしたという噂もある。数十億の金が動くのなら、何でもアリか。
2021年のセレクトセールは225億というとんでもない売り上げだが、最高価格の4億1000万の馬はサンデー系のキズナの仔。実は似たような血統の馬は多くて稀少価値はなく、サンデー系の血が濃い繁殖牝馬との交配は制限されるため、種牡馬として大成功する可能性はかなり低い。藤田氏のドーブネもディープの仔だから事情は同じで、どちらも賞金を稼いでもらうしかない。最近は、個人馬主にいい馬を売ると種牡馬として買い戻すのが面倒なので、いい馬は一口クラブに出しているらしい。セレクトセールのファッショナブルな血統の高額馬は走らないことは定説だが、それでも飛ぶように売れる。「格差社会」という言葉をリアルに実感する市場である。ちなみに、普通の牧場の生産馬ならば、3000万でも高い部類であり、現実として賞金でペイできるのはその辺の価格が限度である。
ノーザンファームの有力馬同士がぶつからないよう、レースを使い分ける戦略はよく知られている。似た血統が多いので、個性もどんぐりの背比べ。だから、お互い潰し合いを避け効率良く賞金を稼ぎ、馬たちは狙いのレースに向けて2つの調教基地ノーザンファーム天栄・しがらきで仕上げられ、調教師は余分な口出しや調教をすることを許されない。昭和の競馬では「叩き(休み明けの)3走目」が走り頃と言われていたが、今はいい馬であればあるほど牧場の調整だけで仕上げ、1戦必勝が常識になった。かつて馬はレースで競馬を覚えたが今は牧場がメインとなり、ノーザンファームで牧夫を経験するなど覚えのめでたい調教師が上位を争う。「鍛えて最強馬を作る」が信念で、二流血統のミホノブルボンを2冠馬にまで育て上げた故・戸山為夫調教師のような人は、もう出てこないだろう。ライバル馬同士が何度も激突する「名勝負数え唄」は、もう夢の夢なのか。


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しかし、トレンドは動きつつある。10月3日は、日本ではG1スプリンターズSが行われ、夜は凱旋門賞という競馬ファンにとってはお祭りの1日だった。スプリンターズSは、非サンデー系の種牡馬モーリスの初年度産駒である3歳馬ピクシーナイトが2馬身差で楽勝した。私は、3着だったシヴァージが2着だとより嬉しかったのだがまあ的中。神戸新聞杯でも、断然人気のディープインパクト産駒のダービー馬シャフリヤールが4着に飛び、ヨーロッパの名馬ナシュワンの仔バゴの産駒ステラヴェローチェが勝った。シャフリヤールはサンデー系らしく春から馬体の成長がほとんどなかったが、ステラヴェローチェは18kgも増えていた。
凱旋門賞では、日本馬の現在の最強馬であるこちらもバコ産駒のクロノジェネシスと、キズナ産駒のディープボンドが出ていて、なおかつ日本生まれのディープインパクト産駒スノーフォールが中東の石油王ゴドルフィン・チームの馬として出走する興味深い展開だったが、ブービー人気のトルカータタッソが勝ち、いろんな期待が空振った。私は2着3着のワイドをちょっとだけ的中したが、内枠有利なロンシャンの1枠1番の馬の存在に気づかず残念。しかし、記念すべき第百回目なのにフランス馬の陰が薄く、ほぼ無視されていたドイツ馬が勝ったのは面白かった。
日本のノーザンファーム1強体制はもちろん、揺るがない。しかし、アメリカとヨーロッパの最先端の血統を要所に配置し、もはや新たな要素を付け加えることができなくなった完成形に至っているサンデー系は、日本競馬への適性はいまだに高いとしても、血統的には飽和状態に達しつつある。良血馬はまだ何億という投資をしなければ入手できないが、ひ弱で鍛えられないという元々の欠点は、コントレイルやシャフリヤールの先細りの競争能力から見ても、なかなか克服できなくなっている。次はどの血統のブームが来るのか、楽しみな時がついにやって来た。
半年前から背中と腹が痛み、しかも原因不明でどう対処していいのかわからなかった。つい最近、起き上がれないほどひどくなり、整体師と鍼灸師の両方に駆け込んだら、いわゆる「スマホ首」で、極端な猫背でもあり背中が板のようにガチガチに固まっているという機械の故障のような原因が判明。長年、自分自身の「調教」方針を間違えていたようで、新鮮な発見だった。しばらくまともに歩けなかったので筋力も落ちているが、あまりに痛くていろんな感覚が初期化されて、身体を鍛え直す気が起きた。背後霊が去ったのかもしれない。そして、欧州のサドラーズウェルズと並び、世界一の種牡馬であるサンデーサイレンスの血統の栄枯盛衰と同時代に生きた幸運を噛みしめながら、また一度、血統の大更新を踏まえた馬券的中を目指せるという愉快な状況を歓迎している。さしあたって、世界の主流血統であるノーザンダンサー系としては珍しいスピード馬の新種牡馬ドレフォンが小旋風を起こすはず。
それにしても、サンデーサイレンスはほんとうにいい名前だと感服する。ケンタッキーの教会から静かなゴスペルの歌声が聞こえてくる。馬主のハンコックは、日曜日に出走させることに拘っていた。京都競馬場を2周する菊花賞で、1周目のゴール板を最後方で通過したディープインパクトが負けたと錯覚した若い女性ファンたちが、「ディープゥ~」と黄色い悲鳴を上げた瞬間も忘れられない。もちろん、ぶっち切りの1着だった。思い出は尽きない。緑の競馬場で生ビールを呑みながら、懐かしい馬たちの記憶を反芻しつつ、血統地図の変遷を見極めたいものだ。競馬は競馬場がいい。「ウマ娘」はやっぱり、遠慮しておこう。
 
 競馬の日筑波といふ名の栗を炊く


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。