映画音楽急性増悪 第25回

久しぶりの更新となる虹釜太郎さんの「映画音楽急性増悪」第二十五回。今回は今後作られるかもしれないフットボール映画について。

第二十五回 ファルソ・グリーチャ

 

文=虹釜太郎


『地獄のハーフタイム』(1961年/ゾルタン・ファブリ)や『勝利への脱出』(1981年/ジョン・ヒューストン)以外のフットボール映画たちはなぜ残念だったのか(これからはわからない、ということで今回は無理やりやっている)。そのことについて話題にするフットボールを愛する者も映画を愛する者も限りなくいないことの困難。両者をともに愛する者が世界にあまりに多いにも関わらず。マラドーナやフェノメノについての映画がなぜ… 
『ボールを奪え パスを出せ/FCバルセロナ最強の証』(2018年/ダンカン・マクマス)。メッシがパリ・サンジェルマン(以下、PSG)に去ったいま、メッシ不在のFCバルセロナ(以下、バルサ)についての別の映画が撮られないとバランスがとれない。ジョゼップ・グアルディオラ(以下、ペップ)を追う映画があるならば、『ミネイロンの惨劇の起源』という映画もあるべきだろう。存在しない『ミネイロンの惨劇の起源』については後述する。
弱小チームにとあるコーチが奇跡を起こすみたいなフィクションを現実世界のユルゲン・クロップがことごとく破壊してきたというのもあるかもしれない。映画とフットボールは相性が悪いなどというフレーズはありえない言葉の使い方であり、あまりにもおかしい。であるのだがしかし…
 
ビエルサのアキレス腱をいつも心配している。もう何十年も。個人的に虎のダンスと呼んでいるビエルサ監督の采配中のピッチを見ずに小刻みに左右に歩き廻る動きでアキレス腱はすこしはほぐされている? とはいえビエルサはまたすぐにしゃがんでしまうのだ。
プレミア開幕節では前半40分に後ろから、与えられた椅子に座らずにしゃがんでいるビエルサはしっかり撮られている。
しゃがむ後ろ姿だけでこれだけ絵になる人間は他にいるだろうか。なかなかいない。いかな俳優たちよりもしゃがむだけで絵になるビエルサ。彼がいつまでピッチ横でしゃがむことができるのか。残された時間は少ない。リーズのサポーターたちは幸せだ。
 
ビエルサと言えばスーパーリーグ構想についての世界中の苦言のなかでももっとも印象的なものとして記憶に残ってる人も多いはずだ。スーパーリーグの実現不可能とベーシックインカムの実現不可能。同時に議論する機会が世界中で何度も設けられるべきだ。
 
スーパーリーグ(The Super League, European Super League Company, S.L.)は、2021年4月に12のクラブによって設立され、将来的に20クラブで争われる計画で創設。しかしここには格差の固定化を含むあらゆる問題が燃えていた。格差が固定化するから貧困層がいくら死んでも自殺してもベーシックインカム的なあらゆるものは導入すべきでないというインテリによくある意見はこのスーパーリーグ構想の否定でも。スーパーリーグ参加以外のクラブ、ファン、選手、監督、各国政府からも反対されても「プロジェクトを再構築するためのもっとも適切なステップを再検討する」との説明の背景には、もっとも適切なステップで貧困クラブにはしっかりと消えてもらうという無意識が横たわる。しかしUEFAへの批判(国連への批判と常に重なる)がこれで消えるわけでもない。
降格なしのノックアウト・トーナメント? 
 
旧ギャラクティコと新ギャラクティコ(カタールマネー)。マドリーとPSGは移籍金1億7000万ユーロ+1000万ユーロでエムバペの移籍で合意…来季フリーで獲得できてもギャラクティコからギャラクティコへのマネー。いつまでギャラクティコってるんだ。
メッシの給料が払えず、ピケの給料を半分にして、これからも巨額で選手を獲得できないバルセロナの健全さは、第1節でこそその可能性を感じさせたものの、ヘタフェ戦では既にかなりの不安が漂ってしまう。クーマン監督の采配にものすごい期待をできるわけではなくてもだからこそ数十年ぶりにカンテラが…
パリ=カタールの事態とは別に、ミラン=中国については、2017年4月15日の12時30分という時刻がもっとも重要であるのは言うまでもない。この12時30分はイタリア時間。なぜイタリア時間の20時45分キックオフでないのか。FCインテルもACミランも中国に2016年、2017年に買収されたからだ。正確にはミランの買収は中国人投資家に寄るものだが。
イタリア時間のお昼12時30分は中国では18時30分。なぜ「スポーツにもっとも適さない」日本の真夏にオリンピックをやっているのかとまったく同じ。
スーパーリーグ構想は潰えても、このような事態は消えないどころか加速する。そしてドイエンスポーツのような存在はフットボールとはもはやずぶずぶの関係で、多国籍ファンドがかつてない規模での大前提となるなかで代表戦の意味はますます大きくなるが、代表戦さえファンドは間接的にゆるやかに殺していくかもしれない。そのことは後述する映画『ラウガルタルスヴェルル』では表だって浮かびあがってこないかもしれないが。
 
今回はこれからのフットボール映画ついて。
 
可能性という言葉は撤回したい。
 
1942年8月のウクライナ(第二次大戦中)のフラッケルフとFCスタルトの親善試合から生まれた『地獄のハーフタイム』。死の試合はフットボール映画として永遠に語り継がれるだろうが、そんな大きなフットボール映画ではないものでは今後いかなるものがあり得るのか。たしかにどのフットボール映画にも見られなかった不気味なかつてのフェノメノの顔を終始見ることができるドキュメンタリーみたいなものは今後もどんどん増えてくるはずだけれど、今回考えたいのはそういう「映画」ではなく。たしかに引退後のロナウドのバジャドリードの買収をめぐるドキュメンタリーはフェノメノのいくつかのおもしろい表情を見ることができた。この買収は他の出資者やパートナーがいないことが特に重要で、それだけに彼がいかに辛抱強くできるかが世界中で注目された。市長とレストランまで歩くのを皆が歩き追う姿は古い映画のパレードだと評されても、それが永遠に美しく語られるかどうかはわからない。このドキュメンタリーに出てくる最初のビッグゲストはフットボール界随一の聖人顔のハビエル・サネッティだった。問題だらけだったインテルを束ねたキャプテンシーと全てのプレイヤーの見本となるような態度が語り継がれるサネッティはロナウドについて”自分を失わなければ”と一応の釘を刺した。しかしやはりあまりにもロナウドへの密着が足りない。でもフィクションではフットボール映画はまったく強度を得られない…? …はたしてそうなのか。
 
以下に今後作られるかもしれないフットボール映画について。あまりにあまりに極私的に過ぎるけれど、誰もが納得できるそれらなど世界には存在しない。それが存在するとして作られた架空のギャラクティコ・フットボール映画がどれだけ悲惨過ぎたかは知る人も多いはずだ。
 
システムなどなくシチュエーションしかない、ポジションなどなくタスクしかない、けれどフットボールではなくフットボール映画のシチュエーションの想定が永遠に現実のフットボールに負け続けるとしても、そこでいかなる例外状態と超拡大解釈したパワーフットボール(限りなく非力なチームのそれも含む)があり得るのか。すべて時間の無駄かもしれないが。
 
 
『純血』
なぜアスレチック・ビルバオでなくアトレティック・クルブなのか。バスク純血主義。このチームと契約する選手は、バスク州出身者、ラリオハ州出身者、ナバラ州出身者、フランス領バスクのラブールスールバス=ナヴァール出身者のみ。ライオンたちはマメスの捕食を拒む。マメスはローマ人によってライオンの群れの中に投げ入れられたキリスト教徒。それらについてサポーター10人の家族の歴史を追いながら…
 
『二階堂高校のビデオアナリスト』
タイトルにはなんの意味もない。
高校サッカー部でのあるビデオアナリストの誕生を描いた映画。
 
『ロコ』
マルセロ・アルベルト・ビエルサ・カルデラについての映画。そしてビエルサとガスペリーニについての映画。アルゼンチン代表、チリ代表、アスレティック・ビルバオ、マルセイユなどの指揮官時代ではない彼のプライベート。ペップとロレンツォ・ブエナペンドラのような関係は、ビエルサにおいてはどうだったのか。
 
『ラウガルタルスヴェルル』
この映画について話す前にまずいかに代表戦がおもしろいかについて。
 代表戦はおもしろい。いつの時代も代表よりクラブチームの方が強いし凄いからみたいに吐き捨てる輩はいるが、だからなに?  
 
この数日間で 
フランスvsボスニアヘルツェゴビナ、
ハンガリー vsイングランド、
イタリアvsブルガリア、
リヒテンシュタインvsドイツ、
チェコvsベラルーシ、
スウェーデンvsスペイン、
ハンガリーvsイングランド、
アイスランドvsルーマニア、
サウジアラビアvsベトナム、
ポルトガルvsアイルランド、
ラトビアvsノルウェー、
スロベニアvsマルタ、
キプロスvsロシア、
セルビアvsルクセンブルク、
フランスvsウクライナ、
スロバキアvsクロアチア、
イスラエルvsオーストリア、
フェロー諸島vsデンマーク、
ジブラルタルvsトルコ、
スコットランドvsモルドバ、
オランダvsモンテネグロ
 
のヨーロッパ予選を観たのだけれど、どの試合もリーグ戦にはないことばかりが…例えばスウェーデンvsスペインでは、スペインは東京オリンピック組は外れていて、スウェーデンはかなり若返ったチームで得点力不足だったけれど、スペインのありあまる生徒会長感のソレールが開始4分で得点したら10数秒でイサクが撃ち返し同点が印象的だったけれど、スペイン代表の試合を観ているだけで、オサスナのスペイン第二次共和制とフランコ独裁時のイデオロギーの在り方が気になって仕方ない人もいたりする。この試合中に何度も写されたルイス・エンリケ監督だが、ベンチで周りには誰も置かずに脚を組むエンリケを見てペップを思い出した。エンリケとペップのあまりの違い。試合中に常に隣のスタッフと喧嘩にしか見えない議論を重ねるのが常態のペップと試合中たった一人のエンリケ。ペップはシティの次は代表監督をやりたいと語っている。この日スペインはスウェーデンに負けた。
ハンガリーvsイングランドは、スターリングやベリンガムがモンキーチャットのターゲットに。ハンガリーは欧州選手権でも人種差別があった。
楽しみにしていたベルギーvsチェコ。かつてのリベリアの怪人(当時からこの言い方には違和感がずっと)ウェアを彷彿させるも魔人怪人度はウェアよりだいぶ低く、しかしチェルシーに戻った後も味方の祝福の仕方がごつ過ぎて味方にドン引きされてるのが素敵な紳士ルカク。まだまだセリエAでイブラヒモビッチ(もうすぐ40歳)とどつきあい揉める姿を見たかったルカク。そんなルカクは開始早々に敵GKをぐったりさせてしまうが、紳士なのでやさしくいたわる。しかしやはりチェコGKはルカクとの接触ダメージで14分にキーパー交代。セルヒオ・ラモスとのがちがちの対決が見たい。ルカクはかなりの巨体だが足も速く、その俊足でこの試合も7分57秒にあっさり決めてしまう。ベルギーの2点めのヒールアシストもおしゃれでヴァナーケンがカタールでアシスト王で活躍すればベルギーの優勝も見えてくる。ワールドカップのアシスト王が誰かの賭けは難しい。
格上に対していかに引き分けるかのお手本とは言えないかもしれないがしっかり引き分けたハンガリーの対イタリア戦。イタリアチーム内で激しい言い合いがないのが気になった。イタリアは立て直しをしないとなはずのその後の対スイス戦でもベラルディ以外は覇気に欠けた。新星ザニオーロもまだ味方には強く出れない。エメルソン・パルミエリの高いテクニックも孤立。イタリアの交代した三選手は激しい主張はしていなかったし、試合後も険悪にはなっていない。ただマンチーニが紳士的にいらいらしただけだ。
フランスvsウクライナでは育成を10年やってきたウディ・アレン似のウクライナ監督がデシャンに苦い汁を飲ませ、キエナホームの強運を証明した。フランスもまたポグバとグリーズマンの言い合いとかがない。
イングランドvsアンドラの61分でのイングランドの三人選手一挙交代はえげつなかった。covid-19により一部の大会、リーグでは選手交代は三人から五人になり、選手交代が一挙に三人の場合も多くなり、クーリングブレイク(ラ・リーガの場合はなぜか25分でなく30分経過時)もあり、フットボールはこのままアメフト化するんかいとも。スイスvsイタリアもイタリアは58分で一気に三枚変えた後すぐにスイスも62分に三枚同時変え。また三人一挙交代が常態化のせいかどうかはわからないが、GK交代枠使い切った後にGK退場でフィールドプレイヤーがGKを無理やりやる珍事も生まれやすくなったかもしれない。その珍事は即席GKがわかりやすくいけいけの場合はスタジアムは即席GKがいちセーブするだけでありえないもりあがりをする。四半世紀前のセリエAでのある日の珍事が忘れられない。イングランドvsアンドラは71分にハリー・ケーンがPKをしっかり決め、この日は珍事は起きなかった。しかしアンドラは人口わずか7万人弱の国だ。スペインとフランスの間に挟まれた小さな国。アンドラの公用語はカタルーニャ語であり、カタルーニャ語での代表名はSelecció de futbol d'Andorra。アンドラフットボールとテルセーラ・ディビシオンは切り離せない。FCアンドラをアスレチック・ビルバオと並んで応援している非スペイン人も世界にはいるはずだ。人口が3万に満たないジブラルタル、人口3万のサンマリノ、人口3.4万リヒテンシュタイン、人口5万未満のフェロー諸島、そしてアンドラ。リヒテンシュタインもフェロー諸島もアンドラも欧州予選でがんばっている。日本の人口がいかにバカ多いかがわかる。人口30万人以下で達成しやすいこと? イングランドに4点とられて87分に交代したアンドラの選手は自由に走り回ることはできなかったが91分のスローインは気合い入っていてアンドラのGKは最後まですばらしかった。アンドラにはセルヒオ・ラモスのような破壊屋はいない。アンドラのようなファウルの少ないチームの試合を観る度になぜファラーを公然と非フットボールな非テクニックで破壊し、それでいて世界最高峰の選手とされるのかの、フットボールではなく「一流のフットボール」の闇が煌々と浮かび上がる。フットボールではなく「一流のフットボール」では「つかまらなければどんなひどい破壊行為をしてもよく反省もしなくてよい」。VARでも判定できないその高度な破壊技術を持つ者。通常のフットボールコンタクトの限りない拡大解釈。呼吸するように破壊行為を行うあるフットボール選手は「カタール代表」に移籍した。しかし今夏はその「カタール代表」よりもアーセナルの方が金を使っている(200億円以上)。ただ現在のパリのカタール代表がいまのフットボール界さまざまな矛盾を体現しているチームであることは間違いない。人口30万人以下の小国の選手たちがパリのカタール代表を含むビッグクラブで学び、そのやり方を母国に持ち帰る時、それもベイルのようではなく例えばドログバのようにそれを持ち帰る時、それは日本では不可能なポテンシャルが爆発する。日本はダメだ←なぜダメなんだ←人口が多いからだ…という信じられないありえない愚論が今日もどこかで暴発。
ジブラルタル、サンマリノ、リヒテンシュタイン、フェロー諸島…人口5万人以内の欧州サッカー連盟加盟国。
そんな代表戦のなかでも個人的にもっとも期待を持って観たかったのがアイスランド戦。アイスランドは2018年ワールドカップヨーロッパ一次予選を首位通過し本大会出場を決めた。ラウガルタルスヴェルルはアイスランドのホームスタジアム。しかしアイスランドはいなかった。プレイオフは悪魔の遊び場。各組で一位通過が絶望的な代表チームは悪魔の遊び場でいいからそこに潜り込みたい。そこには一位通過を確信しながら落下してきた代表もいる。
 
『ファルソ』。ファルソ・ヌエべを含む偽◯番についての問い質しの映画。ファルソと言えば以下のことどもを思い出す。
『ある夜のエクス』の著者・黒川直樹と『カレー野獣館』著者・虹釜太郎が両翼の世界と宇宙のフットボールをめぐる叢書【フットボール・デカローグ叢書】がスタート。黒川直樹のRECったオーディエンス“1000名”の声が「パガ? ニーニー、バーガニー……イニーニーパガニーイ、イ、イ? イ! バサバ! サ! サバットイ、イッ、イイ! ニニーガッパガーニ!!!!」とフットボール観劇のチャームを聞かせる“時”と“席”のパラレルテキスト『1000voice』、虹釜太郎による13年ぶりの『リベログランデ』リプレイと封印していたフットボールライフにおいて起きたリベログランデ人生の反復とフットボールについての形容詞の死と死んでしまったフットボールゲームについてつづった『リベログランデ日記』。未来女子フットボール・リーグにおいて毎日発明される反則と『アルジェドニック・デカスカイ』という10種のフットボールを転戦するデカリーグ「マタチン」「ジャガー」「エレファント」「アッシュフット」、反重力ブースが乱立するアリーナでの闘い「ガルーダ」、機械化した11種の動物に扮して闘わねばならない馬鹿馬鹿しい「ゾアントロープス」他について記した新版『ベラドンナフットボール』(旧版『ベラドンナジャガービスチェ』改訂&新章追加)と女性フットボールのデカリーグライフと彼女たちが目覚める瞬間について書かれた続編『ベラドンナフットボールガールズ』。「南の島のワールドカップ定食」が付録で付く未知の「世界丼」についての奇事典『ダイナマイト丼DON』。そして、100 World Football Game 1939-2022、世界にいまだ現出していない100のコンピュータフットボールゲームたち(『ヘルボル』×『パルチザンキネティカ』×『アルジェドニック・デカスカイ』×『マスターオブサドンデス』×『エレメントオブレッド』×『ケツァルカタス』×『チェコ版戦革機銃蹴球戦記1938』×『リベログランデアマゾン』×『ボランチグランデ』×『ケツァルカタス』……)を紹介するフットボール明滅の書『フットボール・デカスロン』まで。そして黒川による「シャバ(現代)」と「シヴァ(臨界)」或いは「ゲス(不合理)」と「デス(不条理)」の織り成すアンシンメトリーなクラシック・マッチレビュー『イン・グランズ』シリーズ第一弾―at CL 07-08 Final“Manchester United × Chelsea”―ヘル・フットボール=ヘル・フットボール・ゲーム=このゲームの地獄はどこの地獄だろうかをあきらかにするフットボール・イシュー、フットボールのゴーストたちの集積記憶サーキットとしてフィールドをノートするバトルノート? おぞましき俯瞰に曝された真緑の“グラス”を水平に眺めたGKコーチが痙攣的なコンフェッションに覗く望遠鏡…フットボール・デカローグという訓戒のパンドラがここに…"といったことどもがどうしたってしらけてしまうのはリアルフットボールゲームたちのファルソが…
 
 
『ヘビーメタル』
イングランドサッカーではなく、ドイツ人がイギリス風と呼ぶフットボール。イングランド以外での"イギリス風"フットボールの明滅についてのドキュメンタリーがなぜうまく出来ないか、あるフットボーラーが引退した後についた別の仕事たちについての『ERSATZ』、あるフットボーラーがフットボールをはじめる以前にやっていた競技たちについての『EX FUTBOL』がなぜうまくいかないかについてのディベート。
 
『ディープスロート』
内部情報の交差たちが語るレアル・マドリー。冷めたスープを温め…どころの話ではなく。ジュリアーノ、クートロ、ディ・ラウロ、コンティーニといったカモッラの幹部たちが殺され逮捕され姿を消した時フットボールは…? の『ES17』との2本立てによるギャラクティコの否定に継ぐ否定。
 
『ミネイロンの惨劇の起源』
なぜブラジルはドイツにここまでの得点差で負けなければならなかったのか。それについてはペップの責任が大きい。責任? 功績? いずれにしても2026年のワールドカップでは、ペップが監督するチームが観れる可能性が大きい。
 
『サルダブル:Ⅱ』
健全化してきたラ・リーガ。しかし90年代は。汚職とサッカーといい加減仕事。
スペイン・サッカー連盟(RFEF)のアンヘルマリア・ビリャルリョナ会長が不正疑惑で逮捕されただけではなく、会長の息子やRFEF他メンバーも共謀、詐欺、横領などの罪で逮捕されているがそれだけでない…
2021-2022 ラ・リーガ開幕ガイド本出版記念鼎談の木村浩嗣+倉敷保男+小澤一郎での木村浩嗣が特に指摘していた汚職。木村氏の以下のテキストは必読→"EURO第18日。「第二のイタリア」はあるも「第二のベルギー」は? 強さは互角だが…"
 
『untitled』
Wild Eyeの社長は自分が思い付いたタイトルと金だけ監督に渡してサメ映画を撮らせるということをずっとやってます。富豪たちはサメ映画もいいけれど、フットボール映画でこれを…
 
『Soprus Soccer』
エストニアに住むティーンエイジャーの視点から都市の風景を表現したアヌ・ペンナネンの『Soprus』を素材とした無機的ストリートフットボールゲーム。プレイの際のゴール位置。その位置が敵フィールドプレイヤーや味方フィールドプレイヤーの叫び声によってどんどん変わっていく。モニター右上に次のゴールの場所が某世界労働者大搾取運動靴会社要超高額謝礼広告でかつて多用され続けたわざとらしい解像度の荒さよろしく映しだされる。この『Soprus Soccer』においては絶妙なポジショニングというものがどういうものなのかは永遠に正解は出ない。しかしピルミン・シュビクラーのような視野の広さや高速度での直角パスを操れる反転力旋回力こそがこのゲームにおいては有効だった。ビルスルーパスをこなせる力のある選手も活躍できるが豪快なミドルはこの世界においては一切有効ではなくただガラスの破片をばらまくだけ。
 
『LNPB』
セリエB。2002-2003セリエB順位表最終ステージ。カターニア、ジェノア、コゼンツァ、サレル二ターナ。しかしコゼンツァが突如解散。でいきなりフィオレンティーナ昇格…それら珍事からはじまるB探査。
 
『Sillia』
オスカー・ニューマイヤー設計の計画都市ブラジリアのかつての裏路地ばかりをつなぎあわせた特異な設計によるもうひとつのブラジリアン・ストリート・フットボール。ブラジリアの麻薬ギャングのデータは各年代の中堅ギャングが勢揃いし南米ギャングに詳しい人は顔をしかめる。非番時にストリートキッズを始末する暗殺隊に変化する警官隊はこのゲームには出てこない。窃盗、スリ、路上窃盗、自動車窃盗、カージャック、速すぎる麻薬売買。ストリート・フットボールに耽溺できる者はいい。問題なのはストリート・フットボールにも馴染めず、お金もなく、バイトもなくただうろうろと時間を費やす10歳以下の子供たちであり、ストリート・フットボールに「耽溺」することすらできないそういう子供たちやティーンエイジャーたちをやはりフットボール関係の何かで救おうとする若ギャングのフットボールにまつわる悩み。「サッカー」ゲームの数々や棒にスター選手がくくりつけられただけのリアルサッカー台の「ゲーセン」の管理を彼らに任せる。フットボールのコピーグッズを彼らに売らせる。アジアとアラブ向けのフットボールグッズの数々の偽造工場を任せる。フットボールにまつわるそれらの「仕事」を通してドラッグにだけは関わらせようとしない元若ギャングと最近できた可愛い彼女のためにドラッグをとことんまわしている現若ギャングとギャングをいかに抜けるかで揺れる現ギャングの抗争とループ。窃盗と物怖じしない強心臓、スリとパスカット能力、路上窃盗と粘り強いパスカット、自動車窃盗とワイドでクイックな飛び出し、カージャックと混戦の中でのメンタル、電撃的速さの麻薬売買とDFの…といったゲームのあらゆる細部がいかに終わっているかについて…
 
『ER's Studion』
フォノグラファー。音を撮影し、それを再度「世界」に触れ合うために活用する者たち。いくつかのフィールド・レコーディングを放り込んでおけば、フットボールゲームプレイ中にそのいくつかの音素材に切り刻まれて新たな「スタジアム環境音」として毎回新しく作りなおされて音の海をつくるしらじらしさ。音響によってフットボールの新たな次元が開拓されること…あなたはどの器官を使いがちかというしらじらしさ。
 
『パリオス・ネグレド』
捕食に狂気乱舞する危険な鳥類がいる中でのエアフットボール。GPS Logger、Camera Data Loggerをとりつけられた鳥記者たちも試合中びゅんびゅん飛んでいる。ベセスダの超初期タイトル『GRIDIRON!』のフットボール版とも違う雰囲気。Bio-Logging技術の変遷とバッテリー技術の進化、Tape-Flash Memoryの見直しとComapss機能の飛躍的進化と歪みはじめたRADIANT AIにより体重39kg以下のエアフットボーラーたちがいままた試合開始の合図とともに飛翔していく。
 
『DEAD OR ALIVE:P』
三すくみ。フットボール界における三すくみ、ジャンケンについて、プレミアだけでなく世界各国リーグの三すくみについての大胆な仮説についてスペイン、イタリア、ドイツ、アルゼンチン、パラグアイ、ベトナム、ベルギーの七か国のジジイたちが延々と語る。最初はアトレティコ・マドリーはリヴァプールに勝ててもシティは難しい…からはじまった。マッチアナリストだけの話ではなく壮大な世界の三すくみの話にまで発展する…   
 
『合法的な骨折のさせ方』
通常のフットボールコンタクトの限りない拡大解釈についての映画。しかし収録国数の多さがFIFAとはあきらかに違う…
 
『部殺し』
 スーパーリーグ構想のようなあらゆる南北の理不尽が具現化したものについての徹底追求やフットボールの歴史に現れたあらゆる例外事項(『勝利への脱出』やミャンマー選手の日本への例外的脱出を含む)から忘却の彼方に消え去ったリベログランデのあほ凄まじかったポテンシャルからあらゆる買収の失敗まで、いまだ現れない無数の無名のフットボール映画たちに必要なのは「流れに関係なく突進」という手書きのマニフェストであり、それはブラッケル地区練習場のプレハブ小屋というよりは高校の映画部のプレハブ部室に貼られているかもしれない。部殺しとはサッカー部員殺し。
 
 今回のタイトルのファルソ・グリーチャは当初は「南北」というタイトルで書いていたのだが、ファルソ・グリーチャにした。偽のグリーチャ。『地獄のハーフタイム』にはあって『勝利への脱出』になかった、スタジアム画とフィールド画でスタジアム画の方が長くなってくる後半。ピエ・リアン・アウン選手の日本での難民認定はとりあえず実現した。