Television Freak 第65回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は『全裸監督』シーズン2(Netflix)、『DIVE!!』(テレビ東京系)、『シェフは名探偵』(同)、『流行感冒』(NHK)などについて記されています。
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「令和」の夢



文・写真=風元 正


橋本聖子を見るたび、8戦8勝の名馬マルゼンスキーを思い出す。聖子の父である橋本善吉が1973年のキーンランドセールで三冠馬ニジンスキーの仔を受胎した母馬のシルを購入し、日本で生まれた「持込馬」。セールで3番目の高馬で、牛の仲買人だった善吉が本格的に馬の生産に進出しようと無理して買い、脚が曲がっているなどのハンデを克服しつつ本場の良血馬の底力を発揮しぶっち切りで勝ち続けた。当時、持込馬は多くの出走制限があり、ダービーにも出られず、騎手の中野渡清一が「大外でも出たい」と訴えて論議を巻き起こした。「ウマ娘」でも人気があるらしいが、本題は引退後。
マルゼンスキーは種牡馬としても成功し、1984年に聖子がオリンピックに初出場するあたりまでは輝かしかった。私も競走馬時代は見ていないが、サクラチヨノオー、ホリスキー、レオダーバンといった産駒の活躍には興奮した。しかし、後に続く馬を生産できなかった善吉の最終的に「60億」と噂された大借金が競馬ファンの間にまことしやかに流れる頃から微妙な案件になってゆく。自転車を含め7度出たオリンピックも「借金のカタ」という先入観が抜けず、年齢的な限界を超えても現役に拘泥する姿は重苦しくて、アスリートから国会議員、大臣、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長へ至る道筋が「女性活躍」に結びつくのかどうか。見る側は「昭和」の残り香しか感じない。記者会見席上での、あの死んだ瞳……。
日高の小牧場が一発逆転、という夢が成り立ったのも橋本善吉の頃までで、ノーザンテースト→サンデーサイレンスという世界の主流血統を持つ2大種牡馬に恵まれた社台Fの吉田善哉が1990年代に血統レースで勝利してから、日本競馬は別のモードに入った。今はもう、栄養豊富な飼料(値段高っ)を食し、育成牧場で血液検査してレースに最適な体調まで仕上げた馬を調教師がいじることは許されない。陸上選手などの、ドーピングと紙一重のレースへの周到な準備と同じ手法で、稼げるとなれば目的合理性に従い「科学」を総動員する「ネオリベ」的な競馬が全盛。イヤ気がさして、私は今年、30年以上続けていた競馬のPOGのドラフト会議から離脱したのだが、残留した友人にリストを見せてもらったら、ほぼ似たような配合の一強牧場・早来ノーザンFの馬ばかりが並んでいた。育成段階に費やす手間と金と過去情報が段違いなので、選択肢がなくなっている。もう血統診断どころではない。そういえば、あの日高の傑作オグリキャップの子供がみなスピード不足だったのも分岐点だった。

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『全裸監督』をシーズン2から見て、何となく避けていたシーズン1に遡り、モヤモヤが続いている。大ヒットしたことや、体当たり演技の黒木香役の森田望智や乃木真梨子役の恒松祐里がどちらも朝ドラ『おかえりモネ』で爽やかな役柄なのは愉快だし、ピエール瀧がレンタルビテオ店長役で通常運転しているのはとても嬉しい。しかし、出演女優たちも口にする通り、周囲の人間をみなどん底に落とし、自分だけサバイブする「村西とおる」がどうしても好きになれない。『闇金ウシジマくん』での山田孝之はダークヒーローとして完璧だったが、村西を演じるあの白いスーツ姿やブリーフ一丁姿の先に何があるのか。村西とおるは橋本聖子と臭味が似ている。
大胆な性描写、宮沢りえまで出ている豪華な俳優陣。70年代から90年代までの日本をリアルに再現したセットも金満だが、落書きや借金催促の書状に塗れた白亜の豪邸の虚しさに行き着くのがユウウツである。ビニ本、裏本から『SMっぽいのが好き』という流れはリアルタイムで追っていたし、村西とおると『パンツをはいたサル』栗本慎一郎的なポストモダン思想や黒木香と『セクシィ・ギャルの大研究』上野千鶴子的なフェミニスムが野合し、『朝まで生テレビ』が燃えていた時代を思い返してもただ狂騒の貧しさがあるだけで、登場する都市風俗にも縁がなかった。ただ、「トレンディ俳優」の代表だった吉田栄作が別人のように渋い銀行員を演じ、90年の「総量規制」でイケイケドンドンから態度を一変するシーンは鮮やかで、製作陣の腹の括り具合はよくわかる。バブル崩壊のハードランディングを反省し、世界的に金融緩和を続けているのが現状であり、確かに今世に問うべき作品ではある。
Netflixの日本製作コンテンツは、なぜサバイバルゲームの枠組みをベースに置いているのだろうか。『全裸』は実録サバゲーだし、『日本沈没』『今際の国のアリス』はどちらもバトルロイヤル風味が強調されていて、『呪怨:呪いの家』のテイストもオリジナルよりニヒリズムが深まっている。基本、過去に大当たりした何かのリメイクであり、金はかかっているが既視感に塗れている。世界制覇は身も蓋もない生存競争を映し出す鏡になるのだろうか。
しかし、『全裸監督』についつい先を知りたい欲を掻き立てる魅力があるのは事実。21世紀が映り込んでしまうのがまずいため解放感のある画面に欠けるのが難だが、濡れ場がアク抜きされて気楽なスマホ視聴も習慣になったし、あれこれケチを付けるのも大人気ない。Netflixのアニメ『攻殻機動隊』シリーズは好きだし、どんどん選択肢が増えればいい。


 

 
『全裸監督』の解毒剤になったのは『DIVE‼』だった。時速60kmで10mの高さから飛び込む競技が題材で、放送は終わっていたが一気見。森絵都の小説が原作で、すでにラジオドラマ・映画・漫画・舞台化されている鉄板の青春物語だった。ダイビングクラブ(MDC)が経営危機に陥り、オリンピックの代表選手を出すことが存続の条件となり、ジャニーズJr.のHiHi Jetsが演じる3人の少年が切磋琢磨する。柔軟な体と飛び抜けた動体視力を持つが周囲に流されやすい坂井知季(井上瑞稀)、元飛び込み選手の両親を持ち3年連続中学チャンピオンの天才・富士谷要一(作間龍斗)、昭和の初めに天才ダイバーと噂された沖津白波の孫で、ひとり海に向かい飛び込みをしていた沖津飛沫(髙橋優斗)が主人公。MDCの創設者・水城真之介の孫でアメリカ帰りの鬼コーチ麻木夏陽子を演じる馬場ふみかのツンデレ指導がチャーミングで目が離せない。
コーチに資質を見出されたものの自信が持てずモチベーションが不安定な知季、優れたコーチである父との相克に悩む要一、腰痛持ちでルールに従ってプールに飛び込むことに納得がゆかぬ飛沫。オリンピック目標の厳しい練習ゆえ、フツーの学生の間からは浮いて、心が乱れる様もリアリティがある。もっとも魅力的なのは若々しい選手たちがプールに飛び込む姿で、鍛え上げられた3人の身体能力はすばらしい。知季が前宙返り4回転半抱え型の着水を成功させた瞬間は快哉を叫んだし、要一の優美な空中姿勢と安定感のある着水や、飛沫のスケール感のあるスワンダイブなどを、何度も繰り返し練習するところから丁寧に見せてゆくので感情移入できる。「飛び込みは、本質的に物語性が高いスポーツ」という原作者の言葉は重い。
飛び込みのごとく、オリンピックが最大の目標になる競技は確実にあって、開催することがここまで厄介な大問題になってしまうと、10年単位の地道な強化を経て舞台に立つことを目指すアスリートたちの存在意義にも関わる。競技人生は短いものだし、2020年にピーキングしてきた多くの人々の努力と情熱が1年延期を経てどういう結末を迎えるかは見届けたい。そろそろ、毎年同じ場所(アテネ?)で行い金をかけず政治も排した純粋なオリンピックを構想すべきだが、所詮は興行だから無理か。それでも、IOCの次代を担うセバスチャン・コーの卓越した知性と政治力には期待している。


 

 
西島秀俊がたいへんなことになっている。朝ドラではメインキャストの気象予報士だし、カンヌに出品された濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』で主役。でも、『シェフは名探偵』のような深夜ドラマでも手を抜かない。西島演じる凄腕のシェフ三舟忍は並外れた洞察力と記憶力を持ち、訪れた客たちの悩みも快刀乱麻を断つごとく解決してゆく。ギャルソンの高築智行を演じる濱田岳が相変わらずいい味を出していて、誹謗中傷や店の危機にも飄々として動じない三舟をつい軽率に疑った後、深い思慮を知って立ち直るプロセスを繰り返すのが楽しい。高築を雇ったのも、2度目に店を訪れた時、立ち居振る舞いから失業者になったと三舟が気づき、バイトしていた駅前のラーメン屋で錯綜するオーダーを見事に捌いたことを覚えていたから。スーシェフの志村洋二(神尾佑)、ソムリエの金子ゆき(石井杏奈)のコンビネーションも最高で、1話ごとに料理をきっかけに恋や仕事の難題がテキパキと片付いてゆく展開はプログラム・ピクチャー的な爽快さが横溢している。
最近、俳優への要請はいろいろで、料理姿を披露するのも当たり前だが、料理ドラマの出演経験も豊富な西島が最も安定している。最近、練習しました、という力みがなく自然。アクションも同じで、鍛え上げられた胸板の厚さには圧倒されてしまうものの、半端ない役柄の対応力は長年練り上げた人柄の賜物ではないか。『ニンゲン合格』の長髪の若者からここまで来たかと思うと感慨深い。
前クールは見所のあるドラマが目白押しで、中村倫也が元ヤクザの移動コーヒー店の店長を演じた『珈琲いかがでしょう』や佐藤二朗が元引きこもりの力で不登校やいじめに立ち向かう『ひきこもり先生』の名は挙げておきたい。ほかにもドラマが大量に作られていて、いったいどうしたことか不思議だったのだが、理由は単純。テレビで今後の伸びが見込めるのは配信事業、という話だった。私がデスクワークの最中に眺めている朝のワイドショーの圧倒的な手抜きと対照的で、なんと分かり易い展開か。谷原章介のつるっとした顔、勘弁して欲しい。この傾向は加速するはずだし、画面が小さいテレビドラマばかり出ているとすぐ消費されてしまうので、俳優にとっては新しい魅力を開発してくれる監督の映画への出演がますます重要になってゆく。


 

 
再放送を見たのだが、ドラマ『流行感冒』は秀作だった。志賀直哉の同名小説が原作で、大正8(1919)年の我孫子在住中の「事実をありのままに書いた」(本人の解説)。最初の子を亡くしたことで病気を異常に恐れるようになった「暴君」の作家の周章狼狽を本木雅弘が堂々と演じている。スペイン風邪が我孫子にもやってきて、周囲がすすめても娘を運動会に出さなかったり、外出を恐れたり、ドタバタが繰り返されるのだが、芝居好きの女中の石(古川琴音)が隠れて旅役者の興行に行って、しかも隠していたことから大騒動が巻き起こる。作家は石が芝居を見ていたことを突き止めてクビにしかかるのだが、夫を内心非常識だと感じていた妻の春子(安藤サクラ)のとりなしで思いとどまる。一家中がスペイン風邪にかかって、ひとり無事だった石の目覚ましい働きに救われ、結婚で家を出ることになった折、暇を出さずによかった、としみじみ夫婦で納得する話である。
このドラマの白眉は古川琴音の演技で、家族の前で『金色夜叉』の名場面をしばしば物真似して喜ばれているのだが、とにかく上手い。石がいなくなった後、娘が寛一お宮を真似するシーンが可愛い。どうしても芝居を見たかった心情が巧みに折り込まれている。編集者役の仲野太賀が「先生」を連れてゆく居酒屋の店長役の石橋蓮司が、普段病気なんか怖くない、と強気なのに、咳をして具合悪そうな常連客の女が来たら即座に断る。あげく店は潰れたが、似たような境遇の者同士河原に集い、本木と太賀の前で再起を誓うシーンは見事だった。この2つのエピソードは原作になく脚本の長田育恵が加えたものだが、現代との相似を際立たせているし、全編セリフがよく練り込まれていて見事だった。
志賀は「子供の病気に対する恐怖心は今から思えば少し非常識であった。この小説の左枝子という娘の前後二児を病気でとられた私はこの子供のためには病的に病気を恐れていたのだ」と振り返っている。大正のスペイン風邪の大流行は現状のコロナ禍より断然ひどく、ワクチンもなかった。バタバタ人が死んで、よくわからぬうちに収まったわけだが、感染症とはそういうものだ、と納得できるドラマだった。

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立花隆が亡くなった。戦前の農本主義者・橘孝三郎は父親のいとこ。もう40年近く前になるが、新宿ゴールデン街にあった立花の店・ガルガンチュアには、東大の同級生に連れられて顔を出していた。影響を受けないことはむずかしい偉大な存在。でも、あの『田中角栄研究』が社会にもたらした影響は複雑だった。もちろん、政治は清潔に越したことはない。しかし、金がかかるのもまた現実であり、過度な「金権政治」批判から生まれた政治資金規正法は政治家の手足を縛ってスケールを小さくさせ、金がかかる選挙をなくそうとした小選挙区制は結果として資産と地盤のある二世しか立てない状況を生んだ。明日にも実現するという話だった「二大政党制」は民主党がコケでどこかへ行き、よく判らない問題で対立している小さな野党だけが残っている。中選挙区制ならば、少数派でも議席を獲得する可能性があるし、死票が減るから選挙に行く気も出る。公認の権限を笠にきた党中央の縛りもここまで強くならなかっただろう。周期的に「田中角栄がいれば」という郷愁のような声が上がるが、今だったらすぐに逮捕されて活動不能である。「政治改革」の名で行われた制度の改変をすべて立花隆のせいにするのは酷としても、あの熱狂的な角栄潰しは何だったのだろうとは思う。
「昭和」の夢再びの終着点がオリンピック誘致で、悪夢のような展開になっている。とはいえ、競技は普通に行われて感動してしまうだろうし、世界は少しずつ「新しい日常」を獲得しつつある。何より、大谷翔平がホームラン競争で再延長戦まで行くという芸を見せて、超満員のマスクなしの観客と大リーガーたちに深く愛されていることが分かったのは嬉しかった。野球漫画を地で行くようなオールスター戦で「二刀流」プレイヤーがこの日本から出るとは! 「令和」の夢は、すでに始まっている。

 遠雷やスタジアム割く白い球



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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。