妄想映画日記 その124

2冊の書籍のKindle版化の作業や原稿執筆など目を酷使する作業が続いた樋口泰人の2021年6月21日~30日の日記。映画『17歳の瞳に映る世界』(エリザ・ヒットマン監督)、『BILLIE ビリー』(ジェームズ・エルスキン監督)、『JUNK HEAD』(堀貴秀監督)、『恐怖のまわり道』(エドガー・G・ウルマー監督)、『ソング・トゥ・ソング』(テレンス・マリック監督)についても。
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文=樋口泰人


6月21日(月)
午前中から各所連絡。こんな状況で予定が立たないと言いつつも予定は立てねば何も始まらずというわけで、いろいろぐったりすることだらけだが致し方なし。とにかくどうやって周囲を巻き込みつつ、自立して生きていくか。ただそれだけ。
夜は確認したいことがあったので『ウェンディ&ルーシー』を再度。冒頭のショットのハミングの件。そしてルーシーを探しに出たウェンディが線路付近の空き地で何かを感じて振り返るショットの件。彼女が振り返ると木々の間に入っていくレールが映っていて、もしかしてそこからルーシーが出てくるのではと思えてしまうような流れになっているのだが、いや実はあれはルーシーではなくウェンディなのではないか。自分を観ている遠くのウェンディの視線にウェンディが気付いたショットなのではないか。つまり実はいつかこのレールの先に行くことになるだろうと、彼女が確信するショットと言えるのでは? もちろん監督の意図はまったくわからないのだが。

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『ウェンディ&ルーシー』
7月17日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次開催の
特集
「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」で上映


 
6月22日(火)
やろうやろうと思っていて全然手を付けられなかった『サミュエル・フラー自伝』Kindle版のルビ付け作業を3週間ぶりくらいで。新しい眼鏡の完成が待ち遠しい。目がしょぼしょぼ。ところどころ目に入ってくる本文はやはりめちゃくちゃ面白い。面白いのだが読んでいたら仕事にならない。2段組み750ページの恐ろしさ。まだまだ先は長い。終日、レコードを聴きながらパソコンの前に張り付いていた。ジンバブエのバンド。ディスクユニオンの解説によれば、「チムレンガ」と呼ばれるジンバブエのポピュラー音楽の新しいスタイルの誕生、ということになる。1970年代のジンバブエの独立運動とともに生まれてきた音楽ということで見開きジャケットの内側にはびっしりと解説が書かれているのだが、こういった解説を地味に訳出していけば、世界の見晴らしがよくなってくるのではないか。

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6月23日(水)
終日自宅作業。『サミュエル・フラー自伝』Kindle版作業の続き。とにかくルビが多いので、書籍版を確認しながらルビふりを。書籍版の確認というのが目で追ったのではだめで、両手で文字面をなぞっていく。1行1行なぞるという「指さし確認」みたいなやり方ではなく、両手で点字を一気に蝕知するような感じでとにかく紙の面に触る。手に触れる文字の感触と目の感触を一致させながらルビが降られている箇所や、英数字がある箇所を探っていく。デザインデータから抜き出して縦書きに直した文字データでは英数字がすべて横倒しになってしまっているのである。別に指先がルビや英数字などを発見できるわけではまったくないのだが、まるで指先に目があるような感覚で、目と指先を一体にすることが必要なのである。いや、そこまで大袈裟なことか、単にルビと英数字をひとつひとつ見つけていけばいいことでは? という突っ込みは十分承知。目がまともに見えない集中力が恐ろしくない大概のことはどうでもいいという校正作業や確認作業にまったく向かない人間の生きる知恵みたいなものだと思ってほしい。耳が弱いわたしが爆音調整をできるのも、耳の機能を身体のどこかに預けてそこと一緒に聞いているからだと、無理やり結び付けてみたい気もする。いずれにしてもそれやこれやで、とにかくKindle版1巻目(第1部、第2部)の作業が終わった。この後大阪支社長が写真とキャプション処理をやってようやく1巻目が完成となるのだが、写真とキャプション処理はさらにまた大変そうで、発売までにはもうしばらく時間がかかる。

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夜はアマプラで『恐怖のまわり道』。エドガー・G・ウルマーのこの作品はもう40年ほど前にアテネ・フランセで観て驚愕した印象だけが肥大して、それ以降は観ていないために、もうとんでもない恐怖映画になっていたのだが、今観るとわたしがかつて観たはずの砂漠の悪魔は出てこなかった。なんてことだ。ロージーの『夕なぎ』のエリザベス・テーラーみたいな感情の塊とも言える女の存在が、まだ20代そこそこのわたしをおびえさせていたのであった。近年の映画ではこういう女性に出会うことはない。もっと極端に作り込まれて単なるひとつのキャラクターになった感情の形骸みたいな人物なら各所で出会いはするのだが。ただ『スパイの妻』の蒼井優は『夕なぎ』や『恐怖のまわり道』の女性たちに近い存在に思える。こちらはあくまでも日本的に「受け身」の姿勢ではあるのだが。とはいえだから、彼女は国家も戦争も知ったことじゃないのだ。



 
6月24日(木)
『JUNK HEAD』を観にシネクイントへ。午前11時過ぎにスタートという上映開始時間は今のわたしにとってなかなか厳しい。かなり無理やりで身体も目覚めぬままあの世界に向き合わされるわけである。よくまあひとりでこれを、という誰もが思う感想が浮かぶわけだが、まだこれ物語が始まったばかりというか、物語の前提がようやく終わったばかりで、いったいどこまで続くのか? 監督はどこまで想定しているのか? 監督の欲望が気になった。いや、もしかするとこの後の物語や映画は他人に任せて自分はまたたったひとりで別の物語の前提だけを時間をかけて作っていくという、そんなやり方もあるな。延々とひとり作業で愛と狂気をその世界に充満させていく。まさにそれこそ『JUNK HEAD』という物語そのものではないか。その場その場で新しい体を与えられ、次々に別の世界へと旅していく「頭」。そんなその後を妄想してひとりでニヤニヤした。


 
その後事務所で各所連絡。しかし無理やり起きたせいか、事務所のエアコンがどうも具合悪いせいか変に身体が冷えて頭が痛い。コロナ・ウィルスのデルタ株は頭痛と鼻水が特徴という記事も読んで、わたしのようにちょっとしたことですぐ頭痛鼻水となる人間はいったいどうしたいいのかと思う。風邪薬を飲んで寝る。


 
6月25日(金)
朝から原稿、午後はバウス社長の本田さんとミーティングでその後再び原稿で朝まで。久々に集中して原稿を書いたのでなかなか眠れず。

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6月26日(土)
結局原稿その他朝までかかってしまい、11時過ぎに起きたもののぼんやりしたまま。1日をあきらめるしかない。『17歳の瞳に映る世界』を観る。まさにタイトルそのままの内容で、距離感を失う。自分が17歳だった頃のことなどもうまったく記憶になくそのころ何を考えていたかもすっかり忘れてしまったが、ああ確かにこんなヒリヒリした何かを抱えていた、自分だけではどうにもならないのに他に頼るすべも知らず傍から見ればあまりに無駄な独りよがりな歩みをそれでも続けるしかない、そんな一歩一歩を踏みしめていたと、ほんの少しの恥ずかしさとともに思い出し、では今こう言った世界の真っただ中にいる彼らとどのように向き合えるかと言えばイラつかず怒らずじっくりと彼らの行動を観てあげるしかない。そんな主人公たちへの映画としての距離感がはっきりと表れていてうれしくなった。それから主人公の歌がなかなか良くて、どうやら本当にシンガーとのことなのだが、彼女がオープニングで弾き語りするのがエキサイターズの「He’s got the power」、カラオケで歌うのがジェリー&ザ・ペイスメイカーズの「太陽は涙が嫌い」。エキサイターズのブレンダ・リードはこの歌をレコーディングしたのは17歳くらいなはずなので、まさに映画の始まりにふさわしい。彼女がたったひとりで世界に立ち向かっていく、そんな不安と戸惑いと痛みと悲しみに満ちた歌。そして涙の夜が明けて太陽が昇ったら新しい1日が始まると謳われる「太陽は涙が嫌い」はまさに、彼女の一大事の前夜のカラオケで。決してあらゆるものから見捨てられているわけではないと、この映画が全力で彼女の人生をバックアップする。そんな映画の姿勢がはっきりと見えた。

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『17歳の瞳に映る世界』
7月16日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー!


 
6月27日(日)
じっとしていても体調は戻らないので部屋の掃除から。狭い場所も広い場所も器具の付け替えなしで自在に掃除できる掃除機があればといつも思う。でもこういう小さなことには通常は時間も金もかけないから永遠にそんな掃除機はできない。そんなことは怠け者の考えることだと言われておしまいである。確かにそうなのだが。とかなんとかぶつぶつと考えているうちに掃除は終わるが体調思わしくなく、ビリー・ホリデイのドキュメンタリー『BILLIE ビリー』。映画の構成が通常のドキュメンタリーとははっきり違っていて、ビリー・ホリデイの人生について取材をしていたジャーナリストが70年代に謎の死を遂げたところからこの映画は始まる。その後もビリー・ホリデイの人生と取材者の人生とが並行して語られながら進む。どうしてそうなるのかというと、取材テープが近年になって発見されたこと、取材者の死の謎、そしてビリー・ホリデイにあったはずの闇、つまりアメリカ合衆国という国の背景にある闇が関係しているとしか言いようがない。ここまでするならフィクション映画にしたほうがよかったのではとも思えるのだが、そうではない。おそらくフィクションにするとビリー・ホリデイという個人の人生の映画になってしまう。あるいは取材者の人生の映画になってしまう。そのふたりがかかわってしまった語り得ない何かと触れる前にそれぞれの物語になってしまう。この映画はそれをしないことでふたりが自らの意思ではなく触れてしまった語り得ぬ何かに触れようとしているかのようだ。どんな映画と2本立てで観るとその語り得ぬ何かが際立ってくるのか? イーストウッドの『J・エドガー』だろうか。
しかし没年齢44歳。これまでまったく年齢を意識していなかったのだが、あまりに若い。自分が物心ついた時にはすでに故人だったこともあり完全シニアの印象だった。声の太さもそうさせるのだろうか。美空ひばりと同様、若いころからすでに年齢を超越した声。たぶんそれも「語り得ぬ何か」が歌っているからだろう。「私たちはね、1日で100日分生きたいの」という彼女の言葉が予告編にも使われているのだが、それは太く短く生きた彼女の生のダイナミズムの現れであるかもしれないが、一方で1日で100日分の何かが彼女を襲い彼女の体の中を通り抜けていったのではないか。つまり彼女の独特の声とは、1日で100日分の何かが彼女の身体を通り抜けるときの彼女の身体が震える音だったのではないか。

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『BILLIE ビリー』
7⽉15⽇(⽊)まで開催の
「Peter Barakanʼs Music Film Festival」で上映中
他、全国順次公開中!


 
6月28日(月)
ついにエクスネ・ケディのレコードがドイツの工場を出荷されたという知らせが届く。いやはや長かった。本当にようやくである。そして日本では、CDのほうのジャケット作り。スプレーのりチームとセッティング・チームに分かれての作業。スプレーのり担当の井手くんは前回の作業の際にマスクはしていたもののスプレーのりを吸い込みすぎて気分が悪くなり、今回は作業用のマスクにて。一体何を作っているんだという風体。しかしその甲斐あって、CDは予定分完成。その後、夕飯を食いながら新たなプロジェクトの話題で盛り上がる。

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6月29日(火)
吉祥寺に眼鏡を受け取りに行ったついでにHMVに寄ったら、入り口のディスプレイに井手くんが居た。エクスネ・ケディを歌ったアルバムがアナログ化され、美空ひばりのレコードの隣に並んでいたのである。店員の方の思いなのか偶然なのかわからないが、昨日はエクスネ・ケディのアルバムのジャケット作りを井手くんたちとやったばかりのこちらは、入り口でぼんやりとするばかりである。同時にドイツのプレス工場を発送されたはずのエクスネ・ケディのレコードがドイツの税関か何かで引っかかり、書類不備とのことで差し戻し。いったん工場に戻されて、書類を再記入したうえで出荷、という連絡もあり。なんかもう、世界中がめちゃくちゃである。本当は3月か4月に発売という予定でスケジュール組んでいたのに。

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新規眼鏡の初仕事はようやく著者チェックが終わった『恐怖の映画史』Kindle版の最終確認。とにかく地味にやるしかない。その後、某シナリオを読む。まだ半分くらいだが、これがまた面白く、しかしまともに考えるとめちゃくちゃ金がかかる。このまともに面白いシナリオが、しかし予算不足のために、と言うかそれを味方につけて、あきれるくらいわれわれがこのシナリオから想像するものとはまったく別のところに飛び出していくのだろう。まずはそのための、美しく整った道が出来上がった。本もそうだがとにかく文字を読むのが遅いので、40ページほどのシナリオを読み終わるともう深夜3時。寝た時にはもうすっかり夜が明けていた。


 
6月30日(水)
寝不足もあって俄然不調。こうなるとせっかく眼鏡を新調しても効果なし。とにかくしょぼしょぼ。1日中涙目状態であらゆるものが滲んで見える。文字を読もうと思わなければ、それはそれでずいぶん気持ちいいのだが、仕事はある。『恐怖の映画史』Kindle版の最終チェック作業。涙目になっているのに目の乾き感も半端なくいつになく目薬を多用した。
さすがにもう無理と寝る準備を始めたのだが、観逃がしていた『ソング・トゥ・ソング』の配信が始まったのを知りちょっとだけと思いつつ、結局最後まで観てしまう。公開時、周りの人々のあまりに悪い評判を聞いているので、怖いもの見たさみたいなところもあったのだが、その意味ではいいものを観た。しかし音楽と歌にすべてを語らせて、映像はまったくの添え物。『イージー・ライダー』を観たヴェンダースが書いたあの文章からすでに半世紀が経ち、世界の風景がすっかり変わってしまった。何度観ても釈然としない『ベイビー・ドライバー』のような器用な音楽の使い方を突き抜けて音楽そのものに触れるには、このような映画をもっとうまく作らなければならなかったのに。いや、『ビーチ・バム』があるから大丈夫、ということかもしれないが、しかしルーニー・マーラもケイト・ブランシェットもよかった。それに比べたらパティ・スミスは過剰だしイギー・ポップも一瞬でいい。ジョニー・ロットンのように誰だかわからないくらいで十分である。本当にもうちょっと何とかなっていたら、わたしは案外ドキドキしながら観たかもしれない。しかし7月は、これまでまったく意識していなかったルーニー・マーラ祭になる。「あなたの顔には光と陰がある」というようなことをこの映画の中で言われていた。まさにそんな映画になるはずだったのに。そしてまたもや夜が明け、今年も半分が過ぎた。





樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。『恐怖の映画史』Kindle版が7月20日より発売中。Exne Kedy And The Poltergeists『Strolling Planet ’74』LP &CDの先行予約受付中(先行予約特典あり、8月10日まで)。8月27日(金)~29日(日)に「YCAM爆音映画祭2021」を開催。