ミッシング・イン・ツーリズム 第9回

映画監督の宮崎大祐さんによる旅行記連載「ミッシング・イン・ツーリズム」が久しぶりに帰ってきました! 2019年にシナリオ講座に参加するため訪れたスペイン・マヨルカ滞在記の続編。世界各地から集まった20人近くの映画作家やプロデューサーとの合宿生活も終盤にさしかかってきました。今回は参加者たちとハイキングに出かけた滞在5日目から7日目の様子が綴られています。
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文・写真=宮崎大祐
 
 
前回の更新から半年以上経ってしまったがその間コロナウィルスの勢いは止まらず、ワクチン接種は遅々として進まず、日本国に無政府状態と望まれぬ五輪が到来するなど、実にいろいろなことがあった。わたしはというと拙作『VIDEOPHOBIA』の公開と配信をどうにか見届けたが、ここ数年たまっていた疲労とコロナ禍のストレスによりかつてない体調不良に見舞われ、毎朝ベッドから起きるだけでも大変な状態になってしまった。そんなこんなでこの遅延をどうかお許しいただきたく、またあの青空を思い出すとしよう。
 

 
マヨルカン・デイズ5
 
この日は朝からレクリエーションのハイキングだった。島の東端にあるアルクディアなるエリアまで車で向かいそこから「オオワシを見せてやる」というカルロスについて陽光がそのまま差し込む明るい森の中を歩きはじめた。それにしても気になったのがわたし以外の参加者がみな本格登山用の恰好だったこと。脚本合宿で流石にガチ登山なんてするわけねえだろうと都市部で行われるロック・フェスに参加する大学生程度の恰好できた自分に圧倒的な正当性をおぼえながらも、若干不安になった。60代後半のはずのカルロスは少年のように30度を超える森の中を進んでいく。他の本格派メンバーもまったく疲れる様子も見せずそのあとについていくが、ペタペタの靴を履いているわたしはふくらはぎにイヤなはりを感じていた。そこで参加者の中で唯一観光客のような恰好をしていたシージに「思ったよりもキツいね」と語りかけると、「ねー。こんなに本格的なら前もって言って欲しかった」とまともな返事をしてもらい、やっぱりこれからはこういうアジアの繊細さが肝だよねと都合のいいリージョナリズムを発動。それでもカルロスの行進は止まらない。1時間ほどかけて森を抜けると温度はさらに5度ほど上がった。オーブンを顔に近づけられているかのような日差しの中を羊牧場にそって30分ほど歩くとマジョルカ名物の巨岸壁が姿をあらわした。「この岸壁を何キロか下って行くとオオワシがいる!」とカルロスは嬉しそうに報告したが、わたしは既に膝がかくついておりふくらはぎもパンパンだった。仕方なく中学高校の自然学習の際に用いた伝家の宝刀「ぼくはここで待ってます」を抜こうとすると、こともあろうかマリエッタが、「カルロス、ほんとにオオワシがいるかどうかひとりで行って確認してきて」という無茶ぶり。「え?」と一気に年相応のヨボヨボ感をまとったカルロスが困惑していると、同情したクリスチャンなどの体力自慢男子数名が「俺らも行くよ。いい運動になりそうだし」とカルロスをなかば連行し岸壁をくだっていた。行かない選択をしたものたちは彼らの後姿を見送りつつ、強烈な日差しを避けられる場所がないことに気づき、みなそれぞれに少し歩いて暑さから気をそらしたり、牧草の上に寝ころんで身体を冷やしたり、どうでもいい会話をかわしたり、つまり羊のような動きをして時の経過を待っているうちに思ったよりも早くカルロス一座が帰ってきて、曰く「オオワシが出産を控えていてナーバスになっているので近づくのは難しい」ということだった。わたしは当然ながらオオワシのプライベートにまったく興味がなかったので、単純にこれ以上進む必要がなくなったことを喜んだ。疲労とオオワシを見られなかったショック少々が相まって帰路会話を交わすものはほとんどいなかった。灼熱の牧草地を歩きながら自宅の部屋に貼ってある『ジェリー』のポスターを思い出した。そのうち気まずい沈黙に耐えられなくなったわたしは隣にいたシージに話しかけた。するとシージはなぜか泣いていて、「どうしたの?どっか痛いの?」と聞くと、「マニラにいるわたしのアナルコ・キャピタリストの彼氏から『この文化左翼め!』ってメッセージがきて、どうしたらいいかわからなくて」と言われ、わたしは黙ってひとり下山することにした。脚本合宿の気晴らし散歩のはずがいつのまにかプロフェッショナルなオオワシ・ハンティングになっていた。人生の奇妙さはこんなところにも顔を出す。

 
 
マヨルカン・デイズ6
 
昨夜はハイキングのあとにすぐに寝たかったが、半ば強制的にマリエッタの監督作を見て、奥行きの演出とホイテ・ヴァン・ホイテマの撮影がスゲーなあと思っていたら寝落ちした。本日は朝食後、二班にわかれての「シナリオ討論会」。クリエイターたるもの、いい年こいてクリエイトしながら生活しているだけでも大変なのはわかっている。だからお互い深く核心を突くような言葉はよっぽどの身内でもないかぎりなかなかかけづらいが、良いも悪いも本音で議論しようよとのこと。これはカルト宗教や政治団体が洗脳の過程でやることでもあるので、少し警戒しつつ会場のプールサイドに向かった。討論会がはじまりわたしはわりとポジティブなことを中心に他のメンバーのシナリオを論評していたのだが、わたしが論評される側となるやいなや雨あられのごとく指摘批判個人攻撃人格否定誹謗中傷罵詈雑言を浴びせられまして、若干芝居がかりながらも悔しくてポロポロと泣いてしまいました。だって北欧の人々が自信満々に述べる圧倒的に理知的な正論ってギチギチにつまってて隙間がまったくなくて、レベルの低いテトリスをえんえんと見せられてるみたいじゃないですか。そんなに人類のこと万事すでにお見通しなら、さっさと世界中の問題を北欧型の統治システムで解決してくれよって思うじゃないですか。と、隙間をただよう人間代表としては思ったわけです。ただしそこで言われた、「君のシナリオのキャラクターはいつも傍観者のポジションに自分を置いていて当事者になれない、決断者になれない」という言葉は「宮崎大祐」という存在をも飛び越えて日本という国と歴史に深くつきささってくるように思えたのでした。
その夜は海辺のレストランで晩餐会ですとのことだった。討論会で興奮しすぎたのか、一同がレストランについたのは予約した時間の二時間前だった。真っ白い地中海風建築のレストランの中はガラガラだったが店員は老舗のプライドからか「定時にならないと入れない」と大げさに手を振って我々にしめしてきた。またこの何だかよくわからん時間かと思い浜辺でたそがれていると、北欧軍団がはしゃいで海で泳ぎはじめた。彼らの真っ白な肌と真っ青の海を見ていると脳内だけが北海沿岸にぶっ飛んでいったが、バレアス海に沈みかけた金色の太陽がわたしをスペインの離島にいるわたしに引き戻してくれた。
 

 
マヨルカン・デイズ7
 
この日は完全にオフ。軒先で水着一丁になり長らくとどこおっている自分の小説を数行書いてみたがまったく進まず、いいわけのようにプールで泳いだりしていた。そして暇を持て余すとすぐに映画を撮りたくなる。そんな性分だ。早速エリザベスにビデオ・カメラを借りて、彼女とマックスに出演を頼み、「これから話は考えるね」というと、「映画っていうのはね、そんなに軽々しく撮るもんじゃないよ」とマックスに言われ、無視する。宿舎の周辺をロケハンすると『エル・スール』のようなスペインの農家、羊牧場、岩山、大きなアロエのような不思議な植物たち、城跡などなど、面白いロケ地やサウンドスケープが数多く見つかった。しかし、どうにも物語が立ち上がってこない。『TOURISM』などを経てつかんでいた、「面白い景色があってそこを面白い人が歩いていればそれは充分に映画になる」という確信がゆらぐ。一方でそうした確信を揺さぶるこうした違和感こそが創作や人生には必須だとも思う。なので珍しく映画を撮るのはあきらめて、エリザベスの作品の鑑賞会に参加した。ウクライナ政府の助成を受けて二千万円で撮ったという彼女の中編映画は全編白黒のフィルム作品で、脈絡のない重く唯物的なショットが連なる、もろに好みな作風だった。スクリーンに写るゲルマンやカネフスキー直系のイメージ。ロシアを心の底から憎むエリザベス。歴史は連続するとして、国家と文化とは。




宮崎大祐

映画監督。大学卒業後、『トウキョウソナタ』(2007年、黒沢清監督)などの作品に助監督として参加。また2011年には筒井武文監督『孤独な惑星』の脚本を担当。同年、長編デビュー作『夜が終わる場所』を監督。同作はサンパウロ国際映画祭などに出品され、トロント新世代映画祭では特別賞を受賞。2015年にアジア4ヶ国によるオムニバス映画『5TO9』のうちの一編『BADS』を永瀬正敏主演で監督。2018年に公開された長編第2作『大和(カリフォルニア)』はタリン・ブラックナイト映画祭を始め多くの国際映画祭で上映された。2019年にはシンガポール国際映画祭とシンガポール・アートサイエンスミュージアムの共同企画で製作された『TOURISM』が、2020年には大阪で撮影したデジタルスリラー『VIDEOPHOBIA』が公開。