Television Freak 第64回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから、『おかえりモネ』(NHK)、『ドラゴン桜』(TBS系)、『イチケイのカラス』(フジテレビ系)の3作品を取り上げます。
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(撮影:風元正)
 
 

「気象」の時代


 
文=風元正


ガキの頃、J・G・バラードの小説に熱中していた。世界がすべて結晶化してゆくヴィジョンは忘れがたいが、『太陽の帝国』などのリアリズム小説を読むと、幼小時の上海での記憶をそのまま再現すると「内宇宙」SFになる経緯が見えてきた。生後まもなく満州に渡った安倍公房の世界も同じことで、本物の奇怪な表現はしばしば実体験に根差している。勅使河原宏の『砂の女』の有無を言わさぬ作品空間こそ「現実」である。あの映画は今でも「未来」だ。
『ビーチ・バム まじめに不真面目』を立川で観て、決して地に足がつかずファンタジックで、しかし悲哀に充ちた「詩人」の人生に感銘し、やはりアレン・ギンズバーグがいる国の映画だな、と浮足立って禁酒法施行下で呑める店を探した。世の中はなかなか厳しくて、3軒見つけたものの、みな大繁盛で席もなく渋々帰った。しかし、ほとんど人気のない繁華街にぽつぽつ賑やかな店がある風景は謎で、パンデミック前の自分自身にいくら言葉を尽くして説明しても、信じてもらえないだろう。
『ビーチ・バム』は、最愛の妻が死んだ後の停滞が、さんざん「詩」に付き合ってきた身には芯を喰った描写だからこそしんどくて、爆音ならばずっとご機嫌なのに、と酒にありつけない夜そう感じた。爆音上映を望みたい。

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『ビーチ・バム まじめに不真面目』全国順次公開中(劇場情報はこちら



 
毎朝、『おかえりモネ』に心が震えている。まだ始まったばかりだが、とんでもないドラマに成長すると予告しておきたい。ヒロインの永浦百音を演じる清原果耶は感受性が豊かで、全体のテーマである「天気」の如く、相手役や状況に応じて、大雨から快晴まで多彩な表情が引き出される。第1話のラスト、登米の山主・新田サヤカ(夏木マリ)に連れられて入った森の中で、雨に打たれて転び、見上げた空で七色の「彩雲」がかかっていて破顔する瞬間、世界がぱっと明るく輝く。濡れた黒い瞳の光が強い。気仙沼沖の亀島生まれ。3・11で受けた心の傷がまだ癒えず、縁あって島を離れ登米森林組合に就職したばかりである。脚本の安達奈緒子は、傑作『透明なゆりかご』で清原と組み個性をよく知っており、呆れるほど豪華な俳優陣もヒロインとの化学変化を促すためならば納得である。
幼馴染みの漁師・及川亮役の永瀬廉がすばらしい。ただ立っているだけで華やかなハンサムが久々に現れた。その父親・新次が浅野忠信。震災で船を失った傷による酒びたりの荒みっぷりにゾクソクする。もうひとりの逸材は百音の妹で水産高校に通う秀才・未知役の蒔田彩珠で、無垢と知的な陰翳が同居している。カキの稚貝を顕微鏡でのぞく姿が様になっている。百音の父親・永浦耕治(内野聖陽)も飛ばしていて、娘たちを指導した中学のブラスバンド部で演奏する姿の多幸感は半端ない。若かったころはジャズトランペット奏者として鳴らしたものの、地元で銀行員になった不器用な島の男の屈託がよく出ている。賢夫人の亜哉子(鈴木京香)や登米の勤務医の菅波光太朗(坂口健太郎)にも、いずれ大きな見せ場が訪れるだろう。
第1週、百音が大嵐の日新次に島から気仙沼港まで船を出してもらったおかげで生まれた子だという誕生の経緯から、スター天気予報士・朝岡覚(西島秀俊)が登場し、天気予報は未来を予測できる世界なのだという腕前を目のあたりにして憧れるところまで、すごい駆け足で物語のレールが敷かれた。しかし、お盆に帰省してからの、同級生や妹とのしっとりした過去の振り返りが好ましい。登米の森も亀島の海も美しく、振り返りの中に東日本大震災の日の炎に包まれた島の映像がさり気なく挿入された。
中沢新一が目敏く指摘していて悔しいが、これからは「気象」という不安定な現象と向き合わざるを得ない時代になる。SNS炎上は人間界のゲリラ豪雨のようなもの。長年天気をもとに漁場を読んできた寡黙な漁師・龍己(藤竜也)の孫がどんな人生を切り開くのか。当分、15分間を何度も見なおす日々が続きそうだ。

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連続テレビ小説『おかえりモネ』 NHK総合 月~土 午前8時放送(※土曜は1週間の振り返り)

 
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日曜劇場『ドラゴン桜』はヒット作の骨法が詰まっている。主役の弁護士・桜木建二を演じる阿部寛=三船敏郎説を勝手に唱えてきた。黒澤明の映画はミフネのスケール感がなければ成り立たない。このドラマでも、バイクでのカーチェイスをしたり背広で海に飛び込むだけで見事な絵になる。福澤克雄の演出は、どうやらスポーツで名勝負を繰り広げるライバル校同士のような状況を作るのが秘訣らしい。チームを2つ作って競わせ、勧善懲悪、底辺校からの「東大合格」のような明快な目標に向かって前進し、成果を挙げるためにギリギリまで足掻く。
今回の場合は、龍海学園の生徒・岩崎楓(平手友梨奈)が精神を具現している。東大専科に入っているが、もともとは全国トップレベルのバドミントン選手で、勉強はしてこなかったけれどメンタルコントロールは完璧。バドミントンの試合の緊迫感も圧巻だった。両親を亡くして経営が危ういラーメン屋の子・瀬戸輝(髙橋海人)、何不自由なく育ったことが弱味の気立てのいい娘・早瀬菜緒(南沙良)、優秀な一家で1人だけ出来の悪い天野晃一郎(加藤清史郎)、学年トップだが人を見下す癖のある藤井遼(鈴鹿央士)、男尊女卑のDV父に悩まされる秀才・小杉麻里(志田彩良)に注目度赤丸上昇中の昆虫好き・原健太(細田佳央太)と、あれっ、専科は若手有望株の「七人の侍」ではないですか。 
ウラで陰謀は進みつつ、敵は巨悪ではなさそうだけれど、もともと東大受験そのものが大チャレンジである。どうやって受験に勝ち抜くか、かつて偏差値32から一浪して東大合格し、弁護士資格を得た水野直美(長澤まさみ)が鮮やかなコーチングを展開している。スーツに身を固め溌剌と躍動する長澤はとても艶っぽい。桜木「受験にとって一番大切なものは何だと思う?」、小杉「時間配分」といった問答など、汎用性の高いテクニックがぎっしりと詰め込まれていて、役に立つ。国語の特別講師・太宰府治(安田顕)の「創作とは建築学である」という教えは、編集者として長年文章を読んできた私の結論とまったく同じで、クセの強いキャラを含めて愉快だった。
原作漫画からドラマ版まで一貫したメッセージは、人間はルールのない戦いはしていない、という信念に尽きる。どんな理不尽に見えることも、どこかに根拠があって、状況の中からルールを抽出できれば対処は可能、という方法論を娯楽の中から伝えようとしている。俳優の美点をダイナミックな運動の中に定着しようという強い意志を感じる福澤演出とも共通点がある。理事長・龍野久美子(江口のりこ)や教頭・高原浩之(及川光博)の顔芸も安定で、どんどん白熱してゆくゲームの幕切れが待ち遠しい。
 
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日曜劇場『ドラゴン桜』 TBS系 日曜よる9時放送

 
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『イチケイのカラス』は、弁護士や検事でなく裁判官が主役という点が新しい。判例を逸脱できない立場の判事は、どのような人間的な葛藤を抱えているのか。東京地方裁判所第3支部第1刑事部(通称イチケイ)に所属する入間みちお(竹野内豊)は、決して冤罪を出さないことモットーに、腑に落ちない点があれば「職権発動」して裁判所主導の現場検証を行う自由奔放な刑事裁判官。最終学歴が中卒で弁護士出身という異色の経歴である。坂間千鶴(黒木華)は、事件の処理件数があまりに少ないイチケイを立て直すために送り込まれた東大法学部卒の生真面目なエリート。どれだけ効率的に事件を裁けるかが査定に響くとは知らず驚いたが、もともと正義感の強い千鶴も真実を知るためなら労を惜しまぬみちおに次第に影響されてゆく。
第9話では、裁判員裁判の内幕が伺い知れて面白かった。無作為に選ばれた「1000人に1人」の一般人6名が「世田谷家政婦殺人事件」の審理に携わる。被告人の家政婦・高見梓(春木みさよ)は、言い争いの後転落し頭を打った桐島優香(八木さおり)を、まだ息があったのに助けを呼ばず放置したが、殺害容疑は否認する。優香は梓に多額の遺産を相続させる意向を持っていて、死んだ夫からも遺産を受け取っていた梓の容疑は濃くなるばかり。しかし、被害者と被告人の絆が明らかになるにつれ心証は揺れ動き、リーダー格の意識の高い女子大生は判決に影響する自信がないと辞退するが、ほかの裁判員たちは言動が思慮深くなってゆく。坂間の捜査により真相に近づき、ついに経緯が明らかになった後の、裁判員たちの被告人に対するコメントが重い。単純な裁判など、この世に存在しないだろう。
第7話には仰天した。坂間の尊敬する女性初の最高裁判所長官のポストを目前にした日高亜紀(草刈民代)が鮮やかに法の精神を体現する。あえて仔細を明かさぬが、12年前、みちおが弁護士を辞めて裁判官に転身するきっかけとなった事件で、上層部の不正を見てみぬふりをしてきた落とし前を付けた。判事は司法試験合格後、官僚組織の中で純粋培養されるから、どうやって社会の複雑さを学ぶのか不思議だったが、ドラマを見るうちに、法体系の中に人間の智恵が凝縮されているのかもしれない、と考えるようになった。法の言葉は決して無味乾燥ではない。
竹野内豊は安定の演技。落ち着いた低い声がキャラクターに合っている。法廷ドラマの常連である部長裁判官・駒沢義男を演じる小日向文世も、心なしか普段よりも高潔に振舞っているように見える。黒木華演じる坂間が「堅物」を脱し、みちおの思考を先取りするに至る微妙な変化の表現が鮮やかだった。書記官の浜谷澪役の桜井ユキは今最もキャリアウーマンが似合う女優だし、主任書記官の川添博司(中村梅雀)は、現場検証では必ず身体を張らされ、「シブの歌」を弾き語りする「ついてない男」ぶりが芸達者で愉しい。
裁判官という職業はまだ知られていない部分が多く、今後もぜひ深堀りして欲しい。
 
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『イチケイのカラス』 フジテレビ系 最終回は6月14日(月)よる9時放送(30分拡大)
 

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椹木野衣は『震美術論』で、戦後は例外的に災害が少なく安定した時期で、高度成長は大いにその恩恵を受けている、という認識を示した。東京大空襲から広島・長崎の原爆投下まで、人の手による史上最凶の被害を受けてから、世界大戦もなかったし、日本はひとまず平穏だった。「終わりなき日常を生きろ」というメッセージは象徴的であるが、昨日と今日は同じと思い込んでいるうちに、1995年の地下鉄サリン事件と阪神大震災から、実は何が起きても不思議のない世界が幕を開けていた。59年の伊勢湾台風規模の台風ならば毎年来ているし、東日本大震災や感染症の流行などの大災害が間隔を明けず当たり前のように起こり、復興は不可能でただダメージだけが残る。金もない。とすれば、前例墨守の日本の官僚組織では対応不能である。代理店的なマーケティングも同じこと。
かねてよりテレビ離れは取り沙汰されており、ずっと前から若者はネット空間に移行していた。番組を見る限り、現状は政治や経済の機能不全とパラレルに映る。しかし、各クールに照準を合わせて作り込むドラマは、未来が見えない時代に対応している作品が多い。前回と今回取り上げた6本、とりわけ『着飾る恋には理由があって』金子ありさや『コントが始まる』金子茂樹の脚本は、妙な「トレンド」や「数字」に左右されない感覚で数歩先を行っている。「気象」を読むのに、まだTVは有効だろう。もうひとつ、千葉の巨大鳥「ミナミジサイチョウ」捕獲騒動は久々に刺激的なニュース映像で、ああいうのが毎日あればいいのだけれど、台風が来るとつい大波を見物しに海岸に行ってしまう粗忽者と同じことか……。

 冷やし酒彼方の客は三杯目


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(撮影:風元正)



風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。