Television Freak 第63回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから、『着飾る恋には理由があって』(TBS系)、『コントが始まる』(日本テレビ系)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)の3作品を取り上げます。
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「明日への手紙」

 

文=風元 正


パトリース・カーン=カラーズ+アーシャ・バンデリ『ブラック・ライヴズ・マター回想録 テロリストと呼ばれて』を読み進めている最中、今更ながら『マンディンゴ』を観る巡り合わせになってしまい、クラクラしていた。本の帯には「ブラック・ライヴズ・マター運動を牽引するクィア・フェミニストの口から語られる、人種主義の根本的問題。差別と偏見に抗う歴史を引き受けながら、あらたな公民権運動を展開するひとびとをめぐる、詩的で力強い半世紀」と書かれているが、仰る通り。アメリカで黒人に生まれたゆえ、常に貧困と麻薬の誘惑と暴力と警察の監視に晒され、家庭も不安定で普通に生きるのも絶望的な境遇を回想する筆致の生々しさは喚起力に充ちている。
この本によって、21世紀に至っても『マンディンゴ』で描かれた南北戦争前とほとんど社会構造は変わっていないと知った上で、リチャード・フライシャーはやはり異才。ルイジアナの「奴隷牧場」にいる間の牧場主の父と息子を見ていると、ここで奴隷たちに反乱されたら危ない、とヒヤヒヤするくらい、白人たちは弱々しく病んでいる。街に出れば人目も多く、白人の割合も多いので気にならないのだが、牧場の空間は歪み切っている。不穏さを薄々察知している息子が不具の足を引き摺って歩く様は哀れを誘い、黙っていても奴隷制度はそう長くない、と気づかされる。そして、現在に至っても白人側が銃や警察権力を握り、圧倒的な優位に立たなければ秩序が保たれない社会。アメリカの銃規制は進むはずもないか、と暗然とする。
映画に登場する「マンディンゴ」(純血の黒人)は美しく、パトリース・カーン=カラーズの人間性の深さにも魅かれる。こちらは人種など気にならないのだが、わが国の現状を含めて、そうさばさばとは行くはずもない。とはいえ、一方で「差別」という言葉のみで曖昧な広がりのある領域すべてを括ろうとする人々には、どうしても同調できない。

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『着飾る恋には理由があって』のヒロイン、インテリアメーカーの広報課社員・真柴くるみ(川口春奈)は「マメシバシバ」の名前でインフルエンサーとして活躍し、SNSのフォロワー数がもうすぐ10万。スマホを片時も手放せず、常に更新に追い立てられつつ、憧れの社長・葉山祥吾(向井理)のために全力を尽くす充実した日々を送っている。玉川上水駅と桜上水駅を間違えて待ち合わせに遅れそうになり、キッチンカーの店主・藤野駿(横浜流星)の車に助けてもらう。
24時間SNS発信が頭から離れず、住まいの契約更新を忘れ、学生時代からの知り合いだったフードスタイリスト早乙女香子(夏川結衣)の表参道の家に転がり込む。家主の留学中という約束で、家賃5万。しかし、引っ越してみたらシェアハウスで、なんとお隣がついこの間すれ違った「カレー屋さん」駿。部屋には荷物がほとんどなく、スマホも家に置きっぱなしのミニマリストで、趣味嗜好がことごとく対立する。同居人にはオンラインカウンセラーの寺井陽人(丸山隆平)と芸術家の卵・羽瀬彩夏(中村アン)という個性派が揃い、さて……。
イマドキの勤め人像に川口春奈はぴったりだった。大河ドラマで自信をつけたのか。初島出身、いつも前のめりでドタバタばかりだけれど、健気で心の美しい女性に見事成り切っている。くりっとした瞳に振れ幅の大きい喜怒哀楽がキュートに表れる。第1話、葉山が突然社長を退任し、約束していた花見にも現れず、家に帰って振舞われた駿のカレーを涙しながら口に運ぶシーンには心が揺すぶられた。前社長に重用され仲を疑われていた真柴は、体制が変わった広報課では5年がかりで10万に達したフォロワーも無用になるがメゲない。
天才料理人と謳われ、スペイン料理の若手店長として華やかなデビューを飾りながら、人間関係のトラブルなどで店は閉店してすべてを失い、今は一品入魂のメニューで勝負している駿は、七面倒くさいデジタルの沼に正面から立ち向かう「マメシバマシバ」の不器用な頑張りに魅かれてゆく。テレビドラマでの横浜流星は無口な謎の二枚目風が多かったが、このドラマではよく喋るし軽味が出てきて、包丁さばきもお見事。羽瀬が10年応募を続けた新人展を一緒に見ようと訪れた会場近くの山中で、川の傍の「秘湯」に真柴と駿が女湯と男湯に分かれて入るシーンも「デジタルデトックス」されていて、こちらも伸び伸び明るい気分になった。
中村アンがブアイソな芸術家役なのも意表をつくが似合っているし、丸山隆平は普段でも低い声の関西弁でカウンセラーをやっているのではないか。安全圏に見えた香子も送金詐欺に遭って大ピンチだし、恋愛要素ばかりでない。劇的に社内のポジションが動いた真柴も、上司の無茶ぶりや自分のミスに右往左往する様は絵空事でなくていい。駿の達観も真柴の登場によって揺らぐ。生き方を問うこのドラマ、男女4人と熟年の家主の恋と仕事の運命をゆったりと見守りたい。

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火曜ドラマ『着飾る恋には理由があって』 TBS系  火曜よる10時放送
 
 
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『コントが始まる』は、デビューして10年の売れないお笑いトリオ「マクベス」の高岩春斗(菅田将暉)、朝吹瞬太(神木隆之介)、美野輪潤平(仲野太賀)が主人公。ドラマは、正直、これじゃあな、というコントから始まるのだが、ツッコミ担当の春斗が書く「アドリブを許さない」脚本の意味が少しずつ明かされるとだんだん味が出てくる。「マクベス」がネタ合わせに集まるファミレスの店員・中浜里穂子(有村架純)は一年半前に一流企業を退職した過去があるが、熱く語り合う3人を観察するうちに、いつの間にか「マクベス」が生きる支えになる。里穂子の妹・つむぎ(古川琴音)は、一時音信不通になった姉の世話をするという名目で上京し、近所のスナック「アイビス」で働き始める。
20代後半で、何事も成し遂げていない若者たち。人生どん詰まりで解散を決意するが、発表の日は里穂子が初めてライブを見に来た日で、呆然と帰路につく彼女に春斗が声をかける。実は里穂子が会社を辞めて酔っ払っていた夜に2人は出会っていた。春斗はその時渡したペットボトルの水が翌朝メロンソーダに変わっていた謎を解き、夜の道で微妙な距離を取りながら向かい合い涙ながらに想いを語り合うシーンの繊細さがすばらしい。「マクベス」に無茶詳しい里穂子が「厄病神」かどうか、2人は「あれが私たちの始まりだったとは思いませんでした」と声を合わせる。
あの時、こうしていれば。誰にも後戻りのできない瞬間がある。成功すれば自分語りの見せ場になるものだが、ほとんどは失敗者。春斗の兄は外資系証券マンで結婚して子供もいたが、マルチ商法に嵌って離婚し実家に引きこもっていて、結婚式で親戚一同に披露した「マクベス」の大滑りのコントに笑ったのが最後に近い輝かしい記憶だ。コント「奇跡の水」は兄の話がネタなのだから切ない。潤平は継ぐつもりだった実家の酒屋に居場所がなくなり、学校一美女で大手製薬会社の広報部に勤める彼女の岸倉奈津美(芳根京子)にも合わせる顔がない。「ぷよぷよ」チャンピオンになってプロゲーマーとして活動していた瞬太には全部を否定する毒母がいた。ひとりひとりの背景を丁寧に描き込んでゆく群像劇。何の展望もなくフラフラしていたつむぎもひたむきに生きる皆に感化されて前向きになり、姉は妹が傷ついた人を癒す力があると気づく。
3人の背中を押した高校時代の担任で、元落研副部長の真壁権助(鈴木浩介)が絶妙の立ち位置でいい味わいを出している。夢を諦めた経験もあり、「マクベス」を止めると潤平が相談したら、「止めた方がいい」と答える。風采が上がらぬ教師だが地に足をつけて暮らしていて、教え子にもちゃんと向き合う。瞬太が母親の葬式を出した後、バイト先の焼き鳥屋の親父・安藤友郎(伊武雅刀)が「親だと思ってくれて構わないからな」と口にする瞬間もはっとした。
芸達者な若手陣みなに毎回見せ場を用意する金子茂樹の脚本は、物語の裏の裏まで作り込んであってテンポがいい。人生は一場のコント。閉塞した社会を切り開くヒントが転がっているドラマだ。

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土曜ドラマ『コントが始まる』  日本テレビ系  土曜よる10時放送

 

 
『大豆田とわ子と三人の元夫』は、脚本・坂元裕二とヒロイン・松たか子の黄金コンビ。住宅建設会社の社長・大豆田とわ子は3度離婚していて、1人目がレストランのオーナー田中八作(松田龍平)、2人目がファッションカメラマン佐藤鹿太郎(角田晃広)、3人目が弁護士・中村慎森(岡田将生)で、最初の夫との間に生まれた娘は唄(豊嶋花)。いり組んだパズルのように組み合わされたセリフの妙は名人芸であり、私はまず第2話でシビれた。「それ、いります?」と挨拶や雑談やお土産をことごとく否定する慎森は周囲に呆れられているが、本人は改める様子がない。しかし、唄の誘いで元夫たちと集まり5人ですき焼きパーティーしている最中、慎森にとって夫婦だった頃の思い出のソファーが捨てられているのを発見し、自分が「過去」になったことを知って深く傷つく。今、最もキレのある端正な岡田が、身も世もなく未練に苦しむ裸の表情を引き出した演出陣の手腕は並ではない。
引用のモザイクのようにも見えるニュアンスに富んだディティールを支えるのは、とわ子の力強い向日性である。どんなにひどい目にあっても戦う。「愛」とか「幸福」のようなフワフワした言葉で表現される甘やかな状況ではなく、もう少し地に足のついた生の実感のようなもの。事務所を辞めた若手も、職場には文句をつけていたが、とわ子の難題から逃げない姿勢は伝わっていて、「またいつか一緒に仕事ができたら」という彼の言葉を立ち聞きした鹿太郎は喜びに震えていた。松たか子は年齢を重ね、感情表現が大胆で豊かになり、痛快な女優になった。しかし、親を見て育つ唄は医者志望を止めて18歳までに結婚しようとしているのだから、物事は簡単にはゆかない。
常に「網戸が壊れている」状況に置かれ続けて、心身ともに鍛えられたとわ子にも急所がある。幼い頃からの親友・綿来かごめ(市川実日子)である。自由奔放だがどうにも世間に馴染めず、30年前のペンネーム「空野みじん子」を引っ張り出してまんが家として世に出ようとしている。剥き出しの無垢。セクシュアリティも不安定で、どこかに深い哀しみを湛えている。八作と街角ですれ違い、かごめがコロッケを手渡すだけで心が通い合うシーンは5月の青空のように突き抜けていた。
嘘からファッションカメラマンに転身した鹿太郎は女優・古木美怜(瀧内公美)に恋のアテ馬に使われるし、慎森は公園で出会った小谷翼(石橋菜津美)に付き纏われる。「オーガニックなホスト」である八作も、親友の彼女・三ツ屋早良(石橋静河)に惚れられてしまう。経営者とわ子もピンチだらけだし、みんなハッピーという結末が望めるとは思えぬややこしい設定をどう回収してゆくか、ワクワクしている。
 
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『大豆田とわ子と三人の元夫』  カンテレ・フジテレビ系  火曜よる9時放送

 


神奈川近代文学館の「永遠に「新青年」なるもの」展で、江戸川乱歩や夢野久作など、ガキの頃に熱中した作家たちがみな経由していた博文館の雑誌がどういう道をたどったのかを鑑賞した。ミステリーやファッションは不要不急。戦中は当然ながら時勢に迎合し、戦後すぐに命運が尽きる。都市文化は戦争や災害などの有事には脆弱だと改めて思い知った。
たまたま展示を見られたもののまた緊急事態宣言となり、今回の経緯には流石に腰を抜かして、なぜ暴れる者があまり出ないのが不審だった。しかし、ゴールデンウィークに行くところがなくて墓参りしたら、青梅街道などどこもかしこも大渋滞でびっくり。人気店は軒並み大行列だし、つまり、みなさん政府の言い分はあまり聞いていないとよく判って、ようやく腑に落ちた。BLMは止むに止まれず起こったアメリカ的な運動であるが、マスクが平気なわが国にはわが国固有の抵抗の流儀があるらしい。ちょっと安心した。
だんだんライヴハウスやスクリーンへの欲望が研ぎ澄まされつつある。家庭ゴミに酒瓶や缶が一杯なのが気になるが、さまざまな復活に備え私は肝臓を休めることにした。ドラマから無意味なマスクも消えたし、ここが底と腹を決める。今回取り上げた3つのドラマも、パンデミック後の社会の姿を見据えていた。ちょっと前のオンエアだが、『マツコの知らない世界SP』に登場した森山直太朗が日本の歌姫を徹底的に分析して、あまりに精密な議論に仰天し、偏愛する手嶌葵の「明日への手紙」が森山とマツコの両者ともにスペシャルな歌だったか、という共鳴の余韻がまだ残っている。
トトロの森にある墓では、ひらひら舞うモンキアゲハが一瞬、目の前を横切った。今年初めて見る黒い蝶だった。

 虹立ちて大地の息をひとり聞く
 

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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。