ぽつねん 第1回

「ぽつねん」。音楽家の井手健介さんが、愛聴しているレコードや日常生活のなかで起こった出来事について綴る連載がスタート。初回はアンソニー・ムーア『OUT』とザ・チックス『SOUND OF THE CHICKS』という2枚のアルバム、そしてJASRAC(日本音楽著作権協会)に問い合わせの電話をかけた際の珍妙な応答などについて記されています。
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ぽつねんとぽつねんが歌を重ねし少女とは



文・写真=井手健介

 
ああっ、これは。家賃が払えない。って言ってしばらくしても、まだ体が動かなかった。
起き上がりたい気持ちと起き上がりたくない気持ちがもや状に滞留して混ざり合って鈍色だった。うわあ。はっきりと言えるのはいま私は何もしたくないということで、こういう時に私がいつも繰り返す動作があって、床に寝転んだまま片方の腕を宙に向かって力なく伸ばし、黒沢清『トウキョウソナタ』の小泉今日子の台詞を頭の中で呟く。「誰か私を引っ張って…」
 
自分で自分を引っ張ってなんとか起き上がると、とりあえず目の前のノート型パーソナルコンピュータのスリープ状態になってあるのを起こした。ウェブブラウザが開きっぱなしになっていて、昨晩の私が検索した内容がそのままの状態で、だらしなく大量のタブに分かれて残っていた。どのようにしてその検索をするに至ったのか全く思い出せないタブだらけ。「稲垣潤一 - Wikipedia」というページに至っては本格的に何も思い出せなくて、昨日の私と今日の私というのは全く別の人物なのかもしれないという奇妙な感覚に陥った。
 
何枚かレコードを聴いた。アンソニー・ムーアの1976年の幻のアルバム『OUT』アナログ再発。ジャケットはヒプノシスによるオリジナル版。何度も聴いてきた冒頭曲、やはり何度聴いてもかっこいい。前奏と間奏にやってくるシンコペーションの魔法みたいなテーマ。
[レミソラシ~]というシンプルに上昇していく5つの音を、[~]で伸ばす音を2回おきに後ろにずらしながら繰り返していくことで、聴き手が予想しているアクセントが次々に逸らされていく快感が病みつきになる妙義、レミソラシそらし。[レミソラシ~/レミソラシ~/レ~ミソラシ/レ~ミソラシ/レミ~ソラシ/レミ~ソラシ/レミソ~ラシ/レミソ~ラシ/レミソラ~シ/レミソラ~シ]

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SUNDAZEDから出たニュージランドの姉妹ガレージデュオ、ザ・チックスの1965年作『SOUND OF THE CHICKS』アナログ再発。真っ白い盤がクールやわ、って針を落とすとこれがオープニングから全曲キラーチューンで、「Hucklebuck」が始まるころにはもうご機嫌でひとり猫踊り。最高の気分である。改めて、自分はこういうガールズ・ソフト・サイケ・ガレージとでもいうか、女性が気怠く、時にやや不穏なコーラスを重ねながら演奏するサイケ、ガレージ、アシッド・フォークが好きだ。ウェンディ&ボニーとか、フェミニン・コンプレックス、デイジー・チェイン、ゑでぃまぁこんとか。最近では京都で知ったアシッド・フォーク・デュオ、少女永遠なんかも最高だった。ぽつねん。

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その勢いでいくつかのメールの返信をした後、制作中の自分のアルバムについての作業をした。それは私の過去の曲を再演しているアルバムなのだが、ひとつ、懸念していることがあった。以下、少しややこしくなるが説明すると、ご存知の方も多いと思うが、Bandcampという2021年現在では世界的に普及している音楽ストリーミングサイトがあり、私はこの音源をBandcampで配信したいと考えていた。コロナ禍以降、Bandcampはアーティストを支援する取り組みとして、Bandcamp側の手数料を辞退してアーティストがより多くの利益を得られる日を設定していて、私もぜひ利用してみたいと思ったのだ。しかし問題は、私の過去の曲は著作権管理をJASRACに託してあるため、この場合の使用料の支払い(意味が分からんことにアーティストが自分の曲を再演するにもJASRACにお金を払わなねばならないのだ!)の仕組みがどうなるのかよく分からず、不安になってネットで調べたところ、どこぞのインコみたいなロバみたいなインコみたいなキャラクターが「JASRACとBandcampは包括契約を結んでいないため、JASRACに登録してある曲は現状、Bandcampでは配信できないんダ」などと言っているページにたどり着いたのだ。すわーと思った私は直接聞いたろと思ってJASRACに電話をかけた。
 
中年男性と思わしきその職員の声は、いかにも著作権管理のプロフェッショナルという感じの丁寧な言葉遣いと冷静な声のトーンで、私も改まって、相談内容を仔細に渡ってお伝えした。私が自作曲の著作権管理をJASRACにお任せしている音楽家であること、JASRAC管理の自作曲を再演した音源をBandcampという音楽ストリーミングサイト上で販売したいこと、インコみたいなロバみたいなインコが言っていることが本当なのか心配になり電話をしたこと。すると、それまで相槌を打ちながらひとしきり聞いていた男性職員が返答した。「なるほど分かりました。で、まずそのバンドキャンプというのはフェスですか?」私は電話口で目を丸くした。いや今、音楽ストリーミングサイトだと説明したではないか。俺の説明が悪かったのか? また俺? 一生こうなのか? そう簡単に発狂するなよ俺。「あ、えっと、フェスじゃなくてサイトっていうか」などと口ごもっていると団体職員は「イベント系ですか?」私は軽くわななきながら、Bandcamp=フェスではないというところから説明をして、分かってはもらえたが、結局、答えは分からなかった。デジタル担当部署のアドレスを紹介するので改めてメールで詳細を送ってくれ、ということだった。
電話を切った後、飲み物を買いに外に出て、下り階段でつまづいてよろけたところに横風が吹いた。「Bandcampって確かにフェスっぽいな」と思った。



井手健介

音楽家。東京・吉祥寺バウスシアターの館員として爆音映画祭等の運営に関わる傍ら、2012年より「井手健介と母船」のライヴ活動を開始。2015年にファーストアルバム『井手健介と母船』(Pヴァイン)を発表。2017年には12インチEP『おてもやん・イサーン』(EMレコード)をリリース。その後も映像作品の監督、楽曲提供、執筆など多岐に渡る活動を続ける中、2020年4月に「Exne Kedy And The Poltergeists」という架空の人物をコンセプトとしたセカンドアルバム『Contact From Exne Kedy And The Poltergeists(エクスネ・ケディと騒がしい幽霊からのコンタクト)』(Pヴァイン)を発表。同年12月、同アルバムからのセルフリミックス12インチ盤『エクスネ・ケディの並行世界』(同)をリリース。