Television Freak 第59回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。 今回は恒例の紅白歌合戦と箱根駅伝に、『逃げるは恥だが役に立つ』他のスペシャルドラマなど、年末年始に視聴した番組の話題です。
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タイムではなく人が走る


 
文・写真=風元 正

 
大晦日は『駅ピアノ・空港ピアノ・街角ピアノ』に聴き入ってしまった。恥ずかしながら初見であるが評判の番組だったようで、何時間見ていても飽きない。COVID-19のおかげで年末、ムダに呑み歩かずに済んで片付け等も進み、広島・沖縄・グラスゴーと続く3時間、呆然と眺めていた。世界の空港・駅・街角に置かれた“自由に弾けるピアノ”を人々が思い想いに弾き、ノーナレーションと定点カメラで撮影する試みだが、老若男女、初心者からプロまで、ほんとうに色んな人々が見事な音楽を奏でるのに驚く。いかにもプロという演奏がかえって退屈なのが愉快で、まさに音は人なり。私は、11人の子供を育て上げたという84歳のジャズピアニストの熟練を極めたゆったりした音色に魅かれたが、みんな個性豊かで、それぞれの来し方が頭に浮かんでくる。リハビリのためにピアノを弾く人の演奏に励まされたり、神童っぽい子供に唸ったり、日本も音楽大国になった。ピアノは人の声に近い音が出る楽器である。
紅白歌合戦も、前半、大人数で盛り上げる必要のある歌唱力の方々の時間は退屈だったが、きちんと声の出る歌い手の回は見応えがあり、余分な要素が少ないのはよかった。ショックを受けたのはBABYMETALで、ワールドツアーのユーチューブ動画は何度も見ていたものの、紅白の演奏ではロリータ全開で、成熟拒否は日本だけの現象ではないと知った。とても興味深いバンドである。年末の回顧番組でずっと筒美京平のヒット曲を聴いており、続けて郷ひろみだったが、「男の子女の子」と「よろしく哀愁」を還暦越えの人が歌う時代が来た。あいみょんの「裸の心」は大好きで、YOSHIKIの「ENDLESS RAIN」のブライアン・メイ、ロジャー・テイラーの演奏は心に染み、玉置浩二の歌声は別次元の響きだった。満月の美しい夜、酔眼朦朧としてコタツで聴くには最適で、やはり、人の声は最高の楽器だ。
ちなみに筒美京平の曲がヒットチャートからいきなり消えたのは1994年の出来事だそうで、ちょうど小室メロディーの最盛期に当たる。あの頃が大きな転換期で、95年の阪神大震災と地下鉄サリン事件で地獄の釜のフタが開いたわけだが、当時はまったく気づいていなかった。そして2020年、エイベックスが本社ビルを売りに出したのも味わい深いニュースではある。全盛期の吉田拓郎とあいみょんは私の中ではとても似ていて、大きなサイクルは星座のように巡っている気がする。紅白はずっと無観客でいいのではないか。視聴率の40.3%(ビデオリサーチ)をどう考えるか、日本の家族構成が大きく変わっていることはよくわかる。


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年末年始のドラマは見所が多く、豊川悦司が操るハイテク装甲車に追われる渡辺謙のターミネーター的な闘魂を十二分に味わえた『逃亡者』、重要な舞台である信濃追分の「Y邸」や建築事務所などのセットに凝りまくり、ドラマで演技する宮沢りえを久々に鑑賞できた『ノースライト』、高橋一生主演で荒木飛呂彦原作の『岸辺露伴は動かない』の大正浪漫とSFが合わさったデコラティヴな世界観と菊地成孔の音楽などなど、愉快な時を過ごした。
『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』は、事実婚だったみくりと平匡の2人が妊娠、入籍、出産、育児を経験してゆくお話。夫婦別姓、家事分担、育休、無痛分娩などなど「課題」を夫婦でひとつひとつクリアしてゆく。新垣結衣、星野源という令和を代表するカップルが演じているから生々しくないが、働く夫婦の暮らし最前線が集約されている。妻のつわりがひどかったら? どうやって育児で仕事を1ヶ月抜けるか? ひとり暮らしのキャリアウーマンが病んだら? LGBTの生きづらさとは? 「父」「母」になるとは? 野木亜紀子の脚本は現代人の悩みに教科書のごとく向き合ってゆく。
地上波らしいのは悪人がいないことで、小説だともう少し社会の闇に迫らなければ許されないか。とはいえ、コロナ禍に襲われてみくりが千葉の実家に避難する展開はやはり2021年のお正月ドラマ。TBSの「胸キュン&お仕事」ドラマは進化してゆく。数十年前の妻のお産を思い出したが、基本は同じとしても、私自身のほとんど子育てに参加しなかった態度は今ならば論外らしい。



恒例の箱根駅伝は4回目の出場の創価大の躍進が目覚ましかった。榎木和貴監督の「タイムではなく人が走る」は名言で、1万メートル27分台で走るエリートを揃えずとも、28分台のランナーが自分のタイムで走ればいい、という闘い方を選手たちが見事に実践する。コロナ禍のせいで1区間の距離が10キロほどの駅伝に出場できず、ハーフマラソンをとことん走り込むやや昔風の積み重ねが功を奏したそうで、全員が1キロ3分のラップを正確に刻んでゆく走りは頼もしかった。
競走馬の世界ではサプリメントと調教を組み合わせて筋肉をつけ、血液検査により体調の確認をする手法が一般化している。設備と飼料に費用が嵩むため一部の上位牧場しか実施できないのだが、大迫傑が所属していたナイキ・オレゴンプロジェクトも似た手法でトップ選手を輩出していたのだから、動物も人間も区別はない。大学生にどこまでハイ・テクノロジーが使われていたかはともかく、ここ数年の高速化した箱根は機械のような走りが席巻していて味気なかったけれど、今年は趣が違った。
10区、もう何もないか、と観戦から離れかけたのだが、ご存じの通り、創価大のアンカー小野寺勇樹が大ブレーキで、伝統校の駒沢大学が3分19秒の大差を逆転する展開に興奮した。20キロきちんと走れるランナーを10人揃えるのは難しい、という鉄則が久々に蘇える。復路優勝の青学大も含めて、どの学校も予定外の凡走や有力選手の怪我に苦しめられる中、最後に「男だろ!」という駒大大八木弘明監督のゲキに応えたアンカー石川拓慎の無心の激走は伸びやかな躍動感に溢れていた。復路の創価大の走者は先頭に立つ喜びによりリズムを保っていたが、最後の小野寺だけ初優勝の重圧に負けてしまった。これは責められない。


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2020年は訃報の多い年だった。とりわけ、『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』のデヴィッド・グレーバーの死がなんともいえない感触を残した。『資本主義リアリズム』のマーク・フィッシャーの自死と並び、何物かと正面衝突したという印象が強い。マラドーナとともに、私と同じ歳の偉人たちがこの世に見切りをつけてゆく。なぜ我々の周囲に仕事という名の無意味な苦役が充ち溢れているのかを解き明かす『ブルシット・ジョブ』はあまりに正しすぎて読み進めるのがつらい本だが、究極のところ、労働時間が賃金に換算されてゆくシステムを変えない限りどうにもならない。働く価値が何によって計られるのか、共通の単位が時間しかない事は誰しもおかしいと感じているはずだが、じゃあ他に何があるのか、と問われれば対案はない。
COVID-19が出現してちょっとだけよい変化は、ヒトやモノやカネが目まぐるしく回転することに何か重大な価値があるという幻想が少し揺らいだ事ではないか。社会が大減速を強いられることにより、“Time is money”の暴力に代わる価値観が生まれて欲しい。テレビ画面を通じて心が動いたのは、声でも演技でも走りでも、無償の歓びに奉仕するヒトのソウルの発露だった。2度目の緊急事態宣言の日、例によって散歩に出かけたら、近所の人気ラーメン店が満員で、昼酒を呑む人も多く見受けられた。ああ、こういうことか、と感心しながら、虚子の名句「去年今年貫く棒の如きもの」を思い浮かべた。
本年も宜しくお願い致します。


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。