妄想映画日記 その107

半年ぶりの更新となる樋口泰人の「妄想映画日記」。心身の不調は続くものの、リハビリも兼ねて2021年元旦から再開しました。Netflix(ネットフリックス)を観て過ごした三箇日を経て、仕事始めと緊急事態宣言によるイヴェント中止に見舞われた1月10日までの日記です。
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文・写真=樋口泰人


1月1日(金)
とりあえず日記再開。某案件で思いのほかひどいダメージを負っていて、これはまあ、まともにパワハラとか受けたら一生立ち直れないなと、改めて思っている正月。というか、まだまだ日本の社会全体がパワハラ体質満々なわけだから、ひとつダメージを負うと世界全体からハラスメントを受けているような気持になる。だから個別の問題ではないということだけがはっきりとわかる。休めば何とかなると思っていたのだが何ともならないのでとにかくリハビリ。
年越しは図らずもネットフリックスでの『マンク』になってしまった。何層にも重なり合って語られるこの映画の構造自体がそれぞれの人物の造形にも作用していて、分けられた層が気が付くと溶け合っていく印象は、なかなかいい。『レ・ミゼラブル』のコゼット役のアマンダ・セイフライドが『マリアンヌ』のマリオン・コティヤールに見えて仕方がなかった。役名が「マリオン」というのは関係ないとして、いくつもの層の中間で自らの存在を揺らしながら消していく存在、あるいはそんな存在が示す表象としてのふたりの姿が重なり合ってしまったのだ。
昼近くに起床、歯の調子が悪く食欲もあまりなく初詣には行った。いつもの高円寺氷川神社。その後、ネットフリックスでオリヴィエ・アサイヤスの『WASP ネットワーク』。『カルロス』の続編のようにも見えるが、相変わらず飛行機が何度も離陸し着陸し、主人公がどこにいるのかわからなくなる。誰も正しくなく間違ってもいないそれぞれの行動を、ただひたすら時間だけが機械的に進行しながら示していく。最後近く、両親の話を聞く子供のまっすぐな視線が印象に残った。
深夜、久々にモノラル・カートリッジの調子が悪いことが判明。あれこれ奮闘しているうちに夜は更けるばかり。

 
1月2日(土)
歯の調子はさらに悪くなる。大人しくしているしかない。にもかかわらず階段でこけそうになり壁の出っ張りに激しく頭をぶつけ、ひどくはないが出血までする始末。とにかく手先、足先に神経が届いていない。
そんなところに東京都知事と関東3県の知事が国に対して緊急事態宣言の要請を行ったというニュース。それに伴い、1月4日に行うはずだった『ジオラマボーイ・パノラマガール』のトーク・イヴェントをどうしようという相談をして、また、9日、10日に金沢と富山に出張予定だった『VIDEOPHOBIA』のトークもどうするかという相談。4日は会場のリモート作業ができないため中止、9日、10日はリモートで、ということになった。まあ、今はあまり焦らず動かずということで。
それらの作業の中でスモーキー・ロビンソンの70年代から80年代のアルバムを聞いていた。年末にスピーカーとアンプを変えて音が見違えるくらいクリアになり喜んでいたのだが、すでに耳が慣れてもっとこうなるはずだああなるはずだとささやきかけてくる。自分の中にまだそれだけ欲望があったのかとちょっとうれしくなる。
妻も体調を崩していたために結局一歩も外には出ず。夜はケヴィン・コスナーとウディ・ハレルソンが引退したものの復帰する元テキサスレンジャー隊員を演ずる『ザ・テキサス・レンジャーズ』を。ボニー&クライドの物語を、彼らを射殺した側から見る物語。トーマス・ニューマンの音楽が冒頭から最後まで、ほとんどのシーンで流れっぱなしである。正確に分数を計算すれば半分くらいではないかと思うのだが印象だと8割。ウディ・ハレルソンも今年で60歳である。孫もいるおじいちゃん役。あのゆっくり歩く姿が物語のすべてを語っていた。


1月3日(日)
昼に起き阿佐ヶ谷まで散歩。目の調子が悪い。久々に聞いたロイ・オービソンの『ミステリー・ガール』のエコーの響きがかつてなく身体を解きほぐしてくれる。これまでいったいこのアルバムのどこを聞いていたのか、というくらいな衝撃。うまく説明ができない。
夜はジョージ・クルーニーの『ミッドナイト・スカイ』。乗組員たちが宇宙空間で絶唱する「スウィート・キャロライン」には盛り上がるが、その他の宇宙船のシーンはこれまで何度も観てきた宇宙船の物語の繰り返しでもある。またこの映画の本筋とはあまり関係ないと思われ、例えばこれらのシーンがなかったとしたらどんなシーンがこれらに変わるのだろうかと妄想する。スタンリー・クレイマーの『渚にて』の音楽も使われているように、世界の終わりが物語の背景にあって、それが物語上のことではなくいよいよわれわれの世界のリアルとして映画の中で語られ始めていくのだろう。『渚にて』の頃は東西冷戦と核兵器の脅威が現実としてあったわけだが、今はもっと不確かでしかしそれゆえに決定的な何かとしてわれわれの無意識を重く包み込み始めている、そんなことを思わせる映画だったが特に面白いわけではない。
そんな物足りなさの中でそういえば見逃しっぱなしになっている『鵞鳥湖の夜』がそろそろ配信され始めているのではと思いアマゾンを調べてみると出てきたので観始めたのだが、『薄氷の殺人』と同じ主人公が登場し、やはりクリーニング店が舞台となっている。これはもはや『薄氷の殺人2』ではないかと思いながら最後まで観ていたのだが、最後に出てきたクレジットに『薄氷の殺人』と出てきて唖然とした。自分の記憶をまったく信じていないのと、その場の思い込み――これが『鵞鳥湖の夜』である――の強さが重なるとこんなことになる。しかしそれにしてもひどい。あきれるが、観ながら『薄氷の殺人』を観直さなければと思い続けていたので、その意味ではいい予習になった。という前向きな解釈で切り抜けていいものかどうかよくわからない。しかし舞台となる町はまるでヌーヴェルヴァーグのパリのようだったし、ナンバープレートの間違いやラストの消防車のクレーンやまさに登場人物たちそのもののようなクリーニング店の佇まいなど、ヴェンダースなら『アメリカの友人』と言いたくなる。冒頭など『帰れない二人』がそのまま蘇ってきたように感じたのは、ともにリャオ・ファンが主演ということだけではない気がする。製作年はもちろんこちらの方が先なのだ。

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1月4日(月)
体調悪し。昼に起きたがダメで昼寝をしようかと思ったが眠れず仕方なく散歩に出る。身体を動かしても気分も体調もすぐれず。夕方から昨日の流れで『帰れない二人』を。林強の音楽がこんなに強力だったことを映画館で観たときはまったく気づかなかった。電車の音車の音風の音UFOの音がいったいいつの時代なのかよくわからなくなるこの物語を、しかしこれでいいのだと肯定するので余計に時代が良くわからなくなりまるで吸血鬼の物語を観ているような気分になる。映画館で観たときはこんなことを感じなかった。2チャンネルミックスの結果なのだろう。とはいえ『薄氷の殺人』といい『帰れない二人』といい、男たちの世界にやりきれなくなって、夜はこの2枚に救いを求める。

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LUCY DACUS 『HISTORIAN』/ KATE DAVIS 『TROPHY』

 
1月5日(火)
目覚めは12時。寝たのが6時だからまあ致し方なし。今年初の事務所仕事。高円寺駅まで行く途中、ごみ集積所のあたりがひどいことになっていた。年末年始のごみ。収集車も載せきれず。この2、3日はごみ収集員は大変だ。事務所作業は細かいことがあれこれあって当然のようにやりきれない。夕方すぎるとまったく暖房が利かなくなりキーボードを打つ指先も凍えてまともな入力ができなくなり終了。帰宅して自宅にて『恐怖の映画史』の確認作業、残りわずかのところまできた。頭痛。

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1月6日(水)
4時くらいに寝たのだが、頭痛で眠れず6時30分にいったん起きて朝食と頭痛薬がなかったので風邪薬を飲んで寝た。昼に起床、事務所へ。ごみ集積所の本日はビンとカンの山だった。事務所では荷物の受け取りと発送、その他事務作業で夜。帰宅後は今年の企画あれこれの準備と連絡をしていると深夜3時。今日のBGMは面倒だったのでアマゾンミュージックから、最近のバンドのものをいくつか聞いたのだが、演奏の問題ではなく配信の音が平板すぎて全然面白いと思えなかった。まあ、そういう問題を乗り越えて訴えかけてほしいということでもあるのだが。
そして明け方になって、大袈裟太郎こと猪股の「ラジオ番外地」のリアルタイム中継でトランプ支持者たちの国会議事堂突入風景を観る。数はそんなに多くない。これらに突破されてしまうというのは単に警備側が手を抜いてるだけだとしか思えないのだが、いったいアメリカはどうなっているのだろう。こういうことを単に報道するのではなく丁寧に解説してくれる番組を希望する。

 
1月7日(木)
結局寝たのが6時くらいで10時過ぎに目が覚める。眠りが浅い。午後は吉祥寺に出向きバウス社長の本田さんから今後の目論見を聞く。ほんのちょっとしたことで面白くなりそうなのだが、どうなるかは誰もわからない。
そして夕方には緊急事態宣言が出て、当然のようにいくつかのイヴェントが延期になったとの知らせも来る。われわれのように持たざる者は、今回の時短要請によってイヴェントがなくなったとしても、補償も協力金も出ない。そして例えばイヴェントをやったとしても動員は寂しく赤字になるだけである。これが「経済を回す」ということなのだろうか? 
夜は『山河ノスタルジア』。何度目かの鑑賞だが相変わらず記憶が幽かで初めて観るような印象で始まりそのうち記憶がよみがえってきてデジャヴを観るような印象へと移行。たぶん、映画の作りもそうなっている。そんなセリフもあった。日本でもこんな映画が作られたらいいのにと思ったのだが、いや、作ってる人間はいるよと思い直し、明日はバウスの社長の話をその人間に伝えようと決意した。伝えるだけだけど。


1月8日(金)
昼に目覚め。日々この状態では大人としてどうかとも思うが小学生のころから明け方にならないと眠れなかったわけだから今更どうにもならない。自分のペースでやれるときはいいが、本日のように発送作業とか荷物受取とか、世間のペースに合わせないとならないときはつらい。というのをもう何十年も繰り返してきたので、そろそろこういった世間との折り合いを拒否してもいい頃だと思ってもうすでに数年が過ぎた。夕方以降は暖房全開ダウンも着込んで作業をするが指先がかじかむ。19時過ぎにようやく最後の荷物が届く。夜はジャ・ジャンクーの続きで『罪の手ざわり』を観たり、アル・グリーンを聴いたりしながら4月までほぼ無収入の緊急事態宣言boidの今後を考える。朝6時はまだ暗い。

 
1月9日(土)
本日から『VIDEOPHOBIA』の上映が始まる富山のほとり座から連絡が来て、大雪のため明日予定されていた上映後のトークを14日に延期したいとのこと。当初はわたしと宮崎くんが富山に行ってトークということだったのだがコロナ陽性者数の増加のためにリモートに切り替えていたところにさらに大雪が重ったわけだ。リモートの場合こういう時はフレキシブルに対応できるが、何となく寂しくもある。一方金沢のシネモンドでは本日夕方からリモートでトークがある。リアルなら今日は金沢でそれなりの高揚感とともに話を進めることができたのだが、リモートだと昨年末から完全ひきこもり態勢で世間との交流を断った閉じた空気感のまま。致し方なし。おそらく宮崎くんもそんな感じではなかったかと思う。1、2年こんなひきこもりのままあれこれやっていくと少し違う地平へと到達するかもしれない。悪いことだとは思わない。夕方までは『恐怖の映画史』Kindle版の整理をしていた。青土社から出た書籍版の『恐怖の映画史』のあとがきを読むと、『恐怖の映画史 パート2』に収めるためのトークを、アテネフランセを借りて6時間の公開イヴェントとしてやったのだと書いてある。20年前。わたしも黒沢さんも篠崎も若かった。今はもうそんなことできない。寂しいがそんなものだ。その寂しさとともに『クリスティーン』を観た。

 
1月10日(日)
昼に起きJR高円寺駅方面まで散歩。年末に火事になった中通り商店街の「薔薇亭」の一角はまだそのまま。火元は「薔薇亭」ではないのだがビル全体がしっかりダメージを受けているので建て替えるしか方法はないのだろう。80年代、このちょっと手前のレンタルレコード屋で働いていたときは「薔薇亭」には随分お世話になった。マスターも奥さんも元気そうで火事跡に張り紙がしてあったが、とはいえ復活にはだいぶ時間がかかるのではないか。しかし今はもう、ここの山盛りキャベツを完食できないだろうと寂しくなる。そしてそのはす向かいくらいにできたハラルショップでバスマティライスなど購入。
帰宅後、スパイク・リーの『ザ・ファイブ・ブラッズ』。ストーリーはよくわかるが残念ながらそれぞれのシーンとセリフの面白さしかない。ひとつひとつのシーンをゲームのようにクリアしていくような映画。『クリスティーン』のような、クリスティーンが一瞬で「グレート・ボールズ・オヴ・ファイヤー」になって爆走する、あの感じはない。世界の終わりと引き換えに今の自分の行動があるようなゴージャス感と言ったらいいか。そういえば全然面白くなかった『テネット』だが、エリザベス・デビッキ扮する悪役の奥さんが、旦那を殺したら世界が一瞬でなくなってしまうということを承知のうえで、たとえ世界が終わったとしてもこのわたしはこの夫を殺すのだと金属バットだったかを振り上げるシーンはめちゃくちゃよかった。あのシーンのためにデビッキの長身があったと思う。人類の未来とか子供たちの将来とか、映画には一切関係ない。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。boid配給作品の『VIDEOPHOBIA』(宮崎大祐監督)と『ジオラマボーイ・パノラマガール』(瀬田なつき監督)が公開中。1月31日までboidのWEBショップにて新春セール開催中。