映画川 『空に住む』

現在公開中の『空に住む』(青山真治監督)の映画評をお届けします。両親の急死にともない叔父が所有する都心のタワーマンションの一室に住むことになった主人公が、新たな出逢いや別れ、周囲の人々との交流を通して、自らの生を切り開いていく――。彼女が辿るその道程が本作においてどのように描かれているのか、坂本安美さんが静かな眼差しで見つめられています。

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ずっと、ずっと行く



文=坂本安美

 
青山真治監督の最新作『空に住む』は、ほぼモノクロに近く、粒子も荒い監視カメラのような映像で突として始まる。その画面の右下から長いコートを羽織り、スーツケースを転がしながら、女性と思われるシルエットが遠慮がちに入って来る。建物の玄関と思われる無機質な空間は、装飾用に流れている水の音にしてはあまりにも生々しいノイズで満ちている。その空間を通り過ぎたところで、女はさっと手を引かれて、中へと姿を消す。どこかであり、どこでもないような場所、あるいはどこからともなく響いてくる音たちは、これ以降も本作に不思議な奥行きを与えていくだろう。

彼女が入っていった建物は高層マンションであり、愛らしくもどこか厳しい表情をたたえているその若い女性は直実(多部未華子)と呼ばれ、事故で両親を亡くし、叔父のはからいでその一室に引っ越してきたことが、次のシークエンスで明かされる。瀟洒な部屋を喜ぶよりも、天井まで届く窓の向こうにのっぺりと、どこまでも広がる東京の風景を前に唖然とし、目の前でテンション高く彼女をもてなす叔父夫婦にもどう振舞っていいのか分からない彼女は、相棒の黒猫ハルとともに、所在無く立ちすくむしかない。一夜が明け、ブラインドの隙間から刺してくる朝の光を自分の身体にそっと受けてみるも、開くことのないその窓を前に息苦しさを感じ、通気口のスイッチを押す。その小さな穴から風や電車の音が流れ込んできて、ようやく小さく息をついた直実はパジャマのまま、ソファに猫のように横たわり、「空に住んでるみたい」と呟く。

天から地へ、その間を繋いでいるような長い石畳の階段を降り、川の上を走る電車の先にある田舎風景に直実の働く出版社がある。古民家を改装したその出版社は庭に向かって開け放たれ、外からの光も音も自然と部屋の中に溶け合っていく。そこで直実は他の編集者たちと床に座り、まさに膝を突き合わせ仕事をし、隣にはお腹の大きい後輩の愛子(岸井ゆきの)が悠然と座っている。よっぽどこちらの方が住処なように見えもするが、同僚や小説家を前にする直実の顔には仕事をする者の気概、緊張感が感じられる。「しかし面白いな、ご両親を一気に亡くしちゃった人と、できちゃった婚が並びで目の前にいるって」。直実と愛子を前に、編集長の柏木(髙橋洋)はあっけらかんと、ほとんど彼女たちを讃えるているかのようにそう述べる。「これが文学、ですか?」直実もとくに気を悪くすることもなく、柏木の言葉を編集者然として受けてみせる。生と死が当たり前のように背中合わせにあるこの世、そこからフィクションを、小説を生み出す人々を相手に仕事をする直実はしかし、親の死を前に泣けなかった自分を理解できず、許せずにいる。


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上から下に、下から上に、そして現実と虚構の間を、直実は「雲のようにふわふわと漂い」、それが「堪えられない」と漏らす。そしてまさに上と下を往来しているエレベーターの中で、一人の男と出会う。窓の外にのっぺりと広がっていた街にそこだけ浮かび上がって見えていたビルボードの中の俳優、時戸森則(岩田剛典)がまるでそこからするりと出てきたかのように、彼女の目の前に現れたのだ。同僚の女性たちが憧れる人気俳優にミーハー的興味を抱いたのか、それとも天から舞い降りてきた男に一目惚れしたのか。ふたりの間に流れるのはそんな夢物語のロマンチックな時間というよりは、どこか厳粛としている。虚構の世界から現れ、目の前に存在し始めたその見知らぬ他者の言葉を、その口づけを、その抱擁を、直実は自分の人生に訪れ、避けることができない出来事のように受けとめていく。そして映画は、直実の心の動き、身体の震え、官能、そして決意を静かに、しっかりと見つめていく。

森則との関係に休止符が打たれ、直実がひとりになるのを待っていてくれたかのように、黒猫のハルが病気になる。何かとお節介を焼いてくる叔父や叔母も退けて、直実は日に日に弱っていくハルの横にひとり寄り添い続ける。その小さな存在が、愛を叫ぶことを、世界と繋がる姿を示し、自分自身でさえあったこと、息を引き取る最後の瞬間まで、直実はハルを優しく愛撫し、語りかけ続ける。何もない部屋で、窓から射し込む光のみが時を刻み、ハルと直実を照らし続ける。そしてハルは旅立ち、突如、世界のあらゆるノイズが部屋の中に流れ込んできたかのように、部屋の中が荒々しい音で満ちる。その世界にハルなしで、ひとりで対峙する覚悟を決めるかのように、直実は赤ワインをグイッと飲み干す。そしてその覚悟と共に、直実はふたたび森則を部屋の中に迎え入れる。終わり、そして始めるために。


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タワーマンションと郊外の小さな出版社の間を往来しながら直実が辿るそんな小さな世界は、そこで彼女が出会う人々によって豊かで複雑な表情を見せていく。住民たちを一人ひとり大切に送り出し、迎え、ゴミ捨てまで丁寧に手伝い、日々の暮らしのささやかな瞬間を見守っているコンシェルジュ(柄本明)、言葉は少ないながらもその佇まいが多くを物語る小説家(大森南朋)、明るさと闇が表裏一体のような直美の叔母(美村里江)やひたすら明るい側しか見ようとしない叔父(鶴見辰吾)、動物たちの世界から話す術をしっている獣医(斉藤陽一郎)、石畳の階段で子供を産もうとする強くそして脆い愛子、その人生について多くは語られることがなくとも、登場する時間が長くなくとも、仕事をする所作、発せられる言葉、あるいはひとつの映像からもうひとつの映像の間で見せる表情の変化は、彼女らが、彼らが生きたほかの空間や別の時間を感じさせ、この映画に奥行き、大きさを与えていく。
直実がその道程で出会うひとりにペット葬儀屋(永瀬正敏)がいる。ある晩、彼女はその葬儀屋の運転する助手席に乗り、人気のない小さな港へと向かう。そこがやはりno man’s land 、生と死の境にあるどこかでありどこでもない場所でもあるのだということが、車中にいるふたりの横顔を映し出す儚い美しさを湛えたショットから感じられるだろう。火葬を終え、少し距離を置きながら、岸辺に佇むふたりが俯瞰のロングショットでとらえられ、カメラはふたりの顔にゆっくりと近づいていく。車のヘッドライト、あるいは月光が微かな光を反射させている波の動きを眺めながら、「煙も出ないんですね」と切なげに漏らす直実に、葬儀屋はゆっくりと語り始める。「距離と時間の問題じゃないですかね。星になるとか、まぁ普通ですけどね、案外そういうことじゃないのか。僕たちがこう交わらない平行線として生きているとして、その平行線はこの地べたでは決して交わらないわけじゃないですか、だけど宇宙をずっとずっと行くと交わるっていうですね、人に聞いた話ですが」。微かにその目に涙を光らせた直実と、その少し斜め後ろから見守る葬儀屋の男をカメラはしばしの間、夜風に吹かれたまま、波の音だけが響く静寂の中に留まらせる。

『空に住む』というこの一本のフィルムは、「ずっとずっと行く」ためのひとつの通過点なのかもしれない。それぞれが交わることはない人たちが、雲のように通り過ぎ、フレームの外からはきらめき、閃光が射し込む、どこからか大気が流れ込んでくる、そうまるで空のような場所。そして青山真治はこれまでもそうやって映画を撮ってきたのではなかったか。そこに居続ける者もいれば、通り過ぎていく者も、そして戻って来ない者もいる、でもその一本のフィルムがあるからこそ、彼らがそこに集い、空が見えてくる、そんな映画を。「一生終わらない地獄のような関係がそこで続いているかも知れない、堪らないよ」と森則は述べていた。「それも面白いじゃないですか」、柏原だったら言うかもしれない。そのどちらの声も吸い込み、そして流れていく風の吹く空の前にすくっと立ち、通り過ぎていくさまざまな雲たちを眺め、そして刻々と変わる光を全身にしっかりと受けながら、直実はずっと、ずっと行くだろう。 


 
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空に住む
2020年 / 日本 / 118分 / 配給:アスミック・エース / 監督・脚本:青山真治 / 脚本:池田千尋 / 原作:小竹正人 / 出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典、鶴見辰吾、岩下尚史、髙橋洋、大森南朋、永瀬正敏、柄本明ほか
2020年10月23日(金)全国ロードショー
公式サイト



坂本安美

アンスティチュ・フランセ東京 映画プログラムディレクター。「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」元編集委員。1996年よりアンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院)にて映画上映の企画・運営を行い、フランスをはじめとする海外の監督、俳優、映画批評家らを多数招聘。2014年のカンヌ国際映画祭「批評家週間短編作品部門」や今年の東京フィルメックスでは審査員も務めた。