Television Freak 第56回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから『恐怖新聞』(東海テレビ・フジテレビ系)と『彼女が成仏できない理由』(NHK)、そして10月23日公開の映画『空に住む』(青山真治監督)を取り上げます。
DSC_3122.JPG 247.41 KB



空と友達


 
文=風元正


青山真治監督の『空に住む』は、両親と突然死別し、都心のタワーマンションに住むことになった編集者・小早川直実(多部未華子)の物語。愛猫ハルとともにエレベーターを昇り、窓から雲に霞むビル街を眺めると、仕事も人生もどん詰まりで地に足が着かない自分のあり方が身に迫る。部屋の持ち主の叔父・小早川雅博(鶴見辰吾)と明日子(美村里江)の夫婦も、善意と笑顔の裏側にぽっかりと空白を抱えている。とりわけ、穏やかな物腰を崩さぬ金満投資家・雅弘の虚無はただ事ではない。
郊外の古民家で営まれる直美の勤務先の出版社の「良心」も、どこか危うい。編集長・柏木(高橋洋)は代表・野村(岩下尚史)の茫洋に救われているものの、部数のためのむやみな前進に潜む陥穽にヒヤヒヤしている。雅博も野村も平成30年の浮沈を生き延びた男だが、僥倖に恵まれただけと悟っているニヒリズムの徒だ。担当と深い絆を求める文学賞作家・吉田理(大森南朋)も無頼を隠し小市民の枠を守っている始末だから、周囲の女性たちは胸中の穴を塞ぐことができない。
宙に浮く住まいの床にぺたっと座り花束を抱える大スター時戸森則(岩田剛典)は、高層階の輝きのみを身にまとう蠱惑的な誘惑者。花を食べるし哲学もある。親の死に泣けない直美の傷跡へオムライスをねだって入り込む。赤いケチャップがかかった半熟卵の艶やかさに導かれ、2人は自然に結ばれる。同僚の木下愛子(岸井ゆきの)の大きなお腹はワケアリだし、子のない明日子の粘っこい干渉は妙に意味ありげ。色恋の噂が囁かれるたびに一斉に同じ向きに首を傾け、相変わらずの日常から浮かびあがる手掛かりを求める出版社の社員たちの挙措が愉快だ。
地面と逃げ場を奪われたハルは知らぬ間に衰弱し、直実は罪を重ねる。心は気儘に盗み葡萄酒には酔うものの、捕まえようとすれば逃げる時戸の影に棲む女たちの気配に追い詰められ、同僚には身についた「空」の気配に嫉妬される。しかし、恋の炎により本能が目覚め、大胆な決断により新たなる冒険に旅立つ。タワーマンションと古民家という「天地」を往還するキャメラの動きにより、色鮮やかに生の寄る辺なさを画面に刻んでゆく青山監督の手腕は目覚ましい。ワインの赤や花々が多部未華子に光彩を与え、決して照れない岩田剛典もさすが二枚目と感じ入った。
人々の幾重もの屈託がきれいに空に消えてゆく快作。ま、明日は明日の風が吹くさ。編集者として、直実の企画を本にしてみたいが、あんな風に真実を掴み出すのは男では無理、と口にすると情けないか。大きなお腹の岸井ゆきのが石の階段の踊り場という「間(あいだ)」で泣き叫びながら目指すべき星を見出すショットは心に残った。永瀬正敏、柄本明の一瞬入魂の名演も見逃せない。

soranisumu.jpg 109.57 KB
『空に住む』 2020年10月23日(金)全国ロードショー



ほぼ半世紀前、「週刊少年チャンピオン」連載のつのだじろう作『恐怖新聞』は毎週愛読していた。『ノストラダムスの大予言』が世を席巻し、教室ではみんな「こっくりさん」をやっていて、半端なオカルト知識を小学生なりに頭に詰め込んだ。久々にテレビドラマとして復活した2020年は、三島事件、ドルショック、オイルショックが重なり、ローマクラブが「成長の限界」を公開し「世界の終わり」が脅威だった昭和の小学校の頃と、先の見えないコロナ禍の不穏さが妙に重なる。
令和の世に恐怖新聞を受け取るのは少年でなく小野田詩弦(白石聖)。20歳を機にひとり暮らしを始めてから、細くしなやかな身体に奇怪な出来事が幾度となく降りかかり、澄んだ悲鳴が響き渡る。ばさっと長い黒髪が抜けたり口から出てきたり、定番の『サイコ』風シャワーシーンなど怪奇のツボを心得たショットの連続で、中田秀夫監督の練達の演出は我々の背筋を寒くする。何より禍々しいのは江戸時代の瓦版風の「100日寿命を吸い取る」恐怖新聞で、墨のようなインキで描かれた文字や挿絵が思い切り嫌な感じで、受け取るたびに歪む詩弦の白く整った美顔が冴え渡る。血しぶきも涙も映える。そして、恐怖新聞は詩弦にしか見えず、他人にはただのザラ紙だ。
娘に冷たい父・蔵之介(横田栄司)は丸太に体を貫かれ、「お前が生まれたせいだ」と詩弦に言い残して死に、母・歌子(黒木瞳)はイカれてゆく。目がガラス玉のようで焦点が合わず、いつも何か追い立てられ、骨壺の骨を食べたり、予告された子供の虐待死を止めようとしたり、妙な行動に取り憑かれ始める。バイト先のフードデリバリー店で知り合ったカレ松田勇介(佐藤大樹)は、「俺を巻き込め」と青春ドラマ風の恋を展開しようとし、カウンセラーを紹介したりするが、恐怖新聞の魔には抗えず、幼馴染みの宮沢桃香(片山友希)との関係も血塗れのドロドロになってゆく。
刑事・篠崎林太郎(駿河太郎)は未来の凶事を予言する恐怖新聞の力を知りつつ、どこかで力を利用しようという下心で行動が歪む。隣家の病弱な片桐ともを(坂口涼太郎)は原作の主人公・鬼形礼らしく、「抗えない運命がある」と呟きつつ、目的が見えないのが不気味だ。日本のオカルトブームの原点となる漫画が、Jホラーの様式化を極めてTVドラマ化された今、ただ報道されていないだけで、日々このような事件は起こっている、という地続き感は熟している。さて、私のところに恐怖新聞が配達されるのは明日か1年後か。とりあえず、サインを書くのは止めよう。

恐怖新聞.JPG 60.67 KB

オトナの土ドラ『恐怖新聞』 東海テレビ・フジテレビ系 10日10日(土)よる11時40分最終回放送



『彼女が成仏できない理由』は、骨太のドラマである。
まず、日本の漫画に憧れてミャンマーから留学してきたエーミン(森崎ウィン)が数々の苦境に直面する姿がしっかりと描かれている。世界漫画オーディションの奨励賞を受賞し、日本のマンガ専門学校に留学することになったが、講義のレベルの高さについて行けない。さらに、路上で奨励賞の賞金49万円が入ったバッグを盗まれたり、周囲の人々が冷たかったりと、外国人の日本へのイメージとのギャップが浮き彫りになってくる。
しかし、ようやく契約できた安アパート「南貝荘(ナンカイソウ)」に出没する女性の幽霊が、憧れのベストセラー漫画『氷の武将』の作者タカナシレイ=小島遊玲(高城れに)であることが判明して、エーミンの生活にも潤いが出てくる。玲は自分がなぜ南貝荘201号室に居着いているのか覚えていないし、外にも出られない境遇を嘆いているが、エーミンとの関係が深まることにより、なぜこの世に「心残り」があるのかが少しずつ見えてくる。謎が深まる展開も注目だが、玲が思い思いのコスチュームに変身するといった幽霊ならではの描写も面白い。幽霊として実体化した玲は生き生きしていて、その浴衣姿は麗しい。
恋愛要素からも目が離せない。『氷の武将』は、玲と編集者・中路圭一(和田正人)との共同作業により、まさにその安アパートの部屋で生まれた作品。2人は思いを伝え合わないまでも、互いに恋い慕っていた。しかし『氷の武将』の人気が高まる中、玲が突然失踪し、その後はアシスタントの山田千春(村上穂乃佳)がゴーストライターとして連載を継続してきた。中路が今でも玲に惚れていることを知りつつ、決して「先生」に勝てないと嫉妬していた千春は、幽霊となった玲に再会し、生きて中路の側にいられる方が勝ちだと宣言する。この恋愛感情のもつれにエーミンが加わった四角関係が描かれていく。
その他の登場人物も個性的だ。玲のことを除霊できずにいる僧侶で、エーミンのバイト先のコンビニ店長・藤島貫道(高橋努)は、冷やし中華の発注20個を200個と誤発注しかけるなどそそっかしい面もあるが、留学生に理解のある存在。車に轢かれた雨蛙の墓を作る繊細な隣家の少女・川本絵里奈(白鳥玉季)は、人は死んだらどうなるか悩み、幽霊である玲にその気持ちを吐露する。バイト先の同僚・ドゥアン(ナリン)は「日本では能ある鷹は爪を隠すだよ」と毒を吐きつつ悲哀を口にするなど、各々のディティールがよく作り込まれている。
エーミンは大家から幽霊を追い出せば家賃一年分無料にすると甘言を弄されているが、決して触れることのできない体だが天真爛漫に振る舞う玲の魅力に惹かれていき、ずっとこのままでいたいと願うようになる。一方、漫画学校の講師からは「プロになるのは難しい」と現実を突きつけられ、才能のなさを自覚しながらも、なんとか抗い続ける。実際にこんな愛らしい幽霊はいないとはいえ、現実の私たちもこのドラマの登場人物ように、形のない何かに支えられながら生きている。そしてファンタジーが息も詰まるような日々の困難さを和らげてくれる。だからこそ、玲とエーミンには明るい未来が待っていて欲しい。そして、タイトルであり最大の謎である「成仏できない理由」とはいったい何なのか。残りの第5話、最終話もますます楽しみだ。

kanobutsu.jpg 67.79 KB

よるドラ『彼女が成仏できない理由』 NHK総合 土曜よる11時30分放送 



『捜索4年! 屋久杉“伝説の超巨大杉”完全版』には興奮した。世界遺産の島の奥深くには幹回り16mを超える縄文杉があるが、より巨大な木があるという噂が絶えない。ヘリコプターも導入され、空から森にレーザーを細かく照射して測量して、航空測量技術者の廣瀬葉子や前田佳子が「やれることはやった」と断言するまで分析して、巨大杉が分布する場所を探索してゆく。山岳ガイドの探索隊長・小原比呂志は、人跡未踏の秘境「天空谷」に入ることを諦め、若手たちが道なき道を進む。地形図も捕捉していない巨大な谷や、自然の落とし穴が待っている。
年貢に使われた江戸時代からずっと屋久杉は伐採され続けていて、縄文杉より太い切り株もあった。しかし、求めるのは生きている巨木。そして、探索隊は幹回り12m43cm、高さ45mの「天空杉」に辿り着く。樹齢3000年以上。小さな画面からも威厳が伝わってくる。杉の寿命を考えると、文字の発生などつい昨日の話ではないか。小原の「屋久島は広いな」という一言は重い。
過去のデータから、巨大杉の育つのは、大きな岩の上に土や岩が堆積してできたすり鉢状の広い谷間のくぼ地と割り出された。猛烈な台風を遮り、土砂崩れなどが決して起きない場。安全でなければ杉は育たないから、土砂崩れの跡のすぐ脇に巨大杉が生えていたりする。気の遠くなるような年月ずっと光合成を続け、周囲の生き物まで育み続けている植物の存在にワクワクするうちに、せいぜい100年しか生きられない人間のスケールがますますみすぼらしく思えてきた。
そもそも限界しかない我々を物差しとして用いる方が間違っている。むしろ、尺度がまるで一致しない、幽霊のようなものとただ共存していると考えられないか。都市空間はますますAIに統御されるが、すべてを台無しにする天変地異はいつでも起こる。目に見えないものの力が増しつつある2020年、空や怨霊や幽霊や巨大杉と友達になっておいた方がいい。そう心に決めてピーター・ドイグ展を見に行って、芸術の傲慢をクールに拒絶する謙虚な描き手でほっとしていたら、ヴァン・ヘイレンが65歳で死んだ。

   月に酔ひ猫の眼と睨め競


DSC_3169.JPG 266.42 KB



 

風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。