Television Freak 第55回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマ『私たちはどうかしている』(日本テレビ系)、『妖怪シェアハウス』(テレビ朝日系)などに加え、映画『ジオラマボーイ・パノラマガール』(瀬田なつき監督)と『スパイの妻』(黒沢清監督)について記されています。
DSC_3042.JPG 303.04 KB
(撮影:風元正)


神は細部に宿る



文=風元正


瀬田なつき監督の新作『ジオラマボーイ・パノラマボーイ』は、2019年の東京が撮影されている映画だ。10年、いや20年たてば、より深い意味が生まれてくるだろう。通行人がひとりもマスクをしていない街。外国人旅行者だらけの雑踏を歩き、オリンピックが来たらひどいことになるぞ、とユウウツだったが、元号改元の浮かれ気分はどこかに残っていたあの頃。16歳の渋谷ハルコ(山田杏奈)がいきなり自転車で走り出す始まりから瀬田ワールド全開で、橋の上で倒れていた神奈川ケンイチ(鈴木仁)に一目惚れしながら、2人はずっと平行線上にいて交わらない。ハイティーンたちの甘酸っぱく不安定な時がフィルムに刻まれ、やがて2人が湾岸の建設中のマンションの一室で壁を隔てて裸の心で向き合う痛切な一瞬は忘れがたい。ラスト20分のショット選択への確信に胸を揺すぶられたが、見かけだけだったスケボーを見事に乗りこなすケンイチはもう大人だし、ハルコも恋する乙女ではない。ああ、これが「青春」だったと涙腺が刺激されてしまった……。

gbpg_main.jpg 542.38 KB
『ジオラマボーイ・パノラマガール』 11月6日(金) 新宿ピカデリー、ホワイト シネクイント全国公開


『スパイの妻』で示された黒沢清監督の歴史観を支持したい。日米戦争直前の1940年、神戸には「コスモポリタン」を自任する貿易商・福原優作(高橋一生)がまだ自由に活動する余地があった。久世光彦の口癖「戦時中はけっこう明るかったんだよ」の通り、貿易商の人々は賑やかに資本主義を謳歌していたが、その「自由」が曲者で、優作は満州で見てはならない物を見てしまう。「人類の正義」に反する行為にどう対抗するか、優作は妻の福原聡子(蒼井優)に秘密で世界に知らしめる準備を進めるが、夫への「愛」が状況を揺るがしてゆく。「エルサレムのアイヒマン」的な憲兵を演じる東出昌大の不気味さが素晴らしい。コスモポリタンとして振る舞う人々も情報を売り買いする弱肉強食の世界を生きているだけ……と考えれば、どの時代も同じではないか。蒼井優は大女優の華やかさを身にまとい、次第に「外部」が失われてゆく日本を堂々と生き抜いてゆく。8K画像で描かれた戦前の神戸の暮らしは蠱惑的で愛おしい。安っぽい戦後思想を左右どちらも門前払いした黒沢清、濱口竜介・野原位の脚本チームには拍手を。
2人の作品に夭折した天才・山中貞雄の画面が召喚されているのはなぜだろう?

main_s.jpg 109.93 KB
『スパイの妻』 10月16日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー!




2020年のドラマ界は『半沢直樹』が席巻したと記憶されるのだろうか。私も歌舞伎役者の顔芸を無料で拝めるから一応楽しんでいるものの、どうにもノレない。というのも、物語が日本航空の再建を下敷きにしていて(原作『イカロスの翼』通りだが)、現実に起こった出来事をよく知っているからだ。民主党政権時、2010年に会社更生法が適用され、稲盛和夫会長の下で業績は回復し、12年に再上場するという目覚ましい成果が上がった。しかし、実際は半官半民的な企業体質により手を付けられなかった人件費や不採算部門を大幅にリストラし、銀行団も巨額の債権を放棄して借金を棚上げしただけで、国が管理した過程に一銀行員が口を挟む余地はまずない。柄本明は大物自民党議員みたいな風貌だが、JALスキームの中にあんな政治家はいない。構造不況業種である銀行員が専業主婦のいる家庭で優雅な暮らしをしているものなのか。まだ高度成長期の亡霊が生きている印象を受ける。福澤克雄演出のドラマはいつも「昭和」だ。
もう終わったが『ハケンの品格』も似たようなもので、13年前からただ派遣労働者が増えてゆくだけの、不安定な雇用条件が拡大してゆく今、大前春子の存在など夢物語だろう。もっと気になるのは「株式会社S&F」社員の仕事の手緩さで、普通ならば倒産寸前だと心配になってしまう。『竜の道 二つの顔の復讐者』も玉木宏と高橋一生の無駄使いで、巨大企業に復讐を誓っている兄弟のはずなのに情報を簡単に他人へ渡してしまう脇の甘さが気になって、ながら見する気も起きない。
惜しかったのは『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』で、病院薬剤師という内情が知られていない職業を扱ったのは手柄だが、主人公の葵みどり(石原さとみ)が「患者のため」という名目ですぐ職場放棄をするのが納得できない。処方箋を出す医師の存在感も薄すぎるし、甲高く優しい声を出す石原さとみが何となく哀れに見えてしまう。成田凌はいい役者だが、現実と良心の間で葛藤する薬剤師という役柄は向いておらず、病気で役を降りた清原翔だったら印象は違っていた気もする。 似たジャンルの成功作『ラジエーションハウス』のレントゲン技師の仕事ぶりは常識の範囲内だったし、リアリティのさじ加減は難しい。
今クールのドラマはコロナ禍前に仕込まれていたはず。オリンピック前景気ゆえ沢山あって玉石混交の極みだが、悪口を書いたものでも、とことん作り込めば見違える作品になるだけのキャストを揃えている。いきなり広告収入が激減し、通販番組だらけになったテレビの中で、6割は失敗と見えるドラマに未来はあるのだろうか。『MIU404』『未満警察』『わたしの家政夫ナギサさん』という視聴率も稼いだ秀作3つは「神は細部に宿る」という鉄則を守っていた。にしても、警察学校教官・伊勢谷友介がドラマ完結直後に逮捕ですか……。


DSC_3046.JPG 259.06 KB
(撮影:風元正)


『私たちはどうかしている』は、横浜流星と浜辺美波が主演。15年前、老舗和菓子屋・光月庵の若旦那が殺され、息子・高月椿(横浜)の目撃証言により、住み込みの職人だった大倉百合子(中村ゆり)が犯人にされて獄死する。全てを奪われた娘・花岡七桜(浜辺)は、母の想いを継いで和菓子職人になるが、事件で離れ離れになった幼馴染の初恋の人・椿との再会は対決の場だった。初対面の七桜に椿はいきなり求婚し、母の復讐のために身元を隠して申し出を受け入れる。お互いの利害のための偽装結婚。
設定はややこしいが、見どころは単純で、古都・金沢を舞台に和服姿の横浜と浜辺の2人の美しさを鑑賞すればよろしい。店を牛耳る腹黒い女将・高月今日子(観月ありさ)が思い切り七桜をいじめることで、浜辺の多面的な輝きが引き出されるという仕掛けで、もちろん横浜ファンへのサービスも怠りない。見習い職人・城島裕介役の高杉真宙も見事に二重人格を演じて、孫を跡取りと認めない大旦那・高月宗寿郎(佐野史郎)の静かな狂気とともに視聴者を飽きさせない。
浜辺美波は注目株で、大胆で肝が据わっているのがいい。水をぶっかけられたり、いきなり上着を剥ぎ取られたりする厳しいシーンでも堂々としている。どうしても和菓子を作り続けたいという情熱に憑かれた作業姿も健気で説得力がある。過褒かもしれないが、若尾文子のような女優になる可能性を秘めている。横浜流星の切れ長の眼の妖しさと極真空手で鍛え抜かれた細くしなやかな身体の魅力は語るまでもない。男性ファン向けの設定を演じて頂きたいのだが、しばらくは無理か。
障子や畳、和箪笥などなど古い日本家屋の素晴らしさを再確認した。そして、みなさん和服が似合い、手入れの行き届いた庭を歩く姿も優雅であり、観月ありさの毒々しい着こなしも堪能している。「葉桜」「花筏」「めじろ」「落とし文」「はさみ菊」などの菓銘がついた和菓子はフォトジェニックで、おどろおどろしい物語の別世界を開いている。このドラマに自分がここまで熱中するとはどうかしているが、振り切った虚構は愉しい。
 
 
『妖怪シェアハウス』では、主人公・目黒澪を演じる小芝風花のポテンシャルが爆発した。ひどい男に二股かけられ、借金を背負わされた澪はキャリーケースを引きずりながら逃げる羽目になり、道端に倒れ込んでしまう。四谷伊和(松本まりか)という女性に助けられ、彼女の住むシェアハウスの空き部屋に寝かしてもらうが、夜中に目覚めると住人たちがみな妖怪だった、というお話。
伊和は四谷怪談のお岩さんでナース、沼田飛世(大倉孝二)はぬらりひょんで弁護士兼カレー屋の経営コンサルタント、酒井涼(毎熊克哉)は酒呑童子でオークション会社勤務、和良部詩子(池谷のぶえ)は座敷わらしでシェアハウスの寮母。おどおどして自信がなく、空気ばかり読んで自滅してゆく澪をおせっかいして、成長を促す。夜な夜な奇抜な衣装で酒盛りや踊りが繰り返され、人間界よりよほどにぎやかで生き生きとした妖怪界。しかし、永遠の命を持つ妖怪の方も長年の屈託を抱えており、喜怒哀楽は深い。
ようやく職を得た小さな編集プロダクションでこき使われながら、「どS」上司の原島響人(大東駿介)のさり気ないフォローで少しづつ居場所を見出してゆく澪。シェアハウスの中で、妖怪たちの荒唐無稽な行動に絶叫しながら転げ回る姿の落差が面白く、コメディエンヌとしての小芝の才能が十二分に発揮されている。整った容姿と目力の強さがウリとして、小さな身体を縦横無尽に使い切る演技が目覚ましい。運動神経があまり良さそうでないのも長所で、つい応援したくなる。
私は酒呑童子のキャラが好きで、澪に世話を焼きたがる伊和や詩子を冷ややかな眼で見ながら、ついつい優しくしている。有り余る力を正義のために使う生き方は男の理想かもしれない。“ヤマンバギャル”のメイクで登場する金髪ガングロの渋谷の伝説のビューティーアドバイサーやまちょす(長井短)のド派手な挙動不審にも笑わせて頂きました。
西荻弓絵の脚本も弾けていて、原作ものでなくオリジナルなのが立派。日本人の心に妖怪という原型が生きていることを示したことが一番の手柄だろう。幸福なのは人間か妖怪か、シェアハウスをじっと見守る家主の荒波神社の陰陽師・水岡譲(味方良介)の働きが見物。


DSC_3039.JPG 353.76 KB
(撮影:風元正)


新宿図書館に行ったら、1時間おきに30分間の消毒タイムがあるそうで、暑い中、何人もの利用者が黙って待っていた。国会図書館は抽選で、早稲田大学図書館は使えないというわけで、不便この上ない。一度も登校できず施設も使えない大学1年生はどうなるのか。文学賞のリモート選考会を経験したが、どうやら1.5倍くらい時間がかかるようで、パーティーを開けないのも不自由である。道路は混んできているが、飲食店の休閉店はとどまるところを知らず、でもちゃんと10時に閉めるのは国民性か。当分、外国への行き来も制約が大きい状況がどう推移するか、見通せる者は誰もいない。やはり、感染を恐れる者と、さほど気にしない者の、どちらも「科学」を盾にした分断が手に負えない。緊急事態宣言が発令された頃の、街に人がおらず、ガラ空きの電車に乗ってちょこっと会社で仕事する日々が懐かしい、と言っておきたい。
長かった政権も終わりを迎えたものの、大枠を変えない方向が選択され、COVID-19への対応がどこで大転換を迎えるのか。しかし、とりあえず予見される政治の「維新」化、すなわちコロナへの恐怖を煽るテレビにぴったり沿う橋下徹の細部を切り落とした「正論」が珍重される世間に辟易とする。まだ感染症の報告がFAXで行われる古臭い組織やマイナンバーカードの使えなさこそ何とかして欲しいのだが、どうにもなりそうにない。とりあえず、公文書を改竄したり捨てたりして欲しくないし、都民としてGo Toを使いたい。
今年に入ってから空が澄み、昼の雲や夜の星が冴えわたっているのが嬉しい。満月の眩しさや鋭く細い三日月にたびたび心を奪われた。天変地異に慣らされる日々、何度も大きな虹を見たが、人間界にとって吉兆か凶兆か、アマビエさんに訊いてみたい。

 雷光や母の寝床に銀の虫


DSC_2992.JPG 236.79 KB
(撮影:風元正)



風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。