宝ヶ池の沈まぬ亀 第50回

10月に新作映画『空に住む』が公開される青山真治監督の2020年7月下旬から8月にかけての日記です。約四ヶ月ぶりに出かけた伊豆の別荘で倒れ、搬送先の病院にそのまま入院することになってしまった青山さん。今回はその16日間に及ぶ入院生活や病床における思索が克明に記されています。


50、アナザー・ブリック・イン・ザ・大酒飲み / またもやの大患



文・写真=青山真治


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某日、連休だという。理由は知らぬ。ともあれ朝から動物番組。シャチの隊列。ヒグマと老人で泣く。昼にパンケーキを食したのちBS『グリーンマイル』。いつも思うがこの監督はまったく好きになれない。WOWOW『ウォーク・ザ・ライン』。何度も見るものでもないとわかっていながら、つい。マンゴっち、この辺からヘヴィー級になって行くのだが、やはり草臥れた。夕餉を挟んで演出・井上剛、音楽・大友良英のドラマ『不要不急の銀河』。「ソーシャル・ディスタンス・エンタテイメント」とか呼ぶべきか。しかし脚本至上主義者でない者としてあまりそこでの優劣を特筆する気はないが、さすがにこれではダメなのではないか、A賞作家。その後、WOWOWホアキン特集に戻る予定も、疲れてアウト。
東京都本日の感染者366人。全国の数字も981人。正にGoToトラブルという他ない。そして京都でALS嘱託殺人。犯人の一人は元厚労省官僚。どんどん狂っていく世の中。
 
某日、本来なら今日から伊豆行きの予定だったが、天候不順のため中止。ゴミ出しを終えると、何かスッと軽くなっているのを感じる。初七日ということなのかと訝っていると、妻(彼女は『キャッチ ア ウェーブ』で共演した)がなんとなく名前を出してどちらからともなくごく自然に彼の話題を話し始めた。と言ってもお互い、こういう人だった、と思い出を語るだけだが、それでも大きく気持ちの変化を感じられた。で、ぱるると三人で日がな居続け、夕餉もドッグカフェで摂った。前回の日記はさすがに抽象的すぎてリリース直後(この日)に感想を持つ人はいないようだった。もちろんそれでよし。マスコミ向けの「知人のコメント」には嫌悪しかない。演技がうまいかどうか、そりゃもちろん大したもんだとは思うが、しかしそれはジョニデとかホアキンくらいになってから言え、てなもんだ。もちろん日本映画の枠組みでそれができると思ってはいないし一緒にそこまでやりたかった後悔は当然ある。演技と言えば夜見た妖怪ものの時代劇に川添野愛が出ていて、私は演出家として彼女を非常に高く評価し、かつ大事にしているが、彼女に限らず他人の演出する知人の俳優を見てOKすることはほとんどない。その現場へ行き、口を出したくなる。ゆえに他人の演出作を見る気がしない。黒沢・万田両氏だけか、確認せずにおれないのは。
世間の愚かさは相変わらずである。ほとんど雨は降らなかった。
 
某日、とはいうもののそんな憂さもやはり眉唾で、その作品をことごとく見てもいないのに何が言えるかと寝起きから自責にかられ、いまだ衝撃から抜け出せていないことを知る。じゅうぶんに良き仕事をしていたかもしれないのにたんに私が知らないだけと思うと、申し訳なくて言葉がない。朝から雨、土曜に見るべきテレビなし。またも呆然とする一日。
夕方、『報道特集』でコロンビア大学の加藤医師の新型コロナ体験を知り、その後遺症含めて改めて心底の恐怖を感じる。本当に怖い。そうして夜更けにNHKで新大久保状況。ベトナムカフェの隣人に同情しつつ、ベトナム移民の気持ちもわかる。難しいことだらけだ。
 
某日、朝から天気がコロコロ変わる日曜、ピーター・グリーンとジョン・サクソンの訃報。昼間にコーエン「ハレルヤ」をディランのカヴァーなどいろんなヴァージョンで聴く。
夕方、久しぶりに男たちと電話で語る。妻以外の人間と話すのは一週間ぶりで若干緊張する。勝、野本、陽一郎、茂雄。それぞれこの時期に様々な事情があり、にも関わらず私ごときも心配してくれる厚い友情の持ち主たち。せっかくだから、と前二人と外出の約束。移ったら移った時のこと。晩飯も食わず早々に就寝。親の墓参がそろそろ気にかかる。
 
某日、早朝の起き抜け、オリヴィア・デ・ハヴィランド大往生の報。個人的にはハリウッドビューティーでエヴァ・ガードナーと並ぶ頂点。亡父の憧れでもあった。父はその妻にデ・ハヴィランドをオーバーラップして見ていた。しかし『いちごブロンド』をはじめとするウォルシュの一連を見ているとその気持ちわからんでもない。ともあれコケティッシュとはこの人のために造られた言葉ではないだろうか。
 

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そこから日が飛んでいる。実はまっちゃんが亡くなった。照明技師の松本憲人である。こっちは助監督、向こうも助手時代から一緒に仕事をしてきた。『共喰い』以降全て技師をお願いした。大酒飲みだが気は優しく、そして仕事に真面目な男だった。松本照明を褒める人は多いが、もちろん私もその一人である。
また重く辛い事実が畳みかけるようにやって来た。
それ以前に春馬を想い、何をどうしたらいいのかわからず、そしてどうやって行ったのか未だ思い出せないが勝・野本と共に伊豆へ逃避、二人の弔いの酒を呑んだ。呑んで呑んで、誰もいなくなり、以前書いたように遺書を作成し、さらに一人でいると廣瀬純が来た。彼は酒を呑まないから彼の仕事中一人で呑んだ。DVDも多く見たが、デニス・ホッパーのドキュメンタリーがまずかった。酒量が倍増した。挙句、糞尿を漏らし嘔吐し、ついに呑めなくなって前のめりに倒れて顔面を強打、意識不明瞭。慌てて純が救急車を呼んだ次第。
 
DAY1 ほぼ意識のないまま担ぎ込まれ、付き添ってくれた純の顔も見られず、ああいうのを半死半生というのか、わずかに名前と生年月日くらいは救命隊員の質問に答える形で言える感じ。唸るサイレン、唸るエンジン。飛ぶ窓外。行く先はI市民病院。医師の質問にもほとんど答えられず、朦朧とした意識のまま病室(四人部屋)に運ばれるがまもなく再び下痢が抑えられずトイレに到着する直前で漏らしてしまう。医師も予定変更、最もスタッフ・ステーションに近い個室に移送。とりあえず意識が戻るのを待つ、というかたんに私は寝ていたのだろう。時折咳こんで止まらず嘔吐しそうになる。
 
DAY2 延々と天井に羽蟻が飛んでいるのを眺めているとそれが世界中に蔓延しており、その映像を次々に見て、気づくと全て夢だった。亡父がよく『失われた週末』の怖い話をしてくれたものだ。採血などの処置を受け、あとは再び悪夢。本当に異様な夢ばかり見てもう思い出したくもない。小便は尿器といってプラスティックのコップみたいなところに横たわったまま、する。下にホースで繋がったタンクがあり、そこに溜まる。便は襁褓。襁褓というのが決して不快ではないと初めて知る。
カーテンが開いて、窓外が美しい山であることを知る。木々を見ているといろんなものに見える。これが唯一の娯楽だった。
この晩、先生方から細かい指摘を受ける。DKAという症状だそうで、糖がカリウムなど必要な栄養分を破壊し、全身が弛緩していく。排泄の調整不能や咳もたぶんそこからきているのだろう。致死率20%、しかし投薬と節制によって治ると。それから懇々と飲酒と喫煙の身体への悪影響について聞かされる。二人とも30代ながら実に面白い語り口、しっかりしている・・・などと余計なことに気取られず、お二人が帰り、もう酒も煙草もやめるしかない、やめようと心に決める。もちろん町田康さんの『しらふで生きる』もちゃんと読む。
 
DAY3 朝の採血の結果次第で、昼食からゴーサイン。ベッドに釘付けになっていなければ小躍りしたい。12時を待つ間が悠久。もう何日も酒以外何も口に入れていない。基本的に誰に聞いても病院勤めの人は殆ど酒を飲まないので酒飲みの機微などわかるはずもないがそれでいい、それこそが酒をやめさせる最良の手段なり。
昼食がやって来た。もちろんお粥である。その他のお惣菜も嘘のように美味。病院食にうまいものなしとよくいうが、数日ぶりにものを食う人間にとっては理屈ではない。スタッフの誰に聞いても、はあ? と笑われる。でもいいのだ。俺はこの一食から再生できるのだ。すると午後に見る夢が穏やかになってくる。これまた何を見たか憶えていないのだが。しかし昼食後の数値が悪い、とスタッフが慌てて諸々の処置を始める。すでに二袋の点滴が頭上にぶら下がっており、それをぼんやり眺めて過ごす時間も短くないが、新たに一本、これはインスリンだが非常に少量ずつ送り込むものらしい、ぶっとい注射器の形をしている。おそるおそる、晩飯抜きですかねえ、と訊くと、それはないですよ、と笑って返される。
そうして18時。晩飯ももちろんお粥。惣菜は昼と大差ない内容だが、やはり美味しくいただく。これらの食事を一食一食楽しむこともまた禁酒のプロセスやもしれぬ。
夜、主治医が現れ、採血の結果がいい、糖尿病も寛解している、もう大丈夫、あとは体力をつけて歩けるようになれば、と。とはいえインスリンを止めることは無理で、翌日の結果が良ければ注射器型のインスリンは外して皮下注射のみで行く。その夜の夢は、何人かの大物俳優たちに呑みに誘われるのだが断って1963年あたりの工事現場と廃墟を彷徨う、というものであった。
 
DAY4 最初の朝食。7時半に朝食なんていう幸せは映画祭か病院でしかありえない。これもお粥だが、要するに私はお粥が好きなのかもしれない。お粥を食って今後の人生を愉しむという現実感に可能性。この日は最初の血糖測定が200台であったこと以外、非常に安定した数値で、このまま安定できれば、と主治医。もちろんここでじっとして山のように投薬されているのだからいつまでも不安定ではまずい。
この日は斎藤Pに家の鍵を渡し、ゴミの処理を頼むという大仕事あり、しかも前夜に携帯のバッテリがアウトするというパニックもあり、日がな一日気が気でなく、看護師さんたちの協力を得て兎にも角にもなんとかこなしたが、この「寝たきり大作戦」のせいで夕食のお粥が大盛りで嬉しかったこと以外の記憶なし。
夕方に来た主治医の相棒(この人が最初に診てくれた)も良好、と大きく頷いた。
いずれにせよ斎藤Pの偉大な頑張りのおかげでいまここにパソコンがあり、文章が書けているという次第。文章を書く喜びを改めて味わう。だが同時に気づかされたのは、ついに老眼になってしまったこと。普通に本もパソコンの文字も読むのが辛い。今後必要なものはお粥製造機と老眼鏡である。数日間文字を読んでいなかったので、慣れということから遠ざかったといえばそうだが、慣れたから納豆好きになるとかいうこととは訳が違うのではないか、そういえば昨日の夢で廃墟を歩いている際、後生大事に持ち歩いていたうまいと評判の納豆(2パック合わせて5000円)をなぜか途中で紛失してショックだったのだが、5000円出せば良き老眼鏡を購えるかといえば果たしてそんなことはないだろう。
 
DAY5 この朝の一杯の熱いお茶が喉を通る快感! いいお茶である必要は全くない。いわゆる粗茶でよろし。しかしこうグッと喉がナイアガラになるこれはどうだ。そう、お粥とお茶、これで今後の人生を攻める。昨夜はぐっすり寝すぎて夢を見たかどうかさえ思い出せない。ああそうだ、賭けの夢だ、車に乗っていて何か賭けをしている。昔懐かしいロケハン時の恒例行事、大抵は当時のセカンド杉山嘉一が言い出しっぺだった。その杉山がいま手術のため入院していると聞いた。どこが悪いのか知らないが、私同様あいつもなりはでっかいのにどこか体の弱い奴である。今度会ったらお粥とお茶を勧めよう。

・・・時間がとんでしまったのは東京で破壊した電源ケーブルが電力を供給せずPCを開けなかったからで、そして記憶もクラッシュ。といっても特に何があったわけでもない。歩こうとして立ち上がってふらついたり、リハビリ担当の人々にあったりはした。さらに一日かけて町田さんの大酒飲み禁酒本を読みきった。斎藤Pの届けてくれたバッグに奇跡的に入っていた。最高におもろかった。そして私もだいたい同じことを考えていた。違うのは、私の場合毎月検査など受けた上でこうなっているということ。嫌酒薬だって嚥んだ。これこそ最低のアホである。断酒の難しさをひしひしと感じる。しかし断固そうしなければならない。
家族のため。生存のため。仕事のため。
町田さんではないが、そのうち『ライフリー青山の・今日も元気だお粥がうまい!』とか何とかいうレシピ本を著せるほどお粥研究に打ち込んでみようか、など沈思黙考。
思い出すように続いていた咳こみもようやく治った。
 
DAY6 朝食に待望の魚料理(フライ・名称不明)。何でもいいが感無量。石川淳『荒魂』を読始。こちらはバッグに入れてくれるよう、斎藤Pに頼んだ。一度読んだつもりだったがたぶん初だ。60年代前半の震えるようなパワーを感じると共に、古典から同時代まで、つまり「樊噲」やら『蓼食う虫』やら伊藤大輔やら三島やら今村やら大島やら何やらかんやらめちゃくちゃのごった煮。目くばせ一切なし。故人を含め次々とキャスティングが浮かぶ。映画化すれば脳内大傑作。痛快無比。まだ前半。
顔も知らない隣の患者が退院して行く廊下の騒ぎに合わせるように、なぜか別の病室の誰かが「Virginia Plain」のライヴヴァージョンを流し、遠いその音に耳を澄ます。その後病室移動となるが、その音に勇気をもらい、歩いて移動だ、と勝手に決めたがダメ出しを喰らい、車椅子で。腹いせにこっそり冷水を談話室まで汲みに行く。1週間ぶりの歩行にしてはそれなりの距離。
夕方、初のリハビリ。歩いた。まだまともとは言い難いが、とにかく歩いた。以前ロケした曽根の病院のリハビリ室とだいたい同じ作り。若い担当者がすごく気さくで親切なのが嬉しい。でも待ちきれずにリハビリ前に水を汲みに行ったのがバレて怒られた。情報共有ってのは大事だ。そして斎藤Pの送ってくれた電源ケーブルが届いて無事執筆再開。ここでも一悶着あったが、申し訳なさそうに話を切り出した若い看護師さんには信じ難くお世話になったので、その件は書かずにおく。だんだんと当院の味付けに若干の不満。しかしお粥愛だけは変わらず。酒は全く欲さない、が煙草はちょっとだけ吸いたい。そしてお菓子が食べたくてたまらない。エルヴィスのようにドーナツで死ぬのかもしれない。
ちなみに新しい病室は今日までとは真逆、廊下の一番奥の静かな部屋。窓外の山が見えないのは残念だが、大室山の頂上を見晴るかし、南の空が夕陽を浴びて霞んでいく。最初の病室では常に複数の機械音と人声と老人の呻きが混じってカオスだった。ここではエアコンの音しか聞こえない。価格は一日(夢で見た)納豆2パック分ほど。あの夢を見たときまだこうなると知る由もなかった。皆口々に「早く退院しなきゃね」と言うが当然である。
それにしても静かすぎてまだ7時だというのにもう眠い。主治医はだいたい9時ごろに来るが、おいもう寝るぞ、知らないぞ、明日も早いんだからな、採血あるんだから、おい俺もう寝ちゃったぞ、朝俺がお粥炊いてやるからさ・・・
 
DAY7 『荒魂』に入り込んだ結果10時過ぎに就寝、主治医来らず。早く寝れば早く起きる。午前四時、窓が南向きなので夜が明ける光景をうっとり眺めることになる。しかし考えることは再び暗鬱。明るくなると遠くがクリーム色の濃霧に覆われているのが分かる。眠ってる間に軽く降ったのか、目の前の屋上が若干湿っている。ここ数日晴れ間少なく、世間的には若干でも気温が下がったほうがいいに違いないが、さほどカワリバエしないかも。二十四時間エアコンバッチシの場所にいる者が宣うべきことではないが。
本日『空に住む』完成試写のはずだが、当然私は欠席。申し訳なし。夜になっていろいろ感想メールなど届くのか。町田さんも再三お書きの通り、酒というものはいいことがあったり悪いことがあったり、何かが始まったり終わったり(いわゆる打ち入り・打ち上げ)、そういう五穀豊穣の節目節目にはどうしても呑むということになっているが、その意味で本日などいま最も忌避すべき由々しき事態であって、仮にその場にいたとしてももちろん毅然と「僕はウーロン茶で」などと宣言するわけだが、今後もそこは同様である。
イットキも過ぎれば南の雲は薄桃色に照り映えるが、これも盛夏の色か。
ともかく天鵞絨の帳のように絢爛豪華・・・なんて、石川風に言ってみたつもり。
で、その『荒魂』、前半から舞台に加わる「岩山の突貫工事」だが、実はこれもDAY3に書いた夢に登場した。そういうことがあるのかどうか知らないが、しかしこういうことを何と呼ぶのか。予知夢とは違う。そして相米さんと陽造さんはこれを読んだのか。読んだよね、当然。『光る女』、この空気感で、としか思えない。もちろん『光る女』にはレッキとした原作があるが、製作時の作家側のエッセンスはここからだいぶもらってる気がしてしょうがない・・・てゆうかこの話、有名だったりするのかな?
食後、主治医来たる。順調であり、あとはリハビリ、と。その通り。朝ベッドを出てポンコツロボットの歩行、いちいちよろけていてはまだまだ外出不能。腕が上がったのは尿器への放尿のみ。椅子を使って昇降運動を試したら思いっきり後ろ向きにすってんころりんしてしまった。基本的には椅子の方が滑ったわけだが。それにしても全然ダメ。ケツが痛い。巨軀なので無理をされて倒れられると看護師総出で運ばなきゃなんないから止せ、と昨日注意されたばかりなのに。しかし今日で点滴とオサラバできるかもしれないという耳寄りな情報も。本日どこかでエコーとレントゲンがある予定。午前中はなし。
ハンパない小便の量に辟易。特に午前10時台は15分に1回、その後ペースは落ちるものの昨日など一日20回超えであった。主治医も看護師も出る分にはいいと笑うが、こちらは不安というよりたんにめんどくさい。あれほどの量の点滴を体内に入れたのだから仕方ないが・・・など思いあぐねていると点滴の針が抜かれる。さらば、下がり袋たちよ!
栄養士の方からお粥は一度にたくさん炊いた方がうまいらしい、なる情報。理由はわからぬが、家で一日三食のお粥を二人前炊くのは理に適っているやも。味付けなど炊き方工夫したくなるのも人情。だがそこグッと堪えて「素」がベストなのでは。
午後、リハビリ二日目。今日も歩く。握力測定、その他色々運動能力テスト。自転車漕ぎ。その後担当君とともに院内売店へ。極力お菓子類を目に入れないように必要なものを買い揃える。久しぶりに新聞(静岡新聞)を贖い、部屋で読む。やはり地方紙は良い。
その後ようやくレントゲン。さらに部屋にて出張エコー。音が出るので驚くと、「ドップラー」なるシステムによって血流音が疑似的に作られそれが記録される、とのこと。一聴の価値あり。
爪を切り、髭を剃り、疲れたので寝床でぼんやりする。
Wi-Fiは飛んでないしやたらネット環境に過敏で「ここでMacなんて初めて見た」とか驚かれるし、実際ここだけでなくどこの病院も風評被害に晒されて厳しい状態なんだろうなあと心が痛む。談話室には「撮影及び公表禁止」の表示さえあった。
カレー風味のジャガイモ煮とマスだか何だかのソテーが大いに豊饒な心持ちにさせてくれた夕食後、売店の店員さんにリモコンの電池を替えてもらいテレビ視聴が可能になる。ところが急に発熱。『潜れ!さかなクン』を見たいが、試写の感想も来ないんで寝る方向で。しかしBS『英雄たちの選択』を。感染症と戦った人々の話。源さんとヤマザキさん。歴史上偉人は山ほどいる。テレビを見ると急に口淋しく、お菓子が食いたい。結局コロンボまで見る。ロバート・カルプの「万事快調」だか「スペクタクルの社会」だか、演出フツーにうまいな、と見ているとリチャード・クワインだった。
 
DAY8 爆睡。平熱、血糖も低め。昨夜の異変はリハビリの急激な運動量による疲れというだけだったのか。カーテンを開くと久しぶりのドピーカン。朝食後、マスクと新聞を贖いにいそいそと売店へ。リハビリ中ノーマスクなの俺だけ、と気づけば急に欲し一箱贖う。新聞は読み始めると癖に。本日ラテ欄にめぼしいものなし。よって読書に集中決定。もちろんリハビリはある。尿器使用回数がようやく落ち着いて来た上に久々の便通。粘ったかいがあったのと文明の利器(ウォシュレット)のおかげ。
主治医来る。諸々検査判断の都合から来週末まで退院を延ばすやも、と急な意向。こちらもそのくらいかかるのでは、と勘繰ってはいた。あと二、三日で外に出せるような体力ではないのは確か。しかし今週中に『荒魂』を読み終えたらもう在庫がない。この本は選集なので既読作を再読していけばいいのだけれど。そこからも何か見つかるはず。
昼食は待望の煮付け(名称不明)とナスの煮浸しととろろという大好物三点盛り。もっと魚の種類について詳しくなりたい。野本なら即答だろうに。
あるクレジットをめぐり在東京斎藤Pとショートメールの長々しき応酬。
リハビリ第三日。徒歩6分。自転車漕ぎ10分。病室へ戻るとサイヨーさん(陽一郎)と電話。カレーとお粥の店構想、浮上。二人ともだいぶ阿呆な会話だった。
夕方、BSで山の怖い話を見ていると血糖チェック、ところが超低い数値。しかし発作には至らず。初の事例なので驚きつつ晩飯。中華。スープの具はオクラ、酢豚という名のサツマイモを軸とした何か(意外と美味!)と連日こちらの好みを熟知されたかのようで満足しきり。その後はさすがにあの低血糖では、とぼんやり。昨夜の発熱もこれだったか。だが再び東京(複数)とのショートメールの連打。ネット環境不在はやはり不便すぎ。血糖再検査、元に戻る。いつか寝落ち、ふと起きてナイツの『ファミリーヒストリー』。意外に普通。
 
DAY9 久々にテレビ点けっぱなしで寝る安寧。今日もドピーカン。あらゆる数値は安定し、これも久しぶり朝のニュースを見る。朝食にはついに待望の厚焼き卵である。温泉たまごとあたりをつけていたが不意を食らった。もちろん大満足。新聞に「大型評論」として若手公衆衛生評論家石川某がコロナ以後の新生活では「幸福度・満足度を高めよ」と、町田さんの真逆を書いている。笑止千万。『あさイチ』に志尊くん。やはりいい声。しかし城田くんの談話が加わると二人の隠す辛さが滲む。
下痢気味だが、便通あり。またしてもウォシュレットに恃む。それにしても腸の働きの弱体化に改善なきこと不安なれどひとり気に病んでも無駄ゆえただ任せるばかり。
主治医登場、心臓必ずしもよろしからず血小板の問題も残り、ともすれば別の感染症の可能性も、ということでやはり来週末まで退院延期決定。ここでまたひと思案。どうする?
不意打ちでリハビリ担当(担当君の上司)が来て、廊下を歩く。それなりにいい運動。
しかしとにかく血糖値が安定しない。これが最も気にかかる。
昼をいただきながらのニュース、どうも入ってこない。バイデンとか藤井二冠とかカジノ秋元再逮捕とか、見出しだけは並ぶが・・・バイデンでは勝てないのではないか・・・ああ、浜松のヤングがかなりヤバいという地方ニュースが、残念だが香ばしい・・・新聞を見ると昨日の東京の感染者数339人とか。もう300台で定着したのか?
三週間ぶりのシャワー。おそろしく垢が落ちる。頗る気持ち良し。明日も入ろう、と決意したところで東京から新たな提案。やや気が重いがやるしかなさそうだ。担当君のリハビリ休み。映画が見たくて仕方ないが、いまはせいぜい脳内再生のみ。
ところで。「病院食」とは一つのジャンルなのではないか。可能な限りリーズナブルな素材を用い可能な限り素早く、凝ったことはせず大量に提供、しかしそれなりに独特のセンスを有することを第一義とした、一個のジャンル。そこには栄養士の鋭角的研究が欠かせない。どこかで「病院食食堂」なる看板を見た気も・・・とにかく早く6時にならないか。
晩餐は豆腐ステーキ、南瓜煮、丸いお麩の浮いたすまし汁。夜にですか、といささか残念な感じかもしれないが、文句は言わない。これでいい。こうやって断酒は始まってゆく。ストイックということではなく、何でもそれなりに良き部分を見つけて楽しむ、これである。入院直後は手が震えて字も書けなかった者が汁に浮いたお麩を箸で一つずつ摘み口に運ぶ、そんなバカな楽しみ、ほとんど宗教的とでもいうか。
食後はテレビと読書半々といったところ。途中龍ちゃんとバカなメールで笑う。
ドラマ『MIU404』。初めて見たが、出てきた瞬間、ああキミ黒幕的なね、とあっさり分かられていいのかとやや心配になる。それから『A-Studio+』。鶴瓶さんに救われたな。
 
DAY10 何やら明け方に電話が鳴って目が覚めた。どうせ酔っ払いのいたずら電話だろうから相手にしない(これまで私自身しばしばそんな扱いを受けてきた)が、それから起床時刻までウトウト。目覚めれば朝の点検。数値に問題なし。
昨夜諸々の証言を合せ考えてみたが、想像した日数の倍、伊豆にいたことがわかった。そうしてその大半は一人で酒以外ほとんど何も口にしなかったはずだ。どこかの段階で死を覚悟(遺書を書くほどだから)したか。で、いまやその精神状態の記憶はきれいさっぱり消えている。要するに消極的ながら自死または自然死に傾きつつそれに無自覚に失敗したということだ。これは実質とんでもなく間抜けな話で、笑えるというしかない。
南の空はやや霞んでいるが、全体には今日も雲ひとつない快晴である。
一応分析しておく。オリジナル作品を作れずすでに15年、小説を取ってくれるところもどこにもない。これまで他人の原作、他人の脚本を受け入れることはいくらでも可能だったが、とうとう限界に達した。オリジナルはもう一生無理か。この先行きの見えなさに細く長く続く絶望を抱き、呼応してとぐろを巻く細く長く続く自滅へと誘われた。これをヒトリヨガリ・ムセキニンと言われたらそれまでだが、こうやって整理することでとりあえず今後も生きること、そのための禁酒が絶望に鎖をかけてくれる。
お茶がやってきて、喉をドーッと通過する。素晴らしいひととき。そして朝食は定番ながら伏兵的ウインナー。これはこれでよし。当初400台だったカロリーが600を超える。お粥増量のゆえか、これで昼まで持つ。新聞に「浜名湖名産の幻のカニ・ドウマン(ノコギリガザミ)の季節到来」なる記事あり、写真を見るとこれは『こおろぎ』の洞窟の撮影時に捕まえて逃げられたやつではないか。懐かしい。
9時過ぎには空が全体にモヤり始めてきた。大室山も霞んでいる。雨の予感。
リハビリ午前の部、手足の作業シリーズ。上半身を屈伸しているうちに便意を催し、途中でトイレへ。この手もありだ。むしろただの体操でいいのだろう、きっと。血糖測定を自分でやることに。久しぶりだったので初め失敗。ついでにインスリンも自分で打つよう渡された。いや、やりますよ、もちろん。慣れたもんです。昼は、ついに冷やし豚しゃぶうどん。正に土曜の昼である。空もまた晴れた。
『荒魂』いよいよ佳境、ロブ=グリエもゴダールも白土三平も永井豪も中上も、そして清順師というか大和屋も、一気に掠め切る感じでもはや手がつけられない。皆さん、本当に当時これ読んでたのか。大ヒットしたとは聞いてないが。
リハビリは筋トレと自転車漕ぎ。結構な汗をかいた。
以前に見た森崎さんの番組が追悼として流れる中、斎藤P再登場。売店横で会合。クレジットのやり直しと宣伝関係、そして今後の治療についていくつか重要な示唆をもらう。
・・・というわけで拙新作『空に住む』ですが、これがどういう映画なのか、まあ見てもらうしかないと説明からあっさりと逃避するが、一点だけ予防線を張っておくと、様々な箇所であそこからパクったな、これはあれの引用? とかお考えになる方もあるでしょうが、それは甘い。今回私は何もパクっていないし引用もしていない。ただ誰かと同じようなことを同じようなタイミングで思いついてやっちまったけれども、あえてそれをそのまんまにしたというだけのこと。だって似てるというだけでそれらを見る前に手前で成したアイデアを捨てるなんてどんだけプライド高いんだって話じゃないですか。私にそんなプライドはない。遅々としたものではあったけれど愚鈍に前進あるのみでした、今回は、いや今回も・・・という軽いシネフィル・ジャブに留めておく。そしてまたPは新たな原作本を置いていった。これから先は原作だろうがオリジナルだろうが如何様にもなる気がしている。
晩餐。青魚の香草焼、ブロッコリーサラダ、ポタージュスープ。もはや「病院食」フルコースと呼んで差し支えなかろう。大満足。魚(鯖?)の皮がペタペタくっつくのが難。
日暮れて、南の空でライトニングショー始まる。音がないのが残念。『報道特集』で晴海の選手村の話。拙新作ロケハン中、物見遊山で通ったが工事中にも関わらず心から不気味な恐怖の空間と感じた。オリンピックじたい初手から一種の狂気としか思われなかったが、その巨大な象徴、というか負のセメタリーとしてあそこは呪われ続けるのではないだろうか。
土曜の夜にしては見るべきテレビ番組が続いた。しかし10時に達する前に撃沈。
 
DAY11 はっきり記憶があるではないが、入院して朝からの雨は初めてか。たぶん深夜から降っていたのだろう。だが八幡野でもここでも伊豆の雨は誠に心地よい。裏の山林が大気中にうわりと靄を上げたくてウズウズしている。東京でも5時には起きたが、こういう景色はないのでいまだけと噛むように味わう。ようやく山林より鳥の声も聞く。
雨と鳥が日曜の朝の他の全てを制する。
いま酒を全く欲さないのは毎朝投下される嫌酒薬(たぶんシアナミド)のおかげもあるか。多少のプラシーボ的作用もあり、これを嚥んでいる以上酒への拒絶意識は消えぬ。それも低レベルの意識層の話で、強い恐怖が自分を覆うごとく効するわけではない。だがこの低レベルへの浸透こそ重要。東京へ戻っても処方を頼むつもり。嫌酒薬には他にもアカンプロサート、レクテクトなどあるらしく、相性をひとあたり試してみたい。
BS『太平記』、北条高時役鶴太郎氏、脂の乗り切った時期、脳の働きの速さがわかる。原典「太平記」はかなりの大著と記憶するが、全て読むことは可能か、チャレンジしたい。朝食はツナ缶を味付けしたオボロ。日曜朝の手抜きとしての「病院食」らしさを味わう。
しっかりしたものとは言い難いが、本日も便通あり。腸の力も少しずつだが健常化。
午前中は読書。昼食に出た松風焼なるもの、初めて食した。ネギと鶏肉でハンバーグ的構造物を形成しているが焦げ目がないのでそうとばかりも言い切れず、謎。いや、美味いので文句はございません。もう一品、炊き合わせにフクロありこれまた美味。
ウィスコンシン州で白人警官が黒人男性に背中から7発銃撃、という事件。ウィスコンシンなんてど田舎の、金持ちのWASPの避暑地で起こっても不思議ではないが。
午後も読書。ほとんどペキンパーといって過言ではない怒涛のクライマックスは止まりようもないのだが、シャワー予約の時刻となりやむなく中断。で、禊を済ませてラスト二章。午後四時、読了。感無量。かくも美しくかくも面白い小説には滅多にお目にかかれまい。全アクション系フィクションはこの小説の前にとりあえずひれ伏すべきだ。65歳にこんな若々しい小説が書けるものだろうか。いや、65歳の手練手管がなければここまで絶妙に書けないのかもしれない。ともあれ生きてたって自分にここまでのことができるとは到底期待できないが、生きて何とかいい勝負したいなどと思い上がってみました。
 
さあ、断酒だ!
 
夕食の鯵のマリネ! この徹底して繊細さを欠いた焼き鯵がゴロッと二切れ、その上に細切れの野菜がバラバラッと・・・いいねえ、これぞ「病院食」ですよ! 野菜コンソメスープとかラタトゥイユとかむしろ美味すぎる。このマリネいいよ、本当に、共感した!
血糖を測るのに必ず何か失敗して久しぶりにブキッチョという蔑称を思い出す。しかし数値が安定してきたことは嬉しいかぎり。あとは心臓が正常に戻ることだけか。
石川淳選集収録作品は読破。あとはPご持参の本だが、一日半で読み終わる気がする。
 
DAY12 どうしても5時間でトイレに起きそれでもう目覚める。明け行く曇り空を眺めてぼんやり一時間超、朝の点検が済む頃に山林の鳥の声が短く響く。大室山は見えない。
採血があったが、穴ポコだらけだった腕もすっかり塞がっていることに気づく。
ふと実話とフィクションの関係について考える。『父親たちの星条旗』以降のイーストウッドがほぼほぼ実話あるいは実在の人物ばかり描き始めて15年が経つが、そもそも『ダーティハリー』のゾディアック事件モデル問題を考えるとはるか以前からの拘りと言えるかもしれない。傾向としては人物に寄り添うこともあれば出来事に傾斜する場合もある。実話あるいは実在の人物をどれくらい脚色しているか正確にはわからぬが、そこにフィクションは発生する。『バード』しかり、例えばマイケル・マン『アリ』がどれほど真実かといえばかなり謎の部分が多い。『パブリック・エネミーズ』なんてもっと不確かだろう。真実の追求は、だからフィクションとして描かれるときさほど問題にならない。ではなぜ人は実話を採用したがるのか。たぶんちょうどよさがそこにあるからだろう。真実「らしさ」のちょうどよさ、またの名を説得力とも呼ばれるが、例えば『ウォーク・ザ・ライン』のような過剰さは俳優(ホアキン)の質と関係するだろうし、『運び屋』の希薄さを花畑が下支えするような場合もある。では人物と出来事、どちらが映画に向いているか。これはやはり出来事ではないかと思われるのは、人物には様々な弱点、似ているかどうかとか、実はこういう人物ではなかった(『ビューティフル・マインド』がそうだったらしい)とか、いわゆる(悪性の)リアリズム問題が作品を凌辱しもする。人物が特異だと作り手が自身の思想やら世界観やら、いわゆる主観を押し付けたがるがゆえでもあるだろうが、ただそこは出来事の場合でも大差ない。また同時に真実を過剰重視し忠実にやりすぎるのもフィクションとしての自由を奪われ、辻褄合わせなど無益な労力に振り回されがちだ。結局、ちょうどいい匙加減を探すことが何より重要という話。考えるべきは『フィラデルフィア』のような例だ。人物も出来事も絶妙にちょうどいい匙加減で描かれる。リアリズムの悪臭もない。しかも何度見ても面白い。奇跡的だが、研究材料としては最も興味深い作品の一つであることは間違いない(だから実話かどうかと関係なくこの夏三度は見た)。
朝食はがんも。朝がんも。まあ「病院食」以外でこんな出会い方はしまい。しかもブロッコリーの和え物に入っていた蒲鉾がやたら美味。さすが伊豆。心電図シーバーも尿器も取り外され、完全なる自由に放り出された。やや不安。直後ここ一ヶ月で最も「まとも」な便通がようやく訪れる。歓喜。退院の足音がひたひたと近づいている。
午前リハビリ。上半身運動。かなりバランス感覚の精度も上がってきた。
昼食。エビ玉甘酢あんかけ。これも「病院食」定番中の定番。食後、屋上にヘリが着陸。どこから来たのか。伊豆諸島のどこかか。あるいは医者を運ぶのか。何れにせよその意味でこの病院はこの一帯の医療に関する要衝であることは間違いない。
飛鳥と電話で喋った後、午後のリハビリ。筋トレ、自転車。担当君がネットで我が家のことを知ってしまったのであれこれと身の上話含め、だべる。面白いやつだ。部屋に戻ってBS『アビス』(完全版)を中盤から。ただ字幕含め画面の4分の1はNHKの告知で隠れているので音だけ。で、音だけだとキャメロンつまらない(深海なのに地上と変わらぬ音響効果)ので、続きは帰ってからと途中終了。午後3時、裏の山林に大量のカラスや鳩が大急ぎで逃げるように帰って行く。どうしたんだ? と同時に大室山の頂上がくっきり見えてきた。
夕食前の血糖が70台と低く、インスリンをやめて晩飯を食べたが直後にうっすら冷や汗をかく程度の軽い低血糖発作に見舞われ、しばし意識が遠のく。80以下ならすぐ報告くれと言われたが、聞きに来ると思っていたのだ。まさか飯と同時に来るとは思いも寄らなかった。だが私は怒らない。町田さんの教えに従って怒らない。測ったときにはすでに発作的な状況で判断能力が明らかに落ちていたな、と自己を省みるばかりである。しかしこの低血糖発作のキツさは未経験者には理解不能だろう。飴玉ぐらいキープしていた方がいいのだろうか。主治医にあったら訊いてみよう。ちなみに21時には180まで回復した。
いま読みたい本が手元にないせいで今後の読書計画ばかり立てている。もう勉強と仕事しかしない、コロナ禍を理由に長きに亘ってサボってきたがもうサボらない、そのように言い聞かせつつ。これもまた断酒活動の一環である。水とお茶と珈琲と牛乳と無糖サイダーを飲みながらひたすら読書するのだ。
 
DAY13 10時就寝4時起床という癖がつく。どうしても10時に気を失ってしまう。それはそれで悪くはない。まだ空は真っ暗、眠いは眠い。やがて上がりきらぬ陽を受けて彩づいた空模様は本日もあまりよろしからずと知る。が、朝の点検終わりには雲も薄らぎ青空が覗けた。大室山もくっきり。数値も異常なし。
この入院を通してわかったことが二つ。一つに、自分は物を書くことが好きだということ。このパソコンが手元に戻ったとき、そして文章を打ち始めたとき、無上の喜びを得た。以来四六時中いくつかのページを開いて物を書き続けている。もう一つは、小説が好きだということ。もちろん『荒魂』のように自分のいまを変えるような優れた小説がこの世にそれほど多く存在するわけもない。それに出会うためにどれほど時間を無駄にしてきたか。これからはとにかく読む。読み始めてこれはダメだと感じたら途中でも早々に退散すればよい。そして次に向かう。たぶんそれが読書における有効な時間配分だろう。
執筆・読書・お粥・お茶、そしてそれらに必要なもの、例えば老眼鏡。退院後の人生はとにかくこれらを軸とすること。もちろん全て断酒に直結する。
朝食は野菜炒めの卵とじ。ここへきて「病院食」定番の乱れ打ちの感あり。胡瓜の和え物に混ざっていたホタテ貝柱、絶妙。相変わらずお粥も美味い。食べ飽きることがない。
一つネガティヴなことを付け加えると、物覚えが悪くなった気がする。頭はフル回転できているのに例えば人の名前を一晩も経てば忘却。好しからぬ傾向。とはいえ以前から人の名前の覚えが良かったというわけでない気もするが。
ところで。期限を切ってみたらどうだろう、と考えている。今から5年後、2025年の8月15日まで断酒。一滴のアルコールも口にしない。で、その日が来て飲みたかったら飲む。たぶん200%飲みたくないだろう。また夢になるといけねえ、ではなく。そして延長。こう言うと現実的な気がする。気がするだけだが。そうやっていろんなことがプラシーボとして効いてくる。その頃にはかなりの量の小説を読んでいるだろう。映画も何本か作ってしまっているかもしれない。せっかくだから五本作ることとしよう。年に一本。そして来る日も来る日もお粥を食い、お茶を啜り、シナリオと日記を書く。
主治医来る。退院は金曜、とのこと。いよいよ。また忙しくなる。リハビリ午前。ナット回し。帰りに階段を歩く。バランスにやや難あり。杖の必要。そして昼食。鯖の尾身焼大根おろし添え! 冬瓜と鶏そぼろの煮物! さらに冷奴! まるで退院の情報を聞きつけたかのごとく「病院食」としては絢爛豪華すぎる美味さであった。さらにリハビリ午後。自転車で結構な汗をかいた。明日は午後休み。明後日がラスト。しばし休んでシャワー。
さて問題は、どうやって木曜の取材を受けるか。考えた末、外出するのがベスト。では誰に打診するか。結果、若手に依頼。明日、主治医のOKもらえば成功。
今夜も血糖70台。慌ててブドウ糖ゼリーを届けてもらう。不覚にも主治医に飴チャンのこと訊くの忘れてた。夕食は、チキンソテートマトソース、南瓜の煮物、大根サラダ、と昼がゴージャスすぎたか、意外に地味。でもそこが「病院食」らしさ。らしさといえばほぼ毎回一品だけ献立表と違っているのも。なぜ違えているのかは不明。
ふと自分が引きこもりになるのではないかという懸念に囚われて、そうではなく自転車に乗ろうと考えている。一日一時間くらいあまり坂を使わないルートを走ろう。リハビリ中に想像していたら担当君にズバリ言われた。自転車に乗ったらどうですか。はい、そうしようと思います。いまある自転車がそれに向いているかどうか不明だが。涼しくなったら近場のちょっとした用事は自転車で済ますようになればいい。
足利義満の番組とモッくんの番組(10時台にテレビを見るのは久しぶり)を見ながら女優=オカミサンと退院がらみのメールのやり取り、途中睡魔に襲われ、ダウン。
 
DAY14 寝ている間にまた訃報、某Pの御母堂であった。松本とほぼ同じ日付。ご冥福を心から祈る。今夏は周囲に逝く人が多すぎて途方に暮れる。しかしそれでこちらが壊れるのはもう終わり。どんより曇った夜明けの空も朝の光が吹き飛ばし、いまは美しい。
ベルリン映画祭男優賞・女優賞を廃止。かくあるべし。イザベル・ユペールだったか、私はアクトレスではなくてアクターだから、と断言していた覚えがある。そのときも、その通りだと賛意を示した。拙新作『空に住む』は女性映画という枠組みで語られるかもしれないがそこで微妙な問題提起。魅力的と思える人物たちを与うる限り魅力的に描写したのであって性別は無意味だった。『金魚姫』にしても当初は明確だった性別がやがてどこか不明瞭になっていく印象があったはずだ。作り手としてそのように考えていた。現代映画はそのようなあり方へ向かってしかるべきであり、ベルリンの決定はその一歩であろう。
朝食。海老つみれ煮。オクラと生姜の和え物。本来の地味さへと回帰する「病院食」の妙。
主治医の許可が取れ明日のミッション、明後日の段取り、双方ほぼ決定。全てうまくいくといい。午前中、P持参の原作本。少しだけアイデアが浮かぶ。リハビリ。ビーズに糸を通す作業。苦手。午前の部は今日で終わり。近所の病室には大声で呼ばないと反応しないほど重篤な人がいるようだが、実は私も最初の二日はそんな感じだったか。記憶はない。昼食はお粥に卵としらすを混入した丼なのだが、手抜きというか何というか、何れにせよこれまた「病院食」ならでは。しかし美味い。山芋の煮物といい、ツナサラダといい、めくるめく手抜きでも美味い世界のすそ野が広がり放題。嗚呼、この世界もあと5食。
午後も延々、さまざまメモしながら読書。この感じだ。リハビリしながらこういうことをこれから五年、続ける。それにしても・・・この本の、あるページに「気」の一文字が大きく掲載されていて、前回の日記にも書いたがいまそのことを常に考えており、非常に大事に思っており、だが驚くべきことにそこで「気」の一文字を見つけてもちっとも動じずにいる。来たな、とニヤリさえしてないし、当然、なんてニヒルな気持ちもない。ただ、はい、と素直に受け入れただけだ。何だ、この感覚は。前回書いたときそれは何からの引用でもなくふと浮かんだ文字にすぎなかったが、それがここへきて未来へと繋がろうとしている。驚くのではなくただ不思議だ。
夕食もやはり優雅で感傷的な手抜き「病院食」祭り。牛肉のネギ塩炒めって何これ、みたいなもの。再びフクロ的なものと里芋の煮物。膾。しかもバランスの問題なのか、いまひとつ不味い。終わり近づき失望させるもあるいは「病院食」のなせる妙技やもしれぬ。
予想通り食後読了。まだ一回め、今後も繰り返し読むか。それにしてもいまここで手に取る本全て自分と深い関係にありと思い込まされるとは。いや、人間思い込みが肝心。ナントカリョクなる表現をよく聞くが「オモイコミリョク」というのもありではないか。せいぜい思い込んでみよう。そこ恥じらっても仕方ないし、おっさん恥じらったってキモいだけだし。そもそも「とりあえず五年断酒」とかいう勝手な決め事もかなり思い込みの産物と言わざるを得まい。でもやるんだよ。これまた「気」ということかもしれぬ。いわゆる「気合」とか「やる気」とは真逆、流れるごとく呼吸のごとく、ほぼ無意識の「気」。
夜更けにコロンボ。なかなかのマルチ画面。名前が出ないが、ペキンパーや『アウトロー』にも出ている脇の常連(ナントカ・チャンドラー?)が爆弾魔役で登場。犯人は、ジャック・キャシディ? 『アイガー・サンクション』で砂漠に置き去りにされた嫌われ者のエージェント。面白し。演出ロバート・バトラー。
 
DAY15 午前四時起床。少し明るくなって見れば屋上に水溜り。すでに止んだ模様。明るみが増すと昨日同様晴れる予感。が、しばらくして降り始める。
東京での生活を計画した。午前、お粥作り・お茶・自転車・新聞購入(コンビニ)・シャワー・朝餉・新聞読む・執筆および勉強。午後、お茶・昼食・読書・DVDまたはテレビの映画。夜、お茶・夕餉・読書またはテレビ・執筆・就寝。以上。これを五年間毎日繰り返す。マイブーム的に九月中はまず読書中心。
朝の点検、問題なし。ニュース。合流新党の綱領から「原発ゼロ」を外せと組合が。科学的に依拠せよと。「原発ゼロ」は極めて科学的である。かくポンコツ組合に合わせるなら新党の支持など御免蒙る。加えて「中道」を加えよ。これはつまり共産党との共闘敬遠の信用証明か。この組合とは何者か、そんなこと言ってる場合か。台風8号は勢力維持のまま北朝鮮上陸。農村部は大丈夫か。新聞では「大型評論」、元NATO事務総長ラスムセンが「民主主義連合を復活させ、中国の5GとかAIとか技術優位に歯止めをかけるべき」。こういうノンセンスな時代遅れのガチガチの人、世界中にまだまだいる。朝食。大根そぼろ煮、ほうれん草錦糸卵和え、と安定路線に回帰。不意を突きリハビリ最後は午前中から。筋トレフルコース。汗かく予定だったので午後にシャワー入れて失敗。でも相変わらず担当君はいいやつ。名刺をくれというと持ってなくて手書きのメモをくれた。リハビリやって本当によかった、助かった、こんなにしっかり歩けるのはリハビリのおかげという他ない。第二の心臓=脹脛が復活した。次は飯でもおごるよ、担当君、ありがとう、またな!
『ワイドスクランブル』、横浜で旧米軍燃料基地に泥水の詰まった巨大な貯蔵穴があり、そこに建設作業員が重機ごと落ちたという話。イヤ、オソロシイ。気になっていた群馬の子牛子豚盗難事件。遺伝資源目的。和牛、三元豚など優秀で海外の闇ではかなりの高値取引と。一見「病院食」は俺でも作れるんじゃないかと誘われる(実はカロリー計算などかなり精密にできていて病院外ではまず不可能、と主治医が断言)のだが、昼食。ローストポーク。美味。ジャガイモのコンビーフ煮グリーンピース入り(これ作れそう)。美味。栄養士さんは明日9時から来てくださる。時間が許せば「病院食」についていろいろ質問したい。もちろん退院後食っていいもの悪いものをしっかりお聞きするミッションが大前提だが。
テレビもローカル局、意外に面白い。夕方の2時間ほど限定だが、なかなかの攻め。全国的にそうなのか、静岡が特殊なのか。やはり伊豆の家でテレビ番組を見ることができるようにすべきか。目下静岡の台風の目はいろんな意味でどうやら浜松らしい。北九州の場合、博多がメインゆえテレビに目立った動きはないはず。
昨日は最初の試写だったはずだが、どこからも感想など来ぬ。SNSには何かあるやもしれぬが、いまはネット環境にあらず気にならぬゆえ構わぬ。シャワーを浴びて出る準備をし、外出許可証をもらいに行くと外は天気雨、思わず「森崎さーん」と呟いてしまった。それだけで幸先よろしいと朗らかになる。これぞ「気」「オモイコミリョク」なり。
私服に着替え、迎えに来てくれた斎藤Pとともに車で1分の小涌園へ。すでに用意されたPCを前にパンフ用のリモートインタビュー。小一時間喋った後、別チャンネルにて主演女優と画面越しの再会。元気そうで何より。斎藤Pからハットのプレゼント。一日早い退院祝いとして遠慮なく貰っておく。帰院時刻ジャストに戻る。ひと仕事終了。血糖も低いながらもセーフ。喋りすぎてひたすら空腹。
斎藤Pがまた貸してくれた前回の関連本を読み始める。で、最後の晩餐だが、これが。手作りがんも梅風味、と献立に書いてありつつ私の舌がダメなのか、梅風味は一切感じず。ちくわの煮物は美味かったが「病院食」としてもこれではあまりに地味すぎやしないか。そうではない。ほとんど精進料理のようでそれでもない、これが「病院食」の世界なのだ。平凡さを極めるということは本当に奥が深い。学ばねばなるまい。
ハッと気づくと窓の外、南の空に月が。六分方か七分方か、なんとも中途半端な形だが、ここで最後の夜に月を見ることができたことに感謝。雲に隠れるまでほんの五分ほどだったが、やはり月には縁があるらしい。その後も位置を変えつつチラチラと顔を出す。
退院時に提出する書類作成。いまひとつ要領を得ないが、制度とはそういうものであって、かく緊急の事態への対応に備えていない。終えて久しぶりに書きかけの脚本を開く。上出来の部類。ずいぶんサボったがそろそろ再開すべき時が来た。2025年までの五本のうちの一本に入れられるように。それからその予定する五本のタイトルを書き凝視、「気」と「オモイコミリョク」を込める。ふと昨年末から今夏の日記を読む、フォード(先生)関係以外苦い記憶ばかりで反省あるのみ。こんなときもフォードだけは歓びを運んでくれる。
 
DAY FINAL 5時起床。雨模様。入院して以来最悪の天気の本日、退院。この日記も入院のため通常の倍近い長さになった。伊豆という場所への愛着もこの入院でこれまでの倍、深まった気がする。脚力にも心臓にも伊豆の坂の利用が最適であることはかねてより知悉している。今後酒のない時間を伊豆で送れば、読書や執筆も以前の倍かそれ以上、スピードが上がるだろう。酒のない伊豆、単独飛行では初ということになる。
内海桂子師匠の訃報。享年97歳。最後のお茶を喉に流し込み、最後の朝食。グリーンピースと玉ねぎ入り炒り卵。いんげんと春雨の胡麻和え。最後まで地味ながら美味。そして最後までお粥を味わえた喜び。新聞。浜岡に10年ぶり新燃料。再稼働の予定なし。プレートの十字路で地球を滅ぼしたいのか。ウィスコンシン事件に抗議して大坂なおみ、全米前哨戦準決勝を棄権。台湾問題も含めて何もかも大統領選という巨大な渦に飲まれて行くイメージ。外はひどく不安定な天気。土砂降りと思えば青空が覗けてスッと陽が射す。
午前9時、予定通り栄養士氏来る。何を食い何を食わずを根掘り葉掘り。着替えと荷造りを終え、午前10時会計へ。と、財布を見ればクレジットカード紛失。愕然。慌てて病室に戻りバッグを洗いざらい探すがやはりなく、きっと伊豆の家であろうとやむなくキャッシュ支払い。必要書類を受け取り晴れて退院。昨日も思ったが世間は天気予報で騒ぐほど暑くはない。これまでの夏に比すればずっと過ごしやすく感じるのはずっとエアコンの中にいたからなのか。斎藤P迎えに来てくれて、一旦伊豆の家へ。害虫駆除対策を施し、昼食は駅の蕎麦屋。食後カインズホームへ行き斎藤君の勧めに従いマキタの充電式クリーナーを贖う。これが強力。床を磨き、洗濯をし、掃除機をかけ、しばし仕事の話。午後四時、帰路に着く。途中、海老名SAの和食屋で茶漬け。さして渋滞にかかることなく、無事到着。その後については推して知るべし。ふと見るとクレジットカードが私のコーナーからまろび出た。持って行ってなかったのだ。愕然。さらにマサルより父上も本日退院とのメール。何はともあれ良きことだが、その下にあの野郎辞任の報せが。いや全く知りませんでした。辞任そのものでなく自分がそのことをマサルに教えられたことに驚く。退院直後から一日中活動していたのだから当然かもしれないが。
先生方、看護師の皆様、友人の皆様、本当にありがとうございました!
私は今日から真人間として生きてゆきます!
 
以上、本当にあった最低な話、でした! 現場からは以上です!

 
(つづけよう)
 

青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『こおろぎ』(06)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)、自作『しがさん、無事?』(19)など。

近況:新作『空に住む』は10月23日より全国ロードショー。皆様よろしくお願いいたします! あと、9月12日〜18日に新宿K's Cinemaで公開の『ロストベイベーロスト』上映後トークショーに参加します(日程未定)。