妄想映画日記 その106

boid社長・樋口泰人による2020年6月後半の日記。各所への連絡に追われてはぐったりを繰り返した日々の中で観た映画『ジオラマボーイ・パノラマガール』『5windows』(以上瀬田なつき監督)、『スパイの妻』(黒沢清監督)や、新レーベル「VOICE OF GHOST」からリリースした虹釜太郎さんの自選作品集『¿Eres estúpido? mueres ¿vale? paris peking records ¿?』などについて記されています。
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文・写真=樋口泰人


爆音以外の仕事がほぼ完全に始まってしまった感のあるboid。忙しくするつもりはまったくなかったのだが、そして多分、そこまで忙しくなることはない仕事量なのだが、いずれにしても身体がついていかない。何とか仕事になるのは1日3時間くらいか。元気な日は調子に乗ってあれこれしてしまいその晩は眠れなくなり翌日はぐったり。とかやっていたら月末に近づくにつれもう意識朦朧。振り返ると何をしていたのかまったく記憶なし。以前のように毎日記録を付けておく気力もなし。とはいえそうこうしているうちに少しは調子も戻ってくるだろうという楽観とともに6月を終えた。


6月16日(火)
『VIDEOPHOBIA』のクラウドファンディングが始まったり『ECTO』の配信が始まったりと妙に落ち着かない日々となっているのだがもちろん連絡事項も増えていてさまざまな映画館に再開後の様子もリサーチしつつ映画の上映のお願いをする。たいてい2,3か所に連絡を入れるとぐったりする。営業の人とかはたぶん1日数十回とかそれ以上連絡しているわけで、そりゃあ酒が飲めたら飲むよねえといつものことながら思う。もちろんわたしは自分にできるくらいでやめておく。それでもあれこれ伝え損ねたことも出る。人とのコミュニケーションは本当にしんどい。
夜、アップリンクの浅井さんのパワハラ訴訟のニュースが出る。狭い小さな業界で声を上げるのは本当に大変だったと思う。とにかく一度誰かがこれをやらないといろんなことに整理がつかない。アップリンクにはお世話になっているしこれからもお世話になると思うが、声を上げた方たちには全面的に賛同の意を。そして某友人から送られてきたシナリオを。これがまさに今目の前で起こっているアップリンクの問題と歴史の向こう側で対応しあっているような物語になっていてわれわれの社会全体歴史全体に思いをはせる。そして近藤等則さんの月刊CD-R『Beyond Corona 2』。こちらはこうなったらこの世界全体歴史全体をライヴハウスに変えてやる、とでも言いたげな覚悟と気迫にあふれていた。エネルギーを受け取った気がする。

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6月17日(水)
朝からアップリンク問題を巡って各所と連絡。とにかくboid関係の映画が何本もアップリンクで上映されるのだ。監督、宣伝担当たちとも会議、連絡。それぞれの意見や認識を確認し、アップリンクの上映担当に連絡をする。今後の映画業界の構造改革にまでもつながるような前向きな解決を望んでいるというこちらの気持ちと、ただ対応が悪い場合は作品を引き上げることもあるという条件とを伝えた。基本的にはこれをきっかけにこの社会が少しでもいい方向に変わってくれたら、ということだ。
夜、お試し1時間作品ということでついにようやく恵比寿編までもがまとめられた『5windows』を観た。まとめられた恵比寿編は当然今回初見。その他はもう何度も観ているのに、やはり相変わらず初めて観るように観た。つまり編集や音や色合いが、かつて観た時とは違って見えた、聞こえた、ということである。自分の変化なのか周りの変化なのか。日付と時間が何度も画面に現れつぶやかれる映画なので余計にその映画の中の時間と今との「間」に視線が泳ぐのだろう。映画の中で何度も投げられた紙ヒコーキの視線と言ったらいいか。映画の中の時間にこの日本のどこかにいたはずの自分が映画を通してそれを観ている自分を観ているような、そんな気がした。瀬田なつきは「成長する幽霊の物語」と言ったが、幽霊も紙ヒコーキに乗って時間と場所の旅をしている。やはりこれは最新版を作らねばならないと、改めて思った。3.11の直後に企画されスタートした映画が10年後のコロナ禍においていったんの終結とさらなる始まりを迎える。何とかならないだろうか。全体の仕上げと宣伝も含め数百万。こんな時はクラウドファンディングか、とも思うのだがその責任に耐えられるかどうか。

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6月18日(木)
8時30分に目が覚めたはずなのだが起き上がった時には10時過ぎていた。どうも時間の感覚がおかしい。事務所についたらもう13時過ぎ。昼飯も食っていない。荷物の発送や受取作業、会計作業などしているとすでに夕方で帰宅するとboid関係の某サイトが乗っ取られたことが発覚。boidの登録内容が書き換えられてしまっているためログインもできなければ管理者に連絡も取れない。電話は時間外。メールを送ったがもちろんすぐに連絡は来ない。お手上げである。いずれにしても明日再度。とはいえとにかく登録が変えられてしまった以上、boidがそのアカウントの持ち主であるという証明をどうやったらできるのか。かつてのように電話の向こうに人がいて、面倒でも対応してくれていたらそんなことはないのだが、手も足も出ない。自分の証明ができないどころか証明する相手にたどり着かないのだ。銀行などもいずれ窓口がなくなり問い合わせもIDやパスワードが必要でそれらを変えられてしまったら一巻の終わり、みたいなことになるのだろうか。効率化の果て。IT社会の虚無と絶望に直面した気がした。

 
6月19日(金)
朝から電話。とにかく何度もサイトの管理者に電話をかけたがつながらない。あらゆる方法をとった。留守電を残し、メッセージを送りメールを送った。疲れ果てて遅い昼寝をしていたら管理者から電話が来た。ようやくつながりすべてあっさり解決した。乗っ取られたものの何事もなかったのだ。大した会社じゃないと思われたらしい。そりゃそうだよ。疲れた。


6月20日(土)
少し体調が戻ったものだから世間の仕事のペースに合わせたためか、とりあえずもう土曜日はぐったり。散歩には出た。

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6月21日(日)
ぐったりの続きだが寝てばかりもいられないので、阿佐ヶ谷の極旨中華屋で冷やしバンバンジーを食った。山椒の香りと辛さが口の中に広がって痺れる。

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6月22日(月)
新レーベルVOICE OF GHOSTでリリースする虹釜くんのCD-Rのコピーと盤面印刷終了。内容はこれまで発表された作品の中からの自選集ということになるのだが、こうやってまとめて聴くと90年代からV/Vmやザ・ストレンジャー名義でサウンド・コラージュをやっていたジェームズ・カービーのプロジェクト「ザ・ケアテイカー」の一連のアルバムの音を思い起こさせもする。虹釜くん自身の手によるライナーにも書かれているようなジョー・ミークの幽霊との新しい世界を巡っての対話とでも言いたくなる音源もある。
終日フラフラしていてどうしようか迷ったのだがせっかくだからということで、黒沢さんの新作『スパイの妻』の試写に。その呆れるようなスケール感とゴージャス感に圧倒される。それくらい映画だから当たり前と言わんばかりに、それはごく普通に社会的かつ厳密な距離を持ってそっと差し出され、それ故すべてが冷酷な現実としてそこに現れてくる。冒頭から窓外に聞こえる車のエンジン音らしき音でスイッチが入り、それを引き継いだ鳥の声、時計の音などが歴史のスピードを加速し、その加速度とともに劇伴音楽に不自然とも言える重さで張り付いた低音の重力が歴史の核心へと我々を引き摺り込む。その加速主義的な閉塞感を、あるときたったひとつの微笑みが台無しにするのだ。この微笑み。そこに生まれた柔らかな時間と空間がわれわれが今ここにいて何をするべきかを照らし出す。だからそれは1940年代を舞台にした映画にもかかわらず、永遠の未来映画となる。あまりのことに夜はまったく眠れなくなる。

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6月23日(火)
ほぼ寝ていた。とりあえず各所連絡だけはした。

 
6月24日(水)
黒猫さまがあまりにデブになっていて驚いた。
そして完成したものの初号試写もできないでいた『ジオラマボーイ・パノラマガール』の初号試写のためイマジカへ。スクリーンでは初見。物語のちょうど半分くらいのところで、A面が終わってもそのままかけっぱなしになっていたレコードに主人公の母親が気付いて針を上げる。つまり、この映画のA面が終わりB面にいよいよ入るのだともいえるシーンで物語も転調して高校生の恋愛ドラマからまるで主人公の親の世代の(つまり、原作の時代の)物語がそこに重なり合ように見えいくつもの世代の時間を超えたラヴストーリーが始まる予感が映画を覆い始める。閉ざされたいまここには常にいつかどこかやかつてあそこでが貼りついていてその閉塞した空間に生きる者たちも実は常に自由であり続けることもできるのだとそれらが語り始める。試写終了後、出演者の斉藤陽一郎とともにウルウルする。

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6月25日(木)
猫様たちの手の位置がどうもおかしい。

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6月26日(金)
VOICE OF GHOSTの名刺ができた。

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6月27日(土)
ひたすらぐったりしていた。猫様に階段を占拠された。
あまりに体調がひどいので散歩に出たら、路地のど真ん中で地回り猫様が吐いていた。この季節は誰もつらい。

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6月28日(日)
たぶんぐったりしていた。
 

6月29日(月)
晴れたので、事務所からの帰りは西早稲田経由で明治通り→大久保通りで大久保駅まで歩いた。まだそんなに人通りは多くない。

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6月30日(火)
虹釜くんのCD-Rのセッティング作業をする。虹釜くんが盤面に手描きでイラストを。つまり1枚1枚全部違う。このシリーズはできる限り手を動かし形にしていく。ジャケット&ライナーなども、印刷所にゆだねるのではなく、わら半紙を買ってきてキンコーズに持ち込みプリントして折りたたんで作る。Tシャツもシルクスクリーンの手刷り。ムラが出たり折り方が違ったりする。最初は60セット限定の予定だったのだが、さすがにそれではあんまりなので売れたらもうちょっと売ることに。60セットくらい売れて経費分くらいか。ほとんど受注生産みたいなものだから古くなることはない。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
boidの新レーベル「VOICE OF GHOST」の公式サイトがオープン。また、7月30日まで配給作品『VIDEOPHOBIA』(宮崎大祐監督)の劇場公開に向けたクラウドファンディングを実施中。