宝ヶ池の沈まぬ亀 第48回

青山真治さんによる2020年5月下旬から6月にかけての日付のない日記。蟄居生活も三ヶ月目に入り、曜日感覚を失いながらも、早寝早起の習慣がつくとともに読書癖が戻り、吉田喜重さんの『贖罪』、古井由吉さんの『山躁賦』、蓮實重彦さんの「ジョン・フォード論」「ショットとは何か」などを読み、さらに絵も描くようになった日々が記録されています。


48、青空の下の戒厳令とともに始まった三月目はやがて梅雨に



文・写真=青山真治


某日、朝食はチャーハン。夜はステーキ。美味。夜更けにNHKだったろうか、ウイスキー造りの番組を見る。たぶん同世代だと思われた。秩父で造られたそのウイスキーを呑んでみたいと思い、ネットで調べてみるがなかなかに高価であるので、今は見送る。だがその志に感銘を受けた。これから映画を造ろうとすることとそう変わりはない。彼はすでにポスト・コロナにおける自分の方法、というか領域を発見しているのかもしれない。
政府は緊急事態宣言を解除したが、今月中は今までと同様にせよとのこと。どうなるか誰にもわからないのになんら手立てもなく、まったく奇妙な話だ。現に北九州では六人患者が増えている。いったい第一波はいつ終わったのか。ただ解除するだけでは、元の木阿弥というに等しい。
 
某日、そしてとうとう在宅二ヶ月が過ぎた。腰痛がひどくて仕方ない。運動が足りないことは分かっているが、散歩に出ようとすると毎日のように雨がパラパラ、二の足を踏む。
朝食は豚の味噌焼き、ブロッコリー炒め、味噌汁、美味。やおら読書を終わらせるべく一気に終わりまで。怒涛の展開。玄関ホールを洗浄するおかみさんを無視して延々と。
それとは逆に、楽しみにしていた朝ドラ古関裕而だが、前回『スカーレット』が過度に大人びていたせいか、今回の演出は幼稚過ぎ、休止を前に見るのをやめようかと考える。
夕刻、読了。美しい小説であった。怜悧な小説であった。それでいて吉田喜重という監督の魂に触れた気のする小説であった。それゆえに『贖罪』というタイトルについて深く考え込む。どうすることが罪の贖いなのか。読了と同時にテラスで夕陽に映える雲を見る。前回の本日記の副題を打ち消すように美しく、心洗われた。夕食は一人でウインナーを炒めた。
 
某日、又しても蚊に襲われ、四時に起床。早寝したのでもう眠れない。猫のご飯、木曜のゴミ出し。久方ぶりの髭剃りは悩んだ末、吉田さんとは違う方向へ向かう。髭というのは仮装もあれば護符の意味もあるが、今回はどちらも選ばず挑もうと思う。
読書癖が戻ってきて、久方ぶりに五十代の古井さんを読み返そうと思いたち、少し前あたりからというつもりで『山躁賦』を、少しづつ。以前も感じたがこの辺から文章というより意識がスラッシャーな感じになってきて、そこがいい。快晴、夜に雨。
 
某日、数日見てきた吉田喜重『戒厳令』を最後まで見た後、午前中に買い物に出て、病院でインスリンを買い足し、家に帰るとブルーインパルスが飛んだというニュース。北九州のクラスターでも折れなかった心が今度は本当に折れかけた。これはいったいなんなのか。宗教か、これは。ナチスと同じ手口。建築家シュペーアによる光のホールについて『贖罪』で読んだばかりだ。空を見上げろ、ということか。この青空の下に戒厳令がある、と。
これはもう遺書でも認めたほうがいいのか。普通にしてりゃあ案外健康だけど、持病持ちはしょせんその戒厳令の終焉を伏して待つ他はない。
週明けからステップ2だと? 感染者は増え続けているのに? 昨夜見た明治の軍部での脚気にまつわる論争、というか米食に拘り麦飯を退けた森林太郎(鴎外)がどれくらいの戦争犠牲者を出したかという番組を反芻する。で、いまこの緊急事態の「解除」がどれくらいの犠牲者を出すことになるのだろうか。のみならず、豊島区の「性暴力根絶決議」否決。「議事録取らない専門家会議」。マスクどころでない搾取とピンハネの究極「スーパーシティ」。
どうなってるんだ。香港。ミネアポリス。暗澹たる思い。
ぼんやりしていても仕方ないので、すでに届いていたクリント『リチャード・ジュエル』を普通に見る。なんとも不甲斐ない話だが、たぶんクリントの新作を自宅で初見するのは初めてではないかと思われる。そうして別に驚くべき傑作などではないが、ただここに描かれる、あるいは集う、志を持って今後を生きるしかないのだと痛感するために作られたというべきか。自分が何もしないためにはもっともっと見ていたかったが、何かそういうわけにもいかないでしょ、とキャシー・ベイツに促されて見終わる。さて、私たちはこれとともに魂の戦いを継続しなければならない。終日、快晴。
 
某日、とはいうものの二ヶ月誰にも会わず、これからも極力誰にも会わずに生きて、やはり遺書を残して死んでいくか、と黒々ととぐろを巻いてようやく週末。早朝、書評原稿、書き終わる。あとは時間を措いて推敲。朝餉は肉野菜炒め。その後つらつらと『山躁賦』。やはり痛快なり。ワインを開けた昼は届いたアクサク・マブール。四十年振りとかそういう感じだと思うが、何も変わってなくて感動してしまう。
ところがどうしたわけか、ある理由(たぶんストレス)で急に心臓にプレッシャーを感じ、ベッドに倒れたまま動けなくなってしまう。その上記憶がなくなる。何をしていたかさっぱり思い出せない。原稿を送って返事が返ってきたところまでは覚えているので迷惑をかけることはないはず。しかしどうなっちゃったのか。
曜日の感覚がなくなっていて、日曜の夜から月曜1日がどうにも思い出せず、この日記も長い間特別な日を除いて日付を伏してこなかったが、今後は曜日だけでも書き込むようにしようと思う。今は火曜である。夜半雨が降ったようだが、いまは止んでいる。蚊に刺されて二箇所ほど痒い。腹が減ってゴロゴロ鳴っている。明け方あんまり珍しい経験だったのでTwitterに書いてしまったが、何人かの友人・知人に心配をかけた。有難いが申し訳ないことです。腰は多少はいいが、やはり相変わらず。そういえばいとうせいこうさんと神田伯山さんの対談をテレビで見たのだが、それが何曜であったか思い出せない。たぶん日曜だという気がするが。非常に興味深い話だった
で、ホワイトハウス周辺が燃え上がっている。『フォレスト・ガンプ』を思い出す。というかアレの逆を見ている感じ。ゼメキスが見ようとしてあえて見せなかったことが現実に見えている感じか。それは『マーウェン』にまで繋がり、アメリカ全土に広がっている。
 
某日、水曜日。5時起床、寒く気分悪し。深夜、蚊の襲来で起こされた記憶。腰痛続く。世界があまりに殺伐としていてマイケル・ケインの『狙撃者』まで思い出す始末なので、テラスの目に鮮やかなプチトマトを写メで撮って「おはようございます」とSNSに投稿。しかしそれから何もしていない。と言っても脳内ではホラー映像が始終蠢いていたが。それも含めてPと連絡。夜、ぐうたら寝ていると夜中に眠れず。こんなことは久方ぶりである。それでも1時には就寝。マサルは昨夜LJの再開に出向いたとのこと。


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某日、木曜日。体にだるさを感じながら4時起床。おかみさんも同時起床。まるで老夫婦である。日の出とともに目がさめるらしい。薄ら寒い上に湿気。しばしぼんやりした後、前日に考えたプロットをぼちぼちと書き始める。ジョージ・フロイド事件はロス、ロンドン、ストックホルム、アムステルダムとデモの波を一気に広げている。カナダのトルドーも凍りついている。デモなんて何にもならないと言っていた奴らはどんな顔でテレビを見ているだろうか。それとも見ていないか。天安門事件から31年とのこと。「上海小吃」のおねえさんが日本に来たのもそのころだ。女優は当然ながらマヤ文明最大の建造物一点推し。
午後以降読書は続けるが、とにかく腰痛がひどくて立ったり座ったり横たわったり、とあれこれ。夜は焼き鯖。1時間近くマッサージチェアーを試して、1日は終わる。
 
某日、金曜。5時起床の時にはすでに陽は射している。起き抜けから空腹だが、病院で検査があるため何も食えない。エコー検査があり、各臓器まずまずの結果。日々、起床後6時間ほどで睡魔に襲われ、30分ほど眠り込んでしまうのが、これがこの在宅期間にできた最も良き習慣ではなかろうか。それ以外の時間は何か見るべきDVDや番組でもないかぎり読書に集中できる。遅い午後に郵便受けが雷鳴な音を立てたのですぐさま取りに行き、文芸誌四冊を封筒から引っ張り出す。もちろん群像の「ショットとは何か」と文學界の「そして人間」目当てである。群像はまだ序章。もはや三枝さんがどこまで先生を引っ張れるか、という総長賭博化しつつある。途中、あくまで個人的な問題に過ぎないにしろ、とある固有名詞がインサートされるのでどきりとする。で、文學界。さて核心、と思いきや核心の序幕であってその意味での『モホークの太鼓』なので、これはもはや在宅中の過ぎたる贅沢として、登場作品の映像資料をずらりと並べて該当箇所を順繰りに見て行くしかないだろう。良い機会なので『プリースト判事』と『太陽は光り輝く』の「行進」とセカンドラインをじっくり見比べてみたい。何度も登場するかと思われる『静かなる男』の最初の出会いだが、光のつながりとか羊の数とかでオハラの側のショットがえらく「不自然」な仰角になっているが、これまでこれこそ真骨頂(いい加減さ)の端緒と考えて来た者にとっては、そこから先の「不自然」にとうとう足を踏み入れるかとほとんどワクワクする。しかも(つづく)とある。気は熟した感があるので、いよいよフォード祭りを開始したい。が、それをやるには伊豆に行くのがベストで、しばし逡巡。いとうさんのパレスチナものも読まねばならない。
ざっと読み終えてTwitterを覗くとおぞましい光景。警官隊が向かい合ってきた老人を突き飛ばし、その老人が後ろ向きに倒れて一度フレームアウト(横移動)、再フレーム化された時には横たわった老人の後頭部からはゆっくりと流血が見える。バッファローでの出来事だが、ここで現代の「行進」を見せつけられるとは思わなかったこと以上に、この突き飛ばされた白髪の、長身の老人がスターリング・ヘイドンに見えて仕方なく「ショットは何か」の『大砂塵』に大きく振り戻されるのだった。
夕方、横田滋さんの訃報。戦後日本の一般人の無念を両肩に背負って生きてきた方だと思う。私たち戦後日本の一般人は人前では微笑み、どうかよろしくと頭を下げ、それではダメだろうと仲間達の叱責を受け、それでも何も変えず、酒を呑んだ時だけ本音を晒す、その典型のような人だったのではないか。どこかジーン・ロックハートやペーター・ローレ、でなければトマス・ミッチェルとかバリー・フィッツジェラルドを思い出させる人だった。
夜、『報道1930』にひげ野郎が出ていたのだが、ろくなことも喋れず馬脚しか現さない。TBS的にもこういう愚者を血祭りにあげるのが主眼だろうが、もうちょっとポジティヴに番組を構成してもいいんじゃないか。
 
で、土日は壊れて、月曜はその修復に休み続ける。その間の電通とかサ推協とか「すみとしこ」とかがらみの話などもう知りたくもないし、聞きたくもない。


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某日、火曜。前夜は10時半には就寝。朝5時起床。いつものように朝の仕事をしてからサンドイッチ。で、いつものように眠くなる。しかし本日は久しぶりの仕事なのでボヤボヤしているわけにもいかない。10時出発。麻布十番アオイスタジオでアフレコ。トータル三時間ほどで終了。帰宅後、原稿直しなど。八王子で高校生が拳銃自殺。ボーガンによる家族惨殺といい世間の殺伐は止まらない。
 
某日、水曜。10時半就寝、5時起床。雨なしは何日目だろうか。しかしまもなく梅雨が始まる。というか明日は雨、ということで洗濯に従事。女優用の物干し部屋は密林につきベランダに干す。少なくとも本夕までは大丈夫。しかし強い南風。昼、給付金申請書来たる。明朝出す一連の資源ゴミ取りまとめとともに速やかに処理。ふと小さなスケッチブックにサインペンで絵を描き始める。やはり絵は面白い。わりあい没入できる。雑誌を通読、仕事の帰りに女優が購った弁当を食したのちに夜、BSで古関裕而の番組。旧来の評価どおりで退屈。しかし源さんは軍歌にも詳しいらしい。
山本太郎都知事選出馬するとかしないとか。なんのこっちゃ。
 
某日、前夜は延暦寺の番組を見ながら11時半就寝、木曜5時起床。昨夜は降らなかった模様。で、午前から相変わらず風強く、空は照ったり曇ったりを繰り返す。そそくさと朝餉・ゴミ出しを終え、降らないうちにと申請書郵送。午後になると気圧がどんどん下がって来てつらくなる。それにつれて腰もまた重くなっていくが、とりあえず参院中継。かなり緊張感のあるやりとりだったが、各民放はほぼ不倫報道。すぐにNHKに戻しつつ、なぜか樋口一葉について考え続ける。雨が降り始め、梅雨入りを確認。明日のゴミ出し支度。その段階で腰痛も限界に達す。それでも夜、家庭内撮影業務をこなし、山中教授のコロナ番組を見つつあっさりと10時には就寝。
 
某日、起床5時。金曜。蓮池透さんによれば、横田滋さんは家族会の「日本会議」化を阻止する最後の砦だったとか。こういう人を主人公にしたニール・ジョーダンみたいな、とまではいかなくてもケン・ローチくらいの映画を作れたら、俄然世界にアピールできるだろうに。しかしそれは私の仕事ではない。で、私の仕事の流れとしては久しぶりに見るDVDとなる『ザ・バニシング−消失−』を。いかにも80年代ヨーロッパ映画なのだが、それなりの技術は感じるものの端的に怖くはない。いや、別に怖くなくてもいいので怖くないなりに映画としての魅力があればいいのだが、それもないわけではないが乏しい。主人公の悲惨な最期は拙8ミリ時代にやったし。トンネルのガス欠はどう考えてもそことのこじつけにしか見えないし。例えばカール・ドライヤーなんて恐怖のシチュエーションでなくても意味なく怖いということがあり、こちらもそれが映画だと思い込んでいる節がある。まあもちろんそこが罠だといえばそうかもしれないが。怖がらせようとしないのに怖いという境地は実に難関だが、目指さずにはいられない。夜半、腰崩壊。11時就寝。
 
某日、そしてまた週末。5時起床。とはいえ本日(家事)休業につき、朝餉を済ませると読書、お絵描きに勤しむ。午後、先週まともに見ていなかった大河を終わりまできちんと見てからうとうと。しかし夕方、宮崎駿さんの『風立ちぬ』メイキング番組を見る。いったいいつから氏に注目し始めたのかは記憶にないが、いつの間にかそうなっていた。全面的な支持などかけらも思ってもいないが、そうやって生きざるを得ないことは我が身を省みても否定しようがないと言わざるを得ない。朝ドラ『なつぞら』の途中から勃興した、とある精神が今の大河(つまり、染やんの信長)へと宿り続けて行くのを驚きとともに見ているのもここから始まっているのかと合点してしまう。
で、またしても日曜の記憶がそっくりそのまま失われている。どうもこれは古井さんのせいではないか、あるいはホラー小説のせいではないかとどうもよろしからぬ領域に巻き込まれている気がして、別に気分がよろしくないという訳でもないが、たんに不思議な気分。
で、月曜に目覚めるとPから連絡、なんと火曜とばかり思い込んだ最終ダビングが月曜であったことで飛び出していく。多少酔いを残したままであったので、菊池さん任せナガシマ任せで終始する。帰りもナガシマに連行されるように。
 
某日、火曜は終日ミニボックスを後ろから描く練習。水曜、デニス・ホッパーの記録映画をDVDで。『ラストムービー』と『アメリカの友人』が大きくフィーチャーされていて満足した。語り手であるサティアという元付き人は『アメリカの友人』のフラーの部下を演じた男で、初めて見たときからずっと気になっていた。何しろあのプラスティックのパイプを回して音を出す張本人である。つまり『Helpless』の冒頭の元になった人なのだ。そしてスチルではあるがサムもニックも登場する。鎮魂歌としては申し分のない出来ではなかったろうか。で、ホッパーといえばもちろん映画俳優であり監督でもあるが、フランク・ゲーリーとも交流の深い一流の写真家でもあり、私は写真に疎いので私にとってこのことは深く印象に残り、実は密かに写真を撮ることを狙っていて、これをきっかけにカメラを弄ってみようかとも考えた。フィルムではなくデジタルで、ごく安上がりにどこまでやれるのか、という実験をしてみたいという甘い考え。
ここで驚くべき過失があった。さて木曜日だから資源ごみを、と出してから気づいたら水曜だったのである。つまり私はホッパーの伝記映画を火曜に見ていたのだ。という訳で、前の日曜を取り戻したのか、何かを欠如したのか釈然としないまま、とにかくアップリンクの問題など様々な意見を読みつつうんざりしながら、ね、だからミニシアターを一回全部チャラにしたら? というのが私の率直な意見であった。経営がうまくいきっこないところで平和裡に何かが行われるなどということはないのだ、綺麗事でどうにかしようとしている向きには悪いがそう理想通りに動くわけがない。私たちは皆エゴで生きているので、それは畢竟ガマンを手前に置かなければやっていけないのだ。残念ながら。
で、朝のニュースを見ていると東アジアでは戦争態勢の模様。東京都知事選もどうなるのかいよいよ混迷に向かっているのだが。それにしてもキム・ヨジョンはやばいね。
 
某日、というわけで木曜をやり直し。ところが起き抜け(4時半)から超具合悪し。一日をほぼ寝て暮らす。微熱、腰痛。何をしようとしても集中力が持続しない。どうにかゴミ当番だけはやりぬいたが、ほとんど食欲もなし。ここ数日、ゆっくりと続けてきたお絵描きも本日は手が出ず。前夜だったか、舩橋くんとFB上でアップリンクとミニシアター問題についてやりとり。話がかみ合うことはないのだが、黙ったままにしておくわけにも行かなかった。夕方から雨が始まる。明日の夜まで、という予報。夜、スープをいただいた後、延々と眠りこける。夜更けに目覚め、多少真人間。元大臣夫婦、逮捕。
 
某日、金曜5時起床。ほぼ10時間眠り、さらに多少真人間なるも腰はまだ本調子ならず、外は屋根の叩きを伴う雨足。ここのところこりんも情緒不安定なのか、あちこちにションベンをするが、これが掛けションのレベルではなく大量なので気になる。そして昼から行方不明となる。困ったことだ。人間は朝から結構な量の食事を摂取、昼もまた義母の差し入れ的弁当の山。いくらか体調が上がったところで、飛び飛びで続けてきた『山躁賦』を読了、二十年ぶりぐらいに開く『槿』か一葉かという分岐へと移行しつつ、やがて風呂に入りつつ頭部および顔面の毛髪類を整えようとしたのだが、そこで思わぬ事態に。あと少しで終了、というところでシェーバーの充電が切れてしまったのだ。裸で洗面所から充電器を探し出すが、再開には数時間かかるので中断、そのまま風呂に入る。結果、頭が(女優曰く)『指輪物語』のゴラム状態のまま充電完了を待つことに。雨音に包まれる中、まあ外に出る用事はないし、出るとしてもキャップを被れば大丈夫。というわけで夕餉(昼の残り)を食して、あとは寝るだけ。浅井さん、謝罪文を出す。しかしこれは初手に過ぎず。NHK『鉄道写真旅』で土佐くろしお線を見ていてふと思いつき、充電途中で頭を仕上げる。雨も上がり、10時に寝床に入るなり行方不明だったこりんが戻ってきた。久しぶりに良き一日であった。
 
某日、土曜4時起床。女優は仕事のために県境越え初日にして熱海へ。心配なり。ともあれまた週末が訪れた。諸々煩雑に考えつつ本日のスケジュールを立てる。まずはお絵描き。初めてから五枚目となる。だんだんと速度が上がってきた感じ。熱中しすぎでいつしか夜に。DVDでケリー・ライヒャルト『ライフ・ゴーズ・オン』を見るのだが、画面の暗さ(CEよりさらに抑えめの照明)に驚愕し、これでアメリカの劇場はOKなのかとあちこちに訝りの電話をかける。正解は訪れやしないのだが。女優が戻り、やがて眠る。
 
某日、日曜4時起床。完全休養。絵を仕上げつつぐったりと眠り続ける。
 
某日、月曜5時起床。午後、BSにて『ファイヤーフォックス』。久しぶりに見たのだが、見れば見るほどこの傑作サスペンスの良さに惚れ込む。今回は特に、初めてモーリス・ジャールという作曲家の良さというものに惚れ込んだ。そう簡単には盛り上げないストイックな姿勢はCEの要請か。そうして冒頭の上下のキャメラ位置から徐々に90度の角度で話す人物たちを90度のままの切り返しへと移行しつつ、クライマックス以降はそれを垂直または水平(戦闘機の攻防)のポジションで描き続ける、周到な画面配分。実はこの作品、公開時は見逃したのだが、その後名画座で繰り返し、おそらく全作品中最も回数を見ている作品かと思われるが、今回その構成の妙に改めて感服した次第。
アップリンク問題はかなりひどいことになっている。
夜、女優が白金「すずき」のとんかつ弁当を贖うという攻めに入り、大いに堪能。その後すぐに眠ってしまい、またしても雨に降り込められた一日は無為にすぎた。
 
某日、火曜4時半起床。七月に行われる神戸の堀禎一特集とそれに向けて書かれた虹釜太郎さんの音にまつわる文章で朝から興奮。私たちはここで提案された思考・方法をさらに体系化し実践する必要がある。沖縄慰霊の日。足かけ三日降り続いた雨もようやくやむ。


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昼過ぎ、以前から不安だったパソコンの調子がさらに悪化、これは修理に出さないと、という状況になる。すると自分自身の精神もひどいことになり、何も考えられなくなる。こういうときは、と『山躁賦』つながりで『方丈記』を久しぶりに開き、その境地に想いを馳せつつ自閉の道を辿る。京都にいてホトトギスの声を聞いた記憶はないが、「郭公」を「死出の田長」と呼ぶことをすっかり忘れていて、あたら夏の叡山になど分け入らなくてよかったと本気で胸をなでおろす。またこの際『谷崎源氏』を一気に読み返そうかとも思う。しかし晩飯も喉を通らないありさま。身体以上に精神がしんどい。
マサルが帰京。ヤツの両親を思うブログに感銘を受ける。すでに二親を亡くした身としては友人のあのような思いに共鳴して余りある。私は両親が好きだった。


(つづく)



青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『こおろぎ』(06)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)、自作『しがさん、無事?』(19)など。

近況:今後のことは何もわかりません。