Television Freak 第52回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は新型コロナウィルス(COVID-19)関連の報道に接して考えたこと、緊急事態宣言下で制作されたリモートドラマ『Living』(NHK総合)、『家政夫のミタゾノ 特別編』(テレビ朝日)などについて書かれています。
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人間そっくり


 
文・写真=風元 正


神奈川の緊急事態宣言が解除された翌日、所用あって小津安二郎と田村隆一の墓参りをしてきた。小林秀雄の墓がある東慶寺はあじさいが盛りで、混雑を避けるために拝観中止だったが、平日ゆえなぜか定年退職した先輩とよくすれ違う小町通りは閑散としていて店もほぼ開いておらず、ちょっと不気味だった。1957年開店のシーキャッスルで、伝統のドイツ料理とビールを堪能し、久々の訪問でも変わらぬ風味に感動する。しかし、割と長居したのに客はビール1本ずつ買った恋人たちを含めて計5名。由比ガ浜は地元の人がかなり出ていたものの、江ノ電も乗客がいなかったし、清浄な鎌倉を堪能できるのは今だけ、と言いつつ、やはり観光地に人出がないと物足りない気もする。

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5月も半ばに入ると、新収録の番組が減り、感染症情報にもうんざりして古い映画に逃げた。偶然やっていたジーン・セバーグの『悲しみよこんにちは』、生誕100年のエリック・ロメールの『海辺のポーリーヌ』『緑の光線』の海辺の避暑地から酔眼が離せなくなる。客でごったがえすレストランで乾杯、砂浜で色とりどりの水着をまとい大胆に肌をさらす女たち、唇を合わせたり、軽く抱擁したりを繰り返す日々は交わりが濃く、新撮影の映像ではしばらく味わえない人間らしい振る舞いに強い郷愁を覚えた。
今や、黒川検事長の1000点100円の麻雀や繁華街の夜遊びなど、若い頃は当たり前だった習慣が人非人のように謗られる時世に入っている。たとえば、サーフィンをしている最中に感染症が広まるとは思えないのだが、健康極まりない日本代表選手が競技自粛の必要を沈痛な面持ちで語る姿を見るにつけ、夜の巷で平静な心持で酒を呑める日がいつ来るのか頭を抱えてしまう。
ウツウツとする暮らしの中で、スラヴォイ・ジジェクの「ウィルスは、これらの言葉の通常の意味では、生きてもいなければ死んでもいない。それは生きている死者(リヴィング・デッド)である。ウィルスは複製するという欲動のために生きるが、それは一種のゼロ・レベルにある生命であり、死の欲動ではなくてむしろ、反復と増殖という最も愚かなレベルにある生命であって、生物学的なカリカチュアである」という一文に目が啓かれた。そうか、ウィルスはゾンビと似た半生物だったのか。
COVID-19に感染すると人にウィルスをうつしまくる「人間そっくり」の生き物に変容してしまう。そう考えれば、過剰と思える恐怖や大がかりな感染対策の必要も腑に落ちてくる。テレビ朝日の富川悠太アナウンサーが復帰した日、抑揚のない棒読みで自らの発症前後の行動を固い表情で振り返る儀式も必要だったし、禊を終えた後は急に表情がイキイキしてくるのも自然だろう。「肺のレントゲンが真っ白」という重症状態から生還した梨田昌孝も「自分で呼吸ができない。海にもぐって長くもぐりすぎて水面に上がった時といいますか、そのときのハッていう感じ」という不思議な形容をしており、どうも、自他や生死の境界が怪しくなる症状のようだ。最近の研究によれば、COVID-19は「サイトカインストーム」という免疫の暴走を起こし、血栓ができやすくなる厄介なウィルスだそうで、しばらくの間は単純な感染症ではなく、アイデンティティを揺るがす疾病であり続ける。
隣にクトゥルーやゾンビがいる世界に変貌しているのならば、どんどん渡辺えりに似てゆく「コロナの女王」岡田晴恵教授やどんぐり眼でいつも熱いPCR教布教者のコメンテイター玉川徹は、映画の中盤辺りで死ぬ人に見えてくる。らい病、結核、AIDS、SARSと比較して感染しやすいのも脅威で、ちょっと前、日本にはさほど患者は出ないし、自分にもうつらない、という思考に凝り固まっていた頃が阿呆らしくなった。

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リモート出演画面には慣れたものの、出演者が撮影現場にいるかどうかは、視聴者にとってあまり関係がない。ワイプ画面もあったわけだし、出演者が少なくとも同じ、という現実がはっきりしただけで、もう新味はない。藤田ニコルがZoom会議について、「ずっと自撮りでいい角度をキープできるからいい」と評していて、その発想に驚いたら、若い女性にとっては当然の感覚と知った。
リモートドラマの試みもあり、坂元裕二の『Living』は目覚ましい成果だった。広瀬すず・アリス姉妹、永山瑛太・絢斗兄弟、中尾明慶・仲里依紗夫妻、青木崇高・優香(声)夫妻という「ソーシャルデスタンス」を気にしなくていい間柄の2人が外出不能の部屋に閉じ籠る設定が贅沢だが、正直ずるい配役とも感じる。ドングリと会話を続ける締め切り直前で苦しむ小説家(阿部サダヲ)の妄想であるか、判然としないまま4つの物語が紡がれるのだが、軽やかな「世界の終わり」感が堪えられなかった。
喋るドングリによれば、人間が生み出したもので意味があるのは「おでんとビール」くらい。広瀬姉妹が演じる「ネアンデルタール人」は「ホモサピエンス」の男と結ばれると種族絶滅してしまうのだが、まず姉が、そして妹が、旧人類にない「コミュ力」の高さに誘惑されてしまう。出会いのない「ネアンデルタール人」同士の恋に賭けるかどうか、密室ならではの美人姉妹の掛け合いが愉しい。弟(絢斗)を少年院に入れて生き延びた兄(瑛太)との再会は笑いながら殺し合いになりそうで、2人の危険な魅力がよく出ていた。恐妻家の中尾明慶が時を巻き戻す呪文を使い、すぐ壊れる仲里依紗と完璧な乾杯をすべく無限に同じシーンから必死でループする展開は身につまされる。プロ注目の4番打者を5連続敬遠した青木崇高が最終打席に勝負する別の過去をテレビで見て起こる心の動きも緻密な言葉と動作で表現されていて、対面で打ち合わせせず機材のセットも俳優にお任せで成り立ったドラマとは思えぬ。パンデミック下の閉塞感をカラフルな俳優の演技でファンタジー化して画面を成り立たせたのはお見事であるが、2人だけだと今回の15分間劇が限界かもしれない。
分割画面機能をフルに活用して尺を持たせたのは『家政夫のミタゾノ 特別編~今だから、新作つくらせて頂きました~』。表面上は仕事がデキて家庭も円満な広告会社の部長(音尾琢真)が、女性部下(筧美和子)との不倫を満喫するために偽出張をしたら、ITスキルがなく背景の切り替えを忘れて関係がバレたり、部下たちの「ウザい」という本音を聞いてしまったり、不在の家に食事を配達する仕事を妻(奥菜恵)から依頼されたミタゾノに浮気調査の結果を掴まれたり、さんざんな目に遭う展開。お馴染みの家政婦事務所の面々も含め、目まぐるしく入れ替わるナム・ジュン・パイク風の画面により真相が明らかになってゆき、奥菜の顔が素晴らしくZoom映えすることがわかったりで面白いが、自分が部長と似た境遇なので少し居心地が悪くなる話でもあった。

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東山動物園の企画官・上野吉一は「ヒトの表情筋はサルより発達しています。その半分がマスクに隠された状態で、目の動きからどれだけのことが読み取れるのか。感染対策とコミュニケーションの質の、両立をかなえるデザインが必要です」と言う。「料理をふるまったり、一緒に食べたりという行為は、それ自体がきわめて人間的」と近い距離感の重要さを説いており、このような見地に立つ発言は低い声で繰り返したいと思う。
営業再開したスポーツジムに行くと、検温と消毒は必須で、ランニングマシンは一台置き使用。所狭しと「social distancing」という標語が掲げられ、サウナと水風呂は使用中止だった。満員電車や上司/部下という職場の固定された人間関係が鬱陶しい、というホンネは大っぴらになりつつ、「新しい生活様式」は為政者側が「緩んでいる」とか、平気で職業差別につながる言葉を発することができる世界でもある。神社で感染予防のためとおみくじをやっていなかったのはショックだった。
マスクと黒装束が基調のアメリカのデモもどこか「人間そっくり」の群衆のようで、カラフルだったリーマンショック後の「ウォール街を占拠せよ」デモからの変化を考えると、超大国の人民もいよいよ追い詰められてきたのか。しかし、私自身も半ゾンビの一員として、のろのろとした歩みを始めるほかない。
リモート見舞いが許された母のいる八王子の外れの病院を3カ月ぶりに訪れると、路上で自転車に乗るマスクなしの制服少女を見かけて、ハッとする新鮮さだった。大都市圏のほかは案外のんきな受け止め方なのかと気づき、何となく安心する。ヒトが過密する都市のあり方や、動物界から未知のウィルスが闖入する社会が本格的に是正されるのならば、いい契機なのかもしれない。かつて熱中していた潮干狩りが再開され、ずっと人を入れなかったためか、大豊漁でかえって困惑したそうだ。

 あじさいや王冠が名の闖入者


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。