映画は心意気だと思うんです。 第16回

冨田翔子さんが“わが心意気映画”を紹介してくれる連載。今回は冨田さんの家に届いた大量の天然牡蠣を目当てにやって来た友人たちと『ピーターラビット』(ウィル・グラック監督)を観た際の出来事が綴られています。冨田さんが『ピーターラビット』を”絶望映画”と呼び、それと同時にそこから希望を見出す理由とは?
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(撮影:冨田翔子)


牡蠣狂いの友人と絶望映画『ピーターラビット』



文=冨田翔子


これは、コロナ禍に見舞われる少し前の出来事である。
 
ある日、同居人の実家から牡蠣が送られてきた。それも段ボールいっぱいに!毎年野生の牡蠣を獲りに行くのが母上の恒例行事らしい。自然の恵みに万歳三唱。部屋には磯の香りが漂っていた。
 
早速食べてみよう、ということで段ボールを開けてみると、野生の牡蠣はワイルドだった。形も大きさもバラバラで、中には2~3個がくっついているものもある。スプーンの柄や包丁の先端を殻の隙間に差し込もうとするが、全く歯が立たない。試行錯誤の結果、ペンチで殻を少しずつ壊しながらなんとか身を取り出していく。軽く水洗いし、チュルチュルっと一口。身は新鮮そのもの、あまりの美味さにあっという間に5個も6個食べてしまう。それでも食べきれないくらいの量で、冷蔵庫はパンパンになった。
 
翌日、私が知る限りで最も牡蠣が好きな友人にジップロックいっぱいの牡蠣の写真を送った。するとその2時間後、友人はやる気満々で我が家の冷蔵庫の前に立っていた。煮た方が殻は簡単に開くよ、と私が言うと、「そんなことしたら、旨味が出てしまう」と一言発し、黙々とペンチで殻を開け始めた。すさまじい手際である。
 
その模様を、私が知る限りで2番目に牡蠣が好きなboidの樋口さんに写真を送った。すると、「いま食べてるのか? それとも食べ終わったあとなのか?」と聞かれたので、「今から食べます」と返事した。それを友人に伝えると、「昨日食べたって言いなさいよ!」と言われたのだが、もう返事したのでどうしたものかと思っていたら、それから1時間もしないうちに、今度は樋口さんがパンとオリーブオイルを持って我が家の前に立っていた。「なんてことだ(牡蠣の取り分が減るじゃないか)!」と嘆く友人。心配しなくても冷蔵庫には食べきれないくらいの牡蠣があるのに…。と思ったら、あんなにあった牡蠣がいつの間にか半分ほどになっていた。恐るべし牡蠣狂い。そもそもこの牡蠣は私がもらったものじゃないんだけどな…。一応、同居人にこのことを伝えると、「なんという牡蠣の求心力」と返事が来て、よろしく伝えてくれとのことだった。
 
となれば、心置きなく牡蠣パーティーの始まりである!


■牡蠣のアヒージョにふさわしい映画
 
友人がアヒージョを作っている間、この宴にふさわしい映画を配信サービスで探した。しかし、牡蠣がテーマの映画はなかなか見つからない。お料理映画もありだが、もっと“アヒージョ”という優雅な響きにふさわしい、パリピなムービーとしゃれこみたいところ。すると、ニンジンにまみれているウサギのサムネイルに目がとまった。タイトルは『ピーターラビット』。海とは無関係だが、やや生意気なピーターのゴキゲンなフェイスがアヒージョにぴったり! 私は「『ピーターラビット』にします!」と高らかに宣言した。2人とも牡蠣に夢中で聞いていなかったけど。


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『ピーターラビット』

 
■絶望映画『ピーターラビット』
 
『ピーターラビット』は世界的に有名な絵本をもとにしたコメディ映画だが、映画のユーモアはかなり振り切れており、ウサギのピーターが仕掛ける数々の無慈悲なイタズラは『トムとジェリー』くらい痛烈である。
 
・父親をパイにされてしまったピーターの絶望
これは原作でも有名なエピソードだが、ピーターの父は、“マクレガーさん”という畑の主人に捕まり、無念にもミートパイにされてしまった。映画でも、その一部始終をピーターが目撃する様子が描かれる。とんでもなく絶望的な父との別れを経験したわけだが、ピーターは元気一杯のいたずらものに成長した。さらに母も亡くしたピーターは、残された3姉妹、そしていとこのベンジャミンと共に、父を殺したマクレガーさんの畑に侵入しては野菜を盗むという強心臓ぶりだ。ときには無茶な振る舞いをたしなめられる時もあるが、「それが僕のキャラの欠点だ」と軽やかに駆け抜けていく姿は爽快。そんなお調子者のピーターだが、根底には両親のいない寂しさを抱えており、そんなピーターを理解してついていく妹たちとベンジャミンの包容力が泣ける。
 
・自分がなりたいものへの才能が欠けているビアの絶望
ビアはマクレガーさんに疎まれるピーターたちをかばう、心優しい近所の人間のお姉さんだ。ビアは絵を描くために田舎に越してきたが、残念ながら絵の才能がない。そのことに当の本人も気づいているところが絶望ポイン。だが、心から可愛がっているピーターたちの肖像画だけは、すぐに売れそうなほど上手い。しかし、現実はそう簡単にいかない。
 
・イギリスの権威社会に出世を阻まれるトーマスの絶望
トーマスは百貨店で働く仕事人間。“規律を保つ”が信条の完璧主義者で、清掃にも完璧を求める潔癖症だ。誰よりも仕事に情熱を持つが、ちょっと偏屈な性格のせいで、心底願っている昇進を無能な社長の甥っ子に横取りされてしまう。「なぜですか!?」と詰め寄るトーマスに、上司の答えは「イギリスってそういう国でしょ」、と簡潔そのもの。10年間を捧げた夢が破れ、心を乱したトーマスは売り場を破壊しまくり、強制的に休職させられてしまう。哀れトーマス。しかし、実はマクレガーさんの又甥である彼は、この後ピーターたちによって荒らされ放題の故マクレガー邸(マクレガーさんは心臓発作で亡くなる)を相続するために田舎へとやってきて、ビアと出会う。そして嫉妬したピーターに、こっぴどくいじめられる。


■牡蠣のアヒージョがうますぎる
 
あとひとり(というか一匹)の絶望キャラの紹介が残っているが、牡蠣のアヒージョが完成してしまった。これがまた絶品なのである! 牡蠣狂いの友人は殻割りも牡蠣料理もお手の物。牡蠣エキスが絡んだブロッコリーは冷凍食品とは思えぬ味わい。そしてなんといっても、樋口さんが買ってきてくれた海の幸入りオリーブオイルと、牡蠣の相性がバッチリなのだ。今後しばらくアヒージョにはまりそうである。

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(撮影:冨田翔子)


■毎朝絶望するニワトリ
 
本編に戻ろう。物語の本筋に絡まない脇役であるにもかかわらず、本作で忘れがたい絶望の余韻を残してくれるのが、ニワトリである。ニワトリといえば、朝日が登った印に「コケコッコー」と希望の朝を告げるのがお決まりだが、本作に登場するニワトリは一味違う。朝日とともに、「また日が昇ってきたのか!信じられん! 昨日の夜に目を閉じたとき、人生終わったと思ったのに! また新しい日が始まった!」と絶望の雄叫びをあげるのだ。深夜0時を回ると明日がやってくることに憂鬱を感じてしまう私にとって、心に染み入る雄叫びである。喉がはちきれんばかりに叫ぶ吹替版の声優を務めているのは、『北斗の拳』の絶叫次回予告でおなじみの千葉繁氏。物語の合間に何度か披露されるこのネガティブな雄叫びはどれも傑作で、ぜひ本編で確認してほしい。
 
 
■「これが僕のキャラの欠点」
 
ビアと惹かれ合うトーマスに対し、ライバル心を煮えたぎらせるうさぎのピーターは、あの手この手でトーマス追い出しを画策。さまざまな罠を仕掛けては痛めつけ、ついには二人の仲を決定的に引き裂くある事件を起こしてしまう。そして、全てトーマスがやったことだと勘違いしたビアは、引っ越しを決意。一方の誤解された傷心のトーマスもまた、マクレガー邸を引き払いデパートの仕事に復帰する。
 
想定外の結果に責任を感じたピーターは、ここにきて自分のこれまでの行いを猛省。「本当は両親を亡くし途方に暮れていた」という本心を妹たちに打ち明け、ベンジャミンに忠告を聞かなかったことを謝罪する。しかし「今回はさすがに許せない」とベンジャミンは受け入れてくれなかった。
 
ビアが引っ越してしまう前に誤解を解きたいピーターは、ひとり都会のトーマスの元へと向かう列車に飛び乗る。するとそこに、「待って!」とベンジャミンが全速力で走ってくるではないか! 一番の親友であるピーターを、ベンジャミンは見捨てなかったのだ。「一緒に来てくれるの?」というピーターに対し、ベンジャミンが懸命に走りながら放つ言葉。「ああ、それが僕のキャラの欠点だ!」である。一緒にいるとろくな目に遭わないと分かっているのに、無鉄砲なピーターを放っておくことができない。そんなベンジャミンの良心を表現する言葉が“欠点”とは、なんとも美しいではないか。


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『ピーターラビット』


■牡蠣パスタに粉チーズをかけて大目玉
 
『ピーターラビット』の映画もいよいよ終盤。その頃、友人がアヒージョで残った旨みたっぷりのエキスでパスタを作ってくれた。ならばと、私は粉チーズを冷蔵庫から取りだしてたっぷりと振りかけた。パスタには粉チーズ。それが私の鉄則だ。その時、黙々とパスタに食いついていた友人と樋口さんが鋭い目でキッと私の方を向いた。まず友人が「なんで牡蠣パスタに粉チーズをかけるのよ! やっぱり、あなた食に対するセンスがずれてる!」。続いて樋口さんは、信じられないという表情で、「例えば『クワイエット・プレイス』を上映している映画館で、誰かが勝手に応援上映を始めたみたいなもんです。台無しです!」と、大目玉を食らってしまった。
 
図らずも画面では、ピーターがビアに本当のことを話し、大反省しているではないか。まさに私も大反省。悪気はなかったのだ…。むしろなんで2人は粉チーズかけないのだろうと思っていた…。
 
翌日、同居人にも振る舞おうと思い、昨日のアヒージョを自分で作ってみたが、思うように同じ味にはならなかった。あのアヒージョは、異常なほどうまかった。粉チーズが表すように、私は牡蠣への思い入れが足りないのかもしれない。
 
映画の冒頭で、マクレガーさんの畑に忍び込むときに、ピーターが妹たちとベンジャミンを集めてこんなことを言う。「一人一人が各々の能力に応じて、割り振られた役割をきちっと果たせばきっとうまくいく」。いつだって、自分のベストを尽くすというのは素晴らしい目標だ。私は牡蠣パスタに粉チーズをかけてしまうが、それを乗り越えたその先に、きっと希望は待っている!


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ピーターラビット™ Peter Rabbit
2018年 / アメリカ / 95分 / 監督:ウィル・グラック / 映画原案・脚色:ロブ・リーバー、ウィル・グラック / キャスト:ジェームズ・コーデン、ローズ・バーン、ドーナル・グリーソン、マーゴット・ロビー、サム・ニールほか
© 2018 Columbia Pictures Industries, Inc., 2.0 Entertainment Financing, LLC and MRC II Distribution Company L.P. All Rights Reserved. | PETER RABBIT and all associated characters ™ & © Frederick Warne & Co Limited.


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『ピーターラビット™』発売中
Blu-ray 2,381円(税別)/ DVD 1,886円(税別)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント


冨田翔子

エンタメWebサイト編集部勤め。好きなジャンルはホラー映画。心意気のある映画を愛する。