妄想映画日記 その104

boid社長・樋口泰人による2020年5月後半の日記です。緊急事態宣言の解除に伴って動き始めた周囲に巻き込まれるように仕事量が増え始めたものの、その反動か体調はむしろ悪化してしまった様子。それでも『すべてが許される』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『エヴァの告白』『心の指紋』など、映画を観る時間も増えてきました。
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文・写真=樋口泰人


通常復帰に向けて世界が動き始めた5月後半。わたしの周りも何となくざわつき始め各所とのやり取りZOOM会議などそれなりに世間のペースに巻き込まれ始めた。こちらの体調も少しマシになってきたこともありしばしそれらに付き合っていたのだが見事に反動がやってきて再び2か月くらい前の状態に逆戻りめまいの不安に取りつかれ現実にもまっすぐ歩けないいったん崩れた態勢を立て直せない。ああこれであと2か月は無能の人として生きるのだとあきらめなのか決心なのかとにかくそう簡単にはこの世界のペースには合わせられない。

 
5月16日(土)
10時30分起床。朝食中に連絡が来て、昨日締め切りのアンケート原稿の催促。すっかり忘れていた。慌てていくつかの質問に答える。映画を好きになったきっかけとなった作品、個人的に大好きな映画、好き嫌いは別にして多くの人にぜひ見てもらいたい映画、それぞれ1作品ずつとその理由を150字くらいで、という質問だった。マガジンハウスの「アンドプレミアム」という雑誌の映画特集号に載るのだそうだ。14時からはZOOMを使っての打ち合わせ。今月末のスターチャンネルで「テレビで爆音映画祭」というのをやるのだそうだ。この2年、年末に同様の企画をやったのだが、その番外編という趣。そのための解説を収録するのだが解説もZOOMを使っての収録になるためあれこれ準備と確認をという話。便利になってすごいと思う反面みんなこうやって働かなければならない。システムが人間を使い始めてしまっている。だれにも止められない。その後いつものように散歩には出られず、雨なのだ、爆音解説のために『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を。就寝3時30分。

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5月17日(日)
気が付くと11時30分過ぎ。すでに暑い。朝食兼昼食をすませ街に出ると、高円寺商店街は完全に通常の日曜日の人出。この様子を見るとあっという間にこれまでの日常が戻りそうな気もするのだが、帰宅して国際ニュースを観ると、イランやUAEなどでの第2波のことを伝えていてやはりそう簡単にはいかないことがわかる。UAEなど第2波の方がすごくなりそうな感じさえする。そして明日のZOOM会議のために宮崎くんの『VIDEOPHOBIA』を観直す。この映画はいったい誰の視線で作られているのだろう。映画という確かさの輪郭が崩れていく。そしてスターチャンネルのために『ソーシャル・ネットワーク』。誰にも止められないシステムの暴走が会話とプログラムタイピングのリズムとなって製作10年後の今もなおこの現実の足元を揺らし続ける。就寝4時。

 
5月18日(月)
9時30分に目覚めるがぐずぐずのまま11時。14時からのZOOM会議は17時近くまで。夜はスターチャンネルの解説のための資料作り。気が付くと夜明け。就寝4時30分。

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5月19日(火)
11時30分起床。雨のためメニエルの具合が悪い。14時からの打ち合わせが延期になったので助かるが、いろんな連絡が次々にやってくる。いや、わたしはまだそんな世間のペースについていけないって。無理無理。夕食後、倒れるように寝る。22時30分起床。新レーベルのための短い原稿をまとめる。わけのわからないことだけをして生きて行けたら。猫たちはほぼ1日中寝ていた。テレビも壊れた。猫たちに朝食を与え、5時30分就寝。
 

5月20日(水)
11時15分起床。雨模様で俄然寒い。14時からスターチャンネルの番組のZOOMを使っての解説収録。カメラ目線で話すことは何度やってもできない。同じ話を同じように繰り返し話すこともできない。その後『ジオラマボーイ・パノラマガール』のZOOM宣伝会議。合計5時間ほどイヤホン。よって夜は耳が暴れだし本日終了。SNS上ではSoi48や俚謡山脈のホームグラウンドだった歌舞伎町のクラブBE-WAVE閉店が告知された。ライヴハウスやクラブはこれまでのスタイルでの営業にいつになったら戻れるのか、もはや無理なのかもしれない。ならば思い切って店じまいして新しいことをやり始めるというのもひとつの方法だろう。BE-WAVEがあの場所で育った人々と一緒に新しい姿で再登場してくれることを願うばかりだ。ぐったりして24時前に寝たのだが1時30分に目覚めて眠れない。物心ついたころからたいていこのパターンである。あきらめるしかない。結局寝たのは4時30分。

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5月21日(木)
10時30分起床。ぼーっとしている。事務所へ。14時30分から打ち合わせ2件。キングレコード長谷川さんとは来年の企画などについて。その後虹釜太郎君と来月発売の新レーベル第1回作品について。ふたつの打ち合わせともにほとんどの時間が雑談となるわけだがそれでいい。あまりに寒いので暖房をつけた。夜はレベッカ・ミラー『マギーズ・プラン』初見。グレタ・ガーウィグの歩き方が気に入っていつから彼女はあんな歩き方をしていたのか、あるいはこの作品だけのものなのか、彼女のフィルモグラフィを最初から順番に観ていきたい欲望に駆られる。風呂から出るとすっかり夜が明けている。就寝5時30分。


5月22日(金)
月曜日から世間のペースに合わせて動いたおかげで体調もメニエルも最悪である。起床12時。午後からは壊れたテレビの代替品を求めて新宿へ。さすがに人口密度低い。ついでに切らしていたプリンターのインクや仕事部屋の電球なども購入。テレビ持ち帰りしてセッティングしたのだが、簡単ではない。いや簡単なはずなのにダメだということはケーブルテレビのチューナーが壊れていたのではないかという疑惑が持ち上がりケーブルテレビ会社に電話するがもちろんつながらず、あれこれやっているうちにわたしが入力のHDMIの差し込み番号(2口あったのだ)を間違えていたことが判明。無事テレビ復帰。これで1日終了。夜は各所連絡、忘れていた某メディアからの依頼のアンケートに答える。昨日より寒さが少し収まったので頭痛は引いた。就寝4時30分。

 
5月23日(土)
10時目覚め。さらに最悪の体調、ぼんやりとめまい。寝ていてもメニエルは治らないと医者から言われているので無理やり散歩がてら方南町の島忠へ網戸の網を買いに行く。店内はそれなりの混み方で昨日の新宿の方が全然まし。そして久々に、環七沿いの中華料理店「圳陽」に寄ってテイクアウトの麻婆豆腐と黒酢肉団子。うまいものを食うと心が和む。夜は松井が字幕を付けたというミア・ハンセン=ラヴの『すべてが許される』。しかし松井が字幕を付けたというのは思い込みで、英字幕。松井は日本語シナリオ採録や資料を作っていて、英字幕で映画を観て、日本語の資料を読んで補足するというシステムだった。それはそれで面白い。後半の主人公の少女の瞳の動きから目が離せなくなる。以前、こんな瞳の動きをする登場人物について誰かと話した気がするのだが。あれはどの映画だったか。しかし今どきすべてフィルムの撮影とのこと。舞台となる場所と時代が変わるたびに画面の風合いが微妙に変化する。この肌触り、触感をしばらく忘れていた。観終わるとさらに具合が悪くなる。無理して観る必要はなかったのだが、2日間限定ということでつい無理してしまった。4時30分就寝。

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5月24日(日)
7時過ぎに目覚めるがさすがに起き上がれず、気が付くと11時。無理やり散歩に行ったら町は通常の日曜日くらいのたいそうな人出だった。夜はようやくついに『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。無駄にクレーンを使っているのがいいけど長いなあと思って観ていたのだが、そこに映っている俳優たちの日常と映画とがどこかでつながり始めただ単にこうやって映画を撮っているだけでそれだけで十分なのだというタランティーノの映画への姿勢に身体がほぐされていく。ディカプリオもブラッド・ピットもそうやって生きているだけに観えてくる。この映画を一言で説明するとしたら、ストーンズの「Out Of Time」があり得ないくらいの切なさで聞こえてくる映画、ということになるだろうか。4時30分就寝。

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5月25日(月)
9時30分起床。何となく世間の動き出しに合わせるように早起き(普通の人からは怒られるだろうが)してしまった。もちろん具合は悪い。左耳が全然だめで、左右のバランスが狂ってまともにものが観られないしまっすぐ歩くのも大変。予定をいくつかキャンセル。夜も夕食後に寝てしまい、22時過ぎに目覚め。明日の取材のために劇場上映版の『ECTO』を。音だけではなくいろんな部分が変容して新しい作品になった。さすがに形態としてのこの先はないだろうがこれが完成ではない完成版と言ってみたい。就寝4時15分。

 
5月26日(火)
11時30分起床。よく寝はしたがだからと言ってすっきりな1日とはならない。延々と寝覚め状態でスカイプを使っての2時間強の取材の途中でもぼんやりし始める。あとは上の空で1日が終わる。いろんな連絡をし損ねる。せめて映画を1本とは思ったのだがぼんやりしてしまった。ぼんやりしていたら朝になった。就寝5時。

 
5月27日(水)
10時30分かと思ったら7時30分だった。2時間くらいしか眠れていない。その後寝たり覚めたりしつつ12時前にようやく起き上がる。めまい絶好調。身体のコントロール不能。15時から『ジオラマボーイ・パノラマガール』のZOOM会議。1時間弱だったので何とか耐えられた。その後は散歩と体操。寝ていてもメニエルは治らないという医者の教えに従うのみ。早めの夕食、仮眠後は少しすっきりする。そうなってくると1本映画でもと思うのだが、それが再びメニエルを悪化させる。4時前に布団に入ったもののすっかり明るくなるまで眠れなかった。

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5月28日(木)
8時に目が覚めもう眠れないかと思ったのだが気が付いたら10時30分。初夏らしい天候。それにつられてメニエルの具合は昨日よりずっとまし。体操。各所に諸連絡、明日はboidの決算の最終報告があるため書類準備。そして体操、散歩。空模様が怪しい、ときどき北西の空が光り、遠雷。折りたたみ傘を持ち、散歩コースを変えていつでも帰れるあたりをうろうろしたのが正解で、ぽつりぽつりと来たやつが土砂降りになる頃に帰宅。夜は結構冷えた。ジェームズ・グレイの『エヴァの告白』を久々に観た。冒頭から原題の“The Immigrant”という文字を突き付けられ、それがそのまま最後までこちらの胸を貫き通す。貫かれっぱなしで最後まで観ていくと鏡に映った男とその隣の窓ガラスの向こうの女とがともにこちらに背を向けて去っていく。このラストシーンの衝撃をなんといったらいいのか。貫かれ引き裂かれただあっけにとられてふたりの背中を見つめるばかりであった。この鏡のラストは『ロスト・シティZ』にも引き継がれている。就寝4時40分。

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5月29日(金)
11時30分起床。boidの3月決算の報告があり事務所へ。税理士からもろもろの報告を聞く。さすがに消費税の納付額が昨年からだいぶ減ってわたしの予想よりさらに少なくてほっとする。よく寝た割には耳の調子が悪くおそらく昨夜映画を観たせいなのだが夕方からはさらに頭がぼんやりしてきてとりあえず社長仕事とともに本日終了。ぼやぼやしてたらすっかり朝になり就寝5時30分。

 
5月30日(土)
10時30分に目覚めたものの起き上がれず12時にようやく動き始める。体操、朝食、散歩。高円寺も阿佐ヶ谷も商店街はもうほぼ通常営業で込み合っている。猫缶など購入して帰宅、そして15時過ぎに昼食。気づいたら昼寝。低気圧が近づいてきているのかやみくもに眠いぐったりする。その後、先日観た『エヴァの告白』のラストシーンの名残でチミノの『心の指紋』を。探してみたらアマゾンプライムに載っていたのだが観てみると画面も音もぼんやりしていて曖昧な記憶ではシネスコだったはずなのに16:9のハイビジョンサイズになっていた。どういった流れの中でこうなってしまったのか、さまざまな権利問題が絡んでいるのだろう。でも観られるだけでもありがたい。20年ぶりくらいか。後半、ヒッチハイクして乗った信仰深い女性の車が去っていくその車のナンバープレートあたりに「この星に知的生命はいない」と書いてある。たぶん本当にそうなのだ。われわれがそれを追い出した。その失われた知的生命の痕跡を求めて主人公たちが車を走らせる。最後はふたりが別々の方向に彼らのホームへと去っていくのだがもちろんホームに戻ったからと言って何かが元通りになるわけではないし新しい人生が始まるわけではない。ただ単に葬り去られたものとしての彼ら自身による不在の営みがそこから始まるだけである。しかし死んだものはもう死なないのだとジム・ジャームッシュが言うようにわれわれは単にそれを繰り返せばいいのだ。ジェームズ・フォーリーの映画もそれだけを実践している。気が付くとやはりすっかり朝。就寝5時。

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5月31日(日)
起床11時40分。ぐっすり寝たが、映画を観た翌日は左耳に蓋をされたような感じになる。終日ぼんやり。体操と散歩で何とか生き延びる。散歩中、五日市街道の歩道におばあさんが倒れていた。すでに警官も駆けつけていたのでそのまま帰路についたのだが、10年後にはわたしも散歩中に道端で倒れることになるかもしれない。今でさえときどき意識が遠のく。それはそれで気持ちいいものではあるのだが。夕食後、夢を見るくらいがっつり寝てしまう。5月末にはメニエルもだいぶ治ってゆったりと社会復帰を始めるという目論見だったのだが、この分ではあと2か月かかりそうだ。4時30分就寝。



樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
boidの新レーベル「VOICE OF GHOST」の公式サイトがオープン。また、7月30日まで配給作品『VIDEOPHOBIA』(宮崎大祐監督)の劇場公開に向けたクラウドファンディングを実施中。