宝ヶ池の沈まぬ亀 第47回

青山真治さんによる連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」第47回は、まだ終わらぬステイホームの記録。腹具合に翻弄されながらもウイークデー禁酒を実行、様々なテレビ番組やNHK BSで放映された『ゴッドファーザー』3部作と西部劇の傑作群を視聴、オリヴィエ・アサイヤス監督作『イルマ・ヴェップ』評が書かれた4月下旬から5月にかけての日記です。


47、ことさら色づくわけでもないのに泣きたくなる夕暮れについて



文=青山真治

P1000033.jpg 36.14 KB



某日、さてそろそろ一ヶ月になるか、この蟄居生活も、何人かの方々に「あなたは持病があり心臓も良くないのだから外に出てはいけない」と固く止められているので外出は固辞しているわけだけれども、大型連休が終わっても、まるで短期留学のようなステイホームが終わる保証などどこにもない。
毎日のように松本マサルと、時々仙頭武則と、さらに時々テイ龍進と、パトロールと称して電話しているが、とりあえずお互い元気。
ところが前夜食したホルモン鍋の脂が体に合わなかったのか、ひどい下痢。このところやけに腸の調子が良かったので若干ショック。斯くしてぼんやりといつものようにテレビをつけっぱなしにして寝たり起きたり。
相変わらず昼のBSの画面が凄まじい『エル・ドラド』。画面も音響もこれまで見たどの経験より美しく、そのせいでか究極のホークスという気がした。それはもちろん西部劇としての様式美ということだが、その点においてスクリーンで見た『リオ・ブラボー』を超えている。ま、アンジー・ディキンソンを超えるということはないが。もちろんシャーリーン・ホルトが悪いという話では決してない。加えて『リオ・ロボ』がいかに前衛かというところまで思いを馳せる。にしてもホークスも投げる。フォードに勝るとも劣らぬ投げっぷり。ただ微妙なのは、ホークスの場合だいたいストーリーテリングに対して見事に機能的だが、フォードはそこにさえいない。どちらがどうというのではなく、この違いは少なくともある。
夕方Twitterで中原昌也による『金魚姫』の感想を読んで心から救われ、涙ぐみそうになる。
 
某日、昼に例によってBS『ゴッドファーザー』。冒頭に禿頭、つまりノスフェラトゥ状の映像から始まるという大変不吉な形を取っていたことに初めて気づいた。『黙示録』といい、ああコッポラという人はここに固執していたのね。それゆえゴードン・ウィリスを必要としたのか、と合点が行くのだが、見て行くうちにどうも私はウィリスを好きではないと気づく。残念ながら先日見た『卒業』のロバート・サーティースの仕事の方に心奪われたし、コッポラで言えばストラーロとの共闘の方がやはり興奮する。分けても『タッカー』。にしてもこの冒頭、ボブ・ラフェルソン『キング・オブ・マーヴィン・ガーデン』の冒頭のニコルソンにそっくりで拙作『夜までひとっとび』の冒頭にも似ている。不思議なもんだ。もしコッポラに会ったら訊いてみたい。アップの語りから始めるというのはどういうもんかと。その他、暗殺時の俯瞰の使い方が相変わらず秀逸。
夕方、ふと「潮騒のメモリー」が気になり、YouTubeで聴き直す。やはりあちこちで半拍飛ぶと確認し、マサルに電話するとそれはキダ沼の時も言うてはりましたで、と。つまりこの曲、大友さんはヤマタケでも萩原でもなく、キダタローの影響下で作られたのか、と目から鱗の指摘。いや、こういう形式はよくあるといえば言えるのかもしれないが、一応今度あったら大友さんに確認しておきたい。
米軍がUFO映像を公開。いよいよだ、と女優に気合が入る。何がいよいよなんだか。
 
某日、前夜からおかみさんが気づいていたことに驚愕したが、我が家にネズミが迷い込んでいた。茶々丸が真っ先に気づいて監視していたのをおかみさんが発見したのだが、朝になってダダもこりんも追いかけ始めた。窓のブラインドのてっぺんまで逃げて、戸惑っているのをおかみさんが窓を開けて逃がした。私はとにかくネズミがダメなのでまごまご遠目に監視しているだけだった。ネズミの世界でも情報は重要なはずなのであそこンチは猫が4匹いるからやめとけと周知を徹底しておいてもらいたし。
すっかり気温的には春であり、ぱるるとおかみさんはお水遊びに熱中している。朝からびしょびしょになって帰ってくる。そしてマサルの誕生日、だが当然自粛。
 
・・・が過ぎると当然五月である。去年この季節は劇場にずっといた。笑うほどいた。この季節をとにかく愛している。京都にいるときですら愛していた。絶好調だった。しかしいまはどうだ。先月から引き続き、午前2時半にトイレに起きるのだが、まるで生まれたての馬のようにゆっくりと床に降りて、そうしないとまともに歩けないくらい足腰が弱っているのだが、という行動は先月の転倒事件がきっかけであり、それからまたゆっくりと立ち上がってトイレへと向かい、戻って小一時間ぱるるの寝言を聴くわけだ。今やこれがかけがえのない至福の趣味となりつつある。我ながら不甲斐ない。しかしいまはこういうことだ。で、ぱるるの寝言を聞いているうちにふと昨年の熊野山中の温泉宿を思い出す。あれは本当にいい旅だったのだ。毎日楽しいことづくしだった。それから秩父山中へホキモトのライヴに向かったドライヴも。奇妙かつ楽しい旅だった。夜明け間近、いくつかの寝言と鳥のさんざめきに心を洗われる。
 

P1000036.jpg 75.85 KB


某深夜、風呂に入っているおかみさんからチビマル君取って、と叫ばれたのでしょうがないなと起き上がって盆に乗せたその可愛らしい無花果を取ろうとすると、ソーシャル・ディスタンスを保った隣のベッドでおかみさんはぐっすり寝ているし、そのように名付けた無花果もないし、だいたい無花果じたいどこにもないので夢かと気づき、やれやれと思いながらトイレに向かい、戻って今日も今日とてぱるるの寝言を聞く午前3時。
ここ最近の土日の昼間は『JIN-仁-』3本連続再放送である。まあやはり名作という他ない感動っぷりである。ここまで距離をおくとやはり中谷美紀さんの造形は圧倒的というに尽きる。他の追従を許さない感じだ。
手に取った覚えのない「レコード・コレクターズ」の最新号がベッド脇に転がっていて、ああこれは湯浅さんの新連載だと朝になって気づき、慌ててページをめくるのだが、そこにあった文章が感動的すぎて、これから毎月購入することを覚悟した。
翌払暁、雨音で目覚め、慌てて洗濯物を取り込む。こういうことについて機能しない家族。で、また眠れないことになり、残念ながらわたしは顔色の悪いアルコール依存症傾向の診断を下され、まあそれは当然そうであってよい。
 
某日、不意に福岡県大川にエツという魚があることを知る。べつに巨魚ではないのだが、ニシン目ということで食えばかなりうまそうなものであり、これはぜひとも食いたく思う。
深夜、腹痛で目が覚め、トイレに立ったのだが、便秘であることがわかり、異常な硬さの便を出すのに一時間以上行ったり来たり、しかし出ず、便秘は下痢より恐ろしいことはかつて数回経験していたのでわかっているがこれほど酷いのは何年振りか。脂汗をかき、気力も体力も消え失せ、便座に座っていることもままならず、とりあえず出てリビングの床に倒れた。こういうとき浣腸を常備しておけば、と思うのだがいまさら遅いわけで仕方なくペットボトルのほうじ茶を2本半立て続けに飲み干す。もしかすると昨日の夢は浣腸の必要を前触れとして無花果が知らせたのかもしれない。明け方までうつつの状態で何度も試みるが空振り、やがて苦しさから手の震えが止まらなくなり、起きてきたおかみさんが義母から漢方便秘薬をもらってきてくれ、それを飲んだ後、産みの苦しみとも呼べそうな苦しさとの戦い、もういきむ体力も気力もなくなりふらふらになったところでようやく排出に成功する。しかしトイレ往復以外何もできず、ぼんやり座椅子に座ってユヴァル・ノア・ハラリの番組を見た。それからも30分おきにトイレに行き、コールタール状のものを垂れ流し、その度にどんどん体力が失せて行くのを感じる。
午後になると雨蕭々。どんどん具合も悪くなり、何もできないまま『ゴッドファーザーPARTⅡ』を見続ける。ここでのゴードン・ウィリスの色の抑え方は嫌いではない。特に晩秋の湖畔の色合い。風に吹かれる枯葉の舞。夕方になると雷まで鳴り始めた。深夜、日本国憲法の制定に尽力した福島出身の弁護士・社会党議員の鈴木義男という人についての番組を見た。聞いたことはないが、亡父はもしかしたらこの人に憧れていたかもしれない。本人役を鶴見辰吾さんが演じた。お見事。
 
某日、朝に『アナザーストーリーズ』でアバ「Dancing Queen」の話。完成まで五ヶ月という。歌詞を何度も練ったことがその原因らしいが、変更されたのはyouの使用法。これはディランの「Like a Rolling Stone」に似ている。誰にでも当てはまるyouである。


P1000034.jpg 68.19 KB



某日、朝からついに病院へ。院長から「一週間様子を見ましょう。その間安静に。動かないで」と忠告される。心臓は以前のように大袈裟なことにはなっていないが、呼吸数がいくらか高めなので、とのこと。薬が増え、腸の薬も足してもらった。これで正常に戻るといいがまた来週通院しなければならない。ロビーは老人だらけで驚くほど混み合っていた。パンデミックって一体・・・。ATMと昼飯購入のためコンビニに二度往復。ヨレヨレになる。
女優がDIYの腕をふるって玄関に表札を取り付けた。美麗。
昼、BSで『リオ・ブラボー』。これは昔見たニュープリントとそれほど変わらない。それにしてもディーン・マーチンとリッキー・ネルソン、それにウォルター・ブレナンのセッションシーン、それはそれは感動的なのだが、例のカップを持ったデュークの寄りのカットは前半に一度、後半に一度、それも短くしか見ることはできない。終わってからロングはあるものの驚くほど贅沢だ。この贅沢さがホークスなのだ。
夜はBS2『新日本風土記 松本清張・鉄道の旅』。悪くはないがちょっと中途半端。例えばいくつかの鉄道にまつわる戦後の未解決事件についての清張の言及については皆無だった。
 
某日、溜まった雑誌など読み耽る一日。夕方、マサルより六月の芝居が九月に延期という話。これについては面白い話があるが、まあそのうち奴のブログにでも書かれるだろう。その後中井貴一さんの『雲霧仁左衛門3』。ゆったりしたリズムが面白し。殺伐としているわけでもない。この古き良き感覚がやはり好きだ。その後、池江璃花子のドキュメンタリー。彼女の姿には感心したが、描き方と白血病から立ち直ったばかりの19歳の女の子を宣伝に担ぎ出す連中に腹が立って仕方ない。その後、いつものように『激レアさん』で笑ってやっと落ち着いた。
 

11LITTLERICHARD-3-videoSixteenByNineJumbo1600.jpg 107.59 KB



某日、リトル・リチャードの訃報。「Tutti Frutti」とか「Lucille」とか「Long Tall Sally」とか「Slippin’ and Slidin’」とか色々バンドでやったこともある。これでロックンロール・レジェンドはいなくなり、歴史は変わったのか。しかしオリジネイターという言い方はちょっと違うと思う。ロックンロールにはそういうものはなくて、すべてもやもやとした混沌から発生したものだ、小説や映画と同じように。ただリチャードは飛び抜けてしまった。
昼に久方ぶりの競馬中継を見た後、釣り番組二発。モンゴルの怪魚タイメン(イトウの一種)、そして七尾で中川大志くんの釣るメバル三兄弟。さらに大河。しかしどうも不安で競馬の時に飲んだ便秘薬がちょうどクライマックスで効いてきてトイレから出られず、大事なところを全て見逃す。というわけで8時の本放送で再度。さすがに道三の最期と光秀・高政の離別は素晴らしかったが、その後の屋敷からの脱出はノロノロして時間がかかりすぎるのがハラハラするのではなくむしろイライラした。残念。その後「事件の涙」世田谷一家惨殺の遺された母親のドキュメンタリー。今年で二十年になるという。母の思いによってあの家はまだ取り壊されていない。もう一つ、雪印牛肉偽装事件の家族。これは「母の不在」が隠れテーマだった。さらに順天堂子供取り違え。何十年も取り違えの事実を隠して息子を一人で育てた母。事実は映画よりもはるかに複雑だった。この場合、じいちゃんがえらい。最後は新大久保駅の韓国人留学生転落事故。母は息子が死んで初めて息子を理解した。あれから十年になる。総じて母をめぐる四作だった。
そういえば朝からTwitterで「#検察庁法改正案に抗議します」問題というのが発生した。300万ツイートに達しようとするまで伸びては消され伸びては消され、と続いた。狂ったようにリツイートが並び、何がしたいのかとうんざりして、もうTwitterは止めようとまた考える。
 
某日、禁酒した結果かそれとも新しい導眠剤のおかげか、二日間一度も起きることなく六時間睡眠、本日は途中一度小便に起きたが七時間。睡眠は健康の源、のはずである。
朝食は珍しくテラスでサンドイッチなど。寝転んでボーッと雲の流れる青空を眺める爽やかな一日の始まり。午後、今年初旬から散らかしっぱなしだった旧仕事場の掃除。書類など整理し、余計なものは廃棄処分。綺麗さっぱり片付いた。やっと金魚姫の呪いから解かれた感じだ。ついでに通販サプリの解約など。私だって断捨離もする。
しかしそこまで。疲れてしまい、夜更けまでどうでもいい番組(香川くんの昆虫ものは非常に面白かった)を漫然と見て夜も更け、最終的に磯田さんによる光秀の話になるのだが、いくつかの新事実はいいとして最後の光秀=天海説、これは私自身大学時代からこだわりの仮説でもあるのだが、磯田さんは筆跡鑑定を提案した。まるで『ゾディアック』。で、鑑定結果は「別人」なのだが、果たしてそれを鵜呑みにしていいのか。どれくらい双方の書かれた時が離れているか。例えば私の字だって三十代と現在ではずいぶん変わっているはず。もしかするとどこかで怪我や病気で指や腕を損傷した可能性もある。その意味ではこれをまんま受け取ることは相変わらずできないのだった。


P1000038.jpg 95.06 KB



某日、朝から森山大道さんの番組を見てたむらさんのことばかり思い出し、それは森山さんが新宿の路地裏を延々と歩くからでもあり、また私とたむらさんは酒席でしばしば森山さんのことを話題にしたからでもあるが、当時もいまも私は写真音痴でどうしてもたむらさんに首肯できなかった部分があり、もっと素直に聞いていればよかったのかもしれないなどといまになって複雑な気分になった。それは、次のオリジナルは超低予算でモノクロをやると決めているせいもあり、森山さんの写真にある程度インスパイアされる部分も多少なりと感じたが、写真集という形で手に取ってもこうしてテレビで見るより理解できるかどうかは自信がない。で、そんなことを考えているうち、画面に知った人が出てきた。「上海小吃」のおねえさんが買い出しに自転車で近所の野菜屋に行くのである。思わず笑ってしまった。もうずいぶん行っていないがおねえさんはまったく変わっていなかった。
午後は依頼原稿のために久方ぶりの『イルマ・ヴェップ』。おそらくこの息がつまるような感じに得意不得意が分れるのはオリヴィエの宿命という気がするが、私は意外と平気である。というよりむしろ映画的記憶のモザイクを形成しようとしないこのような形式を現在における前衛として好ましく感じている。現在、と言っても1996年発表だからすでに24年前ということになるのだが。オリヴィエとマギーに初めて会ったのはこの直後で、私は最初の国際映画祭周りをしていた。それ以来オリヴィエには色々世話になった。登場するルー・カステルと作品を作ることができたのもオリヴィエのおかげである。そのせいか作品の凄みに反してどこかほのぼのと懐かしさがこみ上げてくるのだった。
毎日午後までは割合活発な気持ちでいるのだが、夕方になると不意に低調な気持ちになる。当然ずっとこもっている自粛のせいだが、この低調が日々深くなっていく気がする。とにかく今週いっぱい我慢していなければ。明日で禁酒も一週間。


P1000042.jpg 82.17 KB



某日、昨夜からずっと原稿の書き出しについて考えている。今回はブルーレイBOXの解説だから具体的な描写はできるだけ避けるべきかと思う。他の余計なことをあれこれしながらずっとああでもないこうでもないと考え続ける。空は薄くけぶったような五月晴れ。
昼過ぎにはどうにか文頭に方向性を見つけ、BS『ゴッドファーザーPARTⅢ』。言い方は悪いがカット割りに雑駁さを感じるのはキメキメの構図や繋ぎを避けたこの時代のアメリカ映画ならではというべきで、全体としては3部作中最強の格調高さ。良い意味での古典性が突出する場面も当然ある。教会でジョーイ・ザザ暗殺の相談をビニーとコニーとアル・ネリで行うロングのワンショット、そして馬上からのザザ暗殺、枢機卿への告解のシーンなど見事である。クライマックスのオペラのさなかの暗闘など、昨日の『イルマ・ヴェップ』とは比較にならない古典性だが、どちらがいいとか悪いとかいう話でもない。一見シェイクスピア的と思われるが、それなら大河の方がそれっぽいのではないか。いつ見てもキッチンでのマイケルの発作には心から同情してしまうが、この発作はたぶんシェイクスピアにはない、ごく現代的な何かであり、ここから違う領域が生み出されている気がする。もちろん糖尿病は藤原道長がそうであったと言われているほど決して新しい病気ではないものの、酒もタバコもやめたマイケルをそれでもなお襲う悲劇性として作劇に取り入れることで何か新しい可能性を探る冒険性を見いだすことができたのではないか。そこもまたこの作品の優れた点でもあり、少なくともどこかの国の保守には理解不能の劇だろう。
夜、テラスでタバコを吸っていて初めて星を、一つだけ、見つけた。狭く区切られたテラスの真上の夜空ではあるけれど。
 
某日、朝から数時間集中して書き続け、午後3時ごろ全体をとりあえず書き終えたが、推敲の体力が残っておらず、本日中止。あとはぼんやり過ごす。Pより原作本が届く。これが最も苦手、というのは最も怖がるという意味だが、その領域のもので、マジでこれやるのかと自分が信じられない。いわゆるホラーだが、ちょっと色々子供の頃からの記憶に関わる部分を持っている。まずい。夕食はセロリと牛肉をカレー粉とターメリックとガラムマサラで味付けして煮たというおかみさんの創作料理。これが非常に美味で、本日終了。
 
某日、昨日は病院に行くだけで終わった。二日間ぼんやりしている。昨日の昼にBSで見た『群盗荒野を裂く』だが、もちろん見せ場に次ぐ見せ場の大活劇として傑作であることは周知の通りであり、ジャン・マリア・ボロンテの一糸乱れぬ極めて知的な演技がたまらないのだが、エンディングを前にして「仲間は全員死んだ」という話になる時、荒野に一人去って行った女のことが言及されないのがやや不審に思われた。作劇上そうしておくのがよかったのだろうが、ギリギリ最後までどこかで彼女が現れるのではないかと気になって仕方なかった。いや、何度も見ているからどうなるかは分かっているのだが、今回はそこが気になった。にしてもルーはいつもながらクールなグリンゴである。
今週から週末のみワインを飲むことにした。で、Twitterを眺めていると今回初めて国会中継をみたという人が多くてちょっと信じ難い。そして金曜にNHKが中継しないこともちょっと信じ難かった。土曜は終日雨。昼過ぎに完全にやる気をなくし、延々とうたた寝。
日曜は少しづつエンジンを入れていつものように釣り番組二本+大河。一度も瞬きせず涙さえ流す染谷将太を賛美する。その後DASH海岸で蟹とダーウィンの屋久島の杉。一眠りしてから皿を洗っているとゴキブリがまた出没、仕方がないので素手で潰す。ネット上にロバート・クワインのインタビューが出ており、玩味熟読。矢も盾もなく『カーマイン・ギター』を見たいのだけど、盤は伊豆。仕方がないのでロイド・コールをポチる。
 
某日、急激に肌寒い。あまり腹の具合が良くない(今度は下痢)のだが、夫婦で友人の墓参へ。行き当たりばったりだが近場の「まいばすけっと」で花を贖うことができ、無事。帰りには涙雨に降られるがそれもまた良し。帰宅すると検察庁法改正が今国会見送りとか。多くは陽動と見ているが、昼過ぎのテレ朝のニュースで報道。さて?
午後は延々とBS『飢餓海峡』。もちろん『EUREKA』を作る上で影響を受けていることは間違いないが、制作過程で見直しはせず、かつて見た記憶だけ、逆にいうとなるべく影響を残さないようにしたつもりだったが、その後見直した時もそして今回もいかにその残像を肥やしにしていたかよくわからされた。実は沢井が本当に殺人を犯すというシチュエーションも考えたが、やめた。それはあまりに飢餓海峡だろうということで諦めたのだった。もちろん後悔はない。しかし実に立派な作品であり、私が唯一パイセンと呼んでもいい作品なのかもしれない。いや、さすがにそれも畏れ多いか。自分が左幸子を造形できなかったことが最大の心残りである。
夕食は仕事帰りに女優が銀座で買ってきたハゲ天の天丼。超美味。夜半、ミシェル・ピッコリの訃報。まあフランスの俳優としては最高峰の一人だと思うが、私の場合『パッション』であって、あの喘息止めと嘯きつつ花を咥える工場長が『フレンチ・カンカン』の引用だったかどうか、しかしそこで花を咥えているのはピッコリではなく、JLGの真意はどの辺にあったか、謎は謎のままにしておくべきだろう。とにかくお疲れ様でした。


passion.jpg 71.92 KB



某日、そんなわけで推敲終了した『イルマ・ヴェップ』ブルーレイBOX用原稿をお送りする。割と混沌とした文章になったが、本作には似合っているかもしれない。その後、原作本ということでPに渡されたホラー小説を玩味熟読。昼飯を挟んで三時間ほどで読み終えたが、ひどく地味な話なのだが私の最も不得意(めちゃ怖い、という意味で)なジャンルなので、とにかく気分を害するほどビビる。もう一回読めと言われても拒否したいほどだが、企画成立したらそんなわけにもいかないだろう。実はこれまで原作ものはいくつもやってきたけれど、まともに読んだ小説はほとんどない。だいたいPと脚本家まかせだ。どうして今回はちゃんと読んだのか。まあ怖いもの見たさ以外の何物でもないが。まあほとんどへたり込んだ形で夕方から使い物にならず。
 
某日、朝からホリエモン都知事出馬などというナンセンス。あんなネガティヴな奴になられても悪いことしか起こらない。終わりはどうあれ、青島幸男以降に庶民に幸福感を与えてくれる都知事が一切いなかったのは、どんなに頭良くても誰もがネガティヴなムードしかもたらさなかったからである。まあその原因も青島だったかもしれないが。いまのNYのクオモが様々問題はあってもそれはどこでも同じことであって、ただ彼のポジティヴィティだけで知事たる資格があると思われる。ほとんどの都民がただでさえ神経症的になっているさなかにネガティヴな話だけを持ち込むやつらは必要ない。レイシストにして未だ五輪に拘る現職以下、それ以外の候補ももちろんもってのほかである。
 
DVDで『パッション』を見ながら腹筋10回、腕立て5回。我ながら情けないが致し方なし。これを機に毎日少しづつ増やしていこうと思う。ラスト近く、ホテル前のロングショットで「俺の最後の言葉が見つからない!」と叫ぶのはピッコリだと思われた。だとしたら私にとってピッコリは永遠に終わらない人になる。
夏の高校野球、中止決定。
黒川検事長、賭け麻雀で投了か。農家対メーカーの種苗法改正も今国会見送り。
あとはあの野郎と嫁、そして取り巻き一味の起訴だな。これで長きに渡る自粛生活の溜飲も下がるというものだ。ただ座して待つのみ。夕食は景気良く超美味ステーキ。


P1000043.jpg 67.3 KB



某日、ローンを返しに約一ヶ月ぶりに駅前へ。人の少なさ、車の少なさに軽く驚く。しかしすぐに帰宅、テレビで『アウトロー』。いつもながらビル・マッキニーの悪役っぷりに心奪われる。しかしこの後、イーストウッド作品にあっても、『ガントレット』のウィリアム・プリンスはそれなりに見事だったとして、見事な悪役といえば『許されざる者』と『目撃』のジーン・ハックマンまでこれといってなく、そしてそれらが最後だったのではないか。西部の酒場の前でロイヤル・ダノとマット・クラークが並ぶなんていう贅沢も『アウトロー』が最後だったかもしれない。見終えてから読書に向かう。夕食はイワシのパスタ。
 
某日、今週は徹底して寒く、昨日からとうとう灯油の有る限りストーブをつける。まだ在庫はある。どうやら明日から多少暖かくなりそう。世の中では緊急事態宣言など四月で終わらせるべきだったという説もあるようで、経済的にはそうだろうが、持病持ちからしたらだとしても何も変わらず、外に出るのが怖いのは同じだったろう。おまけに3月の肺炎死が実は百人超えという事実。検査もなく荼毘に付されたご遺体の中にどれほどCOVID-19感染者がいたか、不明。それで果たして解除は可能なのだろうか。森友の時にあの野郎の政権が崩壊していたら、いまどうだっただろうか。もしまた3.11の時のようにいま民主系の政権であったら3月頭あたりの段階で対策が打たれていたかどうか。世間は斯様に動いたかどうか。全て“if”という話である。この土壌を腐らせた圧倒的害毒はネトウヨだが、世にネトウヨの種は尽きまじ。
朝はトースト、昼はスーラーメン。終日読書。夕方、やや気温上がる。腹筋十回、腕立て十回、スクワット二十回。夕食は外出した女優の購ったカツ丼。夜も更け、雲が行ってしまうと星は二つ見えた。今年最初の蚊取り線香をつける。
 
某日、土曜には見たいテレビがまるでないことにかなり前から気づいていたが、本日も同様で、ましてステイホームが始まってからは再放送だらけかつすでに見たものばかり。まあ読書に従事するにはちょうどいいが。しかしあまり集中力を保持できず、散漫な読書以外ほとんど何もない週末だった。大河を再放送含め、三回見た。朝ドラ同様もうそろそろ新しい回を撮影できなくなるらしいので、しばしこの感触を留めておこうと。夜、パソコンがおかしくなるが、なんとなく直る。
テレビの恋愛番組に出ていた女子プロレスラーが自殺とのこと。SNSでさんざんいじめられたらしい。これもステイホームの罪悪か。ネトウヨの害毒か。各界の有名人が音楽・演劇・映画が我々は「文化」であると称して援助を求めているが、その流れでいえばもちろんプロレスもれっきとした「文化」であり、それこそ戦後の庶民を助けた偉大な足跡がある。この際「文化」ではなく「興行」といった方がいい気がするが、それだと体裁が悪いのだろうか。まああの人たちがどうしようが知ったこっちゃないのだが。かつて「文化会館」とか「文化ホール」とかに押し込められていることに気づいたものどもがその外に飛び出して砂漠の果てまで遁走したはずなのだが、気づけばその末裔が自らまた元の檻の中に入って自分で鍵かけてるようにしか見えない。そういうものなのだろうが、それで満足ならそれで結構。わたしはごめんである。長与千種さんとなら話してもいいが、それもどこかの公園で。3密な場所はいやだ、というのではなく、トークのために準備されたホールのような場所ではなく、ましてやリモートでもなく砂漠の続きとして放り出されたような場所なら。もう少し好きなように生きていたいので。夕餉は野菜の肉巻き。
川瀬陽太のFB写真が掲載、ちょうど俺たちが『贖罪の奏鳴曲』というWOWOWドラマを撮っている頃で彼は感化院の刑務官役だった・・・たしか『ワイルドバンチ』のエンジェルがマパッチに捕まる時の顔してくれえ、という演出をした気がする・・・その頃のものだったのだが、確認しようとFB見てもそんな写真はない・・・例によって夢だった・・・それにしても変な夢をみる。考えてみれば、導眠剤を染み込ませたポケットティッシュなんてあるわけない。どうやって使うんだ?


P1000041.jpg 33.86 KB



(つづく)



青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『こおろぎ』(06)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)、自作『しがさん、無事?』(19)など。

近況:今後のことは何もわかりません。