Television Freak 第51回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマ『M 愛すべき人がいて』(テレビ朝日系)と『行列の女神~らーめん才遊記~』(テレビ東京系)、さらにNetflixで配信中の韓国ドラマ『愛の不時着』の3作品を取り上げています。
DSC_2449.JPG 211.87 KB
(撮影:風元正)


歴史の無意識



文=風元正

 
5月。やや雨が多く気候は不安定だが、樹々の緑は濃く深い。月や星が冴え、グレタちゃんの望むCO2排出の少ない世界が一気に実現されている。揚子江岸にある武漢の観光地には、都市封鎖解除直後のように人が殺到しているのだろうか。
彼の地のことが気になって、ぼやぼや調べているのだが、石川達三『武漢作戦』は大本営発表だし、山田清吉『武漢兵站』は従軍慰安婦の生態がつぶさに報告されているのが一興というだけで物足りず、韓口まで旅した芥川龍之介も病気のせいか湖北省についての記述がほぼない。辿り着いたのはまたしても吉川英治の『三国志』だった。2世紀末の黄巾の乱から魏・呉・蜀が並び立ち、劉備玄徳、曹操、関羽、張飛、諸葛孔明など多士済々の英雄たちが智謀の限りを尽くして戦う歴史は今も生々しい。ひとりひとりの人格が「類型」として描き出され、各キャラクターの辿る運命が考察されている。中国が「先進国」であることを改めて実感した。
中国史は「道」という多義的な思想が人間により展開される過程である。武漢三鎮を含む湖北省はずっとその舞台であり続けた。日本にとっても因縁の地で、1936年に西洋以外初のオリンピック開催権を得たものの、37年に日中戦争に突入。38年6月の「武漢作戦」を決行して占領に成功し、早期決着を図ったものの、植民地満州を離れ広範囲の戦線を維持する国力がなく、返上の止むなきに至った。幻の東京オリンッピックは1940年だから、ちょうど80年前。
ちなみに、徹底的な消耗戦により勝利を得た国民政府の蒋介石は「日本軍が規律を守ることに優れ、研究心が旺盛で命令完遂能力が高いという長所を持つ反面、視野が狭く、国際情勢に疎く、長期持久戦に弱いという弱点」を持ち、「長所は兵士や下士官クラスにおいて発揮されやすいものであり、彼らはよく訓練されて優秀だが、士官以上の将校レベルになると、逆に視野の狭さや国際情勢の疎さといった短所が目立って稚拙な作戦を立案しがち」(『日中戦争』小林英夫)と分析していた。いやはや、今と変わらない。
そして、日本軍と結び正面で戦わぬ戦略を採った毛沢東が第二次大戦後の中国本土の覇権を握って一国社会主義戦略をとり、長い間湖北省の住人が自由主義経済圏に散ることなど想像もできなかったが、解放政策の帰結である周近平「一帯一路」政策は副産物としてパンデミックを生んだ。「世界の工場」の街中には伝統の健康法である野生動物食のメッカである「武漢華南海鮮卸売市場」があり、コウモリからCOVID-19が全世界に広がっていった……。

DSC_2319.JPG 254.07 KB
 (撮影:風元正)



韓国ドラマ『愛の不時着』は人に勧められてハマり、ついにネットフリックスに陥落した。大恋愛劇という看板の下に強烈なメッセージが秘められていて、奥の深さに目が離せない。物語は財閥令嬢ユン・セリ(ソン・イェジン)のパラグライダーが竜巻に巻き込まれ、38度線上に広がる非武装地帯の森に不時着する事故から始まる。セリは新自由主義の権化みたいなビジネスウーマンで、タレントとの密会報道をすぐ商品の宣伝に利用したりする凄腕。後継者を争う兄弟のゴマカシ経営は厳父ユン・ジョンピョン会長(ナム・ギョンウプ)に見抜かれ、自分のブランドを成功させたセリが指名されて、「あとは高く上り詰めるだけ」という時、新商品のチェック飛行中に近くて遠い隣国に迷い込んだ。
セリを助けたのが北朝鮮将校リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)。お互いを何者か分からぬまま高い樹の上から飛び降りたセリを全身で抱き留めた瞬間に何かが動き始める。しかし、南の富豪と北の兵士という現実を受け止めるのは難しく、セリはジョンヒョクに教えられた方向へチャーリーズ・エンジェルばりの速さで走る。ツナギの背中の「Seri’s Choice」というロゴが大写しになり、鍛え込んでいるジョンヒョクの中隊すら出し抜く。原生林の自然が美しい。地雷原を駆け抜けるセリの躍動から、どんな環境でもサバイバルできる野生の力が肝心、という作り手の真意を感じる。
《セリの選択》は、膝を擦り剥きボロボロになってジョンヒョクの住む村に着く顛末を迎えた。ここからセリの眼は北朝鮮人民の暮らしを写す鏡となる。脱北者に取材して徹底的に再現したようで、見るモノ聞くモノすべてが新鮮だ。どこか昔の日本の風情と似ているが、違いも大きい。たくさんの柿が並べて干されている脇で、「5世帯分2トン」のキムチを集落の主婦たちが海水で漬けるシーンが好きだ。クモの巣でトンボを釣る子供たち。冷蔵庫がなく、塩で豚肉を保存したり、地下のキムチ蔵の仕組みを見て「オーガニック」と感心するセリ。しかしボディシャンプーはなく、闇市場で入手するしかない。停電も当たり前。絶妙の展開で、南と北の生活の違いがユーモラスに紹介される。
村では美男子で知られるジョンヒョクはどこか浮世離れしていて、居丈高な態度の謎の女性の言葉をスパイ疑惑があっても信じ、「婚約者」と呼んで庇って、手段を尽くして南に返そうする。隠蔽は大事となり国家を揺るがす事態を迎え、後継者が突然不在になった南でも思惑は錯綜して大混乱。伏線また伏線だが、すべてを回収してゆく脚本家の技は素晴らしくぜひ鑑賞して頂きたい。誇り高い2人の心はピンチを乗り越えるごとに隔たりをなくしてゆく。そして、私にとってはジョンヒョクに助けられて病気の妹に芋を持って市場を駆けてゆく北の貧しい少年や、セリが貢献した中隊の隊員たちに表彰状を渡す際の素朴な喜びが印象に残った。最近、大ハマグリをガソリンで焼く「貝プルコギ」ほど美味しそうな食べ物は見たことがない。「ブイヤベースしか食べたことのない」セリも夢中になった。
出来事がテンコ盛りで要約はムリだけれど、私のピークは、北の政治局長である父の助けまで受け、死者まで出る騒ぎの果てに北から出たセリを追いかけて、細雪の降るソウルの街角で見つけた瞬間のジョンヒョクの表情である。ヒョンビンは、ただ、会いたいという激情を名演している。虚飾に充ちた南にもう馴染めぬセリの瞳は涙に濡れ、相寄る2人の魂……。360度「普通行くかよー!」という絶叫が聴こえるが、これぞドラマの醍醐味。後半はジョンヒョクと彼を探す部下たちの視線から南の社会が解剖される。
このドラマでは、どちらの体制に肩入れするわけでもなく冷静に見ている。だからこそ、ジョンヒョクとセリが部下たちと一緒にフライドチキンの店でサッカーの韓日戦を見て、同席した南の客とともに「テーハミング!」を大合唱するシーンに胸が熱くなり、2002年の共催ワールドカップをほろ苦い気分で思い出した。今、日韓関係は冷え切っているが、ヘイト・スピーチ全盛時の閑散期を経て、新大久保のコリアンタウンは若い男女で大賑わいである。国と国の関係は単純なものではない。シーズン1では大騒動の果てにジョンヒョクは北へ帰るが、日々の暮らしへの指針をメールでセリに遺し、「12時半から30分間」2人とも散歩をする。南に入った北の兵士は、ジャガイモを齧りながら仲間に「外カリ中ホク」のフレンチフライの自慢をする。数奇な宿命で結ばれた2人は、やがて再会するだろう。
『24』に熱中していた頃、米国初の黒人大統領はドラマの中でまず実現した。バカな話だが、噂されてきた続編がなかなか実現しないのは、トランプ政権下だとジャック・バウアーが国を救う正義を持てないからだと夢想している。ドラマは民族の無意識を反映するものだ。2020年春、文在寅政権はパンデミックを奇禍に選挙で圧勝し、金正恩の植物人間説が流れた。現実的な困難は百も承知の上で、セリとジョンヒョクのカップルを先頭に南北統一が実現したら……。しばらくは生きる楽しみができたというものだ。


『愛の不時着』 Netflixで配信中

 *


『M 愛すべき人がいて』は小松成美著の同タイトルの歌姫・浜崎あゆみの自伝的小説が原作。ドラマでは仮名を使いフィクションの体裁を取っている。最初は眼帯をした「a victory」(=avex)の専務マックス・マサ(=松浦勝人)の秘書・姫野礼香(田中みな実)の大映ドラマ風な濃厚演技を愉しんでいたが、だんだん「平成史」の傑作に見えてきた。実際、書物を含めた中でもこのドラマほど強烈に「平成」の匂いがする作品は珍しい。
「1軒のレンタルレコード店から始まった俺たちの夢」というナレーションが、まず時代である。ディスコ・ブームを背景に、新興レーベルが小室哲哉を看板にヒット曲を連発しビッグになってゆく。ドラマで小室をモデルとする役は輝楽天明(新納慎也)という名で登場し、のし上がろうとするマサ(三浦翔平)の標的となる。虚実入り混じり、デフォルメされたドラマ版(=偽史)の方がホントらしく見えてくるのが不思議だ。そういえば、「友&愛」も「TSUTAYA」があったし、ビーイングの長戸大幸もいた、と思い出す。
マサの前に現れたのが、1993年に福岡から東京へ出てきて、高校に通いながらぱっとしないタレント業を続けていた17歳のアユ(安斎かれん)。2人の出会いは95年、六本木の大箱「Velfine」(=ヴェルファーレ)で、冒頭の渋谷の描写とともに再現が真に迫っている。ユーロビート、ボディコン、街には「恋しさとせつなさと心強さと」が流れている。VIPルームで流行のファッションに身を包んだ女の子を十数名立たせるが、マサは「違うな」と一言で切り捨てて、アユは「神様ですか!」とケンカを売り、電話番号をゲットする。東京タワーがいつも人々の営みを見守っている。
マサは「歌は目の前の人に伝えろ」など名言を連発。老舗事務所の社長と同乗したタクシーを降り、マサが待つバブリーな大レストランに行くがストーカー扱いされ中に入れないアユ。そして、外で「DEPARTURES」を歌うとマサだけに聴こえて、マサが「俺の作った虹を渡れ!」と叫ぶと夜空に虹が浮かぶ……。いやしかし、たとえ阪神大震災と地下鉄サリン事件の直後であっても、あの頃の日本はまだああだった。自分自身も含めて、カンと度胸で天下獲り、とか妄想していた。ソフトバンクはまだボーダフォンを買っていなかった。アユがニューヨークでレッスンしたり、同輩に虐められる展開も実感が込められているものの、タイルに石鹸を塗った風呂場で転ぶか?とは感じた。あえて原作本は読んでいない。
浜崎あゆみが「女子高生のカリスマ」に成り得たのは歌詞を書くからだ。自分の言葉で戦うアイドル歌手は珍しい。徹底的にコンセプチュアルな存在だった先行するライバル華原朋美と対照的であり、小室を出し抜く作戦だったとしても松浦は慧眼だった。コロナ禍に直面して自らを「古い芸能の人間」と呼び、「エンターテインメントを楽しむという本来の普通の人に戻りたいと思う」と告白して、アナログ盤を漁る55歳の松浦が来し方を伝説化する時の流れは興趣深い。あゆももう41歳で、1児の母だ。第4話以降を早く見たい。

M.jpg 101.75 KB
土曜ナイトドラマ『M 愛すべき人がいて』 テレビ朝日系 土曜よる11時15分放送
 


『行列の女神~らーめん才遊記~』は、鈴木京香がフードコンサルティング会社「清流企画」の社長・芹沢達美を演じる。原作マンガでは男性の役だから、女性の役にしたのは大胆だが、男性優位の業界に新しい風を吹かせて成功。日本一の行列店「らあめん清流房」を腕一本で築き上げた女職人を、鈴木がイキイキと演じる。白い制服を着て湯切りする姿が決まっている。
物語は汐見ゆとり(黒島結菜)が「らあめん清流房」で「特製肉だし清湯麺」を「ラーメンなのにこう……フムフムという感じがして」とくさした後、階上の「清流企画」の入社面接を受けるところから始まる。行列で隠れて見えない入口を案内するのがラーメン評論家・有栖涼(石塚英彦)! ゆとりはラーメンを初めて食べたのは半年前というド素人だが、生麺を一口味わっただけで加水率と茹で時間を当て、さっき食べたラーメンをタマネギとベーコン炒めを加えて「ワクワク」する味に変えてしまう。
正直者で常識を知らず、オノマトペしか表現する言葉を持たぬゆとりは、舌と料理の腕だけは飛び抜けていて、いつも斬新で美味しいラーメンを考案する。しかし、味だけでは「戦略」として成り立たないことを教えるのが老練な芹沢社長、という構図で一話ごとに味勝負するのは『包丁人味平』以来の伝統芸。なぜ芹沢社長はゆとりに「イラッ」とするのか、それは若い頃の無鉄砲だった自分に似ているから。しかも、母親がラーメン否定論者の高名な料理評論家・橋爪ようこ(高畑淳子)だから話はよりややこしくなり……。
さすがテレビ東京、登場するラーメンがみな美味しそう。「3杯目」のラスト、先輩のラオタ須田正史(前野朋哉)がゆとりを連れていった「自分の原点」と語る店の東京ラーメン、完璧だった。「2杯目」の夏川彩(高橋メアリージュン)の考案したイタリア風ラーメンの欠点を補う具材が野菜だと当てて愉快だったり、常に浅草開化楼の麺があったり、「4杯目」の醤油ラーメンの隠し味がドライトマトとか、細部が練り込まれていて客としても楽しい。ああ、またラーメンを食べ歩きたい! こちらは行列が苦手なのだけれど。

行列の女神.jpg 112.54 KB
ドラマBiz『行列の女神~らーめん才遊記~』 テレビ東京系 月曜よる10時放送
 

 
連休中、出掛ける先もなく、物置部屋の整理に着手したら、写真が数千枚出てきた。あまりに暇だったので整理に着手し、80年代から90年代の生活をいっぺんに思い出した。ちょうど浜崎あゆみが東京で雌伏していた時代の写真が多く、お手軽なデジカメ導入前の紙焼き的な記憶のあり方の香ばしさが甦る。ずっと不自然な姿勢で取り組み、膝が痛くなったが、普通ならば生涯取り組まない面倒な作業だった。あの頃は若かったし、今はかなりヘロヘロになっていることを実感する。しかし、朝鮮半島統一が実現し、松浦勝人が作り上げたパターンでない新たなるエンターテインメントが出現し、まだ知らぬラーメンの究極の一杯に出会うまでは、もう少し眼を開けて歩いていたいものだ。武漢に行って、例の市場で買物もしたい。
そういえば、朝ドラ『エール』に出演した志村けん、演技・存在感とも抜群だった。俳優としてはこれからで、惜しい人を亡くしたと痛感する。合掌。
 
 夜も更けて人なき道に夏の雨



DSC_2385.JPG 301.41 KB
(撮影:風元正)


風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。