宝ヶ池の沈まぬ亀 第45回

青山真治さんによる連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」第45回は、3月29日(日)にNHK BSプレミアムで放送されるドラマ『金魚姫』のダビング作業を終え、家および伊豆の別荘に籠る日々が続いた2月下旬~3月の日記。睡眠の合間に”棚からひとつかみ”のDVD、あるいはビートルズ、ザ・バンド、ボブ・ディランの音楽を鑑賞するという休息の日々が記録されています。


45、「パンデミックとはかかわりなくお休みさせていただきます」の日々



文=青山真治


某日、ちょっと大きなトラブル発生、作業が延期になる。困った話だが私の手には負えないので静観するしかない。昼間はずっとぱるると遊び、夕方下北沢へ。勝龍会を一旦閉じるという話をする。期間未定だが少なくとも今年はやめよう、と。新型コロナウイルスともオリンピックとも関係ない。うちのおかみさんの助言もあったが、やはりこの時期経済的負担が重いことからは逃げるべきである。「万全の準備を持って次に行きましょう」とはマサルの言。さっぱりした気分で飯を食い、例によって夜中までLJでマサルと二人で呑んで帰宅。そんなわけで今年は映画製作に集中ということになる。帰り際に大木さんがガトー・バルビエリ『ラスト・タンゴ・イン・パリ』をかけてしまい、しばし考え込んでしまう。この土台を諦めて久しいが、まだ可能性があるだろうか。
 
某日、一日寝て暮らした。起きてる時はぱるると遊んだ。二朝連続でボーッとしかけたがWOWOWで家元の「紺屋高尾」をやっていることに気づき、見ながら笑うわ泣くわ、急に元気になってしまった。ところがその直後、古井由吉さんの訃報が舞い込む。18日のことだったそうだ。ある晩、文壇バーで映画監督であると自己紹介するとムッとした顔で睨まれ、さらによせばいいのに『槿』を映画にしたいと言ったらさらに睨みつけられ、ああもう終わったと思ったものだ。あれから文学界と距離を置くようになった。まあ仕方ないし、それからも現代日本最高の小説家と確信し大ファンであることに変わりはなかった。
 
私たちが公演中止を決めた途端に、あの野郎が自粛要請など出しやがるので勘違いが出ると困るのだが、我々はあの野郎の要請に従ったわけではなく、自分らの都合でやめた。
 
そんなわけでどんな要請にもめげず『金魚姫』ダビングは始まった。懐かしきAOIスタジオの門を潜ると掲示板に「青山組」とあるのに苦笑。普通、制作会社の名前でしょうに。かつて裏メニューなど注文していた食堂が開いてなくて喫茶しかやってないのが残念だが、それでも麻布十番は出前が豊富なんで強気の構え。作業もごく順調に進行する。ラインPの父上が亡くなったとのことで大変お気の毒な気持ち、というか追悼の面持ちから始めた。珍しくスタジオに柑橘系の差し入れ(ホキモトから箱で届いたやつ、名前不詳。デコポン?)したのはもちろんコロナ対策の慰め。数日前発覚した大きめなトラブルは上が責任持つということで対処される方向。とりあえず胸をなでおろす。ナガシマによれば、電車内でマスクしてないやつが咳をしたら喧嘩が始まったと。世も末なり。地下に煙草を吸いに行くたび、奥にあるあのソファで作さんが横たわっていたと思い出す。結局4ロールまで順調にこなし、8時には辞す。帰宅してそのまま気を失う。
 
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某日、二日目。出かけると明日から自宅軟禁される中学生たちが大荷物を持ってうんざり顔で帰宅していくのを見る。きっと本当に迷惑な話なんだろう。ダビングは終わりの2ロールを本日も順調にこなし、最終的に全編チェック。問題なし、ということで弁当を食すと疲れ切ってロビーのソファで仮眠。画面を見ながら音を聴くだけでなぜそう疲れるのかと問われるかもしれないが、一瞬も気を抜かずに確認していると恐ろしく疲れるものなのだ、精神が。すぐに帰宅するが、家でもすぐに就寝。深夜目覚めて、ひたすらぼんやり。
 
某日、午前中から熱っぽいのでついにコロナかと危惧し、午後に予定された試写をパス、終了時に行って修正することにする。しかしどうやらまだそこまでではなさそうで、フラフラながら麻布十番へ。Pたちからの数点の修正を受け入れ、ダビング作業は終わった。打ち上げ的にイタ飯屋へ行き、散々グダを巻いて8時ごろに帰宅。とりあえずの開放感とともに眠る。まだ画面直しが残ってはいるのだが。
 
某日、仕事終わりの気の緩みだろうか、なんという理由もないがとにかく80年代に惚れた映画を見まくることになる。適当に棚からひとつかみ、最初は『霧の中の風景』。かつては随分厳しい映画という気がしたが、今みるとなかなかゆるゆるで、良い。しかしながらバイカーが集うあたりでどうも見る気になれなくて止める。私はテオさんに何を求めていたのか。夜、『テセウスの船』は面白くて見ているが、榮倉奈々の演技が超絶に良いということをこれまで書かなかったのはたんなる照れである。やっぱりあいつは天才であった。
 
某日、目覚めるとぱるるが板チョコを咥えている。一〇〇gもない小さなものだが慌てて取り上げ、女優が病院へ連れていく。結局胃洗浄。この家へのチョコ持ち込み禁止令発布。どうやら注射されて4回吐いて2回目でだいたい出したらしく、無事ということ。犬にチョコは猛毒であることを皆さんお忘れなきよう。
昼はテロップ入れで編集室へ。無問題。
夜、ふとテレビを点けると降旗康男『あなたへ』が始まる。これがすこぶるいい。役者たちがとにかく日本の水準を上げてくださっていることを心から感じる。それもこれも健さんのおかげではなかろうか。降旗さんの微妙な腰の座らなさ(笑)が、本作では深刻さを払拭し妙な軽快さを楽しませてくれる。ビートたけしさんや石倉三郎さん、長塚京三さんの良さ、そして田中裕子さんと佐藤浩市さんの安定した実力をまざまざと見せつけられた。自分の地元であの人々が撮影をされていたことに心から感動できた極めて稀な例。
これに前後して、というのはどちらを先に見たのか忘れたのだがこれまた久方ぶりに『パリ、テキサス』を。かつて先生はこの作品をルノワール『河』になぞらえたが、この日見た本作は明らかに『東京物語』であり、そのことも含めて感動ひとしおであった。端的にこうした映画を作りえた時代を羨ましく思う。
 
某日、昼呑みというと故・オギーのことを思い出さずにはいられないが、たまにはとマサルを誘って住吉なんかに行こうとしたのだが、遠すぎと拒否られ代替案として目黒に3時からやっている串天ぷら屋を見つけてきた。そこで四時から呑み始め、暗くなってから普通に下北沢に移動、その後の記憶はなし。
 
某日、もはや昼間はぼんやり時間を過ごせる状態になってきた。夜は我が私設美術デザイナー、大沼史歩と飯を食う。その後、カラオケスナック。客は多かったよ。
 
某日、昼に届いた「文學界」掲載の「ジョン・フォード論 樹木」を一気に読む。最初のページから涙腺が緩み始め、予想通り『静かなる男』を経て『荒野の女たち』のくだりに差し掛かって以降、事情を知らぬまま隣にいた女優に「なんで嗚咽?」と驚かれた。これは自分でもなんだかわからないのだが、おそらく重臣くんのことが深く関係している気がする。一人息子を失った方にしか書けない文章だと思われたのだ。そうして先日再見した『パリ、テキサス』を最初に見た85年のNHKホールで、終映後しばし立ち上がれなくてようやく身を起こし振り返ると、誰もいない客席の高みにポツンと先生がまだ座っていらっしゃったことを思い出した。何を思っていらっしゃったかは想像もつかないが、恐ろしく孤独なご様子に思われた。するとやがて柴田駿さんの面影が浮かんできてまたも嗚咽を繰り返す羽目に。しかし、それもこれも先生の書く日本語の、多分日本語にしかありえない、どころか日本語としてさえ稀少な蓮實語としか呼びようのない言葉の連鎖の機微をジョン・フォードという稀代の映画作家に接続することの、あるかないかの可能性を探る運動にひたすら感じ入ってしまうからなのだった。
 
それに伴って某日、朝から『スカーレット』でとうとう号泣。息子の死を受け入れることなど誰にもできないだろうと想像する。いや、私には子がいないが、何度も愛猫の死を迎えてきた経験がないわけではなく、今後ぱるるが寿命を迎えるとどうしたらいいのか、いっそ自分が先に逝った方がマシだと無責任に苦悶する。チコちゃんによると加齢によって脳のブレーキが緩むそうで、それは医者である叔母からも亡父の晩年の泣き上戸をそう説明されたことがあるが、それにはちょっと早すぎる。昨日曜の本放送で眠くてちゃんと見られなかった大河再放送もいい出来(殊に長谷川くんと本木さんの丁々発止。何かは見逃したけど、本木さんが怒りに任せて何か投げた。この大河は案外投げる)だったし、その後の本木さんのトークショーも痛快であった。本木さんとはかつてCMでご一緒したことを思い出す。そこには北村一輝さんも共演しており、ここしばらくお二人を続けて見ていることをちょっと不思議に感じていた。夜は『激レアさん』に登場した29年ぶりに赤塚賞を獲得したというおぎぬまXというギャグ漫画家で爆笑。宮本浩次的な動き。
 
某日、三日間蟄居するのも悪くない。もちろんパンデミックに対する警戒もあるけれども、作品完了による安堵からただぼんやりしているだけだし、そもそも撮影終了(年末)とともに思い切り休むつもりだったのだが。今朝は未明に飲んだメラトニンと低気圧の影響ですこぶる調子が悪い。下手すると嘔吐の予感さえしたが、気を取り直しなんとか平常心を保つ。そうして饂飩を食し、スーパーに買い出しに行きおかみさんにクリームシチューを作ってもらう。『マジカル・ミステリー・ツアー・セッションズ』二枚を立て続けに。小四から聴いているわけだが相変わらずメイキングさえよくて、聴き入りながらつい涙ぐんでしまう。たぶんジョンの手による「Flying」のメロトロンソロなどめちゃくちゃいい。圧巻はジョージの8分に及ぶ「It’s all too much」。さらに何テイクもの「I am the walrus」でのポールのベースのうまさ。そしてどの曲でもリンゴのドラムは最高である。続いてディラン『ブロンド・オン・ブロンド』の激レアモノミックス。これがまたいい。名盤BOBからゴージャスさを差っ引くとこれほどシンプルになるかという驚き。そしてさらにピンク・フロイド67年BBCセッション集。シドがボロボロになっていく過程を追跡しているようで悲しいのだが、一方でそれでも彼が史上稀に見るギタープレイヤーであったことが良くわかる一枚だった。夕方はいつものように『釣りびと万歳』。巨魚アブラボウズであるからおおいに盛り上がる。そうして大河。今回はまだ染ちゃんは前面には出ず、代わりに帰蝶の川口春奈の崇高なまでの凛々しさに驚く。この役をエリカ様がやる予定だったらしいが、さすがにここまで若く凛々しい様は無理だろう。あるいは取引が、とつい交代劇の裏側を訝ってしまう。『鉄腕DASH』はほぼリーダーのソロでシマアジ釣り。そして『テセウスの船』だが、ちょっとプロット錯綜させすぎではなかろうか。却って話が小さく見え始めた。黒幕とかいう文言もいまひとつ失敗だろう。
 
某日、今日こそは読書に勤しもうと思っていたのだが、ザ・バンドのセカンド50周年盤をかけてしまうと他に何もできない。特にDISC2の69年のウッドストックのライヴがあまりに素晴らしく、どうしてこれまで世に出なかったのかと小首を傾げる。リチャードの声が半端ないほど美しい。
午後、マサルと目黒で待ち合わせ、渋谷ラママへ。パンデミックなんのそのでホキモトのバンド、Bialystocksがライヴをやるというので駆けつけた次第。圭祐や風、野愛など多摩美OBOGも現れた。演奏はすこぶる素晴らしいし、作編曲も文句なし。ただホキモト自身が歌に専念するあまりリズムギターの手がしばしば止まり、こりゃあいいリズムギタリストが必要だなあ、と考え込んでしまう。終了後はクージーさんのお店へ行き、歓談。やがて三々五々バンド連中もやってきて、緊張をほぐしていた。私はかなり酔ってしまったが実に楽しい一夜であった。
しかしそのおかげで翌朝は発熱、予定していた取材を大事にならぬようキャンセルする羽目に。大変申し訳なし。さらなる雨にクラクラしながら日がな横たわっていた。
 
某日、9年目の3・11だが相変わらず調子は悪い。NHKは朝から震災被害者とコロナウイルスネタが大部分で気も滅入るといえば滅入るが、しかし私のような怠惰な人間を戒めるためにも必要な報道には違いない。昼が近づくと気温は20度を超える勢いで、この日々乱高下する天候が与える影響にどうにも弱いのだ。ところが午後になってまた雨天。おかげでしばし気を失う。苦しい、しかし仮設住宅に9年暮らす被災者とは比べるべくもない。
同日、WHOがパンデミックを発表。
 
某日、ぱるるはキッチンのボウルに入った小粒のドライフードを口に頬張ってリビングに運んで、そこでゆっくり食べる。ウチではこれを「リス食い」と呼んでいるが、私がそこに近づこうとすると寝ていても警戒して飛び上がり、口に頬張り直して別場所に運ぶ。

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リス食い中のぱるる


昼から渋谷ユーロライブにてオリヴィエ・ペールを迎えての「映画批評月間」初日、まずはアンドレ・テシネ『見えない太陽』。冒頭の桜の果樹園の横移動からグイグイ引っ張られる。ドヌーヴの素晴らしさは言うまでもなく、若い二人はクレール・ドゥニ『ネネットとボニ』を思い出させる美しさ(と思っているとそこにジャック・ノロが登場!)。馬や猪の登場にも心洗われ、文句のない傑作だった。続いて新鋭ニコラ・パリゼールの『アリスと市長』。主役の二人、ファブリス・ルキーニとアナイス・ドゥムースティエの、関係が浄化され続けるような演技が何より見事に、スリリングに造形されている。キャメラは『赤ずきん』を一緒に作ったフレデリック・バックマンだった。そして全面的に秀逸かつ難解な台詞の山なのだが、それを受けて明解な日本語字幕を作り上げた松井宏のセンスに脱帽。
二本見たところでクタクタだったのだが、さらにもう一本、アルベール・セラ『リベルテ』を見なければならない。それにしてはあまりに疲れる野心作である。シュトロハイムからヴィスコンティを経由してアラン・ギロディまで様々な固有名が浮かぶのだが、結局誰とも似ていない。唯一ダニエルおじさんを感じさせる部分が多々あり、しみじみ思う。にしてもオリヴィエは「デジタルだから」を主張し、セラの努力を称賛するのだが、これは明らかに撮影照明録音がいかに大変だったかというべき映画であろう。「好色」という主題について考えつつ、延々と続くその手のシーンがほとんどよく見えない闇による映画の限界領域で展開するので、これはきっと夜明けとともに終わるに違いないという予想が生まれ、時折木々の間にほんのり明るみを持った空が抜けて見えることもあり、そこからさらにスリリングになって行くのだが、よりによって冒頭で雇われた太っちょが汗を拭き拭き着ていた白シャツを脱いで上半身裸で現れた時に、ああこれで終わるか、と予感すると、案の定。まあそれで溜飲が下がったというか・・・
で、オリヴィエとの対談が始まるのだが、内容は一切省き、朝から晩まで通訳を担当したトシ藤原の過酷な労働に心から拍手。途中ろれつが回らなくなっていた。しかしそこは私も似たり寄ったりで、半年以上映画館で映画を見ていなかった人間がいきなり一日三本も見るとこれほどガッタガタになるかと驚くくらい、手にしたマイクが重くて震えてしまうほどだった。さすがに参った。打ち上げに参加して歓談後、早々に引き上げた。
しかしさらに翌日、拙新作をオリヴィエに見せるべく中目黒某所にて試写。概ね好評だったと思われたが自作とはいえほぼ24時間中に4本というのはクラクラする経験であった。ディスクならもっといけるのだが、それは座席ではなく自宅で半臥の状態での鑑賞だからだろう。その後仙頭氏と音響チームとハンバーガー屋で歓談し、さらに仙さんと早めの晩飯に行くともう疲れがピークに達し、ウチに帰ると女優が出た生番組を見るなり昏倒した。
 
某日、疲れ切って眠り続けていたのだが、どうやら外では雪が降っていた模様。そんなに寒さを感じないが、気温の上下はやはりきつい。同時に最速の開花宣言。聖火リレーはギリシャで始まった途端中止になった。アメリカ、スペインが非常事態宣言。しかしあの野郎はまだまだ、と。昨日ナガシマが言ったのだが全ては緩やかに停滞しようとしている。で、どうでもいいが高輪ゲートウェイ駅開店、そして常磐線が全線開通再開した・・・などなどごちゃまぜの1日だった模様。

某日、午前中にジェネシス・P・オリッジの訃報。高校時代、桑原茂一氏のFM番組「ミュージック・ネットワーク」で衝撃を受けたのがレジデンツとスロッビング・グリッスル、そしてディス・ヒート、キャバレー・ヴォルテールであり、それは今でも変わってない。彼がいなかったら、という意味で、冥福を、というよりありがとう、と感謝を捧げたい。彼らより先に音楽は、芸術は先に進んだだろうか。少なくとも中原はその道を突き進んでいる。
何だか寂しいので達郎先生のサンソンを聴き、調子を取り戻すと例によって棚からひとつかみ、DVD大会でもやろうかと地下に降りてエリセBOXを探すのだが、見当たらない。ない場合は買い直そうとするが、『ミツバチ』も『エル・スール』も、若い頃より相当記憶力は低下しているのだが、エリセの場合すぐに次々と画面連鎖が正確に思い浮かぶので再見する必要を感じず、結局Amazonを閉じる。まあそれでよし。そうこうするうちいつもの日曜の夕方がやってくる。WOWOWを点けると『真夏の方程式』というのをやっていてこのシリーズの福山君は決して嫌いではない。そうして吉高由里子嬢の芝居のうまさを堪能するが、5時半になったのでチャンネルを変え『釣りびと万歳』は岸壁でのアイナメ釣りだが、これはなかなか難しそう。続いて大河。初めて染ちゃんの芝居が披露されたが、このドラマ全体として帰蝶をめぐる信長と光秀の三角関係で運ぶのかどうかと危惧された。もしそうならそうでも構わないが。漫才の番組を見ながら晩餐。面白いものは専ら前半に集中していた。特に華大の新ネタは笑った。で、『テセウスの船』なのだが、小藪の芝居は全然ダメである。期待ハズレというか、何のひねりもない。真犯人がどうとかいうプロットもよろしくない。ということで来週最終回らしいが、あまり期待せずにおこう。ただし榮倉は相変わらず素晴らしい。鈴木亮平もね。一昨日、私の女優に対する演出が良いと各方面から褒めてもらえたのだが、それはたんにその女優たちが優れているというだけだ。私は彼女らをどの角度から撮るか決め、彼女らのエロキューションを整え、彼女らのヘアメイクに若干の注文をつける、とそれくらいのことしかしていない。つまり私の仕事は20%程度で、あとは彼女たちとスタッフの仕事だ。しかし一方で「だてに二十年」なチームでやっている音響作業を賞賛され、それはそれで真実なので悪い気はしなかった。
 
某日、そうして家に籠る日常に戻る。漣ほどにも心が動かない。時折咳が出るがこれは花粉症にすぎない、はず。さらにこれは下ネタではなく生理現象についての話だが、かつて『カルメンという名の女』公開当時、「GS」に浅田彰氏が「不断の半勃起」というエッセイをお書きになり、当時のJLGが現在の自分とほぼ同年齢だと思うといま連日起き抜けにそういう状況にある自分を若干苦笑しつつ受け入れているのがどことなく哀しくも可笑しい。どこか田舎の定食屋で、例えばスイスのロールでもいいが、ぼんやり昼飯を食っていたいと、その時間を延々繰り返すのも悪くないと夢想に耽るのも案外幸せだったりするのだが。
昼に『ルーベ、嘆きの光』を再放送しているので改めて見た。やはり傑作であった。なんとかしてアルノーに直接この感動を伝えたい。
自殺した近畿財務局職員の遺書が週刊文春に掲載された由。内容は推して知るべし。これが現れてもなおこの国は変わらないという絶望をどうしたらいいのか。どうやったらこの国と縁を切りつつこの国にとどまることが出来るのか。子供の頃、受験生が苦しみに耐えかねて自殺する前にカセットテープに思いを吐露し、それがラジオで流れたことがあった。それでほんの少し受験戦争の実態を社会が理解し、その内部の緊張が緩和したことがあった。この職員はそれを聞いた私と同世代である。だから思いを共有している気がする。さらに過去に遡り、母や母の妹たちがギターを弾きながら「フランシーヌの場合」を合唱していたのを遠く思い出す。それは一つの文化であり、それが消えることはないと信じたい。
そうして世界中の産業が止まりそうになっている。
梅本さん、世界はこんなことになっていますよ。
 
某日、相模原事件が死刑判決となった。しばしば「心の闇」という言葉が使われるが、そんなものはない。ものを知る、考えるかどうかの違いでしかない。罪はその次の段階、実行するかどうかの違いであり、これが決定的なのだ。もう一度見て確認するが『ワンスインハリウッド』はその点において現代的な犯罪映画ではないと言わざるを得ないのではないか。タランティーノの、ある意味での「善意」が映画を残念な方向に向かわせた気がする。そして、見てもいないのにこんなことをいうのもなんだが、あらゆる「フクシマ映画」もその方向に傾いていやしまいか。私たちはトマホークとジャックナイフと猟銃で武装した男女が東電本店に乗り込み、首脳部を血みどろに虐殺した挙句「フクシマ」に心穏やかに逃げ延びる、そういう映画を必要としているのではないか。それを見た上でものを考える必要があるのではないか。マルクス・ガブリエルが主張する「倫理」というやつもそのような相対性においてのみ可能なのではないか。そして映画という、それなりのヴァーチャル・リアリティとともにそれは可能と思われる。実は70年代からこっち、我々はそうやって映画と暮らしてきた。だが、いつだかは記憶していないが、いつしかそのタガが外れてしまった。もしかするとそれはオシャレという性的誘惑の安易にして決定的なきわまり、つまり因果なことに『パルプ・フィクション』とともに、ではなかったかと憂慮してしまう。
 
某日、かくして再び伊豆へ。どこをどうという記憶もあまりないままに到着。何を食ったかさえも記憶ない状態でベースキャンプにて『フライト』再見。途中で寝てしまったが、マサルは十分満足したご様子。続けて『旅の終わり世界のはじまり』、またしても寝てしまったので翌朝見直し、途中から涙腺が決壊してしまったのは、これが『ドレミファ』のリメイク的な要素を持っているからだ。前田敦子によって2度繰り返される「どうもすみませんでした」という台詞を「とうとう来ました、吉岡さん」と聞き間違えたほどだ。夜更けに山羊と出会うショットは明るすぎないか(テシネ『見えない太陽』で真夜中にドヌーヴが遭遇するイノシシを見てしまったせいだが)などと思ってしまったが、ウズベキスタンはもちろんタシケントなどという地名が出ると心穏やかにはいられない。子供の頃から行きたくて仕方なかった場所に師匠が行ってくれたことに心から感謝してしまった。それだけでああ、今すぐ黒沢さんに会ってこの作品がいかに素晴らしいか絶賛したいと真剣に願う。それにしてもメイキングを見ると画面上で海野や井上ら顔見知りの助監督たちが大活躍していて、よかったと胸を撫でおろす。そして「愛の讃歌」だが、先生に拙作の舞台をご覧いただいた際にも指摘されたのだけれど、参ったな、としか言いようがない。知らなかったのだ。たぶん黒沢さんの映画でこんなに泣いたことはなかった気がする。最高傑作などと口幅ったいことをいう気はないが本気で素晴らしいと思う。ちなみに警察に追われる一連は明らかにカーペンターですよね? いや、ホークスでもいいんですけど。
見終えて明け方の鶯の声にひたすら痺れる。マサルのいびきがかなりうるさいのだが。
起きた勢いで『アレクサンダー大王』を。大学時代に見たきりのような気がするがほぼ覚えているので驚く。だがスタンダードのはずなのにテレビがヴィスタでしか再生せず閉口。それにしても傑作の評価に変わりなし。ほぼパンだけで三時間を押し切る豪腕。もちろん流麗なレール移動もあるのだけれど。
 
某日、再び朝が来て東京でもそうなのだが伊豆でもほとんど外出はしない。もちろんパンデミックとは関係なく、たんにここにいたいという思いだけで動きを止めており、買い物はマサルに任せ、しかし伊豆にいると朝の野鳥の声は強烈で朝5時過ぎぐらいからまるで自分が戸外にいるような気にさせられる。
本日は棚からひとつかみシリーズの『蜂の旅人』。どうやら公開以来のような気がするし、あの時はそれほど乗れなかった記憶があるが、なかなかどうして立派な傑作ではないか。当時の気分は若者側にいたはずだが、いまやマストロヤンニ側に近い年齢になってしまい、身につまされる場面多数。
マサルが拵えた鍋をつついた後、増村『刺青』。これまた、どこだろう、大井武蔵野館だったか旧文芸坐地下だったか、最初に見て以来。いやはや宮川・中岡の超絶技巧を始め日本映画の粋を集めた大傑作である。今回は山本學さんの彫り師に視線が集中した。とはいえ若尾さんを無視できるわけがない。どのショットがボディダブルによるものだかどれがご本人だか途中でさっぱりわからなくなる。もちろんわかられてはしょうがないとばかりに職人たちが腕によりをかけて作り上げているわけだが。うちも昨年春に撮った作品は、とある事情によりボディダブルを採用したが、やればやったで面白かったよ、あれは。
気づくと眠っており、起きたら時計が四時を示しているので一晩経ったのかと思ったらまだ夕方だった。マサルが風呂に行きつつ食材を買うというので金を渡し、ぼんやりする。戻ったマサルと飯を食った後、マサルが見ていないというので『パリ、テキサス』再見。で、今回もさめざめと落涙。
どこかで市川金田一シリーズ(何回転目か)を見たはずだが、もはや記憶に埋没してしまっている。やはり『手毬唄』に尽きる。歌にまつわるプロットがどうも邪魔ではあるのだけれど。マサルの説によれば『獄門島』で終わるべきだったのではないかと。ラストで見送られるのが嫌いなはずの金田一が坂口良子や小林昭二らに見送られ、船上で加藤武が「よおし、わかった・・・わしは何もわかってなかった!」と開き直る、あれらで金田一シリーズは終わっているのだ、とのこと。まあ一理あり。
テレビ回線を引こうとか電子レンジをとかと考えるのだが、どれもなかなかうまくいかず。結局大河も『テセウスの船』最終回も見逃した。まあ大河は再放送あるし、『テセウス』はマサルが東京の自宅で録画してくれているのだが。テレビがないし、携帯も置いて来てしまったので、朝ドラ最終週も見逃す羽目に。
あと、つい先日届いた『ジョン・ウェズリー・ハーディング』と『ナッシュビル・スカイライン』のアウトテイク集も聴いた。あまりにも良くて、なんでこれではなかったのか、と考え込み東京に戻ってもう一度その二枚と聴き比べせざるを得なくなった。でも聴き込むうちになんとなくわかるのだけど。
 
某日、朝はボケッとマサルの持って来た『オーティス・ブルー』などという懐かしい盤を聴きながら朝食にマサル手製の雑炊を食す。極めて美味。午後は『ネブラスカ』。悪くはないしブルース・ダーンの一挙手一投足、寝顔も含め完敗なのだが。どうも演出が官僚的すぎてだめ。どことなく失敗を恐れるようなこの人の映画を映画だと思えたことがない。
そのあとのことはあまり憶えていない。気づくとマサルが『旅芸人の記録』全篇鑑賞に挑んでおり、それを黙って受け入れてこの日はあっさり終了。翌朝、いつものように鳥の声で目覚めてから『ワンスインハリウッド』の復習(三回め)。さすがに何度も見ているうちに愛着が湧いて来た気がする。
この辺りから記憶は混濁しており、というのも寝たり起きたりを繰り返しているからだが、もはや何日目かという節目も定かではない。ただ露天風呂に行き超快適な状態になったことは確かだ。その後曖昧だが『卍』『狩人』『仁義なき戦い』『広島死闘編』『完結編』を立て続けに見た気がする。しかしかなり眠りに負けていた。この眠気はマサルの買ってくる食料と酒を消費せんがために暴飲暴食を繰り返すためである。そういえば近所に素敵な居酒屋を見つけた。ここがあれば他へ行く必要ないな、という店である。わたしの心に火をつけたのはナマコの酢の物だった。やっぱり超絶に美味い。ただし、ここ伊豆においても冬からこの季節で終わりとのこと、来年までお預けということになる。
マサルの説によれば、伊豆にくるとだいたい三日ばかりわたしは酔っていると確率としてマサルのことをパルちゃんと呼び間違えることが多く、四日目になると女優=おかみさんがいかに優れた人物であるか、毎回初めて話すように称賛するらしい。どちらもこちらにはまるきり意識のないことだが。習慣とホームシックがそのように現れているのだろう。
ただ、では帰りたいかというと7:3くらいで帰りたくない気の方が強い。ここにいることが好きだということをどう表現すればいいかわからぬが、とにかく好きだ。毎日変化する鳥の声も部屋に入る朝の光も、私の心の宝だ。この中でゆっくり死んで行くことが私の最高の幸せだと、毎朝思う。
公園の立ち入りが禁止されたせいで今年の花見が中止を余儀無くされた。まあ仕方ない。これがご時世というやつだ。

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photo by Masaru Matsumoto 


某日、午前中は忌野氏の番組を見た気がする。とうとう帰京の日になったがやはり帰りたくないのか、寝続けていた。その間マサルが何をしていたのか知らぬ。何度も起こそうとしたらしいが反応がなかったらしい。結局目覚めたのは16時ごろ。荷物をまとめて車に運び終えると昨夜行った居酒屋がもう開店している時刻になっており、するりと店へ。当然ナマコを食らうのだが、とにかくここはなんでも美味いので久しぶりに人に教えたくないのだった。夜のロングドライヴは音楽も聴かず延々と喋り続けた。帰宅したらそのまま再び眠りこけた。こうして自主的ロックダウンの日々は終わった。さて宮城にての生活は今後どうなるものやら。
朝『おはよう日本』を見ると和久田さんに代わってこないだ『ブラタモリ』を卒業した林田さんがやっている。と思ったら、翌日また和久田さんに戻っていた。

 (つづく) 



青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『こおろぎ』(06)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)、自作『しがさん、無事?』(19)など。

近況:そんなわけで何もしていないが、オリヴィエ・アサイヤスのブルーレイBOXボックスのために『イルマ・ヴェップ』評を、(たぶん)西日本新聞に吉田喜重『贖罪』書評を書きました。