Television Freak 第49回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから、水曜ドラマ『知らなくていいコト』(日本テレビ系)、火9ドラマ『10の秘密』(カンテレ・フジテレビ系)、火曜ドラマ『恋はつづくよどこまでも』(TBS系)の3作品を取り上げます。
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(撮影:風元正)


コロナ・ウィルス禍の渦中で


 
文=風元正


一斉休校2日目の午前中、公園を歩いた。テレワークと思しい若い男女のジョギング姿や体力強化のため外出する老夫婦、そして学校が休みでドッジボールに興じる子供たちやその母親など、普段より人出がかなり多かった。揃って在宅となり、子供とともに久々にゆったりと会話できる感じの若夫婦がいて心暖まったとして、しばらく経てば十全に機能しない社会に倦む日が来るだろう。夜の盛り場は閑散としていて、店は悲鳴を上げている。イベントもほぼ中止という自粛からどう「日常」を取り戻すのか? コロナ・ウィルス騒動がいつ、どのような形で収束できるのか、イメージできない。
現実を離れたくなって、尊敬する柳家小三治師匠が「私のバイブル」と呼ぶ『宮本武蔵』を読んだら大当たり。長いからなかなか終わらないのもいい。昔読んだかどうか、稲垣浩の映画版の画面はどうにも暗いが、小説はあくまで明るく人間への深い信頼が躍動している。果し合いの手紙の「気稟」や芍薬の枝の切り口の鮮やかさで「人物」を鑑定する眼力を養う心こそ日本人。「人生修養」という言葉が生きていた時代があったのだろう。
デマと知りつつ、オイルショック以来のお家芸であるトイレットペーパー買占めが発動さたり、ウィルスをまき散らしてやると盛り場に出る50代の自宅待機無視男がいるお国柄では、「エビデンス」とか「正しく怖がれ」とか、もっともらしい言葉はすべて無駄と知る。武蔵は今の世をどう見るか? 「会い難いものは人である。この世は人間が殖えすぎているくらいなものだが、ほんとの人らしい人には実に会い難い」という一行は、毎日テレビを見ているととても新しい。


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(撮影:風元正)



『知らなくていいコト』は、大石静のオリジナル脚本。『週刊イースト』の特集班記者・真壁ケイト(吉高由里子)が、「自分自身」という謎に直面してゆく物語である。ケイトは字幕翻訳の第一人者・真壁杏南(秋吉久美子)に育てられたが、父の名は知らない。母が“あなたの父はキアヌ・リーブス”という謎の言葉を残して逝き、婚約者・野中春樹(重岡大毅)とともに真相を追求してゆくと、本当の父は無差別殺人犯・乃十阿徹(小林薫)、という可能性に突き当たる。
野中の闇が興味深い。秘密を知った直後にプロポーズするが、仕事を休んで悩み、交際の解消を伝える。しかし、特集班の記者として成長し、スクープを取り続けるケイトの輝きと、恋より世間の眼を採った自分の小ささを対比して落ち込んでゆく。婚前の明るさからみるみるうちに歪む野中を演じる重岡ははまり役だ。現実問題として、私自身が交際相手は殺人犯の娘、と知ったらどうするか、特に若い頃ならば答えはない。一方、ケイトの利発さと共感能力の高さはイマドキの女性記者という感じで、ディティールへの感性で取材対象に迫ってゆく吉高の演技は堂に入っており、「お仕事ドラマ」のキャリアが生きている。
漁村でひとり狷介な暮らしを続ける乃十阿と、 人の秘密を追う責任の重さを痛感してバリバリの報道カメラマンの座を去った元カレのカメラマン尾高由一郎(柄本佑)、そして「人間の切実な生き様」を読者に届けようとするイケイケの編集長・岩谷進(佐々木蔵之介)の3人はそれぞれ十二分に「いい男」でほっとする。しかし、不倫の告発が裏目に出て夫に去られたネタ元の桜庭和美(三倉茉奈)がビルの前にずっと佇み、ついにケイトを刺してしまう憎悪爆発の方に目がゆく。記者にとっては日々の活計だとしても、人の一生の大事を公にするという行為は概ね罪深い。尾高は身を挺してケイトを守るが、惨劇に手をこまねいていた自分の不甲斐なさにより壊れた野中が、同業者にケイトの秘密を売ってしまう心理が今である。実は「売らんかな」に過ぎないのでは、という取材する側の倫理も問われ、多岐に亘る問いかけを軽妙かつスリリングな語り口で纏め上げた制作陣の手腕は目覚ましい。結末にどんなメッセージが込められているのか、注目している。

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水曜ドラマ『知らなくていいコト』 日本テレビ系 最終回3月11日よる10時放送

 
 
『10の秘密』は建築確認検査員・白河圭太(向井理)が主人公。ドラマの冒頭は必死さが空回りしている、イライラさせられるキャラとして登場する。14歳の娘・瞳(山田杏奈)と2人暮らしのシングルファザーで、元妻は大手建設会社・帝東建設の顧問弁護士・仙台由貴子(仲間由紀恵)。「上を目指したい」が夫婦の合言葉だったけれど、ある事件をきっかけに心が離れる。「娘第一主義」で暮らしているつもりだったが、「娘を預かった。命が惜しければ、元妻を探せ」という脅迫電話で平穏な日々は去った。
圭太は、娘が自分を陰で「信頼できない」と書いている理由も分からないし、伊達翼(松村北斗)という音楽仲間がにホンネを打ち明けている状況も受け入れられない。何より、「墓場まで持ってゆく」という10年前の事件の秘密を扱いかね、娘が表面的に愛想をよくしているだけなのに気付かない。一流企業を担当するセレブ弁護士の由貴子とは「器の違い」を見せつけられる。しかし、娘の誘拐事件に巻き込まれて、悪戦苦闘するうちに少しずつ心の殻を開いてゆくプロセスに妙味がある。
組織も人も、どうしても秘密が生れる。帝東建設も例外でなく、社長の長沼豊(佐野史郎)や由貴子の新しい交際相手である経営戦略室室長・宇都宮竜二(渡部篤郎)もまた、権力を揺るがす建築偽装の情報に脅えている。空手黒帯の保育士でそば屋の娘・石川菜七子(仲里依紗)も親身な協力者だが闇を抱えているし、芸達者揃いの面々がまるで違う思惑で右往左往している様が愉しい。
新しい人生を生きるべく3億円に拘泥する由貴子の鉄面皮ぶりも堂に入っており、修羅場をいくつも乗り越えてきた宇都宮の苦しさを飄々と演じる渡部がなんだか面白い。さまざまな秘密に翻弄され、職も失いながら、妻と帝東建設の陰謀と闘ううちに人としての幅を身につけ、家を出ていった瞳と和解し、菜七子の手ひどい裏切りも許す姿にほっこりする。続けて見ていてよかったと感じるドラマだ。

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火9ドラマ『10の秘密』 カンテレ・フジテレビ系 火曜よる9時放送中

 

『恋はつづくよどこまでも』がヒットしたことは、記録しておきたい。「仕事と恋にまっすぐ」な新米ナース佐倉七瀬(上白石萌音)と「容姿端麗・頭脳明晰だけどドSなドクター」天堂浬(佐藤健)、「勇者」と「魔王」という正反対のキャラの恋物語。ラブストーリーの王道が今でも脈々と息づいていることに感動する。
上白石がすばらしい。「女子力も家事力もない」女子のひたむきさを演じさせたら天下一品。祖父は大酒呑みの傘職人、父はマンション暮らしで池がないのに錦鯉を譲り受けてしまう公務員、という「男運のない家系」に生まれ、鹿児島から上京して修学旅行で縁結びの神様にお参りする帰り道、初老のおばあちゃんが路上で倒れる。途方に暮れていたら、ジョギング中の天堂が鮮やかな対処で命を救う。「運命の人」との出会い、と信じて看護学校に進学し、5年後に新人ナースとして再会する。しかし、いきなり「流れをせきとめるだけの岩石」とののしられ……。
鉄板の展開を堂々と進めるためには飛び抜けた2枚目が必要で、今は佐藤健。ハンサムは言うに及ばす表情は豊かで、「命を預かる 助ける それ以外はどうでもいい」というストイックで口は悪いが白衣の医者役が似合う、最高の王子様。5年前の出来事も、実はちゃんと覚えていた。患者と心を通じ合わせ、「みんなを笑顔にする」七瀬の資質を見抜き、ついに彼氏となる過程は心暖まる。「バックハグ」などの「キュンキュン」するシーンは気恥ずかしくて語りにくいが、微笑しながら見ているのは心地よい。
先輩ナースの根岸茉莉子(平岩紙)や「勇者」と名付けた沼津幸人(昴生)など、恋を応援する周囲の人間たちも優しく、みんな善人なのも頃合いがいい。人間への信頼感に充ちたファンタジー空間は、どんな時代でも必要である。

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火曜ドラマ『恋はつづくよどこまでも』(第9話より) TBS系 火曜よる10時放送中

 
 
古井由吉さんが亡くなられた。こんなことばかり書きたくないのだが、坪内さんに続き、20代の終わりからさんざん呑んだ方がいなくなってしまった。ずっと現役で書き続け、ただ身体的に力尽きた見事な死であることは救いだが、じゃれてもらっていた仔犬であるこちらの喪失感は深い。最後にお目にかかったのは去年のダービーの日の東京競馬場だった。文学論は無駄と釘をさされ、私は与太郎として競馬の話ばかりしていた。仕掛けのタイミングが人生につながる騎手談義がお好みだった。作品は難解だったが、「書いた方も忘れてますから」と笑い、安易な了解を許さない。人の世は疫病と天災で動くと教えて下さった。未熟な粗忽者だった頃から、酒友として遇して下さった方の死は受け入れがたい。古井さんは武蔵の言う「人」だった。せめて小説を読むとして、やっぱり訳がわからない……。

 雛の春馬は無人の野を走る



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(撮影:風元正)


風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。