Television Freak 第48回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は1月~2月上旬に放送されたNHK土曜ドラマ『心の傷を癒すということ』、そして現在放送中の連続ドラマから『シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。』(読売テレビ・日本テレビ系/日曜ドラマ)、『コタキ兄弟と四苦八苦』(東京テレビほか/金曜ドラマ24)を取り上げます。
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(撮影:風元正)


《Grief(悲嘆)》の壺から



文=風元正


坪内祐三さんの死にしばらくウツウツとし、何をしても気落ちするばかりでヤケ酒を重ねた。向うが早稲田高校3年の時、こちらはお隣の早稲田実業高校1年生。大学と学部も一緒だったから、必ず近くですれ違っている。私はある時期から、つまり早いか遅いかだけの話と割り切って、お葬式は不義理と決め込んできた。自分もトシだし、もう悲しみを避けるに越したことはない、と。しかし、長く同伴してきた書き手だから、きちんと訣れるほかない。死に顔は穏やかだった。享年61。唐突な死により、明治時代から亡くなった日まで、謎だらけの細部がぎっしり詰まっていた人間記憶庫が消えた。
「en-taxi」で書いていたアメリカ論がシャープで、ネオコンが転向左翼だといち早く指摘していた。「横丁のそば屋」から決して離れない街の「遊歩者」で、「99匹」がよってたかっても敵わない賑やかで自由闊達な「1匹」だった。すぐ怒るけどすぐ忘れ、辛辣だけど正直だから憎めない。でも、シャイで傷つきやすかったし、何より東京があまりにひどくなるのに耐えらなかったのか。閉店の前年、本八幡の大黒屋のかつ丼を荷風の命日にご一緒したが、人非人のランティエとは真反対のお人柄だった。
お通夜と告別式を終え、とりあえず納得がつきかけた頃、『フォードVSフェラーリ』とブルース・ビックフォードの伝記映画『モンスター・ロード』を観て、いきなり踏ん切りだけはついた。1966年のル・マンを激走したフォード・GT40のドライバー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)の語るごとく、「7000rpmの世界」に入るかどうか、問題は一点に尽きる。ブルース・ビックフォードがなぜあのクレイアニメを作り続けていたのか、他人には窺いしれない。ただ、レッドゾーンを越えても踏み込み続ければ、受け手にも「魂」と呼ぶほかない何かが伝わる。もちろん、誰に命令されなくても「走る」人はほとんどいないのが世の常だけれど、つまりはそうやって続いてきた。
「毎日が締切」の坪内さんは、膨大な仕事をこなしつつ毎晩はしご酒で、「オレ、二日酔いしないんだよ」と嘯いていた。あまりに足早に駆け抜けた「ツボちゃん」に、私は置いてけぼりを喰ったようだ。《Grief((悲嘆)》は消えないが、こちらは亀の歩みで進むほかない。さらば。


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(撮影:風元正)



つい、追悼が並んでしまう。『心の傷を癒すということ』は、阪神大震災の後、「心のケア」やPTSDという当時は耳慣れなかった療法を実践し、定着させるのに力のあった在日韓国人3世の精神科医・安和隆(=安克昌)が主人公。柄本佑が演じ、バスの中で『モモ』を読んでいる恋人の終子(尾野真千子)と大学時代、名画座で『東京物語』で2度一緒になり付き合うようになるシーンで、あれっ、と検索したら、安は私と同年生まれだった。バブル期ちょっと前の日本、ディティールがよく描かれているというのは郷愁です。すみません。
柄本佑がすばらしい。一代で財を築いた父・哲圭(石橋凌)に強硬に反対されながら、師・永野良夫(=中井久夫/近藤正臣)の導きに従い、形の見えない精神科医の道を選んだ文学青年である安。その内面を抑制された動きで演じ、ほんとに少しずつ消耗してゆくプロセスを表現している柄本は、いきなり名優の風格を身にまとい始めた。患者も被災者もみなややこしい。地震ごっこをする子供たちを怒鳴る大人がいる。子供の夜泣きに苦情を言う人がある。アルコール中毒から多重人格を発症した人がいる。みな不安定。しかし、医者は決してキレてはいけない。なんという理不尽。だから、避難所で青空の下、子供と大人が一緒にキックベースを楽しむシーンに心が洗われた。
といいつつ、私はこのドラマ、ちゃんと見ることができない。阪神大震災の映像が出てきたりすると、すっかりうろたえてしまい、目を逸らしてしまう。95年の時点では大丈夫だったが、3・11の時、つい張り切って現地取材を展開してしまい、トラウマの壺が溢れた。それから、不意に悲嘆の箍が外れて胸が苦しくなることがある。愚かな話だけれど、PTSDというのはそういうものだ。安先生が身をもって教えてくれた。
安の著書『心の傷を癒すということ』がサントリー学芸賞を受賞し、その本を書いた医師がガンで夭折したことはぼんやり認識していた。何となく避けていたけれど、ドラマで一生をたどり、喪の時を過ごすことができたのは有難かった。懸命に寄り添う妻を演じる尾野真千子や親友の精神科医を演じる濱田岳……いや、登場人物すべてがいい。「最近夢とか希望とか頑張ってとか復興とか、そういうキラキラした言葉に心が動かへんねん」というセリフは今でも活きている。

 

 
『シロでもないクロでもない世界で、パンダは笑う。』で清野菜名は、天才囲碁棋士の川田レンと世のグレーゾーンに「シロクロつける」超人的な身体能力を誇るスーパーヒーロー「ミスパンダ」の二重人格を演じている。ファンにとってはダントツのはまり役である。囲碁喫茶GOBANで腫れ物に触るように扱われているおどおどしていて自信がない表側のレンと、黒い仮面の下に濡れた瞳がギラギラ輝き、信じられないような技を繰り出す「謎の存在」の差が鮮やか。ビルの屋上で咆哮する瞬間の解放感がハンパない。
そして、パンケーキにメイプルシロップを垂らして闇の人格を引き出す「メンタリストN」森島直輝役の横浜流星のアクションがとんでもなく華麗なのにも驚いた。タッパが高くしなやかで強靭な筋力を持ち、長い手足を隅々までびしっと使える俳優の登場は松田優作以来かもしれない。「飼育員さん」として催眠術を駆使する知性も備えて、細く切れ長の眼も怪しい。まず、W主演2人がどこで変身するかを愉しみに待つドラマである。
整形した女性を巡る闇、不正入学、スポーツ界のパワハラ、学校のいじめ……たぶん、世間ではきちんと事実が報じられないことの方が多いはずだ。いきなり出現して事件を解決に導くミスパンダを追うスクープの狩人のテレビ・ディレクター神代一樹も二面性を演じさせたら右に出るものがない要潤だからたまらない。記者の佐島あずさ(白石聖)のどこか危ういイノセンスもレンと好対照で、ミイラ取りがどんどんミイラになってゆく。
序盤を観た印象では、ミスパンダの正体を世間から隠し切るのは難しいと案じていたが、いい意味で血の臭いのする方に転じた。主人公の2人を操る法務大臣・佐島源造「Mr. ノーコンプライアンス」(佐藤二朗)もまた怪しい動機で動いており、ミスパンダの偽物が出現して死刑囚を公開処刑した罪を着せられてレンがお尋ね者になり、事態がより混迷してゆくのが刺激的である。レンの母・麻衣子(山口紗弥加)の妄執がすべてを動かしている気配もあり、レンが実は双子の姉のリコだったことも明かされ、直輝の能力を知るゼミの指導教官の精神科医・門田明宏(山崎樹範)の追い詰められ方と死も真に迫っている。
人の世の闇は心が作るもの。世の理を越える力を持つふたりが呪われたしがらみに囚われて自由を奪われた後、どのような運命が待っているのか。単なるファンタジーでない「令和」的リアルを求めた物語の行く末に注目すべし。

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日曜ドラマ『シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。』
読売テレビ・日本テレビ系 日曜よる10時30分放送



『コタキ兄弟と四苦八苦』は、脚本の野木亜紀子節全開。真面目過ぎて居場所がない現在無職の元予備校講師・古滝一路(古舘寛治)のところへ、あまりにいい加減で妻に捨てられそうな弟の二路(滝藤賢一)が転がり込む。どちらも人生のどん詰まりで身につまされる。怪しむうちに二路が事故を起こしていたことがわかり、現場に向かうと被害者のムラタ(宮藤官九郎)は無事。「レンタルおやじ」として、自分のかわりに待ち合せ場所に行ってくれと頼まれる。
現れた女・鈴木静子(市川実日子)は片目が血だらけで、依頼は離婚届へのサイン。で、一路が「私文書偽造ですから」と署名をひたすら断るシーンがたまらない。たった「時給1000円」で事情は決して打ち明けられないとはいえ、どう見てもひどい目に遭っている女性にひと肌脱げない。あまりに杓子定規な態度にイライラするうちに、やっぱりこの人うまくゆかないよな、としみじみ納得する。後ろで話を聞いていて離婚届を奪い取り、いきなり署名する二路のおっちょこちょいぶりが対照的。セリフと演技に力がある。
第4話「死苦」が印象的だった。依頼人・島須弥子(樋口可南子)は「あと3カ月したら世界が終わる」と言い出し、無茶な買い物をあれこれ頼んだりして奴隷扱い。金が儲かるからいい、という二路とあまりに妙だと疑う一路は例によって内輪揉めしながら須弥子に付き合うが、やがて真の意図がほの見える。海が見える病室のテーブルでトランプをしたり、ぼろ家のちゃぶ台で兄弟2人梅干しをつつくシーンが美しい。「嫌われているくらいでちょうどいい」という樋口可南子の人としての年輪を十二分に味わえたのは、限られた時を生きるという設定の妙が大きい。
芸達者が揃って目が離せないが、居場所のない兄弟のオアシス・喫茶シャバダバの看板娘・さっちゃんを演じる芳根京子が何か重荷を下ろしたように明るくイキイキしている。周囲の大人よりはむしろしっかりしていて、文字通り掃き溜めに鶴だが、彼女がレジの金を盗んだと勘違いした一路が彼女を守るつもりでなけなしの金をはたいてしまった。一路が二路の妻に会っているとか、ありえないようで絵空事でないのがいい。一路が爪に火をともすように保ってきた兄弟の暮らしは崩壊寸前だが、隣人気分で心配している。

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ドラマ24『コタキ兄弟と四区八苦』 テレビ東京ほか 金曜深夜0時12分放送



コロナウイルス騒動から目が離せない。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」にゴーストバスターズみたいな人々が乗り込んだり、パニックは大きくなる一方だが、新型コロナウイルスの存在を告発した医師・李文亮氏が亡くなったのは衝撃だった。中央に武漢の惨状を報告できずに揉み消し続けて、やがて収まると判断した見通しが甘かったわけだ。天安門事件やくまのプーさんの画像は消せても、目前に起こっている事件はすぐさま広がるのがSNS時代。トランプ現象を筆頭にポピュリズムの台頭で民主主義のコストが高くなり、むしろ強権国家の方がこの際合理的ではないか、という見方が広がりつつあった昨今、習近平もウィルスに勝てないことが判明したのは画期だろう。春節景気をアテにしていた業界も思い切り空振り、重要な生産拠点である1千万都市・武漢が封鎖される影響も大きく、もともと消費税を上げてから大減速した景気はより冷える。ウイルスはたぶんさほど強力ではなく、いずれ収束するだろうが、その前に被るダメージの大きさは現代文明の脆弱さを物語る。「黄禍論」もまた繰り返されるだろう。カミュの『ペスト』の世界が現代に出現し、いよいよオリンピックに浮かれている場合ではない。
 
春節やねずみの味は罪の味


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(撮影:風元正)


風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。