あいちで特集上映をした 第2回

2019年8月~10月に開催された「あいちトリエンナーレ2019」で映像プログラムのキュレーターを務めた杉原永純さんが、トリエンナーレでの仕事や会期前後に起こった出来事について綴る連載の第2回。今回はある上映作品の素材に発生した技術的なトラブルとその解決を模索した綱渡りの日々について記されています。

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『A DAY IN THE AICHI』撮影のためドローンを飛ばせる場所を探し最終的にはヘリポートへ



ギリギリの上映データ



文・写真=杉原永純


12月に急遽ベトナムに行くことになり、様々段取ってから、あれそういえばパスポートが切れているのではと、ざわざわしながら確認したらやはり切れていた。これが出発日の10日前の金曜19時。
航空券は購入時にはパスポート番号は必要ではない、とすぐに調べはついた。格安航空券のサイト経由だと必ず入力しないといけないこともあるのだが、日本の航空会社の公式サイト経由もしくはエクスペディアだったら大丈夫。ベトナムは15日間以内の滞在であれば、ビザ不要。ここはクリア。
パスポートだけだ。パスポートは有効期限内の更新であれば比較的容易い。そんなに頻繁に海外に渡航しているわけではないので、前回2018年5月にアメリカに行った際に「あ一年後に切れるなあ(まだ大丈夫)」と思いだしたことを思いだした。不覚、しかしこのあいちトリエンナーレの準備、本番の間にそんな余裕はなかった。
とにかく、どうしたら間に合うのか調べた。
パスポートを新規発行して、出発日に間に合わせるには週明け次の月曜に申請するしかない。残された時間は60時間ほど。うち48時間は土日、役所は動いていない。
新規発行には戸籍抄本が必要。戸籍抄本は本籍地の役所で確保するしかない。郵送では時間が足りない。代理人に受け取ってもらう方法もあるが、この時点で受け取りは月曜になり、速達だろうが仮に一日郵送が遅れたりしたらアウト。土日の発行も地元の役所は無理だと確認。
個人番号のカードがあればコンビニで出力できるはずと思いつき、当然まだ作っていないが、渋谷区は土曜も役所の窓口が開いているので一縷の望みをかける。が、カードを作るのに1ヶ月から1ヶ月半かかることが判明…。しかも手元にあればすぐにコンビニ申請できるわけでなく、「コンビニ申請をするための申請をして地元の役所が申請を確認して事務処理後、出力できるようになるのに数日間かかる」のだそうだ。昨今公文書らの管理ができていない話題が絶えない今、1ヶ月半もかけて個人番号カードを取得して、この理不尽さが待ち構えているとは理解不能。
ギリギリ間に合ってしまうのだからやるしかない。一泊二日で実家に戻り、翌朝役所のオープンを自動ドアの前で待ち「本人」が戸籍抄本を確保。その足で北陸線と新幹線を乗り継ぎ有楽町へ直行して申請、完了。一息つこうとガード下のパチンコ屋の並びのセブンに行ったら、空族・相澤虎之助さんに会う。なんと向こうもパスポートの更新に来ていた! そしてその前日は、相澤さんも福井映画祭にいて、『典座』を上映していた。あまりの偶然。
加えて奇遇だったのは、ベトナム北東部の1500メートルを超えた山中で最終的に出会ったのは、『バンコクナイツ』『潜行一千里』の背景に常に存在していたモン族だった。今回は彼らの伝統音楽を演奏してもらったり、ミントの花から採られる蜂蜜の採集風景を撮らせてもらったり、シャーマンの儀式を見せてもらったり、捌いた鳥を一緒に食べたり大変濃厚な交流をさせてもらった。
無理して戸籍抄本を確保した価値が十分すぎるぐらいにあった。縁というか、運命というか。


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ベトナムの中国付近の山間部には都市部とは異なる表情がある



パスポートの件で思いだしたのは、あいちトリエンナーレで上映したクラシック作品のことだった。例の騒動の裏で、実は、かなりクリティカルな問題が発生していて8月の後半から1ヶ月間はこの問題解決のためだけに奔走していた。
詳細はこれまた長くなりすぎるので省く。某組織と条件を擦り合わせ契約(これが、トリエンナーレ期間中個人的に最も大変だった、とだけ。力を貸していただいたすべての方には心から感謝)、本編データが送られてくる運びになんとかなったのが、この時点で上映の6日前。どのデータが良いかは契約書で取り決めており、愛知芸術文化センターの上映環境はDCP非対応のためProRess422のデータをリクエストした。数百GBを、これもハードディスク現物を郵送してもらうと間に合わない可能性が高かったので、サーバーからダウンロードさせて欲しいとお願いし、その点も承諾された。
ヨーロッパとのやり取りだったので時差がある。先方が金曜のうちに準備し、日本時間で土曜の朝、ダウンロードのリンクが届いていることを確認し、さて一度試してみるかとリンクを踏んでみる。「ダウンロード終了まで残り6日」の表示。おいおい上映日終わってるよ。このデータのために、自分のMacのストレージの大半を削除して、ローカルに置けるようにしていたのだが、そもそもの芸文センターのネットが脆弱すぎてスピードが出ず、間に合わない。
ずっと映像プログラムを側で見守ってくれていた愛知県美術館主任学芸員・越後谷さんの機転で「あそこに行ってみましょう」となる。トリエンナーレの監督室兼スタッフルームの廊下を挟んで向かいに、カードキーがないと開かない、そして開いているところを見たことがない部屋があって、そこのドアホンを押すと、中から鍵を開けてくれて初めて踏み入れた。
厳重すぎるぐらいのロックをされた部屋の中では芸文センター内のすべてのモニターで流している映像が管理されていた。越後谷さんは、まれに上映する作品のブルーレイの作成をお願いしたりもしているらしい。そこでまずは、本編データのダウンロードをお願いした。「ダウンロード終了まで残り1.5日」。まだ何とかなる。一晩待つことに。
翌朝、まだホテルで寝ていたところに知らない番号から着信。ダウンロードしてもらっていた部屋からだ。「コンピューターのスリープは解除していたのですが、ディープ・スリープ・モードが解除されていなくて…」。というわけで、ダウンロードが途中で頓挫。普段はこんな使い方はしないので…とも言われたが、詮なし。即もう一度走らせ始めてくれたが、いよいよリミットが迫っている。まずい。 


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映像プログラム期間中は展示作品のボイコットが最も多い時期だった


別角度からもさらに問題は降りかかっていた。万が一の上映事故を回避するため、特集の2週間前には本番環境を整えて上映に使う素材を全て通して試写をしていた。この時点ではよかったのだが、本番前日セッティング整えて試写を開始すると音にノイズが乗っている。結構な音量で。急遽映写業者さんを呼んで、深夜まで検証した結果、長年(開館時から)使っていたドルビーが故障したらしい。まさかこんなタイミングで!ということが起きる。本当にこういう不運は重なる。
音響の出力経路の緊急バイパス手術を施し、何とか初日から数日間は凌いだが、本番中という最悪のタイミングで音が落ちることが発生してしまう。さすがにキレる。施設の管理担当に抗議。翌日には新しいドルビーが入って映写環境がやっと落ち着いた。


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会場となった愛知芸術文化センター・アートスペースA


一方でダウンロードは、実は別の方法で何とか完了したのだが、お力添え頂いた皆様本当にお世話になりました。Mac上映でチェックも済ませ、本番の上映の前日、午前中にプロジェクターに接続して最終チェックをした。そしてまたエラーを発見。
プロジェクター自体そもそも型番は古い。今回届けられたファイルは24fpsで完パケされていた。MacBook Pro上での再生は問題なかった。ただ、プロジェクターに接続して映写すると約10分に1回、カクッとコマ落ちするような症状が続いた。古くなった取説を穴が出るほど読み込むと、映写可能なフレームレートの問題だとたどり着く。24pであれば問題なく再生できるが、24fpsだと、24pとのズレを修正するために定期的にコマ落ちのような症状を出すのだろうと推定した。
いよいよ詰んだ、と諦めかけた。翌日の上映だし、映像自体は美しい、10分に1回のコマ落ちをやむなしとして、しれっと上映してもいいかもしれない。最前は尽くしたつもりだったが、残念ながらタイムリミット。このデータを、何とか24時間以内に修正する術が自分には見当たらなかった。
東京であればお願いする当てはあるがここは名古屋だし、と思った時、あ、と一人思い出した。


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トリエンナーレ会期中続けた猫のたま捜索。近隣の野良猫と顔見知りになっていく。
これは近所の公園にいるソックス兄弟


Bart.lab長崎隼人さんには、三宅唱監督『ワイルドツアー』の本編DCPを作ってもらったり、以前YCAM爆音でも急遽上映素材を提供してもらったりしていたことがあった。
かろうじて思いついたのは、大阪に住む長崎さんのところまで自分がデータを持っていって、データを今回の上映に問題ないように変換してもらう、という案だった。長崎さんに映写室から電話した。長崎さんは少し悩んだ末「自分が名古屋まで行ってデータを引き取りに行きますよ」と。当然別件の予定はあっただろうに、長崎さんは新幹線に飛び乗ってくれて名古屋に直行、上映会場に到着したのが昼過ぎ。映写室の隣の部屋で持参したMacでまずデータの検証。大体の解決策が見えたところで、大阪にとんぼ返り、変換作業を続行することに。
翌朝自分が新大阪に向かう。朝8:30に新大阪のロータリーで待ち合わせ。家の用事を済ませた長崎さんが先に待っていた。データが別ファイルになっていた字幕も焼き込んだ上で完成した上映用のブルーレイを手渡しで受け取る。しかも、何と、この短時間でバックアップ用のブルーレイもすっかり出来上がっていた。
名古屋にとんぼ返りしてすぐに映写チェック。コマ落ち問題も無事解決。その午後、本番の上映があったが、当然お客さんにはそんな苦労は知る由もない。
何事もなく、上映が滞りなく終了することがどれだけ貴重か。この10年、いろんな人に助けられています。


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ソックス兄弟は仲が良い。実は三兄弟でもう一匹小さいのがいる


杉原永純

映画キュレーター。2011-2014年オーディトリウム渋谷番組編成。2014年-2019年山口情報芸術センター[YCAM]シネマ担当。「YCAMシネマ」「YCAM爆音映画祭」など映画上映プログラムを担当するほか、映画製作プロジェクト「YCAM Film Factory」にて『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』(柴田剛監督)、『映画 潜行一千里』(向山正洋監督)、『ブランク』(染谷将太監督)、『ワイルドツアー』(三宅唱監督)をプロデュース。ほか、空族+スタジオ石+YCAM「潜行一千里」、三宅唱+YCAM「ワールドツアー」などのインスタレーション展をキュレーション。
近況:4月11日(土)から1週間ユーロスペースで「吉開菜央特集:Dancing Films」を劇場公開。『Grand Bouquet』を東京初上映します。上映検討してくださる方、是非ご一報ください。