宝ヶ池の沈まぬ亀 第43回

青山真治さんによる日付のない日記「宝ヶ池の沈まぬ亀」第43回。新年早々に実景撮影や編集作業など仕事を始めるも、昨年からの疲労の蓄積と相次ぐ訃報で発作とウツに見舞われ、湯浅湾のライヴや映画『カーマイン・ストリート・ギター』(ロン・マン監督)に涙した2020年1月の記録です。


43、フォード原理主義の底知れなさ、または私の働き方改革について


まあ本気で映画をやりたいならここからやり直せ、という意味で。


P1000012.jpg 57.26 KB



文=青山真治


某日、帰宅してから24時間ほど寝たり起きたりの繰り返しで年の瀬は過ぎた。それでもなおイライラしてくる案件のみならず前日までの苛立ちも残っており、とりあえず再び寝ようとする。どうせ起きていてする用事は何もないのだ。とはいえ、来年懸案の原作物のプロットが次々に頭をもたげるし、湯浅湾の名古屋ライヴは行けそうだからどうにかしたいなどと考えて目が冴えてくると、自分はウェルズ『風の向こうへ』を見てないじゃないかという驚愕の現実に突き当たる。のみならず、Netflixがらみのこととなるとまるで情報弱者。ふと気づくと『アイリッシュマン』とやらはこちらの都合によれば元旦に池袋まで出かけなければ見られなさそうだ。いや、スコシージにそこまでする義理はないのだが。
紅白のことを語ろうとすると「シンジくんほとんど寝てたじゃない」と女優の追求を受けるのだが、ともあれSuperflyとタケちゃんは最高であった。
 
謹賀新年。当然のように元日は寝続ける。だが、声をかけてくるものもいないわけではないのだ。いや、どちらが先に声をかけたものか記憶にはないのだが。
初夢というものを初めてのように見たのだが、これの画期的だったのは、場所を限定しなかったことである。具体的にはシナリオ上は設定してある「部屋」を路上でも成立させることができるので、まあ当然そうするもんだよなあ…でも夢の話だけど。
新年会として目黒でマサルと女優とで初羊&初カラオケ。なぜか腰をいわす。


IMG_6226.JPG 118.05 KB


IMG_6221.jpg 86.43 KB



某日、というか二日から仕事をしたのは初めてではなかろうか。ちょっと前にオールスタッフとお祓いをこの頃にやった記憶もあるが。東宝に祠なかったっけ?
8時に女優に新宿まで送ってもらい、いやはやなんだか、ほぼほぼメインスタッフと新年のご挨拶になる羽目に。で、実景を撮りに八王子へ行き、さらに大きく回って湾岸を走る。いや、マジで人間が五、六人・・・正直なところテツさんと野本と菊池さんと美緒がいれば映画は撮れるかもしれない。とはいえそこに松本憲人とか塩見とかまりこさんとかをお呼びしなければ無理ですし、その上清水剛もね。
車両を動員した益岡Pの美麗なるオフィスで野本と三人飲み続けた結果意識を失う。で、帰宅してから見た夢が20年代風のイギリス人を端役に選んだことを褒められる(「この顔だよ」と誰かに激賞された。誰かはおぼえてない)作品の準備中、というもの。いや、ここ最近では最も面白かった。だって何しろ主人公とかいない状態で進行してたからね。しかし私は何を作ろうとしていたのか。
無駄な電話をするということは「携帯」というものを文字通り携帯するようになってから一切していないので逆に新鮮な気持ちにもなったが、安井さんと樋口さんに相次いで電話した。何かあるリズムを取り戻す感じであった。さらに仙頭だのマサルだのと盛り上がって語るうちにすっかり電話好きになったような塩梅。
だが調子に乗ってそうこうするうちにおかみさん(女優)の強権発動が始まる。だいたいがところ年始に行われるのだが、まるまる一年テレビ前を占拠していた私の「基地」の撤去が予算委員会もなしに宣言されたのだ。これまで自宅外、地下、そして本丸、さらに伊豆と展開してきたが、とうとう誘導尋問的な操作により三階に設定されてしまった。いや、もちろんこれもまた地下や伊豆へ移動する作戦を考えた上でのカリグラシーなのではあるが、さすがおかみさんの行動力は尋常ではない。あっという間に強制執行は行われ、みるみるうちに初期高齢者の居場所は三階の寝室に押し込められたのだった。結果、これまで占拠しておったリビングの一角から本やDVDのなくなった空間は新鮮なほどに美しく、それはまあそれでよし。さて後はこの三階時代を経た上で私自身どう展開するかである。私にはいくつかの野望がまだ残っているが、それはヒミツ。
ちょっとこの新年、ひと味もふた味もちがうつもりである、ということだけは言っておく。
 
某日、で結局、おかみさんのお住まいは私を排除することで極めて美麗に確定された。まああの、当然のことである。で、午後恵比寿でWN氏と落ち合う。まあ色々あって久しぶりなのだが、彼とは本当にいい付き合いなので。あれこれ食事を揃えて羽根木の先生邸へ。先生がごくお元気そうで何よりであった。終始にこやかに談話は弾む。これは意気消沈状態のWN氏を先生と私とで励ます会である。辞したのは11時過ぎであったか。新宿までWN氏をお送りしたのち、LJへ。なんとなくではあるが、打ち上げをすっぽかしてしまったので、せめて野本と会えないかと。しかし野本は翌日の釣りが早出のため帰宅。マサルとリタマが偶然飲んでいるというので合流。まあいつものように。
 
某日、あまり意識の安定しないまま朝霞へ。とにかく、という塩梅で作業開始するが途中で混濁。汗をかかないという経験したことのない低血糖発作であった。よく考えるとあまり食事を摂っていなかったせいなのだが。小一時間、昏倒したのか、菊池さん、ナガシマ、黄くん、皆さんに迷惑をかけたので作業終わりに焼肉の夕食を奢った。帰宅してすぐに就寝。夢の中でテキ屋さんの映画を作ることになっていて、資料映像を見るのだが,これが完璧なテキ屋さんばかり登場するのでキャスティングのアイデアにほとほと困るという状況。夢で見なくてもいいのに。現実だけでじゅうぶんだって。
 
某日、強烈な豪雨。これも当然昨日の発作と関係していたはず。午前中は使い物にならず。吐き気を抑えるのが精一杯。同時に下痢。これは応える。午後ようやく晴れてフラフラのまま編集室へ。ほぼ思った通り(尺までほぼ読み通り)に映像は並んでいて、これは俺の力かそれとも編集・田巻(当日誕生日)の力かとしばし黙考。
夜半、ナガシマと二人でしんみり呑む。
帰宅するとあれこれ文芸誌が届いており、待望の第二回を含む「文學界」もある。とりあえずそれは置いておいて、ひどく紙質を落とした「群像」の映画特集を見ると、ああ結局こういうものかと諦めるのだが、中に先生の『モガンボ』評があり、ああ先日おっしゃっていたのはこれだったか、と間抜けに合点が行き、しばしフォード原理主義の底深さを味わう。
諸君、エヴァ・ガードナーを舐めるでない。
 
某日、冬というのに真昼間からほぼ裸同然のスタイルで大の字に寝転がって、ああ、私にも働き方改革が必要だ、と呟いてしまった。疲れが限界に達していた。
午前、茫洋と、しかし一日のスケジュールは押さえている状態で「文學界」『馬など』冒頭を読んで号泣したのちにふらふらと戸外へ。戸外へ、というのはどこをどう、という記憶がないまま、という意味だが、何処かからタクシーで銀座へ。某スタジオにて月永氏を相手に『こおろぎ』トーク。意識ははっきりしていたが、体調はすこぶる悪し。
ともあれ終了と同時に逃げだすように現場を後にして吐き気を堪えつつ自宅へとんぼ返り。そうして冒頭の事態(大の字)へと至る、のだが。
いや、何があったというわけでもなく、気づいたらそうなっていたのだが、こういうときに助け舟を差し向けてくれるのは、いつものように仙頭氏(もちろん私にとって、という意味だが、ゼメキス『フライト』のジョン・グッドマンを想起していただきたい)であり、電話で夜の到着を確認してくれ、私もどうにか起き上がって身支度、そして編集室へ。その段階で「毎日三本の作品を行き来してるのってどうかしてるよ!」と身体が騒ぎ出し、働き方改革の必要性について考えた次第。合成関係をあれこれといじっていると結局時間が過ぎ、夕方。慌てて荷物と共に名古屋へ向かう。仙頭氏へあらためて連絡。駅合流の約束。
で、今池・得三へ。湯浅湾のライヴである。


IMG_0294.jpeg 126.99 KB
(撮影:細井和奏) 


いやはやともかく素晴らしかった、の一語に尽きる。始まる直前から、なんだあのリッケンバッカーのピックアップ、どうしてテレキャスについているのか、とギターマニア仙頭氏ともぞもぞ。しかしそういう話とは無関係にバンドの演奏は完璧だったのである。どうやら我々は二曲目あたりからポロポロ泣いていたようである。記憶薄し。まあ、てめえが泣いたかどうかなんていちいち憶えてるわけないし、それより演奏に夢中だったのだから。終了後ようやく物販でシングルを手に入れた。
で、一夜明け、かの演奏を反芻しつつ近所にある大好きなうどん屋で昼食を摂ってからいざ工房へ。工房というのは仙頭氏のギタースタジオである。で、ずっと目をつけていた黒のレスポール。アルニコのP90マウント。ビグスビー付き。これをどう攻略するかが今回の旅のメインテーマだった。しかしそう簡単に微笑んではくれない。いったん休んで他やエフェクター軍と戯れる。と、やおら、ああそうかと向き直り、見つけた。そこからニール・ヤングとミック・ロンソンが連なり、そのままローリング・サンダー・レビューのステージに上がって行く様を!…これ以上は言わないが、素晴らしい研究成果であった。
兄貴に送ってもらい名古屋を離脱、京都へ。大変に暗い。非常に好感を持つ。準備を整え、お初の出町座へ。拙作『こおろぎ』の上映トークである。お相手は北小路隆志氏。存分に語らせてもらった。
再び一夜明けたところで、不意にアイヴァン・パッサーの訃報。本当に心から尊敬できる巨匠であった。つい数日前にも彼の代表作『Ace up my sleeve』を思い出してその映像を繰り返し脳内で反芻していた。私が億万長者なら彼の作品の権利を買って次々に上映するだろう。『生き残るヤツ』『カッターズ・ウェイ』『シルバー・ベアーズ』『クリエイター』。全て傑作ばかり。彼とはカウリスマキ兄弟によるロバニエミでの映画祭でお会いした。たぶん2000年くらいのことだ。演出に当たって重要なことは何か、というこちらの不躾な質問に、conflictとお答えくださった。何よりも感動的な一言だった。神代論を書いている間、ああパッサー論も書いてないなあ、と考えていた。あの人の人生に心からの感謝を。
 
某日、京造での合評だが、一日目はどうにかクリア。その晩廣瀬純を迎えて仙頭武則とともに新年会を楽しく敢行したはいいが、翌早朝ホテルにて「執筆系」のファイルを開けようとするがまるで無理。さらに発作が起こる。これはダメだと各方面に連絡し、崩壊状態で昏倒に入った。疲労はさらなるピークに達した次第。本当に申し訳なく思うが、やはり京都は鬼門であるらしい。もう呼ばれることはないだろう。よく考えると、これまであそこでの時間の過ごし方というのはことごとくアウェイ感たっぷりでそれは今回も同じだし、しかしそれを説明するのは困難である。私には取りつく島がない。大泉東映や調布日活、編集室、音響スタジオといった作業場の格別なる居心地の良さ、あれはなんなのだろう。かつての成城東宝さえそうだ。私は映画さえ作っていればそれでよいということか。いずれにせよ自分の生理感がそこにあったというしかない。とにかくホテルの部屋でぐったりとしたままの時間が続き、やがてチェックアウトの時刻が来て、再び荷造りをして名古屋へ。喫茶にて仙さんと再会、重要な話をしてゆうちゃんにも会い、再び帰路。ようやく帰宅。ぱるるとさんざん遊んだ後落ち着いて最初にしたことは、湯浅湾「ひげめばな」PVを見て落涙することであった。届いていたものを順番に開き、その中から大袈裟なタイトルの映画のDVDを見たが、心からどうでもよかった。
 
寝ようとしたところでまたしても訃報、というかなんのことだ?という感じ。俺はまだまだオギーとやることがいっぱいあったという思いと、もうオギーと一緒に何かをすることはないという悔しみが交錯しまくる。今年はオギーとどっか行こうかとさえうっすら考えていた。でもどちらにしても終わりだ。ガタガタいってもしょうがない。俺が京都で失神してる頃に奴が昇天して行ったらしいが、俺を連れてこうとしたのかどうか。
まあどっちでもいいや。
荻野達朗さんよ、さようなら。
 
そうしてしばらく。とうとうウツが最高潮に達し、動けなくなる。編集室以外では立って歩くこともままならない。一日気を失っていた日もある。頭痛ひどく、大量の導眠剤の世話になり、悪夢ばかり見る。女優には怒られっぱなし、しかし怒られてもどうにもできない。卑屈に寝転がるばかりだ。何を見ても心は動かない。
それでもどうにかこうにか編集を終わりまでこぎつける。これだけは笑える箇所多数。ぱるると遊ぶとき以外ほとんど唯一の救い。当分はこの調子か。年々撮影終了後のこの状態がひどくなっていく気がする。
新年会があって朝まで呑んでいたが、ほぼ記憶なし。いくつか重要な点を除いて。
 
某日、そしてとうとう私の映画作りの最大の夢が消えた。これから新しい夢を紡ごうとしても、あの早撃ちは二度と帰って来ないことを誰もが知っている。
終わったのだ、とにかく、ひとつの夢が。


71acfcc42be12e66098540c6c7755311.jpg 41.45 KB



呆然としていると昼間に『タバコ・ロード』。心から美しいと思う。特に三台の車のボンネットの艶と、ベルトルッチに至るまで連綿と継承される、風に泳ぐ落葉の美しさを。
そうして夜、やっと『カーマイン・ストリート・ギター』を見たのだが、それはまあ素晴らしい映画すぎて、昨年これ以上素晴らしいものはなかったとしか思えなかった。これについては来月あらためて。取り急ぎ言い訳めいた理由だけ述べるが、昼下がりのギター屋ほどの楽園はないのだ、いやまあ誰にとって、と訊かれれば私にとって、と答えるしかないのだがこの豊かさをとにかく感じてくれないか、この甘美さはフォードの南部もの、そう『プリースト判事』あたりに匹敵するぜ、まるでここ数年の、というか昨日までの私自身のように数多の死者を背負っても笑顔を絶やさずいまそこにある音とギターそのものと向き合う顔に出会えることなんてそう滅多にないことだ。あのルー・リードのメカニックの顔、マーク・リボーの微笑み、そしておっさんとその弟子のパツキンのちゃんねーとおかん、もうそれらを思い出すだけでいままた泣けてくる。斜めったロバート・クインの写真を直そうとして直せないおかんのほんの小さな苛立ちを微笑みとともに味わったらもうこのギター屋から俺は帰れない。
で、やはり木なのだ。

 
(つづく)

 

青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『こおろぎ』(06)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)、自作『しがさん、無事?』(19)など。

近況:3月29日よる9時、NHK BSプレミアム『特集ドラマ・金魚姫』が放映されます。お楽しみに!