妄想映画日記 その99

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」もついに第99回目となりました。猫だらけの湯浅湾のニューアルバムCD『脈』を手作業でセッティング、グッズも到着。爆音上映は初めてのMOVIX柏の葉そしてなんばパークスシネマへ。新文芸坐ではブルース・ビックフォードの追悼上映の特別音響調整を。
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文・写真=樋口泰人



11月16日(土)
岐阜へ。例のうなぎを食うためである。岡崎から大阪へ向かう空族も行くことになった。途中渋滞があって予定より1時間近く遅れて到着した。しかし到着が遅れたために昼食の時間帯を少し過ぎていて店舗での待ち時間がほとんどなかったのでプラスマイナスゼロである。相変わらずここのうなぎはびっくりするほどおいしい。特に周りに何があるわけではない岐阜の街道沿いの場所に昼から人が並ぶというのもわかる。どうやらミシュランにも載ったらしいのだがこういう日本独自の料理の味を判定する人はどんな人なのだろうか。いずれにしてもこちらはそんなことは知ったことではない。せっかくなのでboid大阪支社長や空族の特集を行っているシネ・ヌーヴォの支配人にもお弁当のうなぎを空族に持って行ってもらう。

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空族と別れ岐阜で話題だという「モネの池」にほぼ無理やり連れて行かれた。単なる嫌がらせなのだが、しかしただの神社の池を「モネの池」だと騒いでそれにつられてついに観光バスまでやってくるというネットの破壊力に唖然とするばかり。そしてそれ以上にこの場所の何でもなさに呆然とする。この大勢の人たちはいったい何を求めてここにきているのだろうか? わたしのようにほぼ嫌がらせでこのばからしさを見せに連れてこられたわけではあるまい。観光にまるで興味のないわたしはこれまでも何度かこうやって無理やり変な場所に連れて行かれたことがあるのだが、その中でもほぼ何の感慨もないという意味で最強の嫌がらせであった。びっくりした。マジでただの池なんである。写真写りがいいのか。
 
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11月17日(日)
9月以降とにかく毎週各所で爆音をやっていてまったく家で落ち着いている時間もないままに任せていたら部屋がなんだかすごいことになってしまいたまらず掃除をした。少し気分が落ち着く。


 
11月18日(月)
事務所にて1週間分の事務作業。1日が終わる。湯浅湾のアルバムのジャケット、歌詞カードなどが到着。

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11月19日(火)
昼から湯浅湾『脈』のセッティング作業。安上がりにやるならCDのプレス&パッケージ会社の規格にあわせてジャケットやライナーノーツを作りあとはお任せでやるのだが、もちろんそれでも十分ではあるもののせっかくなのでということでいろんな規格外のことをした挙句セッティングはすべてわれわれの手作業、ジャケットやCD保護袋の印刷製作費もかさみ、もはや予算のことは考えたくないという状況になった。来年のツアーもある。この交通費宿泊費などは持ち出しになるわけだから、アルバムがばかみたいに売れないと大変なことになる。各レーベルの方たちはいったいどんな風にやりくりしているのだろう。というようなことをみんなでワイワイと話しながらのセッティングで、アルバムは遂に完成。1曲目の「ひげめばな」を聞くたびに猫や昆虫になった気分になる。人間はせこい。

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11月20日(水)
柏の葉のMOVIXへ。秋葉原からつくばエクスプレス。初めて乗ったが名前から想像していた鉄腕アトム的な未来型の列車ではなく単なる私鉄の列車であった。自宅から2時間弱。逆方向なので混雑は避けられたが、毎朝この列車で都心に向かう通勤の方たちは本当に大変だろう。もうちょっとみんな楽をしたほうがいい。
しかし初めての場所の音調整は、最初が大変である。ベースになる音がなかなか決まらない。スピーカーの向きなども変えてもらった。とにかくここであきらめると全体がダメになるのであれやこれや注文を出し、いつもなら1時間かからずに済むところをたっぷり2時間。最初はどうなることかと思ったが苦労のかいあり何とかなったというかかなりいい感じになった。したがってその後の作品の調整はあっさりで十分パワフルかつ極上の音になった。


 
11月21日(木)
朝から柏の葉。そのために朝8時前に丸ノ内線に乗ったのだが事故もあったらしく激混み。いったい通常の会社勤めされている方たちはどんな神経しているのかと頭がくらくらする。具体的なこの激混みが伝えるのはおそらく日本に暮らすわれわれみんなが見えない通勤列車網に乗らされているということであるということをあまりに直接的に体感させられたような気がしたのだ。とにかくわれわれは猫になったり昆虫になったりするところから新たな暮らしを始めるべきだろう。


 
11月22日(金)
ばかみたいによく降る雨の中を調布の日活スタジオへ。某作品のラッシュ試写。その後音関係の打ち合わせを。普段はすでに完成されたものを爆音というまた別のステージにあげたうえで新たな映画の可能性が示す道を音によって照らし出す作業をしているのだが、今回は生まれたての映画の声を聴きその導きに従って音を配置するような作業となるはずなのだが、映画の製作に関してはまったくの素人であるわたしにとって分業化された製作システムに違和感が残る。


 
11月23日(土)
12月2日のオリヴィエ・アサイヤスとのトークのために、オリヴィエ作品をいくつか観る。いろんなことが思い出される。時間が過ぎるという感覚ではなく時間がどんどん積み重なって自分の身体が分厚くなり自分が今どこにいるか一瞬わからなくなるというような酩酊感を伴った胸の痛みのようなもの。オリヴィエの作品は常にそんな時間の厚さが引き起こす渦のようなものを感じる。その渦の中にわたしもいて一緒に動いているという身体感覚とともに観る映画である。この何年かはあまりに忙しくて爆音上映した作品以外にまともに映画を観てもいないので通常ならアンスティチュのトークは断るべきところなのだがやはりこの運動感を体感してしまうと断ることができない。今わたしがどんな状況で何をやっていてもともに生きていることには変わりはないのだ。


 
11月24日(日)
締切りから1週間遅れでロバート・ゼメキスについての原稿を書いた。3D作品から2Dに復帰してからの作品について。『フライト』以降のロバート・ゼメキスは、以前のゼメキスの映画に隠れていたというかまだちゃんとした形になり損ねていたものが全開。当然、以前のような大ヒットにはならない。だが、この危うくて怪しくて現実的であり夢のようでもあるそれらの作品群は、もはやこれが映画だとしか言いようのないものとして多くの人に観られるのを待っている。フィルムアート社から来年出版されるはずの2010年代の映画をまとめたムックにて。
 


11月25日(月)
湯浅湾の『脈』発売記念Tシャツが出来上がる。五木田智央君のイラストで、2匹の猫たちは五木田家の猫とのこと。今回はとにかく猫だらけで。

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いったん帰宅して夕食後、新文芸坐へ向かう。台風で延期になったブルース・ビックフォードの追悼上映の準備である。新文芸坐の機材のみを使い、音量を上げ、スピーカーひとつひとつの音のバランスを整えて上映するための調整作業をした。1日目の作品のビックフォード作品の音源が思い切り悪く、とにかく普通に聞けるようにするために相当苦労した。音を大きくするとこういう場合が大変である。例えば普通に聞けるようになったとしても、「爆音ですごい」ということではなくて「普通に聞こえる」という印象しか持ってもらえないわけだがここまでするのにもうこちらは必死である。そこまでしなくても単に普通の音量で上映すればいいだけのことでその場合は「音は悪いけど作品は面白かった」というような通常の印象を持たれるわけだからそれで十分なのだが、せっかくなので少しでもそれよりいい状態でというこちらの思いが空回りしない程度で折り合いをつけないと。その他の作品、ライヴ映像の音は良好。映画館の通常のシステムでこれだけ出せれば十分な感じになった。このやり方で上映すればまだまだいくらでも映画は楽しめる。

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11月26日(火)
消費税の支払いの件で税務署に行った。昨年度分の消費税の支払いが一定額を超えると、翌年分は翌年5月に一括徴収ではなく、前年の11月に昨年度分から想定される金額の半額を納付、という決まりがあるのである。つまり、消費税額確定前に、本来なら来年の5月に支払えばいい消費税の半額を支払うことになるのだが、これはあくまでも想定額であり、昨年度と同等と税務署が判断した金額である。boidのように収入に波のある会社の場合、昨年はこれだけでも今年は全然違う、というのは当たり前。今年度は4月から8月まで、シネコンの爆音はほとんど開催せずに休ませてもらったので、収入は激減である。それを説明してこの半額を支払うのは不可能であると話したのだが、それなら、半期分の確定申告をせよとの答え。それができなくて支払えない場合は延滞税がかかるのだと。確定申告をするには税理士の負担が多すぎ、しかも税理士への支払いが生じる。それができないと、税務署が勝手に決めた税額に対する延滞税がかかる。ふざけたシステムというか、やくざがこれをやったら完全に刑務所行きである。税務署職員、自分たちのやってることをわかってるのか?!
 


11月27日(水)
大阪へ。なんばパークスシネマでの爆音映画祭。前回とはスピーカーを変えた。最初はとまどって基本の音を決めるのに時間がかかったのだが、いったん決まるとそれ以降は順調。通常の劇場の音響システムを使うのとはやはり全然違う音の響き。これに包まれているだけで元気になる。
 


11月28日(木)
調整は順調に終わり、夕食はboid関西支社長おすすめの韓国料理。牡蠣チゲ、牡蠣キムチ、海鮮チジミなど。大阪には安くてうまいものがいくらでもある。長居しすぎて新幹線に乗り遅れそうになったが発車時間1分前にホーム到着。

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11月29日(金)
今回は時間を間違えずに歯医者に行き、事務所でもろもろの事務作業。
 


11月30日(土)
昼過ぎまでぐったりしていた。夕方からは新文芸坐の「ブルース・ビックフォード追悼上映」本番。と言ってもすでに私の準備は済んでいるので、見守るだけ。もうちょっと多くの人が来てくれたら。あの圧巻の山塚アイのパフォーマンスとか美しすぎるトクマルくんの演奏とかを観てもらいたかった。本番終えての夕食中に、治療中の前歯の仮歯が取れた。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。