妄想映画日記 その98

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」その98の更新です。新千歳国際アニメーション映画祭を終え、引き続き名古屋、松本での爆音映画祭へ。空族関係では吉祥寺にて新作『典座』のトーク、岡崎にて自主上映イベントで『サウダーヂ』のトークへも出演。東京では相変わらず銀行窓口でのやりとりに苛立ち、スターチャンネルで放映される「テレビで爆音映画祭」の収録もした11月初旬の日記です。
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文・写真=樋口泰人


10月から引き続き移動の日々。あらゆることが微妙な混乱とともにあって不安が日常を覆う。気力体力金力すべて低空飛行のままいったいどこまで行けるのか。まあ、「行く」必要はないのも確かで、とにかくこのままゆらゆらとしていられたら。
 


11月1日(金)
『音楽』という作品のライヴイヴェントのためにトクマルくんたちがやってくる。この映画はそれまで楽器にも触ったことのない、そして弾き方もわからない不良たちがなぜかバンドをやることになり、案外音楽に夢中になったり飽きたりしつつ、ついにはフェスでライヴまでしてしまうという物語なのだが、その語り口が独特で、まあ、そう簡単にはいかないよね、ということが語り口によって語られるような映画である。彼らが楽器を手にしてまず演奏をするとき何をやるかというと、監督の言葉を借りればジャーマン・ロックで監督はCANをイメージしていたと舞台挨拶の時に語っていたのだが、わたしにはファウストの「イッツ・ア・レイニー・デイ」にしか見えなかった。

 
そういえば大学に入って友人たちとバンドやろうかとスタジオに入った時に、それまで手にしたこともなかったベースを持ってやったのがこれだったことを思い出した。音楽の初期衝動のひとつの在り方と言ったらいいか。つまり照れ臭いわけだが、映画はもっと堂々としていたのであまり身につまされずに済んだ。最後のライヴシーンでは、監督挨拶の中のCANの刷り込みがあったせいか、ダモ鈴木の声が聞こえてくるようだった。ライヴの時のトクマルくんは、相変わらず裸足だった。

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夕方の映画祭開会式の会場は新千歳空港の国際線ターミナルにできた新しいホールにて。国際線のターミナル方面に行くとまだ新しい木の匂いがした。

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11月2日(土)
長編2本とコンペの短編集を観た。コンペの短編集は4つくらいのグループに分かれていてつまり相当な数の作品が上映されているのだが、短編だと観てもどんどん忘れてしまうのでという理由から長編を選んだのだが、長編でもやはり忘れる。映画が面白くないということではなく、その場では非常に興味を持って観たにもかかわらず爆音本番中は頭の使い方がどうも違うようなのだ。昨年の長編のセレクションはそれぞれの国が抱える政治的な問題や歴史を背景に、現実の大きな動きの中での個人の小さな人生を語る、というスタイルの映画が目に付いたのだが、今年観た2作品は歴史や国家といった大きな物語、背景は消え去り、ひたすら個人的な空間の中で物語が展開する作品だった。この1年の間で世界の絶望がより深まったような気がするのはこちらの問題なのか。
 
夕方、東京へ。一昨年、大雪で飛行機の出発が2時間くらい遅れたのが嘘のような温かさの新千歳だった。昨年もそうだったから、今後どんどん暖かくなっていくのだろうか。
 


11月3日(日)
アップリンク吉祥寺にて『典座』。上映後の結城秀勇とトークのテーマは「異国情緒」。映画の最後のほうで悟りとは何かという問いに対して異国情緒ではないでしょうかと答えが主人公から出てくるのだが、果たしてこの「異国情緒」とはどういったことを意味しているのかという話。ヨーロッパの人たちが日本に感じるエキゾティシズムとは確実に違う何かを、彼は観ているはずだ。
 
せっかく吉祥寺に来たのでレコードも買った。しかしほとんど東京にいないので聞く時間がない。帰宅するとニール・ヤングの新譜も届いていた。引退したフランク・サンペドロに代わって久々のニルス・ロフグレン。見開きの内ジャケに載った録音中の写真を見るとビリー・タルボットが老人になっていてそれなりに衝撃を受けた。音自体はまったく問題ないのだが、これがクレイジーホースとの作品なのだと言われると少し戸惑う自分がいる。

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11月4日(月)
振り替え休日で助かった。しばしの休養。


 
11月5日(火)
事務所にてもろもろの事務作業。昨年の配給作品の上映権利料を海外に振り込むため銀行に行ったのだが相変わらずあれこれ細かいことを質問されてムッとする。単に海外の映画の権利取扱会社に権利料を支払うだけなのだがよほど怪しい商売をしているように思えるのだろうか。もちろん先方の立場では職務として当たり前のことを忠実にこなしているだけなのだろう。だがそのことが余計にわたしをいらだたせる。いやそれもありつつ、この振り込みでboidの預金額がほぼゼロになってしまうことにぐったりしているのだ。稼いでも稼いでも金は出ていくばかりである。マジで腹立たしい。そればかりか入ってくるはずの金は入ってこない。予定がまったく立たない。
 


11月6日(水)
名古屋へ。爆音会場の109シネマズの隣にはZEPP Nagoyaがあるのだが、昼からすごい列。いったい何が行われるのか、とにかく男ばかりである。名前を確認したのだがよくわからない。いや分からないのではなく知らない。知らないゆえにすぐに忘れてしまってここに書くこともできない。しかし私にとってはその程度の人でも、いや、わたしにとってその程度の人ゆえ、世間では大騒ぎである。最近はもうそういうことに驚かなくなってきた。完全に世の中の流れからは外れてしまった、いやいやいや、とうの昔から外れている、どうにもならない。今の爆音で大人気の『うたの☆プリンスさまっ♪』も、ジャニーズ系のアイドルグループが3チームでライヴをするだけの映画である。それを観客の方たちが本当にうれしそうに応援して声を出す。朝9時前からの上映でも満席になるくらいの人気。映画館に人が来ないとか若い人が映画を観ないというのはまったくの認識違いで、われわれの好きな、あるいはわれわれが観てほしいと思う映画を観る人が減っている、というだけの話である。おそらくわれわれも若い時に、似たようなことを言われてきたはずだ。
 


11月7日(木)
本日のZEPPは関ジャニ∞を辞めた錦戸亮。という情報も教えられてようやく認識。昨日の3倍以上の人が朝から並んでいる。そして本日は見事なまでに女性ばかり。この人たちにわれわれの愛する映画を観てもらうためにはどうしたらいいのか。まあそんな無理なことを考えるより、まずはこちらが面白がって目の前の作業を行うのみ。職務としてではなく喜びとして。
作業終了後、ZEPPではさらに最後尾が見えないくらいに延びていた。友人と15日のイヴェントの打ち合わせも兼ねお茶をして夕食をとり、終電間近の新幹線に乗った。
 


11月8日(金)
昼過ぎから東北新社にて、スターチャンネルで放映される「テレビで爆音映画祭」の収録。昨年やったものがどうやら好評だったみたいで2回目となる今回は、放映可能リストの中から6本を選んだ。いったいイヤホンやヘッドホンで多少音をでかくしたところで果たしてどうなのかとか、単に耳が痛くなるだけではないのかとか、あれこれ疑問は残るものの適度に音量を上げるとやはりそれだけでもかなり違う。参考例として『レディ・プレイヤー1』の2シーンほどを取り上げてみたのだが、スタジオ内でもその違いに驚きの声が上がった。ちょっとのことだが音は不思議だ。爆音の調整がいつも楽しいのはやはりこの不思議さが貼りついているからだ。
夜は新潮社の某編集者と食事。今後に向けてのいろんなアイディアが出る。


 
11月9日(土)
山梨の実家に日帰り。入院中の母親の今後を決めるため、医師と面談である。病院につくと母親は案外元気でいつもより活舌がいい。どうやら病院でいろんな人と話をしており、自宅にいるより脳も顎も使っているためらしい。とはいえ果たして退院してひとり暮らしができるのかどうか、できないとしたらどうするかという見通しを立てねばならない。午後、その日の診療が終わった担当医と会うと「ひとり暮らしは全然問題なし、まだまだいけます」ときっぱり。あまりにきっぱりと言われてしまったので他の可能性を言い出すこともできない。とにかくそれならそれでと、妹や母親の姉妹たちに報告して今後の予定を立てた。
 
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11月10日(日)
疲れていた。
 


11月11日(月)
事務所で事務作業。午後からは撮影が終わり仮編集ができた某作品の確認作業を某所にて。音はまだこれからだが、色々と身につまされいろんなことを思い出しウルウルとする。残された時間をどのように生きればいいのかつい考えてしまう。
 
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11月12日(火)
事務作業。
 


11月13日(水)
松本へ。イオンシネマ松本での爆音映画祭。松本はいつ来ても気持ちがいい。空気が違う気がするのはみんな言っているので本当に違うのだろう。ここなら毎週爆音があってもいいとさえ思う。中央線の特急だと2時間30分で、新幹線なら大阪まで行けるもののやはり大阪より俄然近いと思えるのはわたしが山梨出身だからか。イオンシネマは会場の作りが特殊で「映写室」というものがない。完全デジタルの今後のシネコンのひとつのスタイルがここにあると言ったらいいか。最初はその独特の感触に戸惑ったが、ちょっと時間をかけてスピーカーのセッティングなどをやり直してもらったら、見事に気持ちいい音になった。音のスピード感がほかの会場とはまったく違う。
 
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11月14日(木)
音の心地よさに心も洗われ清々しい気持ちのまま帰宅。しかし明日は愛知の岡崎でイヴェントなので、本当なら松本から名古屋に向かうのが一番簡単だし楽。松本近くの温泉に泊まるかそのまま名古屋に行って名古屋に泊まるかすればよかったと後悔先に立たず。というか、この時期に松本があるのでそのまま名古屋に行けばいいやということもあって岡崎のイヴェント引き受けたのではなかったのか? いや、岡崎翌日にあの岐阜のうなぎに再会という甘い言葉に負けて引き受けたのだったか?
 


11月15日(金)
名古屋へ。岡崎で『サウダーヂ』の上映とトークとDJパーティがあって、そのトークの司会をした。名古屋シネマテークでの『典座』のトークに出演後の空族チームと名古屋駅前で合流し彼らの車での岡崎へということになったのだが、帰宅ラッシュの時間にはまって大渋滞。翌日、岡崎から高速に乗って名古屋まで大体30分だったのだが、この日は高速に乗らなかったこともあって2時間30分ほど。『サウダーヂ』が長い映画でよかった。会場は映画館ではなくアウトドアグッズの会社がやっている(たぶん)カフェに併設された「Camping Office osoto」というイヴェントスペースで、スクリーンもスピーカーも特設、カフェとの仕切りもない。キャンプ用の折りたたみ椅子での鑑賞である。実はキャンプ用の折りたたみ椅子はこういう場所での鑑賞にすごく向いていて、特設会場で映画を上映するならぜひこの椅子をとお勧めしたい。ちょうどいい感じでスクリーンと向き合えるのだ。それを確認してわれわれは近くの居酒屋で食事。本当にすぐそばだったので入っただけだったのだが、信じられないくらいに魚がうまい。というか本気の魚屋である。メニューがほとんど魚。ほかのメニューもあるのだが魚以外を頼んだらマジで大将に殺されそうな勢いで、注文を頼むのにも大変な気遣いをした。でもそれをしてでもまた頼みたいくらいうまかった。知多半島や渥美半島で獲れた魚なのだろうか。聞いたことのない名前の魚も各種。今後も岡崎での企画をお願いしたい。

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トークは、福島のこと、この10年の日本社会のことから始まって、俳優たちの演出について、彼らのその後について、当時の出来事とその後の山梨の状況について。あと2,3時間は途切れなく続きそうな勢いで1時間。われわれも会場の皆さんもたっぷり楽しみつつのイヴェントになった。今回は映画の上映だけを考えたらまったく整備されていない会場での上映で、しかしそのために上映を辞めてしまっては何も始まらない。あくまでも出発点としての話だが、この日のこの空気をいつまでも大切にしていきたい。おそらくこの会場にもファウストの「イッツ・ア・レイニー・デイ」が響いていたはずだ。


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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。