Television Freak 第45回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから『グランメゾン東京』(TBS系・日曜劇場)、『シャーロック』(フジテレビ系・月9ドラマ)、『ニッポンノワール―刑事Yの反乱―』(日本テレビ系・日曜ドラマ)の3作品を取り上げます。
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(撮影:風元正)



揺るぎない存在感というもの



文=風元正


『つつんで、ひらいて』は、装幀者・菊地信義を3年間撮影したドキュメンタリーである。冒頭、菊池は「酒と戦後派」という活字が印刷された紙をくしゃくしゃ丸め、また伸ばし、じっと眺めて、かすれた文字をコピーする。いきなりの動作から芝居掛かっており、90分間、カメラに対する意識過剰はずっと変わらない。監督・編集・撮影の広瀬奈々子は、「素」の刻が訪れない主役を撮り続けるのが息苦しくなったのか、次第に周囲の人々や猫に視線を移しはじめる。弟子の水戸部功の整った顔立ちにはほっとするし、書肆山田の鈴木一民がフォトジェニックな人間なのに驚く。父が装幀家という広瀬の視線の動きが、菊地の本質と繋がっている。
装幀者の人としての存在感の強烈さは、1万5千冊に及ぶ装幀した本のあり方に通じる。過剰な装飾を伴う本が当たり前の昨今では信じられない話だが、かつての文芸書の装幀は書き文字と挿絵のみの箱入りが基本。批評的な操作など不純だった。作者の心映えが自然に表れている高雅な本が、古本屋で二束三文に値付けられているのを見るたびにがっくり来ることもある。しかし、そうした浮世離れした本が並ぶのんびりした70年代の本屋さんの店頭で、絵や字を自分で描かず戦略的なデザイン性で勝負に出た菊地装幀本の群れは、黒船のように衝撃的だった。菊地の装幀革命は燎原の火のごとく広がり、やがて文芸書装幀のスタンダードを変える。
「平台」とか「装幀シーン」という認識は、菊地が登場する以前にはない。後発の出版社の編集者とタッグを組んで出発し、とにかく目立って、本を売らなければならない必要があっての発想だとしても、もともと理屈っぽい資質なのだろう。喋らなくても「言葉」はほとばしり、指定によって印刷機がぱたぱた動いて、選び抜かれた紙に命が吹き込まれてゆく。その過程が映像化されているのは貴重だ。
Macの画面上での作業が大前提となっても、菊地は活字を切り貼りする「手仕事」という基本をキープし、今ではトレスコープを駆使するアルチザンは珍しくなった。かつての前衛が古典的に見えるのは時の皮肉だけれど、明朝体を武器にしたシンプルなスタイルは常に新鮮である。私は「同時代文学」が菊地の装幀とともにあった幸運を寿ぐひとりだ。
発売中の「ユリイカ」総特集『装幀者・菊地信義』も充実した一冊である。

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『つつんで、ひらいて』監督・編集・撮影:広瀬奈々子/出演:菊地信義、水戸部功、古井由吉ほか
12月14日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー 




『グランメゾン東京』は木村拓哉とフランス料理が主役。パリでミシュラン二つ星を獲得したレストラン「エスコフィユ」のシェフ尾花夏樹(木村)が日仏首脳会談のアレルギー食材混入事件を起こして「日本の恥」となる。その3年後、偶然、星を目指す女性シェフ早見倫子(鈴木京香)と出会い、レストランに採用を断られた倫子へ尾花が「2人で一緒に世界一のグランメゾンを作るってのはどう?」と声をかける。その瞬間、2人の間にエッフェル塔が鎮座し、尾花が渡したビールが塔と同じ角度になるシーンに痺れた。まっすぐの正攻法。木村拓哉のドラマは、やはりランブロワジーで撮影されなければならない。
表に出られない尾花にかわり、シェフとなった倫子の、一度食べれば素材と料理法がわかる舌、という設定が興味深い。尾花が料理した牛テールの赤ワイン煮の素材や料理法、調味料まですらすら言い当てるシーンに説得力がある。では、なぜ倫子は同じ料理を再現できないのか? その差は「才能」、という機微が鈴木京香の演技力でよく表現されている。パリの街角で、尾花が調理した手長エビのエチュペを口に入れ、「おいしい」と呟く表情と涙はすばらしかった。もちろん、尾花の調理スタイルやフランス語は完璧。それが木村拓哉。
登場する料理もすばらしい。料理監修のカンテサンス・岸田周三シェフの実力に舌を巻く。みんな美味しそうだが、パリ時代のまかないのクスクスアラメゾンは食べてみたい、と思っていたら「俺のフレンチ」のメニューにあるらしい。「伝説のジビエ猟師」峰岸剛志(石丸幹二)を仲間に引き入れた本州鹿ロースと血液を使ったコンソメも気になるけれど、さて……。
事件で大迷惑を被った「エスコフィユ」の仲間も戻ってくるのだが、とりわけギャルソン京野陸太郎(沢村一樹)の葛藤が目をひく。尾花の元共同経営者だったため辛酸を嘗め、三つ星を目指す「gaku」に拾わるが、オーナーの江藤不三男(手塚とおる)にミシュランの調査員が訪れた後だと「原価率25%」でも高いとののしられて心が折れ、結局、倫子が借金を肩代わりし尾花とともに働く。しかし、心中の屈託が一掃されたわけではない。娘に作った尾花の「キャラ弁」に負けた相沢瓶人(及川光博)も腹に一物あるだろう。木村と及川の相性のよさは特筆に値する。
かつて尾花が料理を教えた平古祥平(玉森裕太)は、生意気なパティシェ松井萌絵(吉谷彩子)とともに店に加わる。パリでの事件は身内の裏切り者が引き起したものだが、真犯人はまだ見つからず。料理界の権力者で「マリ・クレール ダイニング」編集長リンダ・真知子・リシャール(冨永愛)も事故でとばっちりを受けて、元恋人の尾花を許していない。なにより、「gaku」のシェフ丹後学(尾上菊之助)の歌舞伎役者でしか出せないアンビギュアスな表情が味わい深い。幾重にも張り巡らされた伏線がどう機能してゆくのか、今後も目が離せない。




『シャーロック』は、コナン・ドイルが世に送り出した名探偵ホームズ=誉獅子雄をディーン・フジオカが演じる。相方の医師ワトソン=若宮潤一(岩田剛典)、レストレード警部=警視庁捜査一課警部・江藤礼二(佐々木蔵之介)の3人組が犯罪者に立ち向かう。斬新な印象を受ける組み合わせ。ヴィクトリア朝ロンドンのディレッタントが令和東京に現れたらどうなるか? ノーブルなディーンにエクセントリックな天才は似合っているし、精神科医という役柄により岩田のナイーブな繊細さが引き出されている。佐々木蔵之介の装われた間抜けさも愉快だし、常に獅子雄を邪魔者扱いする江藤の部下・小暮クミコ(山田真歩)も、犯罪現場に欠かせない顔役になってきた。
獅子雄は若宮にいきなり「医者として限界を感じてるんじゃないの?」と声をかけたりする。細部から事態の真相を読み解き立て板に水でしゃべり立て、「犯罪コンサルタント」なのに現場で一番偉そうに振る舞う。バイオリンを弾き、ボクサーとしてもかなりの実力。脚本の井上由美子のセリフの力とキャラクター造形は目覚ましい。たとえば第1話、獅子雄の着眼点が被害者の胃に残った「バターとパセリ」。医師の転落事故の第一発見者の看護師・水野麻里(松井玲奈)が、若宮の「ファン」だと称し事実を隠し怪し気な振る舞いで視聴者を攪乱したり、重要な小道具のひとつであるクルーザーがたぶん『太陽がいっぱい』を踏まえていたり、演出も洒落ていて、各話みな、大人のフィルム・ノワールとして愉しめる。
獅子雄は事件の余波で病院を辞めた若宮の部屋に転がりこむ。ワトソンとして記録係を務める若宮は「もし僕に何かあった時は、この記録の公開を許す」と記し、ナレーションはいつか来る破滅の予感に哀調を帯びている。家賃や食費も一切支払わぬひどい居候だが、だんだん2人の関係は深くなり、精神科医として獅子雄にロールシャッハテストを仕掛けてまともに取り合わないシーンなどは楽しげだ。
「探偵」は近代都市の発生とともに小説の中に登場し、人々の営みと心理を映す鏡のごとき働きをしてきた。監視カメラやDNA鑑定などの科学的捜査の手法が進歩したため、旧来の「推理」はいささか旗色が悪くなったけれど、ディーン・フジオカの存在感により探偵小説の原点が甦り、新たな息吹を吹き込まれるのはいい心地である。謎のスケボー少年・レオ(ゆうたろう)がスマホを駆使して切り取る都市の闇も興趣深く、スタイリッシュな遊戯性を貫く心意気に拍手したい。

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月9ドラマ『シャーロック』 フジテレビ系 月曜よる9時放送 




『ニッポンノワール―刑事Yの反乱―』は、『3年A組―今から皆さんは、人質です―』の半年後という大胆な設定。山小屋で捜査一課の刑事・遊佐清春(賀来賢人)が目覚めると、隣に上司の碓氷薫(広末涼子)の屍があり、ここ数ヶ月の記憶が失われていた。証拠を消して立ち去るが、刑事として現場を訪れた時には、無断欠勤していてアリバイがなく、「警視庁のガン」と呼ばれる評判の悪さもあって容疑者扱いされてしまう。公安部刑事・才門要(井浦新)は「こっから先は誰も信じるな。食うか食われるか、決断を誤ったら命はねえぞ~」と宣告し、敵と味方の区別もつかない日々が始まった。
捜一のアイドルだった薫の死の背景には「十億円強奪事件」があり、遺されたメッセージにより生者は翻弄される。もじゃもじゃの髪で髭をたくわえた清春にはネグレクトされた過去があり、拳によってしか他者とコミュニケーションを取れない。賀来は動きの目覚ましさなら若手随一。隣に父を知らぬ薫の長男・克喜(田野井健)が寄り添うが、謎の薬が切れると破壊衝動を抑えられない子供である。親との関係が捩れて暴力性が育まれるのは警視庁理事官の本城諭(篠井英介)と本城芹奈(佐久間由衣)の父娘の関係も同じだ。佐久間の凛々しさが眩しい。不穏な2人組に警察内部とウラで繋がる「ベルムズ」という半グレ組織が絡み、『3年A組』から引き継がれた闇は深まってゆく。
身体能力の高い俳優が集まり、危険な動作を飄々とこなす。清春は同僚の「パーリーピーポーッ!」が合言葉の後輩刑事・名越時生(工藤阿須加)や才門ととことん殴り合うが、どこか爽快で後腐れはない。しかし、疑惑はずっと残る。権力が強まるほど個人の抑圧が進み、無意識のうちに暴力衝動が蓄積され、どこかに集約され噴出してしまう。「令和」のリアルの最尖端が、躍動する俳優たちの身体に宿っている。フリーライターの深水咲良(夏帆)や刑事・高砂明海(立花恵理)も、デンジャラスな現場にひょいっと突っ込んでゆくしなやかな強さがチャーミングだ。
ガスマスクの男の正体は? 清春を操る「NN」マークの意味は? そして、真犯人は? 第2部に入り、どのような「悪」が創造されてゆくかが気になる。いつの間にか、何が悪で何が善なのか、境界線が見えない時代に入っているから。

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日曜ドラマ『ニッポンノワール―刑事Yの反乱―』 日本テレビ系 日曜よる10時30分放送 




『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』の圧倒的な映像と音楽に打ちのめされ、ラグビーW杯の決勝トーナメントにぐったりした。正直、もうトシで草臥れるから、真に高いものに接する機会は減らしたいのだが、たまたま揃ってしまった。しかし、今回のW杯の出場選手の幾人かは、セルジオ・レオーネの撮ったチャールズ・ブロンソンやヘンリー・フォンダなどの揺るぎない存在感にいくらか匹敵するかもしれない。
まず、あのオールブラックスを完膚なきまでに叩いたイングランド代表のヘッドコーチ、エディ・ジョーンスの似ても焼いても喰えない落ち着きと知性にびびる。しかし、名監督の顔色をなからしめたスプリングボックスは、何人出てきても能力が落ちない第1列と背の高い第2列を揃え、ウイングの両翼コルビとマピンピの走力もすごく、なにより2mのフォワードにも平気で喧嘩を売るデクラークの向こう気の強さには脱帽した。ラグビーは消耗戦で、レギュラーと遜色ない控えが多数揃っていないとトーナメントが勝ち進めないと腑に落ちた次第。
どんな時代でも、どこかから恩寵のような傑物が目の前にいきなり出現することには変わりない。そう、これは歴史の領域になるが、菊地信義の装幀した本を一面にすべて並べてみたら腰を抜かすほどの壮観だろう。テレビはいつどこまで不意に出現する高みにカメラを向けてゆけるか。できるだけ長くと願いたい。


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(撮影:風元正)


風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。