妄想映画日記 その97

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」その97です。社長の終わらない移動の生活、松本、広島、京都、お台場、新千歳を訪れた10月後半の日記をお届けします。合間の東京では『ジョーカー』を観たり、スリ・ヤムヒ・アンド・ザ・バビロン・バンドのアルバム発売記念ライブへも。
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文・写真=樋口泰人


もはや自分の居場所がどこにあるのか全く分からない移動の連続の10月後半。飛行機の中が妙に居心地がいいなどと10年前なら死んでも言えなかった。安定剤をもらって飛行機に乗っていたはずなのにいったいどうなってしまったのかその不思議な不安定感がどこまでも続く。いつか安らぎの場所を見つけたいものだ。
 


10月16日(水)
歯医者に行った。もともと歯は悪くて前歯が4本差し歯なのだが、それがダメになってきたので作り直しである。歯がダメだと食事もままならず生活全体に影響が出る。若い時はそのことがどういうことかあまり気にならなかったのだが年を取って体力がなくなってくると結局そこが生きることの根本だということがはっきりと体感できるようになる。
 


10月17日(木)
松本の爆音映画祭に向かうのだが、先日の台風の影響でまだ中央本線が動いておらず中央道も寸断中。いつもなら「あずさ」に乗って2時間ちょっとなのだが、今回は、ギリギリ長野まで動いてくれた北陸新幹線で長野、それから篠井線で松本まで。列車に乗っている時間は3時間30分くらいで「あずさ」で行くのより1時間長いくらいなのだが、とにかく北陸新幹線がまだ1時間から1時間30分に1本くらいしか出ておらずしかも全車両が自由席でうかうかしていると座れぬままとなる。ネットで北陸新幹線の臨時の時刻表を確認しようと検索してもなかなかたどり着かない。いつものことながらJR東日本のネット関係はダメでうんざりする。とにかくあれやこれやで何とか臨時の時刻表を手に入れたわけだがもちろん予約はできないので結局行ってみないとわからないという状況。関東以北が大混乱の中で東京駅のホームで50分待って無事座れただけでもよしとするしかない。いずれにしても松本までに5時間かかった。14時から爆音調整開始。今回の松本はなんといっても『狼煙が呼ぶ』『きみの鳥はうたえる』『寝ても覚めても』『典座』『TOURISM』の日本映画5本が圧巻。予算規模の違うゴージャス感丸出しのハリウッド製の音とはまた違う、繊細極まりない細部にまで目の行き届いた音の設計はいよいよ世界に誇れるレベルになってきているのではないかと実感した。

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10月18日(金)
昨年までの松本爆音は12月で完全に冬仕様だったのだが今年は10月。夏の名残の中にある東京に比べさすがに松本はしっかり紅葉が進んでいる。ふたつの季節の微妙な重なり合いのグラデーションを東京で感じることがほとんどなくなったのは、単に私が東京にほとんどいないせいなのか。夜は『狼煙が呼ぶ』のスタッフたちが来場、皆さん初めてお会いする方たちだったので音の具合などどう感じられるかこういう時はさすがに緊張する。上映後は切腹ピストルズのメンバーによるミニライヴもあったのだが、和太鼓のようなレンジが広くしかもたたいた場所(音源)だけではなくその音の響きとともにひとつの音を作り上げている音をクリアに録音するのは本当に大変で高度な技術力がいる作業だということを改めて実感する。

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10月19日(土)
1日で6本上映というシネコンでの爆音映画祭並みのハードな上映スケジュール。『無限ファンデーション』の監督大崎章さんと音楽&出演の西山小雨さんが来場。いろんなお土産を持って訪れたファンの方たちとの交流を見ていると基本的に人嫌いでできる限り他人との接触なしに暮らしていきたいわたしはそれだけで尊敬のまなざしを向けてしまう。
 


10月20日(日)
『典座』『TOURISM』の上映にあわせて空族チームと宮崎くんが来場。山梨から車でやってきた空族はともかく、大和市から東京、長野経由でやってきた宮崎くんは電車の遅れで7時間かかったと。トークの時間にも間に合わず、最初の10分ほどはわたしと司会の飯岡さんで爆音の話など。
夜は本来なら東京に戻る予定だったのだが宮崎くんの話を聞くと終電近くの列車で戻ってどこかが遅れたら途中駅で夜明かしとかなりかねず、もう一晩松本に泊まることにする。皆さんと打ち上げ、そして2次会に向かう皆さんを送ってわたしはホテルに。体力がなく、深夜のイヴェントはほぼ無理。しかもこのところずっと睡眠障害が現れていて、この4日間で合計10時間ほどしか眠れていない。倒れないでいるのが不思議なくらいだ。
 


10月21日(月)
当然のように夜明けに目が覚め悶々としていたのだがどうにもならずそのまま起き上がり始発ではないものの通学の学生たちとともに列車に乗り長野へ、そして新幹線を待つ。いったん帰宅し荷物を置いて事務所にて湯浅湾のCD保護袋の製作打ち合わせ。通常ならビニールの既製品を使うのだが、7インチのアナログが入っているような紙袋を作ろうという話。必要か不必要かというくくりで言えば完全に不必要極まりないものなのだがまあだからこそ作ろうということになるのは避けられない。こんなことをしていたらいつか破産するとは思う。ただこうやってCDの匂いみたいなものが出来上がっていく。
 


10月22日(火)
まったく知らなかったのだが、祝日である。即位礼正殿の儀が行われる日ということでテレビがざわめき立っているのだが遠い世界のように感じられる。こちらは息も絶え絶えのままかろうじて目の前の時間をやり過ごすばかり。夕方には新幹線に乗り広島へ。明日からの109シネマズ広島での爆音調整に備え前夜入りである。ホテルは和室になってしまったと聞いていたのだが何やら無駄に広くドキドキする。
 
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10月23日(水)
調整は順調に進む。関西でのシネコンの爆音では今年から基本的に私の好きな「アークス」というスピーカーを使っているのだが、これは丸の内ピカデリーの爆音でも使っていたやつで、今風のラインアレイとは違い旧タイプのスピーカーの柔らかな音が出る。人の声の中音域がふわっと広がり音に包み込まれる感触。広島の会場はスクリーンの位置が高くてセンタースピーカーを高く積み上げることができ、センターからの話し声や歌声を無理なく会場の隅々まで届けることができる。『グレイテスト・ショーマン』はかつてない音になったと思う。
夜は「カープ鳥」という焼き鳥屋に連れて行かれる。焼き鳥のそれぞれにカープの選手の名前が付けられている。地元出身にもかかわらずカープファンではない野球ファンは生きづらいだろうなあと思う。

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10月24日(木)
夕方までの調整を終え、京都に向かう。京都は雨。9月に来たときは余裕でホテルが取れたのに、いよいよオンタイムなのかまったくホテルが取れず少し離れた伏見稲荷のそばにできたばかりの海外からの観光客向けと思しき滞在式のアパートとホテルの中間のような宿。「自分の部屋」みたいな感じの部屋なので居心地はいいが仕事がらみで1夜の滞在者にとってはあまり関係ない。しかも近所にコンビニもない殺風景な住宅街なので寂しい上に雨がかなり激しい。欝々となりながらも京都みなみ会館へ行って、今後上映予定の作品の音の調整をした。爆音用の機材を入れるのではなく、映画館だけの機材を使ってほんのちょっとだけ手を加えるだけで映画の世界が広がる。だがついもうちょっともうちょっとと音を大きくして足元から心震える音へ向けて微調整が深夜まで続く。
 


10月25日(金)
前回の京都の帰りは見事に新幹線に乗り遅れたので今回は何度も時間を確認して乗車。夕方は歯医者。
 


10月26日(土)
確かこの日に『ジョーカー』を観に行ったように思う。大ヒットとのことでユナイテッドシネマとしまえんでも500席くらいの最大のスクリーンでの上映だった。音楽のリズムと迫力にのせられて飽きずに観たのだが結局ジョーカーは普通の人だったのかという妙なしょんぼり感が残る。普通の人がいかにジョーカーになったかという話をこうやって見せられてもわたしはあまりうれしくなかった。アメリカの40年代50年代のとらえ方解釈の仕方フランク・シナトラの味わい方も、日本に住むわたしの友人たちのほうが随分と深く身体に染み付けているなあという感慨を持った。もはやアメリカ映画はアメリカにあるわけではない。自分の中の脳内映画がフランク・シナトラの歌とともにフル回転して身体中を巡る。


 
10月27日(日)
友人宅にて北海道産チーズによる入籍祝いの後、スリ・ヤムヒ・アンド・ザ・バビロン・バンドのアルバム・リリース記念ライヴへ。この日はバビロンバンドだけではなく、以前バビロンバンドの山崎さんがライヴを見て気に入ったというBIALYSTOCKSも出演。この名前だけだと見当もつかないが、『はるねこ』の監督甫木元空ヴォーカル、ギターのバンド。山崎さんが『はるねこ』を観たのかどうかは確認し損ねたが、思わぬ形での出会いに俄然胸が高鳴る。しかしこの組み合わせなら絶対来るはずの青山が来ない。何をしているのかと思ったら道に迷ってあきらめたというツイートを後に発見。どうしてグーグルマップさまを頼りにしないのかと訝ったのだが、青山はスマホを持っていないことを思い出す。まあ、迷うことこそ人生のだいご味と、『レディ・プレイヤー1』のスピルバーグさまも語っている。
 
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この日のライヴはともに人の声の不思議に思いを巡らせられるものだった。バンドの演奏すべてが、甫木元空とスリ・ヤムヒの声を通して出てきていると言いたくなってしまう彼と彼女の声の「器」としての役割感に心打たれた。青山の『冷たい血』で聞こえてくる管楽器(あれは何だっただろう、今となっては思い出せないのだが)の空気がその楽器の中を通過する音を思い出す。そして巻上公一くんがプロデュースしたんだったか配給したんだったかしたホーメイのドキュメンタリーの中で、客席にいた地元の方たちが口を開けてその口元に手のひらをもっていってパタパタしつつ今その場で聞こえてくる音楽を自身の身体の中に入れようとしているかのような動作を見せていたのが記憶に残っているのだが、まさにそのような動作をしたくなるようなライヴだった。
 
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10月28日(月)
お台場爆音準備。お台場の爆音の時はたいてい雨が降っていていつも雨の写真をインスタとかにアップしていたのだが、この日は秋晴れ。何となく気持ちも高揚する。その高揚感のまま調整を。爆音をやり始めたころは広い会場だと客席の前後で音量がだいぶ変わってしまいつらいと思っていたのだが、ラインアレイのシステムを使い始めるとそれがほぼ解消され広さゆえの開放感にあふれた音になる。今やこんな500席越えの会場ばかりでやりたいとか思ってしまうほど気に入っている。

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10月29日(火)
お台場2日目はやはり雨だった。めぐりあわせと言ってしまえばそれまでだが面白いように雨が降る。引きずられて思い切り体調悪し。夜は友人と飯を食いに行く約束をしていたのだがキャンセル。どうにもならない。
 
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10月30日(水)
新千歳へ。10月頭にやった札幌での爆音が昨日のような感じもするし遥か昔の感じもする。ちょっとしたことで体内時間が延び縮みして自分の「現在」がよくわからなくなる。いずれにしても目の前には寿司がある。ホッケとニシンの寿司を食い、ようやく落ち着く。
 
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10月31日(木)
朝から爆音調整。札幌でも手伝ってくれた音響チームがいい感じのセッティングをしてくれて、ご機嫌の調整となった。シネコンの爆音でもやってきた『プロメア』は破壊力倍増、なおかつクライマックスシーンでの歌声の響きは爆音の中で戦闘シーンの破壊音と一体化して新たな創造に向けての希望の響きとなっていく。『マクロス』シリーズを思い出しつつ調整を行った。普段アニメはほぼ観ないので、シネコンの爆音や新千歳がなかったらこういった作品に出合うこともなかった。

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その他あれこれどれも面白く調整を行ったのだが終了は23時ちょっと前。すでにターミナル内のレストランはすべて閉まっていて夕食を逃す。事務局からカップヌードルの鳥南蛮そばを持ち帰るがやはりターミナル内のホテルにどん兵衛を売っていて、やはりこういう時はどん兵衛だよねということで、10月最後の食事は何年かぶりのまさかのどん兵衛となった。こんなこともある。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。