映画は心意気だと思うんです。 第13回

ホラー映画をこよなく愛する冨田翔子さんが“わが心意気映画”を紹介してくれる連載。ですが、今回は特定の映画に関する話ではなく、最近冨田さんの身に起こったある出来事、20分で着けるはずの場所にいっこうに辿り着けないという、まるでホラー映画の設定にあるかのようなちょっとした恐怖体験の顛末が明かされます。

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文=冨田翔子


私は一級品の方向音痴である。ひとたび街に出れば、右も左も分からない。目的地はどこにあるのだろうか。真っすぐ歩いていたと思ったら、全く予想外の場所に出たりする。道に迷ううち、いつの間にか人生にも迷っていると思えてくる。ああ、自分の生き方が悪いせいだ、という思いまで押し寄せて、焦り、落ち込んで、どんどん目的地は遠のいていく。
 
東京中に張り巡らされた路線図も、私の頭を悩ませる。だからナビは手放せない。インターネットの時代に生まれてよかったと、心から思う。決して使いこなせてはいないのだが…。
 
ある日、見知らぬ番号から着信があった。怖いので無視した。すると翌日も同じ番号から着信があった。何やら胸騒ぎがする。そこで、その番号をインターネットで検索してみると、それはクレジットカード会社からの電話であった。仕方なく恐る恐る折り返してみると、オペレーターから、「冨田サマ、口座の残金が足りず今月のカードの引き落としができませんでした」と、告げられた。ガーン。「すみません、本当にすみません」と平謝りしながら、どうやって振り込めばよいかを聞くと、最寄りのカード会社のATMで払えば手数料が取られませんよ、とのことだった。最寄りのATMは、中野駅。自宅から電車で20分程度、目と鼻の先の距離といっても過言ではない。(方向音痴なので距離感が測れない。)
 
いつもならナビで調べるけれど、その日は方向音痴に加えて怠惰だったので、勘で、というか、正式には何度か行ったことがあるので、自分の記憶を頼りに行くことにした。
 
怠惰なので、そろそろ行かないと間に合わなくなる時間に家を出て、中野坂上駅から電車に乗ると、早くも問題が発生。何も考えずにホームに到着した電車に乗ってしまったのだ。いや、その電車は自分の感覚では、合っているはずだった。しかし、数分経ってふと我に返ると、全く聞き覚えなのない駅名がアナウンスされている。完全に乗る電車を間違えている!
 
慌てて降りて反対車線に乗り直し、中野坂上駅に戻ってきた。全くなにをやっているのか。
 
今度こそ、自分が思っていた電車に乗ることができた。私が乗ったのは、東京メトロ丸の内線・荻窪行き。さっきも丸の内線に乗ったが、それは方南町行きという電車だったのだ。目指すは隣の新中野駅。ここでJR総武線に乗り換えて、すぐに中野駅に着くはずだ。新中野駅に到着し、意気揚々とホームに降り立つ。さて、乗り換えはどこかな……乗り換えの案内表示がどこにもない。あるのは出口の案内だけ。ええ……??
 
私は不安になり、文明の利器・iPadをカバンから取り出しインターネットに繋がった。すると、私の目は画面に釘付けになった。ナビの乗換案内には、東中野駅で乗り換えると書いてあるではないか。ここは、新中野駅だ。惜しい!
 
もっとよく見ると、都営大江戸線と書いてある。まさか……。そう、そもそも乗る線からして違っていたのである! 全然惜しくなかったのだ。私はすっかり落ち込んでしまった。方向音痴な上に怠惰、電車は間違うし時間もなくなった。たった1枚しかないクレジットカードが今にも止められそうになっている。
 
だが、私は思い直し、自分に問いかけた。これまで幾度も道に迷ってきたじゃないか。そこで学んだ大切なことがある。落ち込めば落ち込むほど、目的地は遠のくのだ! ホラー映画で、主人公が恐れれば恐れるほど、怖いものが近づいてくるのと同じ原理なのだ!
 
再びナビを凝視した。丸の内線でここまで着てしまったが、まだ道はある。選択肢は3つ。
(1)また中野坂上駅に戻って大江戸線でやり直す
(2)このまま丸ノ内線で荻窪駅まで行き、JR総武線に乗り換えて中野駅に行く
(3)丸ノ内線の反対車線に乗って、新宿駅まで行って、乗り換える
 
これらから、度重なる移動で疲れてしまった健康状態を鑑み、一番体を動かさなくていい(2)で行くことにした。
 
私の勘やら記憶やらとは、一体何だったのか。もう二度と自分なんて信用しないと、固く心に誓った。
 
荻窪駅に行く間、大学からの友人にこの顛末をLINEで愚痴ると、「冨田の方向音痴は度を超えておる!」「そもそも、自分の家の周りの地理をわかっていないのか!」「これまでの(方向音痴による)失敗が反映されていない」「つまり、生き方が問われている」と矢継ぎ早に突っ込まれ、生き方まで問われる始末。さらに「手数料がかかっても近場で済ませたら良かったのでは」と、手数料不要という特典はもはやなんの意味も無くなったことを、思い知らされるのだった。
 
やっとの思いで中野駅にたどり着いた。長かった。すっかり辺りは暗くなり、夜の中野駅は閑散としている。なんとかATMの閉店時間にギリギリ間に合った。早速カバンから財布を取り出し、画面の振込のボタンを押す。するとATMは、私にこう要求してきた。
 
「暗証番号を入力してください」
 
「!!!」
 
ここで私は、このクレジットカードを作ったときの記憶を辿った。それは約10年前。クレジットカードという魔法のカードを前に、もし自分にお金の管理能力がなく、使いまくったり、キャッシングしまくったりして破産したらどうしよう、といつになく不安になっていた。せめてキャッシングをするのはやめよう。やらないためにはどうしたらいいだろうか。そこで私は、究極の防衛手段を取ることにした。すなわちそれは、暗証番号を忘れ去ることだったのだ…。
 
つまり私は今、自分のクレジットカードの暗証番号がわからない! 一瞬で、何もできなくなってしまった。暗証番号を入力しないことには、何ひとつ進めることはできない。何たるザマだろう。唯一できることは、キャンセルボタンをクリックし、その場を立ち去ることだった。私はフラフラとATMから出てきた。人の少ない通りにひんやりした風が吹き、虚しさが増した。生き方…生き方の問題なのか…。
 
先ほどの友人に、この結末を報告せずにはいられなかった。すると、こう返ってきた。
 
「想像の先を行くやばさだな」
「とっとと帰りたまえ、家に」
 
(はい……)
 
こうして片道約1時間の珍道中は幕を閉じ、滞在わずか8分にして、バスに乗り込んで中野駅を後にした。そう、この状況に陥って思い出したのだが、そもそも自宅から中野駅まで一番早い手段は、バスだったのだ……。
 
バスの窓から外を眺めながら、これまでの方向音痴歴を思い返した。同居人は「あなたは地下鉄から地上に出ると、いつだってすぐ左に曲がる。どこに左だという根拠があるの」と言っていたっけ。映画を観終わって、売店でパンフレットを買った後、さあ帰ろうかといって、またスクリーンの入り口に入っていこうとしたこともあった。本屋で、じゃあこれ買ってくるねと言って、目の前のレジにくるりと背を向けて歩き出したこともあったっけ。さらに、義務教育の記憶も蘇る。地理で習う地図の縮尺と、山の等高線は一向に理解できなかった。輪っかになった線がいくつも書いてあるけれど、どうしてこれで山の高さがわかるのか。きっと自分は山ですぐ遭難するだろう。登山は控えようと思った。理科では地層の問題が大の苦手だった。Aの地層には泥の層と砂の層があります、ではBのこの部分は何でしょう。わけがわからない。
 
小学4年生の時、道に迷って家に帰れなくなったことがある。初めて遊びに行った友達の家から帰るとき、「送っていこうか」という心配顔の友達に「大丈夫」と言って歩き出したものの、あっという間に道を間違えて全く知らない場所に出てしまった。そこから必死に走って走って、泣きべそをかきながら、最後には見たことのある場所に偶然たどり着き、やっとの思いで家に帰ったのだった。もう一生帰れないんじゃないかという恐怖は、この後しばらくトラウマになった。
 
ああ、子どものときと何にも変わっていないんだなあ……。その夜帰宅した同居人に、本日のいきさつをひとつひとつ話すと、終始ニタニタした表情を浮かべて聞いていた。失敬な、こちとら大変な旅だったというのに。そして、同居人はこんなことを言った。「それなら新中野駅から中野駅まで歩けば、10分で着いたのに」。な、何だそのウルトラCは! 地上を歩くという知恵は持っていないのだ! さらに、ペラペラとまくし立てた。「1番の正解は新中野から中野まで歩く。次に、新中野からバス。もっと言うと、方南町行きの時、中野新橋で降りているはずなので、そこからバス」。まだ続く。「(前述の1〜3の選択肢について)全部不正解なうえに、その中からさらに最悪なのを選んでいる。荻窪まで行って総武線とか、マジでないわ」……。
 
数日後、当然クレジットカードは止められた。そして私は暗証番号を変更した。このときは、バスで中野駅まで行き、カードセンターの窓口で延滞金も支払った。もう中野駅までの道のりを迷うことはないだろう。映画のような、うまいオチはない。道に迷い、人生に迷い、それでも明日はやってくる。がんばって生きていこう。


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冨田翔子

エンタメWebサイト編集部勤め。好きなジャンルはホラー映画。心意気のある映画を愛する。