宝ヶ池の沈まぬ亀 第39回

青山真治さんの連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」第39回は、前回(第38回)触れられていた紀州ロケハンツアーのあと立ち寄った名古屋からスタート。新作映画も劇伴付きオールラッシュを終え、いよいよ完成間近のようです。そのほか、たむらまさきさんの特集上映に参加するためにソウルに滞在した際のことや、『はるねこ』(甫木元空監督)のメインロケ地で行われたBIALYSTOCKSのライヴ、最終回を迎えた朝ドラ『なつぞら』、現在オリジナル版が公開中の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(セルジオ・レオーネ監督)におけるジェイソン・ロバーズの在り方などについて記された2019年8月末~9月の日記です。

39、もうチイとで秋じゃけんのう、こらえてつかあさいや



文=青山真治

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「珈琲元年」から見た中川運河 


某日、快晴の空の下、仙頭邸ゲストルームで目覚め、中川運河そばの「珈琲元年」でモーニング。美味。風景良し。戻ってミーティング・ルーム(そういう部屋を借りることができるのだ)に楽器を持ち込み、セッション。仙頭はほとんどコレクターと言ってよいギターマニアでありエフェクターマニア(私はそうではない)なので、いろいろ初めて音を出すものを試した。リッケンバッカーとコロナのコーラス、そしてグレッチの小型アンプの組み合わせは最高だった。あとベリンガーのチューブアンプシュミレーションオーバードライブの音の伸びが非常によかった。何はともあれ、最大の快楽はギターを弾くことであり、だれかのギターと協奏することである。仙頭のソロはたどたどしいけどエッジが効いていて楽しい。ホキモトのソロは若さゆえの小癪な感じ。私自身は数ヶ月弾いてないせいで指が全く動かず。それでも体は動いている。腰が揺れるかぎりギターは弾ける。ビートの問題。昼過ぎ、高知に戻るホキモトを駅に送った後、近くのうどん屋で昼食、そして東京に戻った。
 
某日、タランティーノの新作についての朝ニュースを見て買い出しに出るとコンビニの前で若者が撮影をしていた。監督とカメラマン、俳優のたった三人のクルーだが、作品ができることを祈る。そういえば串本の橋杭岩ではかなり大勢のクルーがPRビデオか何かを撮影していたが、ドローン撮影中に何人もが座って全員パソコンを睨んでいたのが興味深かった。ホキモト曰く、今後撮影はああなるのであろう、下手すると全員家にいてスカイプでやりとりしながらの撮影になるかもしれない、と嘆いていたが、何事も肉眼で見なければ気のすまない私のような恐竜には想像もつかない。まあ、そういうことになればなったでかまわないのだが。そうやれと言われればやるだろうし。今ももはや「映画」と呼ぶか「映像」と呼ぶかは曖昧なことになっているのだから。デカプーは69年のシャロンテート事件が文化の転換点と解説していた。日本ならもちろん「連赤」その後の「あさま山荘事件」がそれに当たるのか。だが私たちはそれを彼らのように真剣に、そして娯楽として描くことに成功しているだろうか。娯楽として描くということはそれを大衆に浸透させることなのだが、どうも世の中はそのようには見えない。あれ以来ただまごまごと沈黙しているというようにしか見えない。香港、インドネシア、カンボジア、韓国と、現在のアジアは動乱の只中にあるが、いちばんひどいのは50年まごついたままの日本である。次回の芝居はそこを中核として作られるだろう。
WOWOWで『ゾディアック』を。フィンチャーの中で唯一これは、と見続けてきたのだがそろそろ飽きてきた。
 
某日、早朝からなぜかYouTubeからまたしてもYMOに入り込み、そこからアマゾンプライムで『戦メリ』までひとっ飛び。で、最後まで見てぐずぐずの号泣。そろそろ音源を変えたほうがいいと思う。80年代っぽすぎる。最近の音源に変えればもっと泣けるだろう。
夜はずっと雷雨ショー。
 
二日間、こちらの体調不良とあちらの未完成とで打合せが次々に流れ、ずっと寝て過ごす。まあ仕方がない。あと数時間でソウルに向かわねばならないのだが、なんの準備もしていない。ひたすら頭がぼんやり、めまいがする。京急の事故がひどい。
で、慌てて用意して出発したまではよかったが、タクシー内でぐずつき始めた腹の調子は空港に着くなりピークに達し、トイレでひたすら脂汗を流し、出たときにはとうに搭乗時刻を過ぎていた。愕然と食堂の一角で項垂れても救いなし。すごすごと帰宅。
いつものようにテレビ前の床に横たわり、そのうち『探偵はBARにいる3』を見る。このシリーズ、実は非常に好みなのだが、この三本目は格別に良い。何しろはちみつぱいが二曲もかかるのである。そのうち義母が訪れてこちらの容体を知ると、小田原産の「ういろう」というものを与えてくれる。これが例の歌舞伎のういろう売りの元であって、名古屋のういろうではないとのこと。初めて知った。ほぼほぼ仁丹と同型同色の丸薬で、腹痛に効くのだというので、飲ませてもらう。頭のぼんやり・めまいは治らないのだが、とりあえず徐々に体は整ってきた感じ。夜半、女優が酸辣湯麺を作ってくれて食べた後、ドラマ『凪のお暇』を見る。何回か逃していた。やはりこれは今期最高のドラマだろう。少なくともあのアパートにあれらのだらしない人物らがフラフラ漂っているのを見るだけで救われる。相変わらずシンジ、シンジと呼ばれる男が泣き上戸なのには敵わないのだが。この脚本家、俺の何を知っているというのか。
 
某日、目覚めてどうにか段取りが無事に調整されたことがわかり、ソウルへ。女優が空港まで送ってくれる。さすがにそう簡単には体力回復することはないが、とにかく食事を、と寿司屋でブランチ。ソウル近辺の台風の影響でフライトは一時間遅れと言われ、とにかく搭乗口まで入るとフラフラとラウンジへ。何も思いつくことはなく、ぼんやりと過ごす。ようやくボーディングタイムが来て搭乗するが、飛行機はまだ飛ばず、結局さらに一時間の遅延を経て、ようやく離陸。機内食はビピンパ。そしてギンポ空港上空でさらに着陸待ちの旋回が三十分近く、外に出た時の風たるやよろけそうになった。迎えに来てくれた国際交流基金の別府さんも大層心配してくれた。街も台風など珍しいゆえか瓦礫や枝で酷い有様だったが、まっすぐにソウルアートシネマへ。「Light in Empty」と題された撮影たむらまさき特集であり、代表作が一気に上映されるのだが、北九州で撮影された拙作三本について私が質疑応答を受けることになっている。すでに予定通り上映は終わり、タクシーを降りて荷物を抱えたまま場内へ。ゲストに『子猫をお願い』のチョン・ジェウン監督。司会は以前もお世話になったここのリーダーのキムさん、そして通訳のホンさん。たむらさんとの出会いや仕事の仕方をできるかぎり丁寧に、たむらさんの人となりを交えて話した。驚いたのは観客からの質問の数とその質。これほど活発で、かつ的確な質問を世界のどこでも受けた記憶はない。韓国のシネフィルはいつの間にかとても優秀になっている。終わってから韓国居酒屋へ。そこでパク・チャヌクにいやんが待っていてくれた。スタッフや交流基金のみなさまも交えて11時近くまで歓談。しかし私は疲労困憊。タイムリミットが来てホテルにチェックイン。だが、いつも通り眠れない。うとうとして二時間すると目覚めて、の繰り返し。

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某日、ようやくホテルの朝食を摂ってからしばらく眠る。午後一時、キムさんとホンさんが迎えに見えて、青瓦台の裏山の向こうにある餃子スープの店でランチ。薄味で非常に美味。さらにおそろしく急な坂道を登ったところにあるメルヘンチックな喫茶店で、お茶。この山の尾根には20キロ近い城壁があり、14世紀ごろにできたものらしいが、万里の長城を見たことのない者にはちょっと珍しいものだった。一旦ホテルに戻り、20分ほど仮眠してからトーク第二夜。ゲストは『ひと夏のファンタジア』のチャン・ゴンジェ監督。キャメラマン出身らしく撮影に特化した質問が多かった。そしてこの日も観客からの質問は数多く、なかなかに濃いものだった。なぜか赤塚美奈子が現れる。現在、国際交流基金にいて、今回の特集のフィルムチェックを行った縁でやって来たらしい。晩餐は焼肉。満腹でホテルに戻る。しかしいつも通りの不眠。そしてやはり朝食を摂ってから長めに眠る。12時にお迎えが来て、空港へ。見送りにいらしてくれたシネマテークのキムさんからキム・ギヨン『異魚島』ブルーレイボックスをお土産にいただく。誠に有難い。空港では土鍋のランチ。なぜか食欲だけは旺盛。体が必要としているらしい。そして再び遅延。今度は関東直撃の台風である。台風で始まり台風で終わる。機内食はプルコギを選んだ。家にたどり着き、どうにか落ち着いて寝ると久しぶりに六時間眠れた。
 
某日、ソウルでは夜は肌寒いほどだったが、台風一過の東京は猛暑。ただでさえ過労から立ち直っていないのに朝から仕事しまくってから朝霞へ。音チェック3回目。菊池さんも長嶌も21世紀になる前から仕事してるんだから、といった余裕状態で非の打ち所なし。まあ多少の疑問は呈するものの直しは数カ所。しかしこれをスタジオに持ち込んで大画面で視聴するとまたいろいろね、と長嶌。そうなのだ。そう甘いものではない。帰宅する長嶌と二人で仲良く鈍行で都心へ戻り、こちらは別件で明治神宮前下車。次回作のハコに関するミーティング。いくら私に見えているものがあっても説得できるまで話は通らない。二時間延々とああでもないこうでもないが続く。ようやく9時近くに合意に達し、解散。ヘトヘトで帰宅。夜になっても暑さは変わらず。夜更けて雨。千葉は台風のために大変なことになっているという。ついでに内閣もひどいことになったという報。
深夜にNHKで昭和天皇への「拝謁記」を書いた初代宮内庁長官田島道治の話。再放送であらためてじっくり。
 
某日、暑さは昨日よりは若干まし。朝餉を食べてから原稿少し書く。あとは家事。夕方病院で薬を贖い、買い物と食事に出ると予報より少し早めに雨が降り始める。蕎麦屋で冷やしうどんを食っていると雷の轟音、そして大豪雨。食い終わり、待っていてもしょうがないということで外に出るが、目黒通りは流れの速い小川と化していた。ところがその小川を渡りコンビニで買い物をして外に出ると嘘のように小降りになっている。帰り着くと窓外に夕焼けさえ覗いている。狐につままれた気分。
 
某日、ぐっと気温が下がり、テキパキと家事を行いつつ、原稿。夕方にはエアコンを解除。朝晩と女優のありもの料理。美味。朝ドラがとうとう『ハイジ』誕生(ドラマ上それではないけれど)に至り、感慨無量なのが不思議だが本当だ。私にとって『ハイジ』は幼少のみぎりに最大の影響力を持った作品である。翌日もまだ秋らしい匂いはしないけれど、快適。駅まで銀行作業へ。昼に『徹子の部屋』で星屑スキャットを見る。この3人が本当に好きだ。気持ち的に雑駁だったので落ち着こうと贖った竹内まりやの最新三枚組『Turntable』のビートルズカバーから聴き始めたのだが、これが笑うくらい似すぎの完成度で、思わず聴き入りつつ爆笑してしまった。さらにシナトラ、最後の3曲には感動しきり。夜更けに外に出ると月が美しい。いわゆる十五夜であった。「新潮」10月号掲載の磯部涼「令和元年のテロリズム」に深い衝撃を受ける。いま書かれるべくして書かれた論考。さらなる深みへ書き手が進んでいかれることを強く希望する。
 
某日、朝っぱらから『おしん』の裕子さんの芝居に感銘を受ける。で、朝ドラの『ハイジ』ならぬ『ソラ』にも泣けてしょうがない。で、さらに子供を導線としてついに千遥との再会への巧みさ。朝からイッパイイッパイである。
そうして品川集合から熱海へ。連休初日なので当然混んでいる。しかし我々は常についているので、熱海でレンタカーを借りる時刻も早め、スイスイと伊東まで。すでに断水が終わっていることは織り込み済み。今回のミッションはダニ駆除。カインズホームにはバルサンはなかったが、薬局でアースジェットをゲット。家じゅうに5台撒き散らし、私とマサルはさっさと赤沢温泉へ。夕方まで畳の上でぶっ倒れ、おもむろに戻る。夕餉は居酒屋にて海の幸あれこれ。イサキの塩焼きが超美味。帰宅してあちこち掃除の仕上げをして、ノックは何年振りかの増村『曽根崎心中』。初見のマサルがマジで震撼していた。
日曜、熱海に戻る。駅ビルの二階のパン屋でモーニング的な食事。トイレが異常に遠いことにビビる。マサルは仙台へ、俺は名古屋へ、という感じで別れ、仙頭と待ち合わせ。昼間はエフェクター研究所。持参の3台有効なれど、tc-electronicのリバーヴとにかく繋ぎっぱなし。しかしやはりnanoとはいえBig Muffは王道であることを確信。レスポール、テレキャスと取っ替え引っ替え。そしてリッケンのステレオシステム、Rick-o-systemを実験。これは素晴らしい。ミニアンプ二台で十分でした。夕餉は小ぶりな洋食屋。のんびり美味。くたびれ果てて眠る。
 
某日、朝餉は例によって「珈琲元年」。休日はさすがに混んでいた。で、大須シネマにて仙頭監督作品『Nothing Parts 71 Ver.2019』上映。編集がシュッとしていて、しかし印象は全く変わらなかった。上映終了後、厳かに場を退き、栄の楽器屋へ。グレッチ行脚に終止符が打たれるかどうかだったのだが、ギター屋の兄ちゃんが話のわかる感じで、理想に近いものもあったものの、ではいまそれを、という気には届かず、落ち着くべく居酒屋へ。で、結局諦めて大須シネマに戻り、京都造形大学の三年生による三本の短編を見る。美点もあれば瑕疵もある三本だが、決して不愉快ではなく、むしろ現時点ではこれでよしと思えた。ただいずれもユーモアが足りない。映画が面白いということは兎にも角にも客を笑わせる気があるかどうかで、失敗してもいいから笑いを持ち込むことが必要だ。ゲストルームに戻り、うどんを食して寝る。


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で、いつも通り5時起き。買い物に出るとまだ暗い駐車場からむくりとおっさんが起き上がるので一瞬ビビる。ここは都会であり下町なのだ。15分間料亭のセットで通した朝ドラの演出に感動しつつ8時、そろそろバスも到着しているだろうと電話すると、ホキモトは名古屋駅で優雅に珈琲を飲んでいた。奴が来て、小倉バターサンドイッチなど食しつつ仙頭のギターを弾く。昼、『はるねこ』上映後舞台挨拶。ホキモトがテレキャスターで歌う。あまり似合ってないので、このシンガーに合うギターは何だろうかと考え込みつつ、再び楽器屋巡り。結局、レスポールスペシャルではないか。しかしいま入手する余裕もない。こちらも良きグレッチとはついに巡り会えなかった。栄地下の居酒屋で夕餉。美味。部屋に帰り、原稿を一気に書き上げ、上梓。レスポールとビッグマフであれこれとこれまで弾いたことのない有名フレーズを弾く。もう明日には東京に戻る。
 
某日、再び5時起き。コンビニに行くと再び昨日のおっさん(たぶん)とすれ違う。白髭モジャモジャなのだが気づくと自分も同じ風体なのだった。向こうは向こうで何だ、と思っていたかも。NHK『おはよう日本』に和久田さんが長い夏休みから戻ったのを知る。髪型が垢抜けていて、以前より好印象。朝餉はコンビニのスープをいただき、帰り仕度。新幹線中ほぼ爆睡。昼過ぎ、ホテルクラスカにて打合せ。ごく周到に話はまとまり、これから行われることに向けて渋谷に機材購入に出かける。マサル、ホキモトとともにヤマダとビックを行ったり来たり。納得の結論に落ち着く。夕餉は、渋谷といえば「韓の台所」という定番状態で美味にほとんど泣きながらの肉食。マサルと下北沢へ。なぜか毎日のように会いたいと思っていたヴァイオリニスト太田さんと偶然の再会。カズが『My Name Is Albert Ayler』をかけたタイミングでマサルにアイラーがいかに怪物であったかを力説して帰る。
 
某日、朝ドラは戦災孤児たちが再集合し、曲がりなりにも「戦後が終わった」と呟くことで何かしら日本のアニメーションの歴史にもひと心地がついたのだろうか、また別の事情だってあるわけだが、それでもこのドラマの描いて来たそこまでの時間の厚みに感動した。
午前中いまだまともに論じられたことがないと思しきタランティーノに関するやはりそんなに目覚ましい成果のない「ユリイカ」をダラダラ読み、午後は大映スタジオにて劇伴付きオールラッシュ。今回も好評である。ただ作り手としてはもう少し何とかなりえたのではないかと己を叱咤する場面もないではなかった。Pに送ってもらい、福田屋で一人反省会。夜、NHKでラヴクラフトの特集を見て、何十年ぶりかにワクワクしてつい新訳を贖う。さらにその後『プロハンター』を同じくらい何十年ぶりかに。壮大な無駄だとは思うが、無駄かどうかなど甘美な記憶に何ら関与しない。

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某日、払暁より原稿直し。朝ドラ再放送「おしん」のガッツさんの素晴らしさを堪能しつつ、現在へ。浅茅陽子さんと原日出子さんの共演なんて滅多に見られない。物凄い層の厚さをひしひしと感じる。そんなところに来年一月の『こおろぎ』DVD発売情報解禁。ニュースに載っている画面写真やその後出版先から送られた予告映像を見直すにつけ、いや本当に異様な映画を作ってたんだなあ、と。しかし「101分」という尺数を見て、ああいまなら90分切るか切らないかあたりを目指すだろうな、しかし新作は二時間弱。まあ尺は必ずしもこちらの経済原則に忠実なわけではないのだ、様々な思惑によって左右されるものなので。
夕方、次回作のスケジュールとスタッフィング・キャスティングの打合せ。悠長にしていられるタイミングではもはやないので、どんどん話を進める。それから駒場アゴラへ向かうが大失敗だったのはゴトー日の金曜でラッシュ時都内大渋滞。参った。ともあれ早めに出たおかげで予定に間に合うように辿り着き、近所のカレー屋で腹ごしらえもできて辻凪子主演『あつい胸さわぎ』を。非常に安定したキャスティングで落ち着いて見ることができ、凪子の本格芝居を堪能。京都で見たヨーロッパ企画でのエッジの効いたスピードはないが、まあそういう芝居でもないし。後半はただただ泣いていた。顎がやたらと光るのでそれはどうなのかと思っていたが、途中からそんなには気にならなくなった。終わってあまりに泣いていたので会わずに帰ろうとしたが、凪子に呼び止められて少しだけ会って感想を言ったが、言うとまた涙がこぼれた。ただいつものことだがアゴラ劇場は腰を痛める。リハビリのために淡島通りのコンビニの前まで歩いてようやく多少治った。年は取りたくないものだ。
帰宅後、『凪のお暇』最終回。相変わらずシンジがうるさい。けどいいドラマだった。
 
某日、昼間にブルーレイで『ハロウィン』最新版を見る。とにかくジェイミー・リー・カーティスの登場に惚れ惚れとする。もちろん最終的にこのように使うのだとあらかじめ予測される彼女の住処にも。で、マイク・マイヤーズの見せ方もこれで良い。レポーターどもの車のトランクから覆面を取り出す画面構成も大変シンプルでいい。何しろ「キャラクターありき」なのだ。一個のキャラクターを恒常的に強化することで映画は何本でも作れるわけだ。ストーリーは後からついてくる。そこで時間と能力を費やして映画は作られるべきなのだ。そしてカーペンターの劇伴が見事。一本でいい、こういう映画を撮りたい。
しかし、数日前のラヴクラフトのテレビでも考えさせられたが、「絶対悪」というものがあるとしてそれを悪と呼ぶべきなのだろうか、と不意に思う。勿論カーペンターもクトゥルー神話支持者だとは思うが、その絶対性はそうだとしてたんに向こう側の何か、価値観を全く異にする他者であるということなのではないか。例えばヒトラーとか岸とか安倍とかいう「悪」であればこちら側の論理に対する凡庸なエラーパターンと考えることもできる。人間の形をした『ハロウィン』にはいくらかハンディキャップがあるが、巨大生物が襲来する一連の作品の魅力とはその絶対的他者性にあったのだと思う。『シンゴジラ』というのはそこらへんが結局どうでもよくなっていたので決して二度見ることはない。
ヒトラーとか岸とか安倍とかは私らの同類であり、決して他者ではない。
夜は仙頭を迎えて銀座。葛生と槻舘に会う。
 
某日、マサルがレンタカーで迎えにきて、仙頭を新橋でピックアップ、池袋にギターを狩りに行くが、これだというものがなく、今回は見送りとなる。で、そこから埼玉入間郡越生町へ行くのだが、詳細は控えるけれども都心から二時間以内にこんな場所があるとは、しかも自分がプロデュースした作品の監督がここで育ち、そしてここで作品を撮影したということにただただ驚き、呆然とする。いや、うどんは大変美味であった。3人とも衝撃が強すぎて道をバンバン間違える。そうしてようやく『はるねこ』のメインロケセットである「山猫軒」に初上陸。いろいろ楽しんだのだが、ここに関してはマサルのブログでぜひ。
東京に戻り、五反田のどこかで3人で飯を食ったはずだが。正確な記憶なし。
翌日は眠り続けた。

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今回『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ウェスト』というタイトルでリバイバル上映される作品におけるジェイソン・ロバーズとカルディナーレのこと。個人的に他のどの俳優より思い入れのある二人なので放ってはおけない。カルディナーレのモデルがアイリッシュ『暗闇へのワルツ』、つまりほぼ同時期にトリュフォー『暗くなるまでこの恋を』でドヌーヴの演じる悪女でないわけはないのだが。私たちが妄想すべきなのはカルディナーレがやったかもしれない一家惨殺をあらかじめフォンダ一味がやってしまったという可能性であり、ことによるとロバーズ一味さえその可能性を持っていたということだ。全員悪人とはこのことをいう。だがその渦中で逡巡し続けるお間抜けさんとしてのロバーズこそが本作の主題を一身に纏うことをどう説明すればいいか。彼は野心とも開拓とも復讐とも縁がない。彼がコミットしているのは実は労働であり、その秘密を探る探偵業務である。脚本を書いたイタリアの(当時の)若き俊才たちが興味を注いだのも実はその点ではなかったか。そしてそこにブロンソンとカルディナーレが無言のうちに結託して行く。それこそがこの作品の最大の感動を呼び起こすのではないか。しかし出典が見当たらない。他の俳優陣らであれば可能なこのゲームもロバーズにはどうやら通用しないようだ。そうしてそこが本作最大の魅力となる。横行する無法者たちの一人でありながらなぜか「法とその限界」としての西部を体現しているのはロバーズだけである。これが本作のオリジナリティであり、これが真の大傑作『夕陽のギャングたち』のロッド・スタイガーに繋がって行く。ロバーズだけは開拓される西部の傍観者なのであり、それこそ西部劇の視点そのものだ。そして瀕死の彼は窓外を見ながらそこに一つのエチカを問う。「鉄道工夫が君のけつに触っても笑って許してやってくれ」と。そうなのだ、me tooだけを謳っても我々の文化水準を下げるばかりであることは誰もが知っているのだ。もちろんクソみたいなセクハラ親父は言語道断として。たぶんレオーネはこの役にリー・マーヴィンを想定していた気がするが、いや結局ロバーズでよかったと思う。というよりロバーズでなければならなかった。ああ、また見たい、鉄路の建設現場にバケツの水を笑顔で運んで行くカルディナーレの身体を。彼女は黙ってロバーズの言葉を理解し、受け入れていた。

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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』
9月27日(金)より、丸の内ピカデリー/新宿ピカデリーほか全国順次公開中


某日、さらに伊豆へ。これまで一度も渋滞に陥らない我々は今回も周到に東名を途中で避け、横浜郊外から横横へと回避すると快適な海沿いでスルー。寿司を食い、ベースキャンプへ。露天風呂に浸かり、海の幸の夕餉をいただく。そして新企画研究。さらに金田一研究。翌日、朝はマサル先生によるスープと素麺をいただいてから『こおろぎ』ソフト化記念として十数年ぶりの西伊豆参り。詳細はいつもの通りマサルブログで。遅い昼を食し、風呂に入ったのちに近場にて焼肉。悪くない。そしてさらに新企画研究、金田一研究。新発見というと大げさですが、『北国の帝王』にシド・ヘイグががっちり出てたりとか、主題歌の歌詞がハル・デヴィッドだったりとか、するともしかしてバックの演奏レッキング・クルーなのか、とかそういう妄想に明け暮れつつ、明け方。帰宅準備。
 
某日、伊豆の間にまた届き物多数。中に大物あり。『Abbey Road 50th Anniversary』ですけどね、当然。それを自宅に戻るなり仕事が山積なのに開けてしまう愚挙。いや、予想通りそんなには面白くな、、、いや、面白いんですけどね、十分。ポールのエゴが結構細かく炸裂してるとことか。大きいのはジョージに対するポールの嫉妬だと思うけど。でも色々復活後のリンゴのドラムはリヴォン・ヘルムの復活後と同じくらい凄いね。
しかし今月最強のニュースはぱるるが「黄色いボール」と「赤いボール」を選別できるということであった。


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(つづく)




『こおろぎ』予告編

青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)など。今年、初の作・演出『しがさん、無事』を上演。

近況:「新潮」最新号(11月号)に『君が異端だった頃』(島田雅彦)書評が掲載されます。後期神代論を寄稿した『映画監督 神代辰巳』(国書刊行会)は10月23日発売。そしてとうとう、未公開のまま『こおろぎ』が初ソフト化されるという幻の外国映画のような事件が年明けに実現しますので、乞うご期待。