宝ヶ池の沈まぬ亀 第38回

青山真治さんの連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」第38回は、2019年7月下旬~8月末の盛夏の日記。新作映画の音響チェックや各種打ち合わせ、恒例となった伊豆合宿、ルドガー・ハウアーとピーター・フォンダの訃報、家に引きこもって見た「金田一耕助シリーズ」や『千年の愉楽』、そして8年ぶりの訪問となった紀州へのロケハンツアーのことなどが記録されています。

38、引きこもりの夏、逃走の夏


文=青山真治

某日、ずっと書けなかった結尾が禁酒した途端に二日で書けてしまい、新しい短編を編集者Aに上梓。昨日のVFX試写以来、梅雨明けと盛夏の境の蒸し暑い日々が始まる。
ルトガー・ハウアーの訃報。『ナイトホークス』を子供の頃テレビで見て以来、悪役としてのルトガーのファンだった。浪花節に思えた『ブレードランナー』には興味が向かず『ヒッチャー』にやられた。あの無頼の表情に非常に影響を受けた。心より冥福を祈る。我が魂の問題作『バイオレント・サタデー』でいえば、ジョン・ハートと役柄を交換したらどうだったか、と毎回考えるのだが、その度に全体のバランスが崩壊し、ああやっぱりこれしかないかと新たな発見とともにペキンパーの慧眼に恐れ入るのだった。
昼に女優とぱるるは「お水遊び」と称して家の前でホースから水を撒きながらはしゃぎまくっている。飛散する水を追いかけるのが犬はこんなに好きなのかと初めて知る。その微笑ましい光景を振り切って、Pの誘いで舞台『チック』にシアタートラムへ。最初から柄本時生目当てだったのだが、誘いのとおり素晴らしい。多分台詞などもう少し丁寧にやる回もあるだろうが、それにしても全員が芝居の勇気に溢れていた。殊に柄本家の「家業」として時生氏は見事なものを見せてくれた。それにしてもこの世には「日本映画はつまらない、政治と社会が欠落している限り、ただの趣味の産物だ」といった言説があるようだが、この作品は現代ドイツの産物で、政治と社会を見事に無視する形で真っ当な青春劇を作ることに成功しているしそのこと含めて大いに感動できたが、これもつまらない趣味の産物だとその向きの方がおっしゃるのだとしたらそのような意見には私は真っ向から対立する。映画祭に呼ばないというのなら大いに結構。行く必要はない、そんなところには。そんなものよりこちらの志が作物としてはるかに上である。そういう下世話な議論にこの美しい作品を巻き込むつもりはさらさらないが、社会性だの政治性だのに巻き込まれた映画なんぞ見たくもないしどうでもいいとしか思っていないことは確かだ。人間が描けているとかいないとかというのも同じこと。そうしたもっともらしい言説の醜悪さとは金輪際無縁でいたい。


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某日、快晴。ぱるるの水遊びと買い物以外はほとんど、とある小説世界に登場する架空の都市の場所を同定すべくあれこれと文献に当たり、地図を見続けていた。夜はほとんどぼんやりしていたが、ドラマ『凪のお暇』を見た。なかなか面白いのだが、ここでもシンジ、シンジと連呼されるので、まあ居心地がいいとは言えない。
夜、台風接近に伴い、激しい雨。
 
某日、晴れた朝にほうとう。最近、朝餉に温かい汁物を必ず摂るようにしているが、体が整う気がして、良い。朝ドラ、アヴァンでテレビを見上げるイッキュウさんの仰角ショットでつい感動してしまう。そして本日も、さらに翌日もぱるるの水遊びがメイン。
 
某日、再び低血糖発作。日がな倒れたまま、せっかくの長嶌とのミーティングを欠席。不甲斐ない。ディープインパクト安楽死。
このところ、夕方に朝ドラ『ゲゲゲの女房』をやっていて見ているのだが、これが朝ドラを真面目に見た最初だという気がする。たぶん向井理くんを見たかったのだが、水木しげるの話ということもあり最後まで見た。いま見ると演出は洗練されているとは言い難いにしても何か清貧の感覚からだろうか、どこを切っても爽やかな気持ちになれて、やはり好きだとしか言いようがない。いまの『なつぞら』の東映動画もそうであるように、鬼太郎も子供時代にのめり込んだ題材であり、そこを突かれるとヤバい感じのものであることは間違いない。そこは他の朝ドラとは明確に違う点だろう。例外的に『とと姉ちゃん』は「暮しの手帖」が題材で、これは亡き母およびその実家の記憶と密接に結びついており、しかも美術装飾が記憶にあるその時代のシズルそのものだったこともあり、やはりのめり込むように見た。そうした過去の記憶をおさらいする習慣とともに生きている人間にとって現在一種の痴愚が政見放送で何を言おうがおかまい無しに金を払ってでもNHKを見ることに固執するのは当然のことである。夜は『東大王』。10連勝ならず。さらにふたたびNHK、太平天国の乱と洪秀全。
 
某日、菊池さんの新スタジオで音響諸々チェック作業。長嶌による新作音楽のプロトタイプをスポッティングしながら聴く。大雑把ではあるが、それなりに形になるところまで進めることができた。三人+黄くんで、ああでもないこうでもないと。このメンツの作業は十数年ぶりとなるか、『サッド』の後で長嶌が藝大に入って以降久しぶりである。菊池さん、かなり攻めのミックス。前衛ギリギリの箇所も。私が長嶌を想定して巨匠陣の楽曲を仮に置いていたので、彼もそれなりに気合の入った仕上がり。その後、和光駅前で食事した後、長嶌と下北沢へ移動、深い時刻まで。
 
某日、昼からなぜか先日伊豆で見たばかりの『ディア・ハンター』。特にボーナストラックのチミノのインタビュー映像を。ラストシーンについてはこれまでかなり違和感を感じてきたが、厨房でジョン・カザールの立ち尽くす1ショットで遂に和解に至った。何回見たか記憶にないが、そのせいか全体に非常に早い展開のように感じられた。見終わって「私は今後大きな映画しか作りたくない」という感想だけが残り、わざわざそのように妻に宣言した。この「大きな映画」と言った時、それがどういうものを指すのかはわからないし、それが実現するかどうか全く不明だが。
 
某日、若松『千年の愉楽』。高岡蒼佑、いい。しかしこれは二木島方面のロケーションではないだろうか。それではこちらの路地のイメージとは相入れない。柳町『火まつり』は路地とは離れた紀州そのものの話で『千年の愉楽』はそれとはちがう。もちろん「路地」そのものをロケセットで探すことは不可能で、どこまでもセット、あるいはオープンセットによることとなるだろう。でなければやるべきではなかったのではないか、とさえ。「路地」の現実とは何だろうか。加えて若松には中上への批判が見受けられない。それは女性性への関与の不足である。ここで描かれる女性はオリュウノオバだけであり、映画化に際して原作に忠実であるよりは原作をいかに批判するかが重要と思われ、それならばオリュウノオバと並んで「路地」を女性として肯定する存在、それがフサでもよいし、その娘たちでもいいし、架空の女であってもよいが、女たちとともに描く若松の「路地」が見たかった。
いや、それこそかろうじて私に残された中上映画化の可能性かもしれない。
 
某日、午後に塚本晋也『野火』。死体生産機械としての戦場を徹底して見せる。もちろんそういう映画があってよいし、あるべきだと思われた。人肉食の誘惑と恐怖。そのようなものを描くことも必要だ。でもやっぱりそんなに乗れるわけではなく、残念ながら私と塚本さんはすれ違うばかりなのだった。
 
某日、さてここから逃走が始まるのだが、すでに記憶は薄い。というのもそれ以後が忙しすぎて目玉ぐるぐるだったからだ。とにかく八月のある朝、マサルがやってきて出発。川崎某駅で高校の同級生ユージを拾い、東名から小田原へ。ユージの検索により鰻を食す。なかなかの美味。そこから山越えにルート変更。箱根ターンパイクから十国峠を経て伊豆スカイライン。無事ベースキャンプに着くが、異常な暑さ。しばらく落ち着こうとするがどうにも我慢できず、脱出。赤沢の日帰り温泉へ。これが素晴らしい。海風に吹かれながらの露天風呂(四階)は最高。その後二階の「お休み処」で畳の上に倒れる。疲れがどっと出て失神寸前。壊れたまま、ユージ検索の稲取の和食屋へ。金目鯛の煮付けを堪能。ベースキャンプに戻り、持ち寄ったDVDを広げ、結局マサルの『悪魔の手毬唄』を。これまで見ていなかったこれが、ふんだんに予算をかけたがゆえの傑作であることに気づき、実際感心してしまう。市川崑で感心したのは初めてではないか。とはいえこれはあくまで若山先生とカトタケの警察コンビがありえたからかもしれない。カトタケの肩口から胸元に至る頓服の吹きこぼしに注目。そんなことを「やりたい」人がいるか。三人ぐらいしか思いつかない。
続けて『獄門島』を見るが、途中で寝落ち。翌早朝、見直すのだが、結果また寝落ちして見終わるのに都合四回かかる。佐分利信の登場場面以外見続けられるというものでもない。ここでは要としての坂口良子に注目。いまあれができる人がいるか。
前夜、素麺を食おうという誰からともなくの提案によって贖っておいた薬味をマサルが準備してくれて朝餉。胡麻、茗荷、味海苔など。マサル持参のつゆが非常に美味。さらに前回ドコモで特典としていただいた蕎麦も茹で、そこからはジブリデイとなる。まず『ルパン三世・カリオストロの城』。これまで私と宮崎駿を敵対させてきたきっかけの作品であり、それは「これはルパンではない」というこちら側の理論に立脚するところだったが、なんといま見るとそれほど悪くない。いやこれといってどこに痺れたとかそういうことでもないのだが。不二子のコスチュームとか死ぬほどダサいし。しかし明らかにこれ、スピルバーグだ。続けて『紅の豚』を。なるほどヌーベルバーグ後のカラーの懐古趣味的フランス映画をお好きでしたのね、ということはわかる作品だが、ラストはちょっとがっかり。本気で戦争に突入する覚悟のない描写など屁でもない。これではダグラス・サークに顔向けできはしない。さらに『もののけ姫』を見るが、これは得意のスペクタクルさえ凡庸で、中途で飽きるのは初見の印象と変わらず。もういいということで神社参りと港見学を経由して再び赤沢温泉へ。堪能したが実はそれほど熱い湯に慣れ親しんできたわけでもないと改めて気づく。一階の食堂でマサルが仕入れた情報を頼りに「焼肉が食いたい」という赴くままの願望を叶える。伊東の温泉街の真ん中にある一軒家の焼肉屋だが、とにかく美味い。あらゆる肉を食す。鼻息を荒くしながらベースキャンプへ戻り、有無を言わさず『仁義なき戦い』五部作集中鑑賞が始まる。で、即座に寝落ちしたのだが、仁義宴はそれからも続いたようで、目覚めると『代理戦争』が終わるところで、それ以後をバトンタッチ、結局終いまで完走。感想としては槙原が銃弾を浴びて死ぬ『完結篇』も捨てたものではないと改めて気づいた次第。再びマサルの茹でた素麺と饂飩を食し、帰路へ。帰省ラッシュの東名を回避して海沿いを逗子まで。これが功を奏して東京までは比較的快適に進み、ごくスムーズ。ところが都内に入ってからが難物だった。田園調布でユージを落とし、そこからコミコミの都内をズルズルと。家に辿り着いて車を置いてからさらに富ヶ谷。タクシー、一向に進まず。ようやく到着してマサルと別れ、そこから打合せの梯子。どっと疲れて帰宅して眠る。
だがここで実社会に再起せねばならず、翌朝這々の体で渋谷へ。シナリオライターと初お目見え。プロデューサー軍を相手にしんねりと作品を探る。二時ごろ終了して新橋へ。しかし行く場所もなく開いた居酒屋で赤ワインを一本開けて、待機。まあ要するにわが後輩・渥美喜子の誕生パーティ=gojo会(兼・ご成婚祝い、という情報を終わり頃に聞いた)までの時間潰しなんだが。まあそれそのものに関してはいろんな画像がネット上にあるのでそれを参考にしてもらうということにして、すでに明るくなった新橋(途中かなりの時間店で寝ていた)で寿司屋へ行こうということになり、孫家邦・荻野洋一・藤井仁子・内田雅章そして新郎である川口力もなぜかついてきて奇天烈な午前呑み。これは久しぶりの暴挙であった。かなり大胆かつ理路整然とした会話が続いたのだが、本当に痛快な時間であった。
翌日は言わずもがなの無記憶の1日。
とはいえ、来週の台風を鑑み、紀州ツアーの予定を無念にもキャンセル。
 
某日、アテネフランセ文化センターにおける「中原昌也の白紙委任状」。ジョナサン・デミ『メルビンとハワード』をお題として二人で喋ったわけだが、その後の御茶ノ水の打ち上げから新宿思い出横丁での二次会、と中原と久しぶりに雑談に明け暮れ、なぜか頭が冴えてしまいさらに下北沢へ。夏休みに入ろうとする大木夫妻のところへ押しかけ、明け方まで延々と。二日と開けずに朝までコースを繰り返せる年齢ではもはや全くなく、今度は二日間ほぼ記憶なし。もちろんアテネに通う力は皆無、三日目に入るがメールの返事がせいぜいでいまだ無気力状態は続く。
しかし敗戦記念日である。テレビの前に寝転がるだけの身にはこれほどそれらしき特集番組が一掃されてしまったのはいつからかと思われるほど皆無。すると昼ちょうどからWOWOWで『火垂るの墓』が始まったので見始めたが、これはこれで冷静さを著しく欠かされる催涙アニメであり、終わってからも小一時間涙が止まらなかった。病院帰りに氷屋が路肩で氷をノコギリで切るその切り屑を拾って妹に舐めさせる演出にただただ参った。あんまり茫洋としているのもなんだと思われ、DVDを探しに地下に降りるがいつものように見つからないので、アマゾンプライムビデオでレンタルして『八つ墓村』。もちろん野村版。冒頭の落ち武者にまつわるシーンが完全に記憶から落ちていて驚く。ラストの火災が白眉であるが、それも含めて『死霊伝説』に似すぎている。それにしても金田一が推理というか論理を語る場面というのはとにかく誰が撮っても退屈なんだが、退屈でいいといえばいい、というそういうものだろうか。
夜半、台風がかなり接近し、暴風の音が凄まじく感じられる。ようやくNスペで226の番組。というより昭和天皇の戦争責任に言及する番組。実に興味深い。が、この角度からここに依拠する機会は私にはもう訪れまい。
 
某朝、目覚めるやまた訃報。確か97年か98年、二度目の訪欧で尚且つそれが初の世界一周となったのだが、それはウィーンからシカゴへ飛び、当時時々執筆していた「エスクァイア」誌の編集者とカメラマンと合流し、そこからさらにモンタナ〜ワイオミングと流れるような旅であったが、モンタナを訪れたのには訳があり、ペキンパーたちが住んでいたパラダイス・ヴァレーがどんなにいいところか確かめに行くのが主眼だった訳だ。で、レポーター役の超ロン毛の新人映画監督をその素晴らしきパラダイス・ヴァレーの草原の中の路上で撮影していたときのこと。やってきた一台のバイクが我々に気づき、静かに止まったのだ。私たちはお先をどうぞと促したが、そのバイカーはしばし止まったまま、こちらを見てあまつさえ微笑んでいる。そのフルフェイスヘルメットの中の笑顔が本当にそうであったかどうかまったく確証はない。が、私の目にはその人がピーター・フォンダにしか見えなかったのである・・・というわけで享年79歳、1940-2019、これほど世界の若者に影響を与えた俳優も珍しいであろう、ピーターは8月16日に肺ガンで逝った。私たちは彼の遺志を継承する義務がある。別に代表作がなんだとか、一番好きなのがなんだとか、言及しても仕方がない。あえて言うならその帰り道だったろうか、飛行機の中で食い入るように見た無字幕の『木漏れ日の中で』をもう一度見たいと切に願う。
そんなことで朝から精神的にボロボロだったのだが・・・何を隠そう、数少ない趣味の一つが旅番組を見ながら地図を見ることで、旅番組といってもほぼ火野正平さんのやつと六角精児さんのやつに限られるのだが、この日は六角さんが巡る網走から釧路までの路線をネット地図と首っ引きで追いかけた。この番組は選曲も優れており、おかげで本当に救われた気持ちになる。思わず六角さんのバンドのアルバムをポチる。
 
某日、なんとなく見始めたWOWOW『のだめカンタービレ 最終楽章』の選曲の凡庸さにあられもなく掴まれ、延々と見る羽目に陥る。いや、映画としてこれほどバカなものもなかろうというくらい無内容で凡庸だが、音楽に罪はない。演奏が佳境に入るたびに落涙。
その夜からのんべんだらりとNHKスペシャル的なものを見ては眠り、見ては眠りしていた。殊に若松出身の日本の通訳が朝鮮戦争に駆り出されて米軍とともに銃を取って戦ったという話がかなり衝撃的で、その人たちがうちの親父とほぼ同世代だったから余計に。そうなのだ、クリントだって朝鮮戦争とは関わっているのだ。
 
某日、紀州ロケハンが流れた結果の夏休みも終わったような体裁だが、テレビ前に横臥の体勢には変わりなく、朝ドラのマコさんも夏休みを終えて復帰したのを確認して満足すると、そのまま夜更けに『天国と地獄』を見る。この作品が黒澤の中でも格別に好みなのだが、それはこれが監督を含めた四人の錚々たる脚本家が書き、大変な予算がかかり、一流のスタッフが微に入り細を穿つ腕を振るい、脇まで名優たちが顔を揃えた押しも押されもせぬA級の格であるにも関わらず、作品の質としてはまぎれもないB級活劇の体であるからで、モノクロにピンクの煙が上がるところだけはいつも鼻じらむのだが、前半の三船をメインとする途切れない芝居にはほとほと感心するし、江ノ電周辺のロケにもそこにいるような躍動感を感じる。加えて努さんの出演シーンはほとんど胸が踊る。
 
某日、同じ体勢のままNHK『アナザーストーリーズ』で「ルパン三世」の誕生秘話を見るものの、あまり深く掘り下げられることはなかった。
 
某日、夫婦で伊豆へ行くのは久方ぶりだが、ぱるるが行くのは初めてで、そして合宿仲間のマサルが同行するのも初めてである。百本ノックのお題は『エクソシスト』シリーズであった。詳しくはマサルのブログおよび女優のブログで。
 
某日、帰宅しマサルと渋谷「韓の食卓」にて昼食を摂るなり朝霞へ遠征。菊池さんの作業するスタジオで音作業チェック。順調な出来だと思われた。Pに車で送ってもらい、帰宅するなり寝落ち。疲労が極に達した感じ。
翌日午前に予定されていた企画ミーティングは脚本未完のため流れ、午後の雑誌「クロワッサン」の取材へ。ここもまた夫婦+ぱるるで。疲れがほとんど抜けぬまま、夕方新幹線で名古屋。仙頭夫妻・甫木元と合流、食事の席で延々と己の過労と加齢の愚痴を洩らし続け、快適なゲストルームで甫木元とニュースを見ながらあれこれ喋りつつ、寝落ち。
 
某日、紀州ツアーに出発。予想したより早く松阪に到着。例によって大作家の歓迎か、あいにくの天候不順の中であちこち車で移動後、「牛銀」で昼食。超美味。続いて尾鷲某所へ。興味深く非常に参考になった。豪雨に見舞われた道すがら高知との類似点をあれこれ指摘しつつ夕刻、新宮入り。晩餐は敬愛するM氏と「古城」。これまた超美味かつこちらの珍味好きを満足させてくれた。そしてそこで尊敬する某ギタリストとM氏の電話にて初めて会話を交わす。貴重な一撃。いずれその方とは顔を合わすことになるだろう。非常に幸せな気分で就寝。しかし結局いつものように二時間ごとに目が覚めてしまう。
 
某日、南谷共同墓地にて墓参。行く道でかつて雨に降られたことに思いを馳せつつ。直前にイオンの花屋で購った真紅のガーベラを供えるなりどこからともなくモンキアゲハが飛来し、花弁をかいだ。そこから南下、某病院を視察したいのだが、迷路に踏み込んでしまい、何度も同じ道を走らされてようやく。書かれた描写と真逆の現実によって久方ぶりに小説家の脅威の想像力に感服する。そうだったのか、そうだったのかと何度も言葉が内部で反芻され、ひたすら沈黙のまま迷路を抜け出し、不意に天翔けるごとき新規のハイウェイを走り、那智勝浦へ。目指すは大滝。台風からの影響か、かつてより水量のパワーアップにどんと気圧される。途方もない重低音。下山し、昼食の場を探して勝浦港へ。あちこち渉猟の結果、食べログに頼り「桂城」なる店でマグロ丼と大きなカマ焼きに遭遇。大いに堪能。食後、面白半分で山上に位置する要塞のごときホテル浦島の威容を確認、そこから一気に南下、潮岬再訪。海の轟を聴きつつ灯台の頂きからかつてのラストショットに想いを馳せる。これで本日の仕事終了、と思う間に、古座川峡一枚岩見学を思い立つ。一枚岩は一同を圧倒してそこに屹立し、仙頭夫人は守り犬伝説にほだされ、呆然と帰路へ。夕餉は前夜と同じ名の別の店で。いわゆる親子店。残る二日の予定を綿密に立て直し、さんざん飲み食いしてからホテルに戻る。いっさい雨に降られない不思議な一日であった。部屋に戻ったが、とうとうSNS関係が全く面白くなくなってしまった。しかし佐々木先輩の『プロハンター』記事を読み、ふといま自分が大和屋師匠の享年に達したことに気づき、深甚に愕然とする。いま大和屋さんに会いたい。島田雅彦の新作、ようやく読始。予想通り、かなり面白い。


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那智の滝


某日、元の職場の名称が変わるというトピックがあり、その件でかなり揉めているらしい。何しろ学生が大いに反発を表明しているというので大変結構なことである。ボイコットとか評議会を立ち上げての団体交渉とか色々手はあると思われる(まさか先方に告訴を願うなんてダサい真似はない)が、新規の呼称をセンスのない大学任せにせず、いっそ「うりぼう」にしたらどうだろうか。何しろ「売りゲイ」はさすがにダメだろう。それにしてもとことんかっこ悪い理事会だね、あそこは。
四時起き、読書の続き、朝食を摂り、大浜へ。本当にこの海岸だけはバカどもの手から死守したい。翻って神倉(階段下まで。ホキモトは上まで)、中上資料館と巡って駅前で食事をと思ったが、なんと木曜休み大多数で、ホキモトの検索で「東宝茶屋」に落ち着く。が、ここで馴れ寿司三種によってすっかり調子を崩す。もちろん不味いというのではなく、ただ癖が強すぎて。その後「よってって」で買い出ししてから本宮へ。大斎原、本宮大社(これまたホキモトのみ参拝)と巡って、旅の〆に湯ノ峰温泉。「よしのや」。よき風呂とよき料理。満腹である。夜半、テレビが映らなくなる騒ぎがあったが、ホキモト先生が得意の技を用いて配線をチョコチョコっと弄ったらすぐに回復。そういうものだ。
ドニー・フリッツの訃報。帰宅したら『ビリー』において彼がどういう役だったか、もう一度見直さなくてはならない。
 
某日、再び美味の朝餉を堪能、宿を出て、311号線を東へ。眼下を並走する北山川の絶景に目を奪われながら一時間ほどで花の窟に到着。これまた巨岩の崖を、これは真上に見ることができる。神社を包む林はまるで熱帯のようだが、ここも大斎原と同じようにひんやりとする。獅子岩を車中から見て松阪に戻り、「一升びん」本店にて再び肉、その後小雨降る中「小津安二郎青春館」を訪問、なぜか若き小津の姿を確認。これで8年ぶりの紀州ツアーは終了。次はそれほど遠くないだろうが、名古屋に戻って見た南海トラフ関係の番組によっていったいどうなって行くのか見当もつかなくなる。ともあれ夕餉は蓬莱軒のひつまぶし弁当で旅が締め括られた。



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花の窟 
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小津安二郎青春館 


(つづく)



青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)など。今年、初の作・演出『しがさん、無事』を上演。

近況:九月はソウルシネマテークでの「たむらまさき特集」に出席、その他執筆作業が盛りだくさんで遊ぶ暇なし。