Television Freak 第42回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから『凪のお暇』(TBS系・金曜ドラマ)、『監察医 朝顔』(フジテレビ系・月9ドラマ)、『サイン―法医学者 柚木貴志の事件―』(テレビ朝日系・木曜ドラマ)の3作品を取り上げます。
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「旬」のアーカイブ

 

文=風元正

 
パルテノン多摩で映画『「幻想」&「巨人」~小澤征爾 サイトウ・キネン・オーケストラ』を「爆音上映」で観て、まず音の豊かさにびっくりした。もともとコンサートホールとしても使われている空間だから、鳴り方が生演奏と近い。そして、「巨人」第4楽章の弦楽器から打楽器まですべてが思い切り鳴る瞬間のピークの一瞬のヴォリュームは、よく音が潰れなかったと思うほど衝撃的な大きさだった。前の第3楽章は静謐で、指揮者の息遣いが聞こえる位だったから、音域の幅はとてつもなく広い。
映画だから、本来、観客には見えない小澤征爾の指揮中の顔が映る。百面相で表情豊か、指揮棒を持たずに各演奏者ひとりひとりにニュアンスをどう伝えるのか、マエストロの技が堪能できるし、各演者の一瞬の表情や観客席の緊迫まで、映画ならではという表現がある。2007年、08年の公演というのも、小澤征爾が病に倒れる直前という点で貴重だ。それにしても、あれだけ身体の隅々までダイナミックに使うと、応えるだろう……。
かつて、ゆらゆら帝国の日比谷野音の記録に震撼した経験を思い出しながら、コンサート映画の贅沢さを再確認する。とはいえ、音がフツーの再生機器だったら感動の質はかなり違うはずで、やはり爆音でなければならない。録音の難しさは想像に難くないが、伝説のコンサートの映画はどんどん観たい。演劇でもありうるかもしれない。 




『凪のお暇』は、営業事務で働いていた28歳の大島凪(黒木華)が、「空気」を読むことに疲れスクエアな社会から飛び出して「無職」になるお話。毎日、天然パーマを1時間かけてさらさらの髪にして、「コンサバ女子アナコーデ」に武装する事情について、還暦前の男としては、何かの理解を示してはいけないと思う。凪を演じるのが黒木華でよかった。立川の多摩川っぷちで、もじゃもじゃの髪で散歩したり自転車に乗ったり、見ていてとても楽しい。
気配り万全、営業成績トップの我聞慎二(高橋一生)の闇が深すぎる。すべてが演技でキャラ。凪を支配することで自分を保っていたが、会社を辞めて逃げ出されたことで徐々に壊れてしまうけれど、好きという素直な感情を決して表現できない。親類の結婚式で1家3人、「理想の家族ショー」を演じ、横断歩道ひとつ越えたら3方向に分かれる描写がすばらしかった。慎二が泣いたりグチを喚くアナーキーな行きつけのスナック「バブル」には私も行きたい。ママの武田真治さん、宜しくお願いします。
凪の新居「エレガンスパレス」の住人たちはみな曲者ばかりだし、職安で知り合った坂本龍子(市川実日子)は魔法の石を売りつけようする。大人になるしかない子供の白石うらら(白鳥玉季)とか、みな気になり、ディティールが豊富である。そして、隣室のイベントオーガナイザーの安良城ゴン(中村倫也)はほんとうに無敵なのか。ただ、こういう人に会ったことがある、という感触が強い。みんなに平気で鍵を渡して、ひたすら目の前にいる何かの要求を叶えてゆく。誰のものにもならないから「メンヘラ製造機」と呼ばれるが、この人たらしぶりに今を感じる。
「空気」がテーマのドラマだが、これは阿部謹也がいう「世間」の現在形だろう。ずっと日本人は「世間」から逃れることができないとして、凪、そして我聞やゴンがどういう選択をするのか。どうあれ、私にとっては未知のあり方である。凪と同年代の娘が、ひさびさに笑いながら熱中しているドラマです。

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金曜ドラマ『凪のお暇』 TBS系 金曜よる10時放送




『監察医 朝顔』の主人公は新米の法医学者・万木朝顔(上野樹里)。東日本大震災で母・里子(石田ひかり)を亡くし、遺体も見つからない、という哀しみを抱えている。決して「不詳の死」(原因不明の死)にはさせないという信念を持ち、解剖にかかる前に「教えて下さい。お願いします」と祈る。その父はずっと捜査畑を歩んだベテラン刑事・万木平(時任三郎)。刑事という多忙な職業ゆえ、震災の当日、妻と娘だけを東北の海沿いの街の実家に行かせてしまったという自責の念から、時間ができたら遺体を探しに行く。
第1話は古い日本家屋の朝から始まる。ちゃぶ台で向かい合い、父と娘が何気ない会話を交わす時間が丁寧に描かれており、平穏な団欒のある家の部屋と、理不尽な死に直面するリノリウムの手術室や取調室の対照が隠れテーマだとも感じた。そして、父が異動した強行犯係が朝顔の勤務する大学の管轄内で、倉庫で不審死しているのを発見された女性の遺体が運び込まれた手術室にて再会する。父とコンビを組む若い刑事・桑原真也(風間俊介)が朝顔の恋人。原作の設定が絶妙なキャスティングで生かされている。
朝顔は、イベント会場で母親の作るお弁当が「おじさんみたい」と友達に貶されて受け取らず、そのまま永遠の別れになった少女の哀しみに寄り添う。胸が詰まる出来事を遺体に残る痕跡、防犯カメラの分析、死亡現場の徹底的な証拠探しなど、モノを介して解明してゆく過程がスリリングである。各回、重い人間ドラマが扱われており、さらっと通り過ぎることができない。第4話、解剖した胃から毒々しい色の青酸化合物のカプセルが見えたシーンにはどきっとした。
上野、時任、風間の3人をいつまでも見ていたい。上野樹里はピュアな個性のまま、高度な技術を要求される職業につく女性の喜怒哀楽を見事に演じている。渋い時任三郎は理想のお父さんだが、捜査になると顔つきが変わる。いつまでも妻を探しに来るのが迷惑な朝顔の祖父・嶋田浩之(柄本明)に怒鳴られるシーンは、どちらも素晴らしかった。上司が恋人の父親という厄介なポジションを仕事への情熱で乗り越えてゆく風間俊介も、やや慌て気味な感じが初々しくてリアルである。
父娘の家には、青い朝顔の鉢があった。

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月9ドラマ『監察医 朝顔』 フジテレビ系 月曜よる9時放送



 
『サイン―法医学者柚木貴志の事件―』は、大森南朋が演じる解剖医が主人公である。先進国の中でも解剖率がかなり低く、「死因不明社会」と呼ばれる日本に「日本法医学研究院」という組織を置いてみたらという思考実験の要素がある。柚木(大森)は、遺体からの声を決して聞き逃すまい、という一念で突っ走り、その姿勢に新人解剖医・中園景(飯豊まりえ)は共感して、先輩の技術や信念を学ぼうとする。
物語の中心は、法医学院という組織を守るために権力の要請に従う法医学者・伊達明義(仲村トオル)と柚木の対立に置かれている。さて、警察や行政機関に隠蔽しなければならない「不都合な真実」が現実にあるのかどうか? 当然、という声がかかりそうだが、テクノロジーの進歩により収集されるデータは無限に増え、原因不明で済まされていた事態も解明されてしまう。果てしない現場の困惑を反映している点に興味を持つ。
柚木は遺体だけでなく事件現場も「解剖」してしまう。男社会の中、腕一本でのし上がろうとする元恋人の和泉千聖(松雪泰子)とともに、こっそり射殺現場のビリヤード場に侵入し、警察がトカレフと断定した弾の謎を解明したり、物証の分析能力は抜群。つい、まずいことを見つけ出してしまう人の運命はどうなるのか。原案・韓流ドラマならではの圧のかかった展開により日本の「不自由」な現実が浮かび上がってくる。
柚木・中園と女性初の捜査一課長を目指す和泉と部下の若手刑事・高橋紀理人(高杉真宙)という2つのコンビが見どころだ。中園は華奢な身体を白衣に包み、柚木の無茶振りに徐々に慣れて抜け目のない対応見せるようになる。高橋の存在が気になって仕方ない。仕事に厳しい和泉の先回りして情報を集め、クールに立ち回りながら事件解決に近づく。ニヒルな眼つきは高杉真宙の新境地。
日本法医学研究院の院長だった兵頭邦昭(西田敏行)もあっさり世を去り、権力側と真実側の仲介役もいなくなった。兵頭、柚木、中園の三人で呑むシーンは心に沁みた。柚木が飲食するシーンが不思議と印象に残るドラマである。

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木曜ドラマ『サイン―法医学者 柚木貴志の事件―』 テレビ朝日系 木曜よる9時放送




いいTVドラマは「旬」の記録である。ほぼ10年前の小澤征爾はこれほど元気だったんだ、と今更ながら虚をつかれるように、あの頃はどんな時代だったっけ? という疑問に最も雄弁に答えてくれる。服装、街の風景、料理などの何気ない細部や、俳優たちの配役も現在の刻印を受けている。今回取り上げた3つのドラマは、「令和」改元後の最初のクールの雰囲気を思い出す手がかりとして、かなり役立つだろう。それにしても、こんな剣呑な世の中が訪れるとは思わなかった……。


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。