映画は心意気だと思うんです。 第11回

冨田翔子さんの連載「映画は心意気だと思うんです。」第11回は特別編として、ウズベキスタンの俳優アディズ・ラジャボフさんのインタヴュー記事を掲載します。ラジャボフさんは、現在日本で公開中かつ8月に開催されるロカルノ国際映画祭にクロージング作品として招待される『旅のおわり世界のはじまり』(黒沢清監督)に出演。ウズベキスタンを訪れた日本のテレビクルーと行動を共にする通訳兼コーディネーターという非常に重要な役柄を担っています。映画の公開に合わせて来日したラジャボフさんの同作に対する想い、そしてあるウズベキスタン映画をこよなく愛する冨田さんとの交流の模様をご覧ください。

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『旅のおわり世界のはじまり』に出演、
ウズベキスタンの国民的俳優アディズ・ラジャボフさんにインタヴュー




取材・文=冨田翔子



2017年、私は会社をクビになり、半年ほど無職として先の見えない人生に絶望していた。この年、ウズベキスタンと日本の国交樹立25周年と、そして第二次大戦後に捕虜となった日本兵が建設に関わった“ナボイ劇場”の完成70周年を記念し、日本とウズベキスタン共同制作の映画企画が誕生していた。それが、現在公開中の黒沢清監督最新作『旅のおわり世界のはじまり』である。連載第7回第8回で書いた通り、私はウズベキスタン映画『UFO少年アブドラジャン』(1992)という作品を我が心意気映画の最高峰としているのだが、まさかこんなに素晴らしいプロジェクトが始まっていたなんて。当時の自分に「絶望するな」と教えてあげたい。

『旅のおわり世界のはじまり』は、歌手志望のTVレポーター・葉子(前田敦子)が、番組のロケのために訪れたウズベキスタンで出会う人々や出来事を通し、成長していく姿を描く。本作で、現地コーディネーター兼通訳のテムル役を演じたアディズ・ラジャボフさんは、ウズベキスタン・ブハラ市出身の35歳。2005年にスクリーンデビューして以降数々の作品に出演し、ウズベキスタンで国民的人気を博している。彼のインスタグラムのフォロワー数は100万超を誇り、日本で言うところの木村拓哉のような存在らしい。本作にはオーディションで選ばれたが、日本語は撮影が始まる1ヶ月前まで見たことも聞いたこともなかったのだそう。それなのに黒沢監督は、彼に出演者の誰よりも多く、そして長い日本語のセリフを用意した。ナボイ劇場の由来を日本語で熱く説明するシーンでは、気絶しそうになるくらい長いセリフを丁寧に、感情を込めて演じ切り、テムルの日本への愛着がひしひしと伝わる名シーンが完成した。その才能は初日舞台挨拶の際、黒沢監督に「アディズさんを紹介できただけでも、この映画を作った価値があると思っています」と言わしめたほど。

初めて出演した日本の映画に、アディズさんはどんな思いを込めたのか。映画の公開に合わせ初来日したアディズさんに、話を聞いてみた。



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『旅のおわり世界のはじまり』



ビシッとした黒のスーツ姿で登場したアディズさん。さすが国民的人気を得るほどの俳優のオーラは目の前にすると圧倒的。ド緊張しながらも、まず合作映画である本作に出演した感想を聞いてみると、「この映画は日本とウズベキスタンの友好関係の評価に大きな影響を与える作品だと思います」とかなり真面目な回答。それもそのはずで、彼は日本人が並ぶ主要キャストの中で唯一のウズベキスタン人であり、役として、俳優として両国を結ぶ架け橋的存在となった彼の責任は、我々が想像するよりずっと重いものがあったはず。「人生は何が起こるかわからないので、常に勉強です」と謙虚に語るアディズさんは、インタビューの間、まっすぐにこちらの目を見て、常に真剣。その姿からは、劇中のテムル同様、紳士な人柄が伝わってくる。

日本映画の情報はウズベキスタンには入っておらず、本作の話があるまで黒沢監督のことは知らなかったという。「黒沢さんが今まで作った映画を観て、どのような監督で、どんな視点を持っているか勉強させていただきました。改めて、黒沢さんのような優れた監督と仕事ができたことを幸運だと思います」。黒沢監督はアディズさんをオーディションで初めて見た時、「この人なら大丈夫だろう」という直感があったそうだ。前述の舞台挨拶では、「アディズさんに出会えたことが最大の幸運」とも語っている。二人の巡り合わせはこの作品にとってなくてはならないものだったのだろう。

日本語という未知の言語への挑戦について、アディズさんは苦労を口にしつつも、「最終的に言葉は意味がないもの」と言い切る。「1ヶ月一緒に働いているうちに、最後の方は通訳から日本語を聞く前に、黒沢さんの言うことをほぼ理解していました。それは言葉ではなく、心を通じてのコミュニケーションだったと思います。人間は、宗教・人種・国籍などの違いはありますが、同じ人間という生き物です。そういう意味では、言葉はそれほど重要なものではなく、まずはその人が何を考え、何を感じているのかを知ること。何かが通じ合うということは、人間の感情ひとつでできるんです。そういう意味で、私達は感情を通してお互いにコミュケーションできていたんじゃないかと思います」。
 
そう語るアディズさんの言葉を聞き、本作の警察署のシーンを思い出した。ひょんな事で警察に捕まってしまった葉子が、取り調べ室で聞き取りを受けるシーンだ。ここで、警察署に駆けつけたアディズさん演じるテムルが、葉子にある言葉を伝える。正確には警察署長が話し、テムルが訳した言葉なのだが、それはこの映画の要とも言える重要なセリフで、異国の地で心を閉ざしたままの葉子に、優しく説くメッセージだ。それを聞いた瞬間、私はボロボロと泣いてしまった。テムルが発した言葉は、それが持つ意味以上に、押し寄せてくる感情を感じたのだ。
 
演じた本人を前にして、そのことを恐る恐る伝えてみると…、「嬉しいです。私の気持ちが伝わっているから、あなたは涙が出たのではないかと思うのですが、それをゴールにしていたので、達成できたことがとても嬉しいです」と言ってくれた。黒沢監督は映画上映後の舞台挨拶で「皆さん映画をご覧になって、どうです? アディズさんはすごい人でしょう?」と仰っていた。そう、アディズさんはいち俳優として確かにすごいのだ。ナボイ劇場のことを情感を込めて説明する長セリフだけでもすごすぎるのだが、この警察署のシーンで紡がれる一節ずつの短いセリフには、映画のテーマが凝縮されている。そしてそれらがウズベキスタン人を代表した言葉であるということを十分に理解しつつ、それを聞いたこともなかった日本語で伝えるという、実はとてつもないことをやってのけているのだ。
 
日本とウズベキスタンの混合チームで過ごした1ヶ月は、アディズさんにとって特別な時間になったようで、「一つのチームになって、一つの家族になって仕事に取り組んだあの1ヶ月が終わってから、本当に別の世界にいるような感じで、正直大変でした…」と、撮影後しばらくの間落ち込んでしまったそう。映画が完成し、「黒沢監督には心の底から感謝を伝えたいです」と敬意を表しながら、「またご縁があれば一緒に仕事をしたいというのが今の大きな野望です」と再タッグへの意欲も語った。



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『旅のおわり世界のはじまり』



さて、インタヴュー時間も残り僅かになり、ここからはアディショナルタイムである。このウズベキスタンの有名人に、私はどうしても聞かねばならないことがある。そう、国民の6割が観たというウズベキスタンの伝説的映画(のはず!)『UFO少年アブドラジャン』について聞かずに終わるわけにはいかないのだ!

意を決した私は、「私はウズベキスタン映画の『UFO少年アブドラジャン』が大好きです」という子どもみたいな表現とともに、彼の前にドーンとDVDを取り出してみせた! すると、それまで緊張感が漂っていた空気が一変。アディズさんのみならず、その場にいたウズベキスタン人の通訳さんもアディズさんのマネージャーさんも一斉に「ABDULLADZHAN!!!」と沸き立ったのである。なんだかすごい手応えだぞ! そして、しれーっと着用していた黒沢清監督のサイン入りお手製アブドラジャンTシャツにも気づいてくれた。さらにあろうことか、なんとアディズさんの方から「DVDを持って一緒に写真を撮りましょう。帰ったらこのDVDを監督に見せますよ」と爆弾発言。こうして私は、『アブドラジャン』とは関係のない黒沢さんのサイン入りTシャツを着て、『アブドラジャン』に出ているわけではない俳優と、2ショット写真の撮影に成功してしまった。 



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『UFO少年アブドラジャン』のDVDを見せたらこの笑顔



アディズさんに「『アブドラジャン』は好きですか?」と聞いてみると、「もちろんです。ウズベキスタンではかなり有名な映画で、1度だけではなく何度も観たことがあります」。やはり、有名作なのだ!

現在、主人公アブドラジャンを演じていたシュフラト・カユモフ氏は、この『旅のおわり世界のはじまり』のウズベキスタン側のプロデューサーとして本作に関わっている。関係ないと言いつつも、遠からずつながっているのである。「ABDULLADZHAN grew up.(アブドラジャンは成長しました)」というアディズさんの言葉には、ちょっと感動してしまった。「いつかウズベキスタンにアブドラジャンを探しに行こうと思います」というと、「その時は僕がすべて企画しましょう!」とリップサービスまでしてくれたアディズさん。最後はTシャツにサインまでしてくれて、いい人すぎる……。

さらにアディズさんのいい人伝説は止まらない。後日、アディズさんはなんと自身のインスタグラムに2ショットの写真をアップしてくれた。コメントにはウズベク語で、「日本でも知られている映画『アブドラジャン』の大ファンの冨田翔子さんです。彼女が自分で作ったTシャツにもそのことが書いてあります」と添えられていた。100万フォロワーのインスタグラムに自分の顔が載ってしまった衝撃もさることながら、ここまでしてくれる国民的スターには、感謝してもしつくせない。

インタヴューが終わり、ふいにアディズさんから、『アブドラジャン』のDVDを「貰ってもいいですか?」と聞かれた。実をいうと手元に1枚しかなく、廃盤になっていて今後手に入るかわからないからどうしようと思ったのだが、「ダメです」と言うわけにもいかず、そのままプレゼントすることに。ウズベキスタンの国民的俳優の手に抱えられ、『アブドラジャン』DVDはきっと鼻高々に母国へと凱旋したことだろう! 



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『アブドラジャン』DVDを見つめるアディズさん



アディズさんの言う通り、人生は何が起きるか分からない。この先絶望しかないと思っていた2年後に、大好きな映画を生んだ国のスター俳優に会って、その映画について会話することができた。生きていれば奇跡も起こるのだ。

『旅のおわり世界のはじまり』は全国順次公開中。日本語セリフでの演技を完ぺきにこなしたアディズさんの熱演を、ぜひスクリーンで確かめてほしい。



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旅のおわり世界のはじまり
2019年 / 日本、ウズベキスタン、カタール / 120分 / 配給:東京テアトル / 監督・脚本:黒沢清 / 出演:前田敦子、加瀬亮、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボフほか
6月14日(金)より全国ロードショー中
公式サイト



冨田翔子

エンタメWebサイト編集部勤め。好きなジャンルはホラー映画。心意気のある映画を愛する。