宝ヶ池の沈まぬ亀 第36回

青山真治さんによる日付のない日記「宝ヶ池の沈まぬ亀」第36回。新作映画の編集作業が続くなか、ゴールデンウィーク返上で作り上げた舞台『しがさん、無事?』の仲間たちと遅い休暇をとって伊豆で過ごしたり、打ち合わせと墓参りを兼ね北九州へ帰郷した際の様子などが記録されています。舞台『後家安とその妹』、ドクター・ジョンを追悼した「アナログばか一代」のことも。

文=青山真治

36、西へ、西へ、セカンドラインは続くよどこまでも

某日、起き抜けから途方もない事件が起こり、それが登戸という何人か知人・友人が棲んでいる場所だったため状況がはっきりするまで気が気でなかったが、色々わかってくれば知人らが無事であることはわかったものの、陰惨さはいや増しに増していった。殊に自裁した容疑者について知り、それがなんとなく小・中学生の時の同級生を思わせ、というのもその同級生をモデルにした少年をサブキャラとして小説に書いたからだが、容疑者の写真を見て二度驚いた。かなり似ていたのだ。この男を知っている、という錯覚に陥った。体調が悪いため編集を休み、終日テレビの前に釘付けになった。こうした事件を必要以上に注視することはあのバスジャック以来避けてきたが、今回はそういう理由でニュース番組をずっと追いかけた。夕方まで上空を複数のヘリが飛び続けていた。

某日、明け方の雨で起こされる。未だ体調は回復せず。電力会社がきて、ブレーカーの調子を見てもらったのだが、それが終わると同時に再び低血糖発作がやってきた。先々週やったばかりなのに。ともあれ編集は本日も休み。眠りに落ちることなく、掠れた意識のまま問題の原因であるポンプの修理を依頼すべく建築会社に連絡。といっても最初のメールだけ送り、まともに言葉の出ない夫に代わって女優が大方を説明。三時間ほどでどうにか起き上がることができるようになり、建築会社Y氏への対応をこなす。地下の下水槽は溢れんばかり、それを排出するための思案、やがて電機修理屋さん登場、どうにかポンプを起動して半分以上の除去に成功、しかしそこまで。ポンプそれきり沈黙。ともあれ急遽明日の昼にポンプ屋が来てポンプ交換してくれるところまでこぎつけ、本日終了。ヘトヘトの状態でカツ丼弁当を食した後はベッドに転がりこまざるを得なかった。明日の予定はキャンセル、明後日に回す。九時ごろ眠りに落ちつつまた雨の音を聞いた。

某日、快晴。どこかで八時間睡眠がベストと読んだ記憶があり、そんな暇はないと無視していたが、実践してみると頗る調子が良い。時間があるのだからしばらくはこうしてみるのも悪くない。とはいえ、五時に起きて十一時ごろ昼寝を必要とするのは健康時と変わらないのだけど。朝餉はパンと卵。昼に女優の贖ってきた寿司を食すと、やがてポンプ屋さん登場。が、本日は下水槽の掃除(これは大変な作業)とポンプの型番の確認のみ。またしばらくポンプなしの生活が続く。これはこれで不安なものだ。

「死ぬなら一人で死ね」問題がネットやマスコミを賑わしているが、批判派は言い方を間違えていないか。『十二人の怒れる男』のフォンダのごとくゆっくり説得して少しずつ賛同者を増やしていかなければ。頭ごなしに批判しても火に油を注ぐばかりではないか。

近所に夕餉(ハラミステーキ)を摂りに出る。戻ってテレビを点けると時代劇専門チャンネルで『風の中のあいつ』をやっていて驚く。初めて見た。音楽は平尾昌晃・萩原哲晶、主題歌ジュリー、7話・8話の監督西村潔。前田吟も下條アトムも実にいい。そしてショーケンは『太陽にほえろ!』直後の連ドラであり、しかしこのまま『傷天』に繋がるあの芝居、台詞回し、一挙手一投足、揺るぎない。特に8話は傑作だった。最初の6話を見逃してしまった後悔。なぜ気づかなかったのか。悔しい。

某日、朝病院。インスリンの量が若干減った。午後は銀行作業後、初はなまるうどん(なるほど〜)を経て舞台へ。作・演出=豊原功補『後家安とその妹』。紀伊國屋ホール。第一作『名人長二』のフラットがゆえに落語的な舞台装置とは打って変わって立体的な二階建てにまず目を奪われる。そして物語構成と演出との見事なマッチング。何より、毎熊克哉をはじめとする俳優陣の真摯な芝居に心打たれる。声をかけてくれた足立理が格別に素晴らしかった。豊原のサゲも見事に効いた。ただ、豊原功補という人の最大の武器は、落語と言い舞台と言うが実は映画的な想像力なのだと確信する。約130分、休憩なしで見せきって観客に強いる緊張と緩和のバランス、これは映画のものだろう。だからと言って、映画をやるべきだ、などとは思わない。これは舞台でしか成立しない抽象時間である。そこが優れている。泣いてやるもんかと歯を食いしばったが、ラスト、一条の涙が零れて、悔しい思いをした。帰りながら、今年はもう演劇をみる必要はないかなと考えた。まだ横浜まで一人で行く体力的な自信もないし。

編集室に立ち寄り、前半を細かく刻んでいたが、途中で支払いなどあることを思い出し、帰宅して作業。その途中で疲れがどっと出て、やはりまだ本調子でないと悟る。ぼんやりして『風の中のあいつ』を見逃す。連日どおり十時には床に就く。

『オーファンズ・ブルース』テアトル新宿レイト初日であった。

某日、朝から突然カーペットを洗うと女優が宣言、いそいそと作業開始、少しだけ手伝うが午後から編集へ向かう。逃避ではない。三時間あれこれと試行錯誤、結局121分。編集・田巻ともどもこれ以上のカットは望まない、として終了。明日の試写に備える。まあ切れないわけではないのだが。夕餉は中目黒で焼鳥。久方ぶりに美味。ノンアルコヲル。帰宅して久方ぶりに叔母、そして兄と電話で会話する。

ロッキー・エリクソンの訃報。最初に知ったときは、まあ長生きするような人ではなかったと諦めモードだったが、時が経つにつれだんだん悲しくなってきた。13thフロア・エレベーターズのファースト、セカンドを初めて聴いたときすでに大学に入っていた、あるいは卒業さえしていたかもしれないが、当然のことながら「とっくの昔にこんなことやってる人たちがいた」という事実を知り、その段階でバンドを作る夢を断念した記憶がまざまざと蘇ってきて、内心激しく落ち込んだ。その後も音楽を志さないではなかったものの、エリクソンの名前や伝説に接するたび引っ込み思案になるしかなかったのだから、私のコンプレックスの大きな部分を占めており、合掌とかRIPとか言ってる場合ではなくなった。ただただ無念という他ない。

この日は十一時就寝。

某日、早朝から猫一族の暴動。水をひっくり返し、食料を要求。前の晩、定時に一定量与えてはいたのだが、食い終わって空になったのが不満だったらしい。掃除をし、配給すると寄ってきて静かに食べて再び散開。やれやれ、と再び寝床に戻り二度寝。どのみち今朝はやることがない。明日からの伊豆行きに備えて荷造り。といっても着替えは向こうにあるのでもっぱらDVDとCDのチョイス。車に乗せ、試写の時間を待っているうちに、やはりあそことあそこは手を入れる必要があるかも、と思考がめぐり、田巻に連絡。一時間早く行き、直し。で、それなりに手を入れるがまだまだ、というところで第三試写開始。切りどころ各所見つかり、かつ合成カットもほぼ決定。帰りに再びアンディ・カフェでハラミ。帰宅して大河を見て、大友さんの素晴らしきスコアを堪能。しかしその後のNスペ・安楽死のあまりの凄さ・愛の深さに参ってしまい、本当に明日からテレビもネットもない場所に行ける幸せを噛みしめる。もううんざりしすぎた。非常に落ち着かず、ついドゥニ・ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』など見始めてしまうが、途中で力尽き、十一時過ぎ就寝。

某日、GW返上で舞台をやり上げた仲間とともに遅い休暇を取りに伊豆へ、という計画は楽日直後から練られていた話で、ようやくそれが実現する運びとなった。忙しい女優になるべく負荷をかけないよう、ゴミの処理など予め済ませるなど準備のため六時起床。十時にNew York Cityと書かれたTシャツを着た松本勝が登場、妻の愛車を駆っていざ出陣。目黒駅で成田(通称りたま)をピックアップ、一路逗子経由茅ヶ崎へ。十二時半、茅ヶ崎着。テイ龍進をピックアップし駅近くのイタリアン「MOKICHI」でランチ。そして延々と海岸線、天気は良好、何の問題もなく伊豆ベースキャンプに到着。まずは冷蔵庫の中身を一掃、明日のゴミ出しに備えつつ、電機屋へ。モニタを新調、ブルーレイプレイヤを購入。駅前の食糧品店で買出し、ベースキャンプに戻る。そこからは料理人・テイ龍進の独壇場。めくるめく中華の世界。街場でこれだけ食えばおいくら、という美味が繰り出される。勝がガソリン給油や追加の買出しに出れば、りたまは冷蔵庫を美麗に磨き上げる、その傍で私はなすすべなく小さなCDプレイヤを前にDJ修行。やがて現れた料理はこのような次第。

撮影:松本勝

中華街の一流店に迫るにじゅうぶん。本日は語り明かそうということでブルーレイのセッティングを取りやめ、飯を食いながら延々と過去と未来の綻びを繕い紡ぎ合わせる。

BGMのメインは、S&G。

撮影:松本勝

某日、疲れて寝入る三人に対して何もしなかった私はいつも通り早朝起床。全員の意識の回復を待ちながら『ボーダーライン』の続きを見る。結局そうでもなかった、というかどうしても『ゼロ・ダーク・サーティ』と較べると見劣りしてしまう。銃声などの効果により全員起床、続けて『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』を見つつ朝食。すでに昼を回ったところで、徒歩で神社参拝に出かける。ぼんやりしている時間も勿体無いと全員車に乗り大室山へ。久方ぶりのリフトはそれほど怖くはなかった。りたまが一人でレッサーパンダを見にシャボテン公園へ。男三人は喫茶店でお茶。さんざんいい空気を吸ったところで買出しに向かう。結局スーパーマーケットの品揃えがベストということに。勝の入手したサブウーハがなかなか調子悪く、結局返品など手際は悪いものの、大阪のおばちゃんばりに交渉の結果、なかなか良きスピーカと交換までこぎつける。日暮れてA編集者を出迎える。シェフ龍の夕餉は相変わらず最高。

撮影:松本勝

『エクソシスト3』を見つつ舌鼓。さらに全員で『東京暮色』を見ながら就寝。

某日、早く起きた人間はその前夜に見ていたDVDをかける、というのがルールになり、眠ってしまった『東京暮色』の後半一時間で皆の目を覚ます。さらに『嗚呼!おんなたち 猥歌』を初のブルーレイで。見た人間(私以外全員初見)にトラウマを与えることは過去にも言われていたことだが、今回もやはりそれと内田裕也の尻賛美が上映後の話題。龍ちゃんの中華スープが最高の目覚ましとなった。九時過ぎに龍ちゃん、りたまアウト。勝が駅まで送っていく。ここからは冬のトリオで過ごさねばならない。しかし午後は深作『博徒外人部隊』を見て以後どうも、これぞ、という映画に巡り会えず。夕餉に五時開店と同時に「二本松」で刺身を食う。料理人テイ龍進以後、何にも感動できない自分を発見して幽かに動揺。戻って『ヘレディタリー』を見始めた途端に勝、寝落ち。急遽、私とAは『離婚しない女』にシフトチェンジ。初見のAは「ここで見なければ一生見なかったかもしれない」と興奮。私も久方ぶりに見たが、やはり大傑作。かつて倍賞姉妹にさほど惹かれなかったが、今回はその美しさ、演技の確かさにすっかり脱帽であった。満足し、そのまま就寝。

某日、五時起床。とりあえずおばあちゃん子の勝に『ヘレディタリー』をようやく見せることに成功。うまくハマる。その後はグズグズと帰還準備。すでに火曜に処分済みだったのでそれほど大量でもないゴミをまとめて車のトランクに詰めこみ、出発。真鶴半島で遊覧船に乗るという松本勝たっての希望を実現。三十分ほどではあるが、しかも以前女優と行った時は乱舞した鴎は一羽たりと近づかなかったのだが、それでもよき旅となった。昼過ぎ、ゆるゆると茅ヶ崎到着。面白いように大鳥れいも同時に到着。あとは海辺の午後をただ呆然と過ごす。いや、呆然といえばこの伊豆行き全体が呆然としていたことになるか。明日からは梅雨かもしれないが、この晩春に思い残すことはない。

A編集者を仕事場に送り届け、帰宅。BBQの余韻もあり、勝とともに駅前の韓国風焼き豚屋「とん豚テジ」へ。肉鍋で超満腹の結果、勝が帰宅、こちらもようやく意識を失った。

某日、午前中からどんよりと暗雲が垂れ込め、やがて降り始めるのをこれは梅雨入りと考えて差し支えないか。気圧の低下で気を失い、やや遅れて編集室へ。サクサクと刻み119分を確保。明日試写で確認する。

で、翌日細かく切り、118分。今までやってこなかった技法をいくつか試したが、これ以上はカットすべきでない気がする。そろそろピクチャーロックしたいところ。

帰宅してぼんやりしつつ、BSで『グロリア』。冒頭から心揺らぐ。反省しきりだが、もう後戻りはできない。耐えかねて一度「ブラタモリ」に逃避。銚子は『チンピラ』の懐かしいロケ地でもある。再び『グロリア』に戻りラストまで。圧巻。撮影の手順を是非とも知りたくなる。決してたんにシンプルではないはずだ。そして脇の隅々に至るまで俳優たちの神経が研ぎ澄まされている。ここまで行くのにあとどれくらいかかるだろうか、と呆然とエンドロールを見ていると、いままで意識していなかったが、演奏はトミー・テデスコをはじめとするレッキング・クルーだった。

深夜ふと目覚めて窓外の首都を見ながら一服。東の空が不穏に赤い。

ドクター・ジョンの訃報。ひたすら感謝しかない。

某日、すでに何度か紹介したはずだが、ぱるるはレア物やインディーズを好む。好むと言ったって視聴するわけではなくジャケットの四隅を噛み砕くばかりだが、最初こそショックを受け必ず棚の上など高所に置くようにしていたのを、誰か分からぬ猫が蹴り落としたりして、それをゲットすることもある。今朝の獲物はこれ。

午後、編集室へ。VFX打合せ。仮の合成画面をいくつか見たが、仮と言われてもこれでいいんじゃないかとか、いかに自分が素人かと思い知る。ともあれ満足。これから二週間の作業期間を経て、合成の必要な全カットについてこの「仮」をやっていただく。その間にこちらはいよいよ音楽のスポッティングの検討。ただこれがまあやりにくい。相手は音楽を主軸とする会社である。一筋縄ではいかない。仮音を敷いてみてもいいのではないか、とPは提案するが、そんな迂闊なことをしていいかどうか。何しろ音楽でこの映画が喜劇なのか悲劇なのか決定されるといっても過言ではない。事前にできることは限られている。それともこれは被害妄想か。

ともあれ数日は呑気にしていよう。帰宅しておやつを食べていると、降り出した雨の中、予定通り四時にポンプ屋さんが来る。合間に『いだてん』。美しい物語だが、毎回ながらどうしても志ん生を便利に使い過ぎてるのが腑に落ちない。七時過ぎに作業終了。夕餉にうどん。夜更けてある論文に着手。十二時過ぎ就寝。

某日、朝餉は無印のカレーとトースト。美味。午前中は論文の続き、午後はなんちちで大橋に舞台製作の相談。帰宅して論文の続き。そして夕刻、土砂降りの中、下北沢へ。ステーキを食って風知空知へ。半年ぶりのアナログばか一代、「ローリング・サンダー・レビュー」特集が急遽「ドクター・ジョン追悼」特集に変更された時点で予約を入れた。まあ何れにせよ行くつもりではいたが。とにかくひたすらぼんやりと大好物の音楽を聴き続けるというのは何物にも変え難い贅沢である。中途でいわゆるレコードに対する特効薬「波動水」で拭くと音がめざましく変化する不思議。それにしてもドクター・ジョン=マック・レベナックの偉大さを心から感じる。様々な逸話を何度も取材なさった湯浅学さんの口から直接聴けたことは幸福なことであり、そこに『ガンボ』はもちろん『Dr. John Plays Mac Rebennack』をはじめとする名作の数々が流れることこそ真の追悼であるような気になる。殊にシングルの音はこれぞアナばか!という爆発を感じた。終了後、新潮・風元氏を交えて、カーネーションマネージャー横尾氏、直枝氏、樋口社長と中華でのんびり語らう。さらに解散後、シモキタ在住りたまを制作・大橋の可能性の報告旁々呼び出し、さらに酒宴。

某日、そうなるともうニューオリンズノリの歯止めは利かず、起き抜けから『Dr. John Plays Mac Rebennack』全曲。じっと聴いているとマックさんとアランさんのbpmの違いに気づき、そうやって棲み分けが可能だったのかもしれない、と推察。そうやって日がなルイジアナである。さらに中古でかなり高価な『Vol.2』をネットで落としてPCで聴く。真の名作とはこの作品のことを言う。そうか、ドクターがあったかと。昼間、マンキーウィッツ『大脱獄』がBSに。DVD購入後、積ん見状態だったが、この機会に。二十年近く前にテレビで見たきり、前半は何も覚えていない。そして傑作であった。論文のためのDVDチェックを二本。記憶通りだったので、論の筋道に問題が生じることはない。田辺聖子さんが亡くなったことを知る。母が大ファンだったが二歳ほどしか違わなかった。

某日、朝から鈴木惣一郎『細野晴臣 録音術』を読始。一度読んだ気がするのだけど記憶が薄いのは、専門用語を理解しないままだったから途中で放擲したのかもしれない。今回は色々調べながら読む。昼、テレビに前川清が出ており、最高に面白いので延々と見る。相当な変人である。我がパイセンに「清」という名前の人がいるが、かなり似ている気がするのは気のせいか。遅い午後から打合せ。映画にとって大事なことは二つ、「人」と「場所」だ。その後者の方をぼんやりと像を結ぶ程度に数人で考える時間。もちろん「情報」を持ち寄ることから始まるのだが、イメージできるようになると実際に見に行こうという話まで発展する。結局、具体性と実際性によって物事は動くのであり、抽象的議論というのは作物が出来上がるまではほぼ役に立たない。最終的には野本とかなり呑んだくれる。

某日、起き抜けから朝ドラでようやく貫地谷しほりさんの芝居を見て、わかってはいたのだが驚きのあまりしばらく鳥肌が引かない。悪いが他の俳優陣とはレベルが圧倒的に違っている。ある役にバチっとハマる人の天才性というのもあるが、貫地谷さんの場合、オールマイティー。たった1、2分のシーンだが、古典的な意味でも現代性においても本当にすごい芝居である。オリヴィア・デハビランド級と言ってどれくらい通じるのか知らないが。いわゆる大胆さと繊細さが同時に実現される、これぞ良き芝居というものだ。

昼は『エド・ウッド』。かったるい映画だが、そのかったるさがいいのだ。オーソン・ウェルズ役の人が大変似ていて、いつも笑ってしまう。終わって、久しぶりに三人でぱるるとお散歩。ひたすら楽しい。

夕餉に中目黒版uber eatsという感じのfine dineでイタリアンを注文してみる。ラザニアが食べたくて。で、大した味ではないけど、満足。夜間はずっと読書。「何ができるか、ではなくて何ができないかで物事は決まる」という細野さんの言葉が実感として印象に残った。まあ、そういうものである。

某日、朝からの最大の関心事は、激化する香港情勢でもホルムズ海峡一触即発でもなく、ひげを剃るか剃らないかであったが、結局剃らなかった。そしてそこにめんどくさかった、という以上の理由はない。荷造り、身支度を整え、家族で朝飯を食い、外に出るが週末の午前11時、まあタクシーの捕まらないこと。やっと乗っても大渋滞。ようやっと品川駅に辿り着くが一本早い新幹線は間に合わず想定通りの便に乗り込む。名古屋過ぎて寝落ち、京都の記憶なく、気づくとすでに新大阪、ここで松本勝合流。そこから生憎の雨以外特に問題なく小倉着。ホテルチェックイン後、北九州演劇界の重鎮ミスター泊を訪ね、相談事。夕餉はお福。「日本一の唐揚げって」とせせら笑う勝を黙らせることに成功。さらに旦過・丸和前にてラーメン、チャーハン、餃子。キタキュウの旅行者はわざわざ高い銭を払って寿司だの焼肉だの食う必要なく、この二軒に行きあとは資さんでうどんを食えば十分。わざわざ博多に出かけて高級食材だの伝統のうどんを探す必要もない。鱈腹食ってあとは寝るだけ。五時台に眼が覚めると隣室の鼾の凄さに笑う。雨はまだ続く。

朝八時、魚町資さんうどんでかしわうどん。それから雨のなかレンタカーで門司周遊。『共喰い』のあのボロボロの川は立派に修繕されており、見る影もない。昭和の匂い漂うあれはあれが最後だった。神社だけは何も変わらない。さらにこれまた修繕された門司港駅を見る。さらに急激に方向転換し、若戸大橋を渡る。薮そばで昼食。枝光の劇場を外から下見して、小倉駅前のサイゼリヤでさらなる遅い昼を摂りながら映画祭幹事の吉武氏と会合。穏やかに進めることで合意。勝と別れ、夜は再びお福。ガキの頃からの連れ、ということはもう四十年を超える付き合いの原村と高校の同窓、三村に会う。東田もくる予定だったが、全国ニュースとなったクジラ救出の仕事で欠席。小倉に戻り、昼間に偶然出会った宮川さんのギャラリー・ソープへ。ここはホテルの目と鼻の先だが、なぜか寝落ちして、午前三時まで寝落ち。体がひどく痺れている。で、昼まで寝ていたのだが腹痛で目覚め、トイレに座っていると急に掌が発汗、ああ、と思うがやっぱり、すぐに今年三回目の低血糖発作が始まった。霊園に行く前に叔母の家に寄る予定だったが、電話もできない状態で集合時間を過ぎてようやく活動可能になり、タクシーで三十分ほどだが着いた霊園はあまりに広過ぎ、もう何年も墓に参ってないから記憶がなく、結局どこだかわからない。呆然とうろうろするが一向には出会えず、あきらめてバスで駅まで、さらにホテルに戻り、そのまま再びベッドに倒れる。ほとんど何も食えず。関東大震災を描いた『いだてん』の井上剛さん演出に感動したことだけは覚えている。

撮影:松本勝

そして吉武美知子さんの訃報。

吹田の事件、早朝に犯人逮捕。彼がG20で何かやろうとしたのかどうか。折しも香港の200万人デモ、この国では放擲された孤独ばかりが先鋭化している。十時半の新幹線、そのまま品川は乗り越し。半覚半睡で東京駅下車、帰宅。また一つの旅が終わった。

なんだか久しぶりのような気がする自宅で終始ボンヤリ、刺身と味噌汁ともろこしご飯がやけにうまく、しみじみとする。夜空にはストロベリー・ムーンだとか。眠り、起きると四時。東の空が明けゆくのをしばし眺める。

朝七時から夫婦で出かけることは年に二度はない気がするが、それでも一度はあるのは友人の命日に墓参に行くためで、本日もそれ。世田谷の路地裏に駐車して昨夜恵比寿まで買いに出た花を持って歩く。手を合わせて軽く墓の掃除。そこから舞台の稽古場が近くにあったことで馴染みのある初台に移動、デニーズで朝食を摂るのも年に一度の習慣になりつつある。鱈腹食って女優は新宿で仕事。こちらは電車で帰宅。大谷の試合をBSで見始めた途端に試合終了、スリーランを録画で見た直後、先生から『John Ford/A Bio-Bibliography』なる書物が「なぜか二冊あったので」という理由で送られ、驚愕。何か今日は休んでよし、と言われた気がする。夕方出かける女優を送ってぱるると歩いたが、女優が道の反対に渡って手を振ると途端に寂しげに吠え始め、見えなくなってもずっとその行方を探し続ける。全くもって超マザコンになった模様。仕方なく抱いて帰宅。夕餉はステーキ。

山形、新潟で震度6。

某日、朝七時半より散歩。昨日とは打って変わって女優がいるのでご機嫌なぱるる。こちらは一時間の徒歩でえらく疲れ、体力減退を痛感。朝食はうどん。それ以後は論考。しかし遅々として進まず難渋する。気を取り直すべく細野『はらいそ』2019年リミックスヴァージョンを。細野さんのアルバムでは、かつて複雑すぎて理解にはほど遠かったが精神的に最も影響を受けた一枚。これ以後はYMO以外『ホソノヴァ』まで聴いてなかったし。逆に大瀧師匠の場合は、一聴単純であるせいでその影響下に陥るのに相当の時間がかかった。

夜はスーパーフライ級タイトルマッチ、井岡・パリクテ戦。10RでKO。面白かったが、本当にボクシングを見るのが久しぶりだったせいか、こんなもんだっけとしっくりこないところもあった。これからももっと見よう。特に井上。

某日、相変わらず眠りが散漫でよろしくないのだが、朝から論考の続き。そろそろ本腰を入れる必要がある。休憩は細野『フィルハーモニー』。この時期の作品はどれも初聴だが、一曲目から「これだ!」と思わず身を乗り出した。いや、まだわからないが。とにかく笑いともシリアスとも取れるこういうことが理想なのだが。昼はBSで『ギャング・オブ・ニューヨーク』。ダメなことはわかっているが、つい。脚本も撮影も音楽も何もかもダメ。しかしもう少しメリハリのある演出ができればこれもそう悪い話ではない。暴徒と化した貧民が金持ちも警官も政治家も黒人も何もかも破壊し尽くす。最後は軍隊の一斉砲撃。一斉射撃。それでも殺し合いは終わらない。だからこれはこれで悪い話ではないし、俳優陣だって悪くはないのだ。こんな意味と美学の塊のような撮り方さえしなけりゃね。

YMO『BGM』。未聴の一枚。どうもこの辺にヒントがあるような気がしてならず、野良犬のように匂いを嗅ぎながら、うろうろしている感じ。夕餉は鯵と鯖。

某日、朝餉をいただきつつYMO『テクノデリック』。うん、この辺だな、今回の核心は。そろそろどういうことなのか画面に当ててみることをしなければならない。小品でももちろん手を抜くわけにはいかないのだ。音の発見は作品の刷新でもある。しかし一段落ついてマイティ・スパロウを聴くと、全体これにしたいという思いをグッと堪える。

この次はモアベターよ!

青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)など。今年、初の作・演出『しがさん、無事』を上演。

近況:8月12日(月)~17日(土)にアテネフランセ文化センターで開催の「中原昌也への白紙委任状」の初日にトーク出演(上映作は『メルビンとハワード』)。9月にソウル・シネマテークで開催される「たむらまさき回顧展」に参加予定。同じく9月に出版予定の神代辰巳論集(国書刊行会)に「後期神代論」を執筆。
近況:複数のこと(映画作品、批評、小説、戯曲)を並行してやっているが、どれもまだ情報リリースの段階にないことが頭痛のタネ。「シモキタヴォイス2019」DAY1に登壇します。7月13日(土)14時より北沢タウンホール12階スカイサロンにて(参加費:1000円+ドリンク料金、定員60名)。