Television Freak 第40回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから『あなたの番です』(日本テレビ系・日曜ドラマ)、『インハンド』(TBS系・金曜ドラマ)、『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』(フジテレビ系・月9ドラマ)の3作品を取り上げます。

(撮影:風元正)

「ホン」のない時代

文=風元正

青山真治の指令に従い、『ショーケン 最終章』を読んだ。静かな本で、萩原敬三はすばらしい伴侶に恵まれ、ジストという難病で余命宣告を受けた後の生を従容として受け入れる境地に至ったことを知った。「仕事は何度目かの上り坂に入ろうとしていた。しかし、上り坂と下り坂は、実のところ紙一重だ。/上っているときは苦しさのあまり、つい身に付けているものを捨ててしまう。身軽になるぶん、無防備になる。後ろに転がったら大けがをして坂を転げ落ちるかもしれない。/絶頂の時代とどん底の時代はいつも隣合わせにあり、同じだけの危険性をはらんでいる。その両方を何度も経験してきた私は、そのことを痛感してきた。/ただ、今回は人生の同伴者がいた。」

ちょっと引用が長くなったが、自分の10歳上とは思えぬ透徹した認識に脱帽する。そして、全盛期の記述は、同時代で見ていたはずなのに有史以前の伝説という印象を受ける。荒井晴彦がいつも遠い目をして「クマさん」と呼ぶ、ショーケン唯一の「師匠」神代辰巳が1995年2月24日に67歳で死んだと知り、ああ、やはりあの頃に「歴史」が終わっていたのか、と改めて確かめた。さて、相変わらず「歴史」のない世界でどう生きるのか。いまだに正しい方法は見つかっていないが、まず『いだてん』に出る萩原健一を見ることから始めるか。

『インハンド』の主人公・紐倉哲(山下智久)は、植物園を改造して、熱帯種の蝶や蛇や鳥が行き交う広大な研究室に籠る天才寄生虫学者。右手にはロボットハンドの義手が装着されており、見た目からして只者でないキャラクターにクールな二枚目の山下は似合う。どこか市川雷蔵の気配がある。現代文明は清潔を目指してきた。しかし、無菌状態に近づくほど、人間の方は免疫力がなくなり、寄生虫やウィルスの脅威はより高まる。

紐倉と助手・高家春馬(濱田岳)、内閣官房サイエンス・メディカル対策室/牧野巴(菜々緒)のトリオの掛け合いがたまらない。高家は直情径行な熱血漢。勤務先の病院の不正を告発したために助手となったが、生態系全体を見渡して問題の本質を取り出す紐倉の知性についてゆけず、しばしばキレる。森繁久彌「社長シリーズ」の登場人物のようなメリハリの効いた感情表現は濱田の独壇場で、笑ったりホロリとしたり。

外務省のエリートコースから左遷されたバリキャリの牧野も陰影が深い。第7話、PID(原発性免疫不全症候群)に苦しむ娘・美香のため、身体を張って唯一の治療法である骨髄移植を実現しようとする。紐倉は珍しく素直に牧野を助けようとするが、難病PIDを治す手がかりはなかなか見つからない。普段は仕事も子育ても完璧の牧野が、娘の病で悲嘆に暮れ憔悴する過程を演じる菜々緒はまさに新境地。死んだ夫が打開策を準備していた展開も意表を付いており、免疫についての理解も深まった。

原作があるとはいえ、科学の最先端をこなれた娯楽作品に仕立て上げてゆく制作陣の手腕は目覚ましい。脚本家が3人いて、そのうち吉田康弘は『コウノドリ』、田辺茂範は『トクサツガガガ』を書いたと知り納得する。“シャーガス病”“ハートランドウイルス”などなど、毎回、目新しい疾患が出てくるのも楽しい。視聴者として、未知の領域に挑戦してゆくチャレンジ精神のあるドラマに注目してゆきたい。

金曜ドラマ『インハンド』 TBS系 金曜よる10時放送

『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』は、放射線技師・五十嵐唯織(窪田正孝)が主人公。医師の診断は技師の撮影する画像がなければ下せない。でも、診療行為はできないし、検査さえ医師のオーダーを受ける必要があるのだから、縁の下の力持ちである。唯織はアメリカで最も権威ある放射線科医に才能を認められるほどの読影能力を持ち、医師免許も持っているが、なぜか技師として働いており、その活躍が患者を救ってゆく。

同僚の医師や唯織のほか6人いる放射線技師のひとりひとりの葛藤に光が当たる群像劇の形式を採っているのが好ましい。第4話、手際が悪くいつも自分で仕事を抱え込んでしまう新人放射線技師・広瀬裕乃(広瀬アリス)は、医師が不要と判断した再検査を行ったり、雑用を人に回したり、同期なのにワガママし放題に見える唯織に怒りを爆発させる。しかし、唯織が常に患者優先でイレギュラーな形でも院内の了解をとりつけて病変の正体と突き止めようと必死だったのを知り、裕乃も気になる女性患者の再検査を申し出て、ついに痛みの原因を突き止める。唯織が「今回の写真、肩の関節もきれいに抜けていましたし、ポジショニングも完璧で、とてもいい感じでした」と裕乃の技術を褒めたシーンには、心がほっこりした。

何も知らずに第1回目を見た時に『HERO』を思い出し、演出が同じ鈴木雅之だと知った。でも、回が進むにつれて、まったく違う味わいが出ている。とりわけ、甘春総合病院の前院長の娘で放射線科医の甘春杏(本田翼)に心を寄せる唯織、そして外科医・辻村駿太郎(鈴木伸之)の3人の関係にはハラハラする。駿太郎は父が大学病院の教授で、生まれと医師という身分が心の拠り所なのだが、唯織の天才性に自信が揺らぐ。父の病院を継げるかどうか、常に悩んでいる杏は、実は幼馴染の唯織が抱く純粋な慕情に気づかぬままだが、医師を越える唯織の実力に次第に惹かれてゆく。恋に不器用な杏を演じる本田翼の存在感が愛らしい。院長・大森渚(和久井映見)も何かが突き抜けているし、いつもカップラーメンを食べている黒羽たまき(山口紗弥加)のテンションの高さも愉しい。

登場人物すべてに血の通った視線を注ぐ演出の妙は、あるべき画像撮影に徹底的に拘る唯織の姿勢に重なる。恋の行方はどうなるのか、歳の離れた叔父さんのような気分で見守っている。

月9ドラマ『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』 フジテレビ系 月曜よる9時放送

『あなたの番です』をつい続けて見たくなる心性はどういうものか? 第4話、姑から陰惨ないびりを受けていた赤岩美里(峯村リエ)が自らの誕生日ケーキを運んだ後に首を切られて夫・吾朗とともに殺され、部屋中に血が飛び散っているシーンを見て、ある一線を越えたと感じた。マンションに引っ越してきた夫の方が15歳若い新婚さん、手塚菜奈(原田知世)と手塚翔太(田中圭)が「交換殺人ゲーム」に巻き込まれる。ミステリー好きの菜奈の「殺人事件では、警察が動機のある人間を調べるので、すぐに捕まってしまう」という一言がきっかけだから始末が悪い。

荒唐無稽な設定だが、登場人物がどんどん趣向を凝らした死に方を迎えることにより力ずくで納得させられてしまう。何より主人公夫婦の演技に魅せられる。菜奈ちゃん=原田知世の演技はいつものペースなのだが、この異常な事態にさほど変化のない方が怖ろしい。前夫と離婚していないのにマンションを買ってしまう謎のメンタルを淡々と演じ切っている。夫のジムのトレーナー翔太=田中圭も「菜奈ちゃんを守りたい」ために行動しているはずだが、熱すぎてどこか妙である。いったい、妻の前夫が知らぬ間に顧客・細川朝男(野間口徹)で「アニキ」と呼んでいたりするものか。「ゲーム」の推理を披露するごとに事態が悪化している気もするし、尾野幹葉(奈緒)との関係を妻に隠していたりで、とにかく挙動不審。いつも目が泳いでいるからこそ目が離せない。

このドラマはホラーやオカルトの定型から遠く離れている。殺人は極端にしても、現代社会はほのぼのとした善意の交流で成り立っているはずもなく、かつての共同体の相互監視機能も都市化により完全に失われている中、俯瞰すれば『あなたの番です』的な世界の方がリアリズムかもしれない。悪意と嘘の連鎖。ひとりひとりは軽い気持ちでも、その総和が惨劇を育む。

どこかに「あなたの番です」と汚い字で書いている人がいる。筆跡は同じだから、首謀者はひとりか。早期退職した田宮淳一郎(生瀬勝久)の演劇狂いはかなりヤバいレベルに達しているし、わりとまともに見える黒島沙和(西野七瀬)も深い闇を抱えているだろう。ハチャメチャに見える事態を周到に計算された脚本が支えている。怖いものみたさの欲求を2クールの結末まで充たして欲しい。長くていいです。

日曜ドラマ『あなたの番です』 日本テレビ系 日曜よる10時30分放送

「令和」改元の祝賀ムードも、大事件によりかき消えた。上からのコントロールは持続するものではないし、平成の代に熟成された矛盾が一気に噴出した感がある。まだ名付けられぬ悪意により社会の前提も大きく動いた。荒井晴彦はいつも「映画はホン(脚本)だよ」というが、それは真理だろう。「歴史の終わり」は別に抽象的なものではなく、社会の中に皆が共有できる「ホン」がなくなった段階である。たとえば、終身雇用が保証されていた高度成長期ならば、社会の成員はおおむね同じ未来を共有できた。男女の役割分担も単純化できたし、アンチも含めて演ずべき「ホン」がある時代だ。しかし、今の世界はバラバラで、確信を持って演じるべき役柄を見失っている。

『ショーケン 最終章』を読んで、萩原健一という役者は徹底的に脚本を読み込んでフリーに見える演技をするタイプだと分かった。市川森一との企画が脚本家の死により中断したのは痛恨だが、いずれにせよ、神代辰巳の死ののち、ショーケンが全面展開できるホンが成り立つ可能性は低かった。ルールに則った繊細な逸脱が、単なるワガママに受け取られてしまう。それを知りつつ、平成の最後までこの世にいて何かを伝え続けた萩原健一は、やはり凄い人だと思う。

今回取り上げた3つのドラマはいずれも、現代的な「ホン」の可能性を着実に現している秀作だった。

(撮影:風元正)

風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。