妄想映画日記 その92

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」その92です。今回は東京にて7/13(土)より公開の『TOURISM』(宮崎大祐監督)の宣伝立会いや「アナログばか一代」、水戸で渡邊琢磨さんによる弦楽器生演奏つきの新作『ECTO』上映、ワイズマン作品と絶品のうなぎのため名古屋へ、そして京都にて爆音映画祭という半月の日記です。

文・写真=樋口泰人

5月16日(木)

8時くらいに起きたものの具合悪すぎでトイレにこもり出られない。『TOURISM』の取材があって皆さん朝からユーロスペースに集まって写真撮影などをやっているのだが約束の時間にはまったく間に合わないが何とか身体がしゃきっとしてきたところで現場に向かうと清々しい五月晴れというやつでユーロスペースの事務所からの眺めは気持ちよさ全開だから腹立たしくもある。主演の遠藤新菜、SUMIREのふたりは媒体ごとに衣装を変え表情も変えそれを見ているだけで楽しいから無理やり出てきた甲斐もあったか。ユーロスペース周辺の街並みは相変わらずでうっかり写真を撮ろうとすると写ってはいけない人たちまで写してしまい困ったことになりそうだから写真を撮るタイミングが難しい。懐かしの「ムルギー」がいまだ営業中だったので監督、主演のふたりを誘って昼食はムルギーカレーとなった。

夜はアナログばか一代。わたしの誕生会ということでプレゼントももらい楽しい時間を過ごした。こういう時間はメニエルがまったく関係なくなるから不思議だがまあそういうものだろう結局こういう時間をいかに増やしていくかがすべてだとしか思えない。家で聴くのとはまったく違って聴こえるいくつものレコードの響きのきらめきの中で数えきれない人たちの数えきれない人生や行ったことも見たこともない場所の果てしない広がりをたっぷりと味わった。

5月17日(金)

昨夜のアナログばかの楽しい時間のおかげか体調はだいぶいい感じであとは耳がゆっくりと良くなってきてくれるのを待つ感じの少しは回復の兆しをつかんだ気がしたのだが気のせいだろうか。いずれにしてもさわやかな天候のおかげでだいぶ楽に起きることができた。午前中は自宅作業、昼に土居くんと会ってもろもろの打ち合わせと近況報告。爆音で忙しくなりすぎたためにboidの本来の作業が滞りこれからはそれらを少しずつ動かしていくその準備をじわじわとして昨夜のような時間を増やしていく目論見である。とにかく自分のペースで生きる。

5月18日(土)

さわやかさは昨日より劣り何となくの湿気と気圧は下がり気味でこうなると身体はぼんやりするばかりでこういう日は体を動かした方がいいとは思うものの思うに任せず結局寝たきりで夕方まで。そのうえ何かのアレルギーなのかくしゃみ鼻水涙が止まらずしかも右目からはボロボロ涙が出るのに左目は乾燥しているというバランスの悪さでそう言えばこの数年ずっとこうだ映画の字幕がどんどん読めなくなっている眼鏡のせいではない。特に夕方街を歩くのがつらい左右の目の焦点がまったく合わなくなる。夕方余りにどうしようもないので高円寺を散歩したのだが中央線ガード下の飲み屋街は相変わらずで酔っ払い天国とも言いたくなるようなご機嫌な空気満載だったのだがたとえば酒が飲めたとしても今この中には入れない。このぼんやりした身体はこの後いったいどうなっていくのか。

5月19日(日)

掃除をした。午後からは映画を観ようと思ったのだが身体が付いていかなかった。映画の代わりにkindleでの読書が進む。33歳のマックス・ヴェーバーがハイデルベルク大学で教え始めたときに鬱病にかかり、後から振り返ってもその後こそヴェーバーの絶頂期であるにもかかわらず欝で大学にも出たり出なかったりで結局は辞めてしまうという話。スケールや年齢は比べ物にならないくらい違うがとにかくまあそんなもんだよなと自分を慰める。そして凡人は簡単には辞められないいや辞められないから凡人なのか。

5月20日(月)

皮膚科の病院に行きそれなりに待たされてそのまま個人用の印鑑証明をもらうために杉並区役所に行く。以前は近所の出張所に証明書類プリントの手続きを自動で行ってくれる機会があったのだがそれが無くなって面倒になったので区役所まで行ってみたのだがやはりない。古くなって撤去したのだそうだ。したがって受付に並ぶことになるのだが40分ほど待たされた挙句そこは受付だけで証明書類用のカードを渡し更にプリント待って精算をするのに15分ほど。以前なら2,3分でできた単に証明書類を印刷して渡すだけという作業がどうしてこんなことになってしまうのか。係員に尋ねなければこちらも申し込めないような複雑な書類ならともかくすでにカードに入っている情報をプリントアウトして渡してもらうだけである。便利さの追求に余念のない世間の流れと逆行するこの仕組みはしかしどう考えてもまったく意味のない時間の無駄である。とりあえずだらだらとしたいわたしでもさすがにこれはどうかと思った。新しい機械がよほど高いのか。10時前には家を出たのに結局12時30分すぎていてせっかくなので阿佐ヶ谷駅前の中華「青松」に寄った。今年初めての冷やし中華。事務所に行ったら営業電話ばかりがかかってきた。ますます鬱々として来てやはり今年企画していたいろんなことをできる限りやめたほうがいいのではないかと思い始めた。始めたとたんに気が楽になったのでやめる連絡を各所にした。

5月21日(火)

昨日の頭痛はこの雨の予兆だったのかというくらいのひどい雨で自宅作業に切り替えるのだがそうなると猫様が黙ってはおらず1時間ほど膝の上で首やら頭やらをぼりぼりと掻いてやった。夕方になって雨はやみ少しさわやかな空気も流れ始めたので近所のカフェに出て作業を続けた。

5月22日(水)

夏に予定していたワンメコン・フェスを延期したことで各所から体調心配の連絡が来る。体調もそうなのだがboidの仕事もいったん整理してすっきりさせたところから再スタート、みたいなことを考えている。この2年間、爆音以外のboidの作業がまったく思うようにはできなかった。まあ、そういう時期だったということでもあるのだがそろそろboid通常営業やりながらゆったりとやっていけたらと思っている。ワンメコン・フェスはやめたのではなくあくまでも延期というか延々とゆったりやり続ける。メコン時間でやれたらという感じだろうか。某所から連絡が来て、とっておきのブツを紹介される。早速購入。

午後は『TOURISM』の宣伝打合せ。今回はいつもとは全然違う告知と公開をみたいなことを目指していて、とはいえそう簡単にはできないので、結果的にはちょっと違うくらいなことになるとは思うものの、映画とは思えないポスターと物販も。ヒップホップのチームなら普通にやっていることをやる、というようなことでもある。だから普通にこの映画の宣伝をやるという話。シンガポールの不思議な時間が東京に流れ始めるといいのだが。

5月23日(木)

終日『中原昌也 作業日誌』のkindle版制作作業。kindleだと横書きは読みづらいのでkindle版は縦書きにするのだが、数字やアルファベットの分量が半端ではないためどこまでを縦書き用に直してどれをそのままにしておくか。いくつかの決め事を作ってやり始めたものの細かい作業の連続なうえ、つい読んでしまう。読み始めると15年ほど前のあれこれが目の前にあまりに鮮明に蘇ってきて困惑する。しかもわたしもよく付き合って酒も飲まずに朝までファミレスとか今では絶対にあり得ない。40代半ば、ギリギリ体力はあった。

5月24日(金)

今日こそ早めに作業を終えて夕方から映画を観ようと確認したらお目当ての『ハイ・ライフ』はすでに終了していて6月のアップリンク吉祥寺まで待たねばならず、ではガス・ヴァン・サント『ドント・ウォーリー』ということで16時20分目標にしていたのだが作業終了18時30分でもうそのころには耳と頭がボワボワになっていてまったく使い物にならず。ようやく早起き生活が身についてき始めているのだがその分夕方以降は単に廃人になる。1日のうちで元気な時間が3時間くらいか。せめて6時間くらいに引き伸ばせたら。帰宅して届いていた某所紹介のブツを数滴舐めてみた。

5月25日(土)

水戸へ。渡邊琢磨が監督した『ECTO』という映画のお披露目。

10数人の弦楽器奏者による生演奏付きでの上映となる。25日と26日の上映を逃すとフルセットでの上映/上演は簡単には観ることができなくなる。メニエルも心配ではあるが3月にインタビューした勢いのまま水戸に向かう。水戸芸術館に着くと屋外のテラス席に琢磨くんがいたので近づくと隣に某映画の中で観た人がそのままの風情でいるなあと思ったら似た人ではなく本人だった。その某映画について「俳優の演技というより俳優その人そのままが映画の中に出ているような映画でその時点で現実と映画とが境目なくまじりあっている」という話を友人としたばかりだった。まさにそのままその映画の中の人がそこにいた。

『ECTO』は生演奏付きで観るしかない映画だった。出演俳優が音符のようだという話を3月の「イントキシケイト」のインタビューの際にしたのだが、そこには「音」のさまざまな層があった。ビジュアル化された音符としての音、録音されデータ化された音、かつてあったと想像される音のデータ、いつか聞こえるかもしれないと想像される音のデータ、そして今まさに目の前で現実に演奏される生音。映画に写るもの映画から聞こえてくるものは現実には今そこにはないものだが、しかし一方でいくらでも再生可能な何かでもある。そして目の前で演奏される音はまさに今そこにある音なのだが一方ですぐに消えていく何かでもある。こんなに強く確実にここにあるものなのに一瞬のうち消えていく。その儚さと、それが今までまさにここにあったという余韻の作り出す空間の広がりにしんみりとした。ビジュアルも含めてすべてが音楽となってどこまでも広がっていく。またいつかできる限り広い空間で観たい。

打ち上げで例の俳優からboidから出したサミュエル・フラーの自伝を読んだという話を聞き、いや本当にやるべきことはやっておくものだという思いを新たにした。

5月26日(日)

2度寝して昼前に起きた。気のせいか耳の調子が良くなっている。まあ、だからどうしたというわけでもない。ぼんやりとニック・ロウの新作を聴いていた。

5月27日(月)

午前中事務所で事務作業連絡作業あれこれ午後は打ち合わせ2件。人と話していると次第に耳がダメになってきて頭全体に蓋をかぶせられその中で声や物音が反響し始める。帰りの高田馬場駅や新宿駅は地獄だった。人のざわめきと列車の音とホームの放送の奔流の中に突き落とされた感じで冷や汗描いて帰宅したら低気圧がやってきているとの天気予報。雨の前日はもうコントロール不能である。

5月28日(火)

9時に目覚ましをかけていたのに7時前に目が覚めて眠れない。もうすぐ雨がやってくる。取り急ぎ本日からの名古屋、京都に向けての荷造りをしてboidの決算の消費税1年分と法人税を泣きながら支払って新幹線に乗った。名古屋も雨だった。

久々の名古屋シネマテークでメニエルのため3月のアテネに行けなかったワイズマンを2本。今回の名古屋はこのための立ち寄りである。

ほぼ人間の顔ばかりが延々と映し出され誰が真実を語っているのか聞けば聞くほどわからなくなるそれぞれの質問と回答のスリリングな退屈に興奮するばかりだった『DV2』はフロリダが舞台だった。映画の最後、南部の空気があふれ出していた。

『高校』は「ドック・オブ・ザ・ベイ」から始まり、高校生たちが1910フルーツガムカンパニーの「サイモンセッズ」でダンスの授業を受ける。そして詩の授業ではS&G『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』のジャケットを持った先生が「夢の中の世界」の歌詞を解説する。69年の風景。

『DV2』は皆がそれぞれの真実を語れば語るほど真実は見えなくなっていく映画だったが『高校』は可能性ではなくそこにあるただひとつの事実をアレルギー検査のようにひとつひとつ確かめていく映画だった。その合理的な作業の果てに高校生たちの可能性が広がる。

カメラは人を裁くツールではない。ただカメラがそこにあることで誰もが自分の真実を論理的に合理的にカメラの前で話そうとする。そのそれぞれの行為自体がうまく行けば行くほど成功した合理性が別の何かを語り始めると言えばいいのか。カメラは人々の合理的な語りを映し出すだけなのだが、それがその向こうへの扉を開く。

http://jc3.jp/wiseman2018/

5月29日(水)

休養日。といっても朝から各所に連絡をして、昼は虹釜くん推薦のウルムチ料理で羊を食い、夜は岐阜のウナギを食べるという予定。だが昼のウルムチ料理は水曜日定休でちゃんと調べていけばよかったのに店の前までたどり着いた挙句にそれが判明。仕方ないのでそばにあった上海料理屋に。1か月ほど前からあいちトリエンナーレで広報の職に就いた元YCAM娘は当たり前だがまじめに働いていてYCAMより仕事はハードらしくそれなりに疲れているようでもあった。次回名古屋を訪れる際には羊のリヴェンジをという約束をした。

夜のうなぎはどうやら先日から店に何度電話しても通じないらしくこちらも休みなのではという連絡が入ったが、ここまで来て引き下がれない。別の元YCAM娘の車にて岐阜へ。途中、山口の山方面と同じような風景が続くのでいったいどこに連れていかれるのかと思っていたら、「しびれベトコンラーメン」という看板が目に入る。

うなぎ屋はとにかく外側のバリバリ感や中のふわふわ感が全然違うらしくしかも値段も高くないということで、ここで食ったら他でうなぎは食べられなくなると元YCAM娘。最近、ミシュランでも紹介されたらしく元々行列のできる店だったのにそれ以来とんでもないことになっているとのことで、それで電話にも出ないのではないかと。これで休みだったらまあそれはそれで面白いが面白い人生を送るために生きているわけではない。

店は無事営業していた。ほぼ満席だったが並んで待たされることはなかった。電話に出ない作戦が功を奏してちょうどいい回転となっているのだろうか。並みから特上まであるがこれは量の問題でうなぎの質が変わるわけでもないし並でも食べきれないくらい十分な量があるということで並と白焼きを注文した。ワイルドなうな丼。ああうなぎはそこらの川にいる川魚だったんだという当たり前のことを改めて実感する見栄えと歯ごたえ。都会のうなぎの上品さは何のためのものなのかとこれまで思ってもみなかったことをまるで昔から感じていたかのように思い憤慨するくらいなうまさとボリューム感だった。日本の食の歴史が外側からではなく自分の身体の中から蘇ってくる感じ。そりゃあまあ、またこれを食いに来たくなる。ということで次回の名古屋の際もさらにみんなを誘ってここにという話になる。

帰り際にとりあえず「しびれベトコンラーメン」の店の前まで行ってみた。

5月30日(木)

昨夜遅くに京都入り。同志社大学での爆音映画祭である。新旧の『サスペリア』2本とヘアスタの無声映画ライヴ。中原も昨夜無事に京都入りしたとの連絡が来ている。あとはやるだけ。これでもう7年目くらいになるはずの同志社での爆音だが、今回は音響のシステムが全部変わった。予算の都合もあって、すべてを外部から持ち込むのではなく同志社内の機材や人材をベースに外部からの助けを得ての爆音である。どうなるか心配ではあったがまったく問題なくことは済んだ。旧『サスペリア』はあのえげつない色と音が見事に増幅されてキワモノすれすれのところまで、われわれを運んでくれた。新『サスペリア』の方は予想通りの繊細かつ濃密な音で、そこに詰め込まれたさまざまな小さな音のそれぞれとその集合体が、小さな音で観る時とはまったく別の世界を作り上げていた。現実世界とその裏側の世界との境界線が爆音の世界の中では混ざり合ってまさにこうでしかない世界の姿となってスクリーンに立ち現われた。旧『サスペリア』はひとりのカリスマの物語でもあったのだが、新『サスペリア』はアメリカからやってきたメディアとしての少女とそれを迎える社会化された組織の物語でもあり、その意味で徹底した政治映画に見えた。まだこの先がある。

5月31日(金)

午前中、建設途中の京都みなみ会館を覗きに行った。すでに椅子も入って完成まであと少し。8月にオープン予定とのこと。boidも協力していくつかの企画を立ち上げていけたらという話をした。屋上にも上らせてもらった。屋上から見た旧みなみ会館はすでに解体され、土台だけが残されていた。

ヘアスタイリスティックスによる無声映画ライヴ。boidの企画でヘアスタがライヴするときはいつもいろんなことが起こってなかなか簡単にはライヴにたどり着かないのだが、この日は最初ちょっとしたトラブルはあったもののその他は順調。あまりに滞りなくリハもちゃんとできたりして本番で何か起こらなければいいがと心配していたものの何もなくしかも見事なライヴで日本中このセットでツアーをしたいと思った。『ECTO』とはまた違い、1世紀ほどの間をおいて向き合う映像と音が混ざり合って、なぜか1世紀後の今現在この場で発生している音楽の中から1世紀前の映像が立ち現われてくるかのような、そんな印象。1世紀前に戻った音楽がその後ろ側から映像を押し出して今ここに立ち上がらせている。一般の人たちの楽しみのために作られたはずの映画だと思うのだが、この映画を1世紀前の人たちはどんな思いで観たのだろうか。とにかく驚きの連続の画面であった。もし本当にこの映画が一般に観られていたとしたら、映画を観るという行為は退化しているとしか思えない。「アナログばか一代」でも蓄音機の音や50年代のモノラルサウンドを聴くとやはり同じようなことを思うのだが。われわれはこの豊かさを犠牲にしていったい何をしようとしているのだろうか。

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
6/9(日)まで「爆音映画祭 in ユナイテッド・シネマアクアシティお台場」、6/27(木)〜30(日)には初開催の「爆音映画祭 in MOVIX八尾」を開催。6/10(月)は「アナログばか一代」