宝ヶ池の沈まぬ亀 第35回

新しい「元年」を迎えた日から始まる青山真治さんによる連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」第35回は、舞台『しがさん、無事?』が上演された怒涛の一週間、その余韻のなかで起きた久しぶりの低血糖発作、ミュージシャン・齋藤徹さんの訃報、萩原健一さんの最後の著書『ショーケン 最終章』、新作映画の編集作業のことなどが綴られています。

文・写真=青山真治

35、『しがさん』とその周辺、またはどうしていつもアメリカ映画だけが・・・

舞台『しがさん、無事?』

某日、それが何日か続いているのかどうかよくわからないのだが、とにかく私がなんらかのユニット設備器具を見知らぬ新築の家庭に設置する仕事をしていて、しかも私はそれがその家庭に入るのを確認するだけの契約作業で、奥さんが別に綺麗なわけじゃなく、ただ声だけ原田美枝子さんに似ていて、運送及び設置の技術担当は顔をよく覚えられない若者が別にいて、前後はその若手に任せているのだけど、この夢を見ている間ずっと不安が残るのは、この「設備」に関して自分にほぼ知識がないこと、そして自分がこの仕事でいくらもらえるのかもどこから(誰から)もらえるのかも考えていないこと、さらにこの仕事がいつまで続くのか知らないこと、この三点のためである。不安には十分の三点だろう。しかし実は一番気になるのはそれらの設備、大抵はポリエチレンか何かでできているのだが、それらを「包装」する大量のビニールだの発泡スチロールだのダンボールだのはどういった順序で捨てるか、どこへ捨てるか、誰が捨てるか、それさえわかっていないことである。

まあしかしこのような夢を見たのもDVDで『もどり川』と『いつかギラギラする日』を連続で見たせいかもしれない。

ショーケンの顔は、平成と令和の間においてなお、我々をひどく不安にさせる。あのように笑っても、あのように死んでも、決してそれを信じることができない、そういう作劇=迷路にはまり込む我々を、黙って冷たい目で見つめているショーケンが振り返ると、いる。これまで私たちはこのシニシズムと対峙してきたのだ。

みんな神代さんや深作さんがいい人だったやさしい人だったと回想を残しているけど、それだけの人では全然なかった、と確信している。お二人とも最晩年にほんの数時間ご一緒したにすぎないが、目の奥に笑えない何かをお持ちだった。いや、そうでない映画監督などいるはずがない。

まあともあれそうやっていかにも平成自民政権下的な夢を見ながら新しい「元年」を五月一日に迎えたわけだが、起きた時は犬猫の意味の分からぬはしゃぎようで参った。人の顔を平気で踏みつけにするし、普段しない場所でいきなりウンチするし。

某日、舞台『しがさん、無事?』も二週間の稽古を終え、初日を迎えるにつけ、いよいよ生きることが崩壊してきた。家にいることにも本当にうんざりさせられて休もうとしていた公演本番に出かけ、食事を摂ることもなく、劇場に転がっているお菓子だけ貪りつつワインをちびちび。遠藤ミチロウ氏の訃報があり、翌日清志郎10回忌だという。ロックとなると途端に「キタキュウの人」になり、皆様と微妙な境界線を引く。なんというか言語的に馬が合わない。結局明け方にショーケン「ハロー、マイ・ジェラシー」をYouTubeで聴く。

某日、ともあれ混沌の極みのような本番の一週間が気づけば全速力で終わっていた。途中で妻から離婚宣言もされるが、どうにか修復できたようで、ただただhappinessしかいま現在残っていない気がするが、これは気のせいだろうか。某社長だって病を押して見に来てくれ、涙目で帰って行ってくれたし、なんと蓮實先生にまで「ダンスがたりません」とお小言をいただきながらもご足労いただいたのだ。

当然連日連夜怒鳴り散らし、喚き、面白くねえ、わかってねえ、何が雑草だ、お前なんか雑草じゃねえ、雑草は俺なんだよ、どうするつもりだ馬鹿野郎、と明け方までやって来たが、それもとうとう終わった。終わった。

いや、それでも、まだ次が、と考えてしまうのが我々(『いつかギラギラする日』ラスト参照)だから、打ち上がった深夜にもなお、次はああだ、いやこうだ、とゲラゲラ笑いながらふざけた話を繰り広げざるを得なかったのだった。なんてバカなんだろうね。

そんなわけで次のポーズまでしばしのポーズ。

で、ジャンクロードブリソーの訃報。もういいか、と思いかけたところで我々にこれほど次の可能性を見せてくれた人もいなかった。

某日、ようやく目覚め、打合せに出たが、どうもまともな歩行さえ困難で、なんとはなしに予感されたのだが会話が一時間かそこら経ったところでふとトイレに立つと途端に滝の冷や汗。一年以上ぶりになるだろうか、久しぶりの低血糖発作である。座っていることさえままならず、床に倒れそのまま、話はできなくはないのだが、やがてふっつり気を失う。打合せに来て下さった皆さんには大変申し訳なかったのだが、持病というやつはどうしようもない。そこから小一時間でなんとか立ち上がり、フラフラと帰宅。即座に倒れるが、眠れるわけでもなくただひたすら悶々とする。この悶々が朝まで続く。

某日、眠れぬまま朝まで音楽を聞き続けていたのだが、ふと自分がA編集者と約束していた小説を書き終えていないことに気づいた。なんとかしなければね。昨夜はとにかく魚を食したくて、夫婦で近場の居酒屋に行きありとある魚を爆食したが、なんだか日本酒がうまくなく、ちっとも飲みたいと思わなくなったのがちょっと衝撃だった。

この間、京マチ子さんとドリス・デイが大往生を遂げ、それぞれ個人的に大変な思い入れがあるのだけど、この舞台終了の余韻のきつさのせいで言葉の出ない状況が続いている。

某日、そうやってまた数日が過ぎたある晩、尊敬するミュージシャン、ベース奏者の齋藤徹氏の訃報が不意にやって来た。長い期間病気と闘いつつ演奏活動を続けておられるのをFacebookで確認してきたが、この訃報もやはりFacebookによってだった。実はそれまでの日々、舞台稽古と本番の夢から逃れられなかったのだが、この晩突然それから逃れた。と言ってもまともに眠れたわけではなく、逆にほとんど一時間に一度目が覚めるという劣悪な睡眠状況だった。それでも舞台の悪夢は記憶にない。

千秋楽の翌朝、マブイ落ちという言葉を思い出した。その自覚を持って一週間、世間的なことになんら関心ももたずただぼんやりと過ごしていたが、その流れで言うとテツさんにマブイグミを助けていただいたような気がする。そうして頭が二月末に戻った気がする。

某日、あちこち連絡を取りながらの昼下がり、久しぶりに『インサイダー』を。なぜか号泣する。それまで関心を持てなかったマイケル・マンの価値を見直したのはたしかにこの辺からだったが、エリック・ロスの力あったがゆえ、とはいえやっぱりいま見ても素晴らしい。特にホテルの壁がかつての自宅の庭になる合成が、やっぱりこれこそ合成をやる意味だよなあ、とそこから怒涛の電話バトルへと至るにつけ涙腺が破裂してしまったのだった。それにしてもどうしてアメリカ映画だけがこれほど力づけてくれるのだろうか、とまたもや首を傾げてしまう。もちろんここでいう「アメリカ映画」とは決してアメリカ国籍とは限らないのだが。昨日見た、とても優秀な日本映画にはいささかも力づけられなかった。むしろ、ああ俺にはやはりディストピアは無理だなあ、と己の限界を悟らされるばかりだった。結局私はユートピア幻想で行くしかないみたいだ。しかしまあそれはそれで仕方ない。何しろ「アメリカ映画」育ちなもので。

上原引退。私にとって自然に唇がお疲れ様と呟く最後の選手かもしれない。

そして夜、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』。オープニングのJWに惚れ惚れと聴き入り、69年豪雨のフランスにて逮捕時のTH登場とともに落涙開始。あとは華麗なるテクニックの数々に陶然と見入るばかり。

某日、前夜からの春の長雨。久しぶりによく眠った朝から『ショーケン 最終章』を読む。やや先に届いてはいたのだが、手に取るのに時間がかかった。で、仕事に出るまでに無事読み終えたが、ひとつ気づいたことがあり、それは少なくとも公的に読まれる、あるいは聞かれる言葉において、ショーケンは他者・社会を批判したことはほとんどない、批評はあったとしても批判は記憶にない、ということだ。もちろんプライベートでどうだったかは知る由もないが、この点で内田裕也と真逆と考えてしかるべきかもしれない。批判されるべき社会をも自らに背負わせてショーケンは生き、その形で露にした。つまり、これが時代精神と呼ぶべき存在なのだと思う。担当刑事とのくだりなど映画の1シーンのようだが、それを演じることのできる俳優はもういない。初刷発行が「二〇一九年五月十五日」となっているのにも何か仕掛けがあるような気がしてならない。奥様の文章が美しくて、二度泣けた。

ちなみにミュージシャン萩原健一の「テレビでの」ベスト・パフォーマンスは、『オールナイトフジ』に「愚か者よ」のプロモーションで出演したとき、鶴太郎さんの下半身を露呈させようとした、ほとんどザッパのライヴのような状況に達したときだと認識しているが、しかしこれはまたべつの話だ。

午後、珍しくモスバーガーなど食してから今回初の編集室へ。第一編集ラッシュ。135分。もちろんここから随分刈り込むことになるわけだが、正直ナイスショットの連続、こういってはなんだがキャメラ中島美緒の女性性なのか、男のキャメラマンではついぞ見かけたことのないワイルドな何かがギラついており、いちいちニンマリしてしまう……いや、これは性差というのではなく、B級アメリカ映画をしっかり知っている人間の手触りなのだという気がする。美緒に劇場で出会ったのは、すれ違いで『スノーデン』を見た時だったが、実は六本木のあの時から次は美緒に頼もうと確信していたのだった。で、大正解である。思わず乗ってしまい、夜更けまで切りつつもう一度終わりまで見てしまう。いやはやアメリカ映画バンザイとしかいいようがない。スタッフワークも素晴らしい一方、俳優陣に悪いところがほとんどないのも嬉しい……あ、京都造形の連中はダメだった。見せしめに、可能なかぎり残してやるので、何がダメなのか、何度も見て学習すべきだと思われる。いやまあ、途中でかなりぶった切る可能性が高いが。

某日、心地よき晩春の昼、『徹子の部屋』に敬愛する沢尻エリカ氏が。氏の母上がアルジェリア系と知り、驚愕。ここで言うのもなんだが、私は心からのジダンの大ファンであり、あのラストの後ろ姿を思い出すだにいまだ目頭が熱くなってしまうのだが、加えてラバ・アメール・ザイメッシュという愛すべき馬鹿野郎が数少ない友達の一人であることからもアルジェリア系フレンチに並々ならぬ関心があるため、これまでの沢尻氏へのリスペクトに拍車がかかった次第。思わず続けて『やすらぎの郷』第二シリーズまで見てしまう。生き続けたとして萩原健一はこれに出演しただろうか。今後、沢田研二は出演するだろうか。なんとなく、出て欲しいと思う。テレビ画面のなかでミッキーさんみたいにボーッとしてて欲しい。それにしても見続けていると安楽死ネタになり、いろいろ考えざるを得なかった。へいちゃんは安定の良さ。

編集二日目。撮影・中島も参加。仮の朗読を録音してから、全体を消極的に切っていく。不要なショットというのがあまりないため、注意深く。アクションつなぎさえ、もはや「そういうことではない」という枠組みに入ってしまった。ではいま何を根拠に繋いでいるのか、それは秘密。夜は美緒と「九州藩」。

某日、急に暑くなる。喫茶店で午前中から打合せ後、編集三日目。朗読を乗せ、主題歌を乗せる。ミキシングのバランスは別として悪くない。現在のところ総尺128分だが、あと10分カットがいいところであるような気がする。90分主義者としてあまり居心地よくないのだが、これはそういうリズムの映画になっていると思う。帰宅しても世間的なことがほぼ頭に入ってこず、脳を休ませるので精一杯。

某日、編集四日目、早くも不要なシーンの除去、および各カットの整備に入る。結果、123分。さらに念入りにこの作業を続けるとして、いまだにあるシーンでふと落涙できるのは我ながら不思議である。いっそあのシーンこそ削除してしまおうかとさえ。土日は休み、と決めて、参加した美緒と、なぜか高知から潜り込んだヴォーカリストとともに「なんちち」。久しぶりに石垣の泡盛「白百合」で本格的に酩酊。記憶を失くす。

某日、土日を酩酊状態で過ごした結果、これまた久しぶりに不整脈気味。これは少し様子を見なければなるまい。たんに酒をやめたらいいだけなのだが。やめられるものならとっくにやめている。二月末から四月末、断酒していたことを誰も褒めてくれなかったせいだ。これで死んだら化けて出てやる。ちょっといいギャグの構想はできている。とりあえずまずは中原のところかな。

青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)など。今年、初の作・演出『しがさん、無事』を上演。

近況:8月12日(月)~17日(土)にアテネフランセ文化センターで開催の「中原昌也への白紙委任状」の初日にトーク出演(上映作は『メルビンとハワード』)。9月にソウル・シネマテークで開催される「たむらまさき回顧展」に参加予定。同じく9月に出版予定の神代辰巳論集(国書刊行会)に「後期神代論」を執筆。
近況:ペドロ・コスタ『ホース・マネー』ブルーレイディスクにライナー・ノーツを、「キネマ旬報六月上旬特別号」にショーケン追悼文書いています。