YCAM繁盛記 第52回 【最終回】

山口情報芸術センター=YCAMのシネマ担当の杉原永純さんが日々の仕事や生活、同センターの催しについて記録する連載 「YCAM繁盛記」。杉原さんは3月末で2014年から5年間勤めたYCAMを任期満了で退職され、 山口から東京に戻られました。それにともない約5年間、計52回続いた本連載も今回で終了となります。 最終回はYCAMでの最後の仕事――3月に行われた「密室爆音映画祭」や『ワイルドツアー』(三宅唱監督)の劇場公開について、 そしてYCAM/山口での5年間の生活を終え、新しい環境に身を置いた現在の心境を綴ってくれています。

杉原さんには今後も映像プログラムのキュレーターを務める「あいちトリエンナーレ」(8月1日~10月14日開催)に関する話題を中心とした新連載を受け持ってもらいますので、そちらもご期待ください。

引っ越し荷物、たまを連れて東京に戻った@某監督宅

5年間の山口・YCAMの生活を終える

文=杉原永純

ガラガラの劇場で映画を見て、最後の最後、不意にある日本人に謝辞が捧げられていたことにハッとしてこの最終回をやっと書き進めることができた。本来3月の密室爆音中に書き上げてしまおうと思っていたこの原稿を、だらだら持ち越してしまい、もはや10連休も遠い昔。

第1回を書いた時にバイクの免許を取りたいと書いたはずが、結局それも叶わず。新しい生活は容赦無くどんどん進む。新しい環境に体を馴染ませるのにまだ時間がかかっている。約10年ぶりに買い直したMacBookを、直前まで使っていた15インチから13インチに小さくして、浅い打ち心地のキーボードにもようやく慣れてきたので原稿が書けるようになった。

爆音DJのために「音が良くなる水」をセッティングする樋口さんと真っ白な壁に何かが見える樋口さん

2ヶ月以上経ってしまっての密室爆音報告。

冷たい雨が降る爆音調整初日に、樋口さんがメニエルを発症したのでヒヤヒヤしたのだが、堀事務局長から近隣のすぐ入れる耳鼻科をササっと紹介してもらった。密室爆音期間中天気も始終曇り気味だったことも影響したかもしれない。しかしそれでも、樋口さんは予告していた回ごとの幕間のDJを最後までやり切ってくれた。

スタジオCの100席中、70席のみを贅沢に使い、標準装備+YCAM機材で試せることの幅は実は広い。大きく広げたものをもう一度掌に戻して微調整を加えてみる。それに見合うスタッフがYCAMには育ってくれていた。その後新文芸坐では劇場標準装備のままで調整をし『ストップ・メイキング・センス』をやっていたはずだから、爆音上映が次のフェーズに入ってきているのも確か。バウスを1.0、全国シネコン展開を2.0とすると、爆音3.0ぐらいにきている。『ジャーニー・スルー・ザ・パスト』はもちろん期待以上の音。謎にフェイクな作りと映画全体を覆う狂気は『マディ・トラック』が格別、というよりも勇気付けられた。何で撮っていようがどんなクオリティだろうがどんな音質だろうが「何か」が写って聴こえていればそれ以上言葉はいらない。今後密室爆音をやるかやらないかは後任のYCAMシネマ担当前原美織さんに委ねる。

大阪に行ったついでにボルタンスキー@国立国際美術館

直後に大阪アジアン映画祭『ワイルドツアー』出品。事前に事務局スタッフから「アジア映画の動員は強いけども、日本映画は厳しいのです…」と聞いていた上に平日の上映だったのもありかなり覚悟したが、まあそこそこ。劇場公開時に流れてくれるといい。最終日に見た韓国映画『なまず』は俄然面白かった。イ・オクソプ監督の長編第一作。ポン・ジュノの『吠える犬は噛まない』を見た後の感触に近く、演出とユーモアがスマートに結びついている。確実にこの監督は王道を歩むだろうなあと想像しながら、映写に入っていた大阪モノリスの松田さんから山口戻りの新幹線で『なまず』受賞の速報。素晴らしい。

大阪アジアンに参加している最中に名古屋を往復、あいちトリエンナーレの会議に出て映像プログラムに関して重要な決定が下された。最初に声をかけられてトリエンナーレ公式ページを開いて「情の時代」というテーマを読んだ時に思いつき、いやさすがに無理かと何度も心折れそうになりながら、結局1年半、この代替不可能な固有名詞が頭を離れず、しぶとく提案して津田大介芸術監督からGOサインが出た。まだ、会期直前まで何も言えないが、既存の劇場でもなく映画祭でもなく、芸術祭の中でやるならこれしかないと、その思いはぶれなかった。トリエンナーレのラインナップが続々と決まっていく中で、足りないと思っていたところにすっぽり入るはずだと思う。

弾丸の一泊二日の帰りは飛行機で撃沈

YCAMに戻り粛々と月末ギリギリまで精算を進めて、3/30『ワイルドツアー』ユーロスペース初日に主演の高一男子二人を連れて東京へ。ますます背は伸び続けている。初日プレゼントとしてポストカードを直接来場者へ配ってもらい、満席の舞台挨拶を成し遂げた翌日は、原宿でタピオカ~明治神宮にお参り~新大久保でホットク~歌舞伎町のバッティングセンター(ここでは感動的なことが起きていたのだが詳細は控える)~渋谷でタコベルへと観光に。

2019年のタピオカの人気ぶりに隔世の感

山口に戻って引っ越し。引越しのたびに積み上がっていく段ボールを一念発起してバラし、大量に捨て、3年間付き合った愛車を手放した。

いくつかの案件が降りかかってきて東京に戻って人に会ってばかりいてあっという間に4月が過ぎ、突然の、博士課程の頃の同級生の訃報。病気だったと連絡が回ってきた。たまたまだったがその同級生の家の近くに引っ越したばかりで、遠からず挨拶に行かなきゃと思っていたところだったので言葉が出ない。年号の変わり目には多くの人がこの世を去るとは耳にしたことはあったがかなり動揺した。

少年期を過ぎようとしている『ワイルドツアー』の少年少女たちは最も多感な時期に時代の節目がきたのだと思う。自分の記憶は平成の間しかない。2001年に上京して、2011年、3.11のまさにその日、オーディトリウム渋谷での仕事が始まり、2014年から平成最後の5年間を山口で過ごしたことになる。

『アベンジャーズ/エンドゲーム』では、ハルクは心と身体を(妙な明るさで)コントロールできるようになっていたし、スカヨハは髪色にグラデーションがかかって、ソーは引きこもってビール腹が鬼のように膨らみ、ジェレミー・レナーは見事に荒んで、片腕はタトゥーでびっしりで殺し屋稼業、アイアンマンは家族を作って隠遁していた(ふと思い出したが、キャプテン・アメリカの変化だけはほぼ先送りにされていた)。5年とはそういう時間だ。YCAMではまず他ではできないことをやれた。予算も正直潤沢だったと思う。あらゆる頭の中での想像は試した。自分ももうとっくに若くない。一つ一つのことを丁寧に選んでやるしかない。

今回で「YCAM繁盛記」は終了。しかしYCAM繁盛記にこれまで連載していたぐらいの内容は今野恵菜氏の連載が補完してくれると思う。大方私的な駄話を垂れ流してしまった気もするが、その時やっていることを言葉にしていくことで、反省と修正と次の計画を練り合わせて5年間腐らずやっていけたように思う。読んでいただいた方ありがとうございました。

この連載をしていて嬉しかったのは、寺尾次郎さんにいつかのフィルメックス開催中の朝日ホールのロビーでばったりお会いした時に「boidマガジンの連載読んでますよ!」となんの話の振りもなくおっしゃってくれたこと。ゴダールの新作『イメージの本』末尾に添えられていた謝辞は寺尾次郎さんへのものだった。1年前に書いた第46回でも寺尾さんのことを思い出していた。寺尾さんとはオーディトリウム渋谷での字幕翻訳協会のイベントを開催した時以来(大御所の字幕翻訳家といって過言でない寺尾さんと松岡葉子さんが、細々とした事務連絡や調整を率先してなさっていたことを鮮明に覚えている)、ご一緒に仕事できなかったことが悔やまれる。新字幕版の『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』を上映した時に、何も迷わず寺尾さんに声をかけて字幕翻訳についてトークしてもらえればよかった。

どんな映画ファンであれほとんどの映画の理解を私たちは翻訳に頼っている。某劇場支配人とも話したのだが、キュアロン『ROMA/ローマ』は、映画は良い、しかし字幕が入ってこない、と。自分は、先述のイベントでその芸の一部を見せてもらっただけで深くは理解しているとは言えないが、映画を本当に深く読み込む人たちが日本にはいて、ある種の映画の送り手として、娯楽映画からアート映画まで分厚い層をなして存在していることに立ち会えて感動した。だからこそ、自分に割り当てられた、映画キュレーターとかいう肩書きには未だに烏滸がましい気持ちがつきまとっている。寺尾さんの翻訳に比べてまだまだ自分の仕事は甘い。

次回からは「あいちトリエンナーレ繁盛記」として、また仕事のことをboidマガジンに書き連ねていきます。目下諸々企画準備中。

杉原永純

山口情報芸術センター[YCAM]シネマ担当。2014年3月までオーディトリウム渋谷番組編成。YCAMでは「YCAMシネマ」や「YCAM爆音映画祭」など映画上映プログラムを担当する他、映画製作プロジェクト「YCAM Film Factory」を手掛け、『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』(柴田剛監督)、『映画 潜行一千里』(向山正洋監督)、『ブランク』(染谷将太監督)、『ワイルドツアー』(三宅唱監督)をプロデュース。空族の「潜行一千里」、三宅監督の「ワールドツアー」といったインスタレーション展も企画・制作。また、「あいちトリエンナーレ2019」の映像プログラム・キュレーターを務める。