妄想映画日記 その91

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」その91は、メニエルで不調の中、倉敷で爆音調整をしたり、黒沢清さんとウズベキスタン料理を食したり、青山真治さんによる舞台公演を観に行ったりなどの5月上旬の日記です。

文・写真=樋口泰人

5月1日(水)

本日も雨でどうにも身動き取れない。15時に某作品のシナリオやキャスティングについて監督と話すことになっていたので何とかようやく起き上がり待ち合わせ場所へと向かったのだが新宿の人ごみにまったくついていけない。2時間半ほどの打ち合わせはその中でいろんな話が巡り行ったり来たりしながら少しずつ本当にほんの少しだけ前進したように思えたのだが果たしてどんなことになっていくのか時間はない。しかし昭和のおわりから平成のはじまりにかけて描かれた私にとっても思い出深い原作を平成のおわりから令和のはじまりにかけて企画製作し令和のはじまりのその日にこうやって打ち合わせをしているという奇妙な流れに少しぼんやりする。何となくそこにつながりをつけて自分の人生に少しだけ物語を付け加えたいそんな気弱な時期に入っているのか。ただあの時歩いた新宿のひっそりとした世界の静寂と今日の新宿のざわめきとはまったく違う。その違いに困惑しているのかもしれない。帰宅するとグルジアから連絡が来てどうやら妻がひどい怪我をして車椅子で帰宅するとこと。

5月2日(木)

ようやく晴れた。晴れたら少しはメニエルもよくなるだろうと思っていたのは気のせいで晴れたところで別に頭と耳のもやもやは晴れないわけでしたがって余計に気分は重くなる。このまま人生も終わってしまうのではないかという憂鬱な気分のまま夜を迎えた。もちろん起き上がったのが15時くらいなわけだから夜になるのはあっという間である。掃除と洗濯だけはした。スコット・ウォーカーを聴きながら心を落ち着かせた。

5月3日(金)

晴れた日も2日目になると少しはこちらの調子もよくなってくるのかいや無理やりよくしておかないと午後からの打ち合わせにあまりなぼんやりは許されない。その打合せの最中に某所から電話がありというのは本当に「某所」で電話帳に入っていない番号でアイホンの画面にも番号しか示されない。そういえば昨日から何度かこの番号から電話がかかっていたなと思いとにかく出てみたらラジオの生番組電話出演の件ですっかり忘れていてまさか今日これからだったのかと慌てたのだが6日のための簡単な準備のための電話だった。昼の時間帯の番組なので今の私の生活だとまだ寝ている時間。いくらなんでも大人としてどうかと日々こうやって周囲から生活態度の修正を迫られていてそれがもう50年くらい続いている。もちろんそんなことで修正できたら今こんな暮らしはやっていないわけだから常にプレッシャーを受け続けるばかりで何も変わらず気分が晴れる日はないわけだ。基本的にはまじめなのでつい何とか早起きをと思ってしまうのが事態をさらに悪くしているように思う。吉祥寺はさわやかな休日感満載だった。いつもならHMVやユニオンによってレコードをというところとにかく猫たちが腹を透かして待っているので急いで帰宅し夕飯をあげた。そして阿佐ヶ谷にてタイ料理を食いながらboidの今後についての話。帰宅してそのまま寝てしまい気が付いたら日付が変わっていた。

5月4日(土)

今後わたしは13時くらいにしか起きられないしそのうえでできる仕事しかしないというふうに宣言したほうがいいだのだろうかもういい加減いい年齢だし今更この生活スタイルを変えることはもう無理だろうと思うものの何かが解決するわけではない。朦朧とする頭の重さはさらに身体の動きを遅くしてまあ夜まで何もできないわけだ。グルジアから足を痛めて戻ってきた妻を迎えに行った。

5月5日(日)

どう頑張っても朝8時にしか眠りに入れず目覚めると13時過ぎでまあこれで調子が出てくればいいのだがそういうわけでもない具合が悪い。夕方すぎてもダメで家にいてもどうにもならないので映画を観に行った。『アヴェンジャーズ/エンドゲーム』。3時間もあったがまあ登場人物の多さとさまざまな方面への配慮を考えるとこれでも足りないくらいだとは思うがもちろんこれ以上の話になるとネットフリックスとかの連続ドラマとしてやってもらったほうがいいのではないかというかそっちの方が絶対に面白いはずだ。どうしてこれがこんなにヒットしているのかこれが面白いと思う人々の心がまったくわからずまあそういうことは今に始まったことではなく自分にとって本当にどうでもいいと思うしかない映画ばかりが大ヒットしていく。ただ今回はティルダ・スウィントンが確かにこれは彼女しかできないかもという役で出ていてニヤリとしたが、わたしならエンドクレジットのところで『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の役名は何というのかすでに記憶のかなただが小枝君とアライグマくんを登場させ無駄話をさせてさらに無駄な上映時間を増やすな。いずれにしても自分の生きている世界に対する配慮だけでできているような映画がこれだけヒットするというのは一体どういうことなのかとぐったりした。

5月6日(月)

10連休最終日だが結局休めたのか休めなかったのかまったく分からず具合悪いまま連休が終わる。夕方から製作準備に入っている映画の打ち合わせを監督と。とはいえわたしにはうまくシナリオも読めないしキャスティングをしようにも若い俳優たちの顔の区別がつかない。それでもこうやって打合せするのはそういう人間でなければできないこともあるのだまあそれがどんな結果をもたらすか出来上がりを観てもらうしかないのだがここから先はいよいよ私の出る幕はなくなる。あと少しでようやく動きだす。

その後わが家の姫が働く某デパートの立派な建物を横目に観ながらその近所のウズベキスタン料理の店で夕食を。久々に黒沢さんにも会って『旅のおわり世界のはじまり』についてのあれこれを聞く。『サウンド・オブ・ミュージック』と『ウエスト・サイド物語』の話が妙に腑に落ちた。来年に向けての原稿の依頼もした。時間のかかる原稿となるが今はこれくらいのゆったりした構えでいい。

5月7日(火)

結局ほとんど寝られず朝から原稿を書いたりした。昼寝して事務所へ。10日分の郵便物などを整理しているだけで夕方慌てて倉敷に行くために東京駅に向かうのだがぼんやりしていて東西線の高田馬場駅に行くはずがまわりまわって気が付いたら副都心線の西早稲田駅の前にいた焦る心とぼんやりする頭のバランスが見事にまったく取れないのがつらい。つらいつらいといくら言ってもなかなかこのつらさは他人にはわかってもらえずもうすべてを辞めてやろうという気分のまま新幹線に乗った。今年は自爆の年だから気を付けることという土居くんの言葉が頭の中をグルグル回ってめまいがするばかりである。すべて辞めてやるという心をぼんやりした頭がゆっくり溶かしていく。どうやったらうまく引退できるのだろうか。

5月8日(水)

昼過ぎからMOVIX倉敷にて爆音調整6本。今回が初めての爆音上映になる『レディプレイヤー1』の音が出色だった。というかこのために1年間待ったその期待を超えてただひたすらあるべき音があるべき場所にくっきりとあった。あらゆる音が等価でつまりすべての音がそれぞれの価値を持ち当たり前のようにそこにあることで世界が成立していた。それぞれの音は何かのためにあるのではなくただ単にそこにあるだけでそれでいいそれで世界が出来上がるその中に世界のすべてが入っていると同時に何でもないただの音でもある。まさにこの映画の物語もそんなそれぞれの生き方についてである。勝負に勝つのが目的でも夢でもなくその中でいかに時間を使うか時間をかけてそこにある小さなものやかすかなものたちの声を聞き影を観てさらに別の物語を夢想するか。それらが見るたびにさらに違うきらめきを放ち新たな夢想へとわたしを誘う。ああこんな映画を爆音でやりたかったのだ。

5月9日(木)

深夜2時に寝たのに朝5時に目覚めてもう眠れない。こうなるともうダメなので諦めて起き上がり各所への連絡や原稿を書くのだがホテルのおそらく空調がまったく身体にフィットせずこのホテルチェーンは泊まるたびに調子悪くなる。ここでぐずぐずしているとさらにひどいことになるのが分かりきっているのにそのままここにいるのはやはり大人のやることではなく連絡も原稿もあきらめて散歩に出た。初めての場所なので何もわかっていなかったのでとりあえず早朝から開いているカフェを調べてそこに向かっていると昭和の香り満載のアーケード街からさらに歴史をさかのぼる街並みに風景が変わりそして朝早くからそこには何人も観光客らしき人々が集っていてようやく倉敷という場所の一般的なイメージを理解した。ホテルとシネコンだけを往復しているとそこが倉敷だろうが昭島だろうが三好だろうがほとんど変わらない。時に散歩もいいものだとは思うがこの街もまた観光客へ向けたひとつのイメージにすぎない。地元のパン屋さんがやっている日本家屋中庭付き畳のカフェに入って最近お気に入りのkindleで小説を読んだ。せっかくアメリカに行ったのにどのホテルも窓の外がほとんど見えずまるでダメでどうしてこんなについてないんだと嘆くばかりの著者が記す「眺めのない部屋」というフレーズに笑ってしまった。ホテルなんてどうせ寝るだけと常に思っているのだがしかしそれでもホテルによって旅の気分は全然違うからわれわれは旅に何を求めているのだろう。

爆音調整の方は順調に4作品を。『ドラゴンボール超 ブロリー』がやはり相変わらずすごかった。後半は実験映画、音と映像の乱舞。これを『スパイダーマン:スパイダーバース』『レゴ ムービー』のフィル・ロード&クリストファー・ミラーがリメイクしたらいったいどんなことになるだろういやあとひと桁多い製作費で思い切り時間をかけ作りこんだらどうなるだろうと妄想ばかりが広がりもはや別の『ドラゴンボール超 ブロリー』が出来上がりつつある。『レディプレイヤー1』のようなあるいは未だ観ぬ『トイストーリー4』のような現実の時間の輪郭から染み出して時間そのものを膨らませもはや無時間と区別がつかないところまで自身の感覚を広げるあの感覚が日本のアニメから漂い出すのはいつの日のことだろうか。

5月10日(金)

6時くらいに頭痛で目覚め風邪薬を飲むがもはや眠れず仕方なく起きる。さまざまな連絡取原稿。次第に頭がぼんやりしてくる。午後はMOVIX倉敷に向かい劇場関係者に挨拶をして山口へと向かう夏のYCAM爆音の打ち合わせのため。この3月で映像担当の杉原くんをはじめ多くのスタッフが契約切れでYCAMを去り新たなスタッフが入って初めての爆音である。内容は変わることはないのだが準備のスケジュール感など全体で共有しておかないとならないことの確認をする。8月末とはいえもう3か月である。

5月11日(土)

途切れ途切れの睡眠で7時過ぎに目覚め。すっきり感はゼロだが温泉に入り無理やり目覚めさせ仕事もろもろをしたその後YCAMにて夏の爆音とライヴその他の打ち合わせをするのだが図書館がリニューアルされていた。昨年はどうしてこんなにいろんな作品がやれたのだろう今年はちょっと候補を挙げただけで目いっぱいだと思ったら昨年は2週間にわたって爆音をやっていたのだった。そろそろタイトルをいくつか発表しなければならないのでこうやってこの時期に作品確定の作業に入るわけだが本当はギリギリまで待てる枠を確保できているとその場の思い付きや急な出来事にも対応できて楽しい。

5月12日(日)

睡眠の不調は自宅に戻っても続く。朝6時50分起床。3時間30分ほどしか眠れていないがこれ以上はただグズグズのままになりそうなので起き上がるが何をするわけでもない。掃除はした。

午後は下北沢に出向き『しがさん、無事?』へ。青山が演出した舞台の最終日である。せっかくの早起きなので昼の回に行ってみた。松本勝さんの衣装ひとつにブルース・リーから西城秀樹、ジェイムズ・ブラウン、そしてあからさまにはされなかったが当然のようにエルヴィスまで引き寄せてしまうテイ龍進さんとの会話に目くるめく思いをしていると大島れいさんにもはなれ瞽女おりんはじめわたしの知らないさまざまな人々が引き寄せられて下北沢の「小劇場B1」という小さな場所がいくつもの時代のいくつもの場所となりそれらの時間と空間の数えきれない層の中の果てしない旅を体験することになった。またいつか思わぬ時思わぬ場所で彼らに出会うことになるだろう。

5月13日(月)

睡眠はまだ全然短いまま8時過ぎに起き上がるがボーっとしたままの誕生日である。こんなに肉体的にきつい誕生日はかつてないいっそのこと倒れて入院したほうが楽だとかネガティヴな思いばかりが身体に充満していくが虎ちゃんや岩井くんと来年の打ち合わせとかをしていると少しは気分が楽になる。メニエルで耳に蓋されてしまうと鬱々となってろくなことを考えない。

5月14日(火)

爆音の今後の打ち合わせと秋にリバイバル公開する某作品の宣伝打合せ。爆音はわたしの身体やboidのその他の作業との関係の中で、できる限りわたしの負担を少なくする方向にもっていけたら。これまでは全国各所を巡回してのイヴェントだったがそろそろ拠点を決めてのものにしていけたらとはいえ場所がなければそれもできない。秋にリバイバル公開する作品は本当に好きな作品でそしてこの映画を本当に好きな人たちが集まって心からの声を集めて上映していこうという話。終了19時過ぎ。もうメニエルがいっぱいいっぱいで世界のすべてが頭にのしかかって蓋をされた気分で皆さんはその後の実に行ったがわたしはふらふらしながら帰宅した。

5月15日(水)

睡眠は相変わらず昼から打ち合わせふたつでもう目いっぱい。アップリンク吉祥寺で上映中の『PARKS パークス』終了後に井手くんがライヴをやるので現場に行くのだがもう意識朦朧。はた目には元気そうに見えているらしく打ち上げにも誘われたがそのまま帰宅。夜は本当にきつい。

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
5/30(木)、31(金)は「爆音映画祭 in 京都2019」にて『サスペリア』新旧2作品の爆音上映とヘア・スタイリスティックスによる無声映画ライブ を。お台場では6/4(火)〜9(日)に「爆音映画祭 in ユナイテッド・シネマアクアシティお台場」を開催。