Television Freak 第39回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんによるテレビ時評「Television Freak」第39回です。今回は天皇が代替わりし、「平成」から「令和」へと元号が変わった4月30日~5月1日を、報道や識者の言説を踏まえながら、風元さんがどのように見つめたのかが記されています。

小田原城

「時代のつき方」の研究

文・写真=風元正

4月28日、香港で行われた競馬のGⅠレース・クイーンエリザベスⅡ世カップで日本馬ウインブライトが勝利した。日本競馬の帝王・社台F系列の高馬が外人騎手を乗せて勝つのは珍しい話ではないけれど、マイネル系の地味な馬が中堅騎手の松岡正海を背に海外の大レースを1着で駆け抜けたことは慶賀に値する。馬券も的中させて頂きました。松岡は2007年、前川清のコイウタでGⅠヴィクトリアマイルを買った頃は関東の若手ではトップクラスの注目株だったが、喜怒哀楽が激しく直言居士の性格が競馬サークルで忌避され、長らく低迷していた。落馬が重なり、十八番の大胆なイン突きも見られなくなり、騎乗スタイルが好きだった私も心配していたが、お手馬ウインブライトの上昇とともに運気が上がり、ついに快挙を成し遂げた。

香港での騎乗は、1番枠を利した最短コースで前を交わすお得意のパターンで、外から迫る人気馬を抑え切った。ギリギリを抜けてくる度胸まで戻っており、人馬の信頼感が美しい。3・11直後、日本馬ヴィクトワールピサがドバイワールドカップで勝った時、鞍上のイタリア人騎手ミルコ・デムーロが日本国旗を掲げて涙した以来の感動だが、ドメスティクに見える松岡騎手がインタビューに流暢な英語で受け答えしていた姿もただただ素晴らしかった。どん底から復活した人を祝福できるのは嬉しい。

『櫛の火』という映画をご存じだろうか。1975年公開、神代辰巳監督、原作・古井由吉。20世紀に駅前のヴィデオ屋さんでVHSを借りて見たのでもう記憶は朧だが、主演が何と草刈正雄とジャネット八田。四畳半が舞台の古井小説の神経症的な三角関係と神代美学が全面展開される画面にバタ臭くて大柄な2人はまったく似合わず、田淵幸一の奥さんだし、とかまとまらない感想を持つほかない珍品だった。角川映画の『汚れた英雄』にしても、草刈正雄といえば「××」が代名詞だったが、世の中、何が起こるかわからない。『なつぞら』の前半の快調は草刈演じる「じいちゃん」柴田泰樹の存在感によって支えられていることは世評の通りだろう。「組合はお前を使って、わしを“調略”するつもりか!」というセリフが発せられた瞬間の愉快さはもう忘れられない。

とはいえ、草刈の演技に大きな変化があった印象は受けない。「ケータイ刑事 銭形シリーズ」の頃の二枚目のパロディ的な役柄で完全に脱力した気もするが、つまりは骨董用語でいう「時代がつく」。年齢とともに風格を備え、日本人離れした容貌と長身が醸し出すスケール感、そして渋い美声が生きる役柄が増えたことが大きい。主人公の戦災孤児・奥原なつ(広瀬すず)たちの演じる学生芝居の時間に間に合った(若大将!)「じいちゃん」と新たなる美男子・天陽くん(吉沢亮)の2人が教室の後ろに並んだ姿は神々しかった。戦後の北海道を舞台に思う存分『アルプスの少女ハイジ』の世界を展開してから、なつは東京でアニメーターとして羽ばたく。大森寿美男脚本の奇を衒わず王道を行く姿勢が好もしい。

全世界的に大きな事件も起きず、のどかな雰囲気の中で代替わりの2日を迎えることができたのは皇室にとって幸運だった。「昭和」最後の日の記憶はほとんどないが、たぶんテレビすらほぼ見ずにぼうっとして、「昭和を送る」特集の人選でも考えながら、酒でも呑んでいたのだろう。長く続いた「自粛」が終わるという実感も薄く、2月24日の「大喪の礼」の際、「八瀬童子」が登場するかが妙に気になったことだけをよく覚えている。そして、株価大暴落が始まった……。

長い生涯「現人神」という「刑罰」に耐えた昭和天皇崩御の際の異様な昏さと比較して、「令和」への代替わりはカジュアルで明るい。元号について、古市憲寿「まあ僕も、使えるものは使えばいいと思います。何かを壊してしまうと、それを求める反動のほうが怖いだろうから」や千葉雅也「西暦に、と言っても、それもキリスト教なんだから、どっちもどっちだ。という「冷笑系」的な気持ちを採るならば、どこに自分を位置づけたらいいのだろう」という発言に共感してしまう。

しかし、皇室の側からすると、そう簡単に片づけるわけにもゆかない。昭和の代はずっと戦争責任と向き合うことを余儀なくされたが、第2次大戦時の指導者として最も長く生きた陛下の存在感は世界に冠たるもので、まさに「神聖不可侵」だった。「人間天皇」というテーマは、あらかじめ「国民統合の象徴」という枷に入れられた平成の代の課題となる。平成皇室のスポークスマンを任ずる保坂正康は「国民とともにある」ことが回答というが、その言い分だと突き詰めればどんな意味なのかよくわからない。

「象徴」といえば、ポー、ボードレール、マラルメ。曖昧模糊として捉えどころのないものの代名詞であり、「愛」と似たシンボル(symbol)の翻訳概念である。どうとでも取れるものを、あの慰霊の旅や被災者の慰問というスタイルで実践された。しかし、「国事行為」の外側にある「労働」が皇室の前提になるならば、国民による「査定」が生じる惧れが出てくる、という片山杜秀の指摘は鋭い。「万世一系」ゆえにその座にあるのならば、国民の何もしない権利を侵さないことも「象徴」の重要な機能ではないか。

と、つらつら考えながら4月30日、「退位礼正殿の儀」を迎えて、三種の神器のうち剣と勾玉ともに立つお姿の威厳に、今更ながら心打たれる。しかし、「国民代表」の挨拶はやたらに長く朗読も慌てていて、ついでにフロイト的な読み間違いまで発生してしまった。「おことば」が一字一句もゆるがせにしない推敲し抜かれた文章だったおかげで、まだ日本の知性はギリギリ保たれていると安堵できたけれど、格調は皇室頼みだけでは「国民」として困ってしまう。

私の中では昭和天皇=笠智衆(3つ下で寿命もほぼ重なる)なのだが、上皇ご夫妻の「時代のつき方」に似た存在は現れなかった。「テニスコートの恋」の若い頃から現在のお姿はあまり想像できなかったが、さんざん繰り返される小さな「秘話」に呆れつつ(スペシャル番組の空疎さ……)、上皇は「激務」という道を選ばれたと痛感した。あれで、目に見えぬところでは宮中祭祀に励んでいるのだから、お休みなどない。

渋谷のカウントダウンは短かったが、代替わりのお祭り騒ぎは憲法に定められていない「生前退位」という特例法でしか対応できない「超越的意志」により生じたことは忘れまい。日本には総理大臣より数段偉い人がいる、という国だと全世界に示された。天皇賞に勝って陛下に最敬礼したデムーロ騎手も、一連の改元報道に戸惑った挙句「やっとわかった」と発言していたのに笑ったが、皇室や元号は極めてローカルな制度である。しかし、この二重構造を保たなければ、日本は大きなどこかに呑み込まれてしまう。

5月1日の皇居二重橋前

5月1日はちょっとだけ晴れたが、昼過ぎから雨が降る不安定な天気だった。テレビに登場した新天皇の友人・豊かな白髪の立花眞さんは渋い美男子で、私とほぼ同年齢とは信じられない落ち着きがある。隅に置けない。「即位後朝見の儀」における新天皇陛下は威風あたりを払い、前日とはまったく違う雰囲気なのに驚いた。「おことば」も晴れがましく、雅子妃殿下も若々しくて、皇位に就いた人間の玄妙さを目のあたりにした。

「国民代表」は、昨日の失態と陛下のあまりの変貌ぶりに動揺したのか、またしても挙動不審。挨拶の「人々が美しく心を寄せ合う」という一節にも腰を抜かした。そんな日本語、どこにあるのか。小林秀雄の名言「美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない」を耳元で何回も朗読して差し上げたい。

江藤淳は、阪神大震災の時、中東訪問の約束を優先した皇太子殿下に被災地への慰問を優先すべきだと批判した上で、「何もひざまずく必要はない」と苦言を呈した。しかし、神器に護られて高みに立つ「退位礼正殿の儀」「即位後朝見の儀」を見れば、「国民」との関係は変わらない。段の上から降りたいのはむしろ、皇室の方かもしれない。

前の代替わりの折は反皇室の言説やデモが氾濫したが、とりあえず「人間」になることに成功した今回はさほどの混乱は起きなかった。ただ、悠仁殿下の教室の机に置かれたお手製の「ロンギヌスの槍」やドローンの飛行など、不穏な行動も止まない。親皇室の国民感情は今が頂点を迎えているはずだが、今上陛下の歩みは始まったばかりである。

4日の一般参賀は華やかだったとして、ああ女性ばかり、と嘆息したのは私だけではないだろう。翌日、上皇がゆかりのテニスクラブを訪れる姿が報じられ、プライパシーの侵害という見当違いの評も出たが、ご夫妻のあの晴れ晴れとした表情を見れば「ハッピーリタイアメント」宣言するためのリークとしか思えない。雅子妃殿下のご体調に合わせて「働き方改革」を迫られる皇室。上皇后美智子さまお声がかりの「お食事会」もなくなるそうで、紀子妃殿下のご動静も気になる。上皇、皇嗣という新たなお立場が並立し、「令和」は乱世の予感がいよいよ高まってきた。

「北條五代祭り」の神輿

10連休前半は天気が悪く結果的に代替わりを注視してしまったが、ようやく晴れて出かけた小田原と府中はどちらもお祭りだった。「北條五代祭り」では街中に何十台も御神輿が出ていて、ご祝儀を出した店の入口の前で神輿を突っ込む仕草を何度も繰り返す。「なまはげ」と似たようなお祓いの儀式に見えて興味深かった。大國魂神社の「くらやみ祭」の人出はすさまじく、太鼓の大きな音が夜の街に響く。鮎の塩焼きや植物の苗を売る屋台が出ているのが物珍しかった。日本も悪くないと、つい浮かれてしまう。

酔っ払ってTVを見ていたら、50歳を目前にして白髪が増えた羽生善治が「勝っても負けてもすぐ忘れる。でも、忘れる力は加齢とともに増しますから大丈夫です」と笑っていた。ETV特集「九段 羽生善治~“AI世代”との激闘の軌跡~」は、棋士を越えた実力を備えた人工知能で研究を進める若手棋士との闘いを追うドキュメンタリー。5年前、羽生は20代のトップ豊島将之と王座戦で対決し、タイトルを守った対局の後、「おもしろくない将棋」とコメントした。

勝ち負けでなく、価値判断の基準は面白いかどうか……。どうしてもタイトルが獲れなかった豊島はAIにのめり込んだ自分を見直し、本来の奔放さを取り戻して、別人のような力強い将棋に変わる。今、悲願のタイトルを2つ獲得した後、名人戦でも3連勝中だ。これもいい具合に時代がついたかつての「チャイルドブランド」羽生の一言に、とことん悔しい想いをしたからだろう。

平成に入り「我ハ先帝ノ遺臣ニシテ新朝ノ逸民」という異様な発言をしている江藤淳に『成熟と喪失』という名著がある。「成熟」といえばつい思い出す本。江藤さんが死んで20年経ってもこちらは未熟なまま、という実感は変わらない。でも、いつの間にか「時代がつく」ことならば、あり得る気がしてきた。

「くらやみ祭り」の夜の府中駅前

風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。