妄想映画日記 その90

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」その90です。一向によくならないメニエルとともに無理やり仕事をしたり無理やり休んだりの4月後半の日記です。取材のため岡山へ日帰りで行ったり、新作映画『レゴムービー2』(マイク・ミッチェル監督)『魂のゆくえ』(ポール・シュレイダー監督)や浜離宮でのイノヤマランドのライブなどを鑑賞したりの日々を。

文・写真=樋口泰人

4月16日(火)

まったく記憶なし。アナログばかの時に仕入れたテラヘルツ水づくりの機材でブクブクやっている動画だけが残っている。

4月17日(水)

『レゴムービー2』を観た。さすがにレゴなので『スパイダーバース』を観たときほどの「もうこれでいいんじゃないか」というような奇妙な高揚感は感じなかったが、十分堪能した。アメリカ国内での知名度はよくわからないのだが誰もが知る存在ではないはずのエリオット・スミスまでセリフの中に出すような人たちが作っているつまりメジャー作品とはあまり縁のない人たちがこういったメジャー作品を作っていることも十分に伝わってきてその捻れたうねりが映画全体を覆い心地よいサーフィン映画を観たような気分になった爆音でやりたい。気が付くとみんなトリップしているはず。『スパイダーバース』よりそのノリはわかりにくいかもしれないがきっとあとからなにかがやってくる。

4月18日(木)

打合せのため無理やり事務所に行く途中世界は十分に春になっていた。

打合せはboidの新刊についてだったのだが出来上がると相当面白いものになるはずだがそこまでどうやって持っていくか毎度のことながらそこまでが果てしなく遠い。しかしまずは1歩踏み出すしかない。形になりさえすれば売り上げは見えているのでその分気持ちは楽だ。しかし30年前ならこういった書籍は少なくとも1万部単位で売れていたはずだからそのころおいしい思いをしたひとたちすべてを皆殺しにしたい気分でもある。下の世代から見たら私もそのうちのひとりということになるかもしれないのだがそのころはただの高円寺のレンタルレコード屋のお兄さんでしかなかった。金などどこにもなかった。

そういえばきっかけは読みたかった本がすでに絶版でどこを探しても見つからず高い値段で古書を買うしかない状況のためもしかしてと思いkindleを探したら見事にあった。しかもすでにパブリックドメインになっていて無料。それで初めてkindleというものを試してみたのだがこれが見事にわたしの体質にあっていてこれまで全然本が読めなかったのが嘘のようにするすると読めるというのは大げさだがいつどこでもアイホンで読めるというのは気持ちが良くていつどこででも読んでしまう。アイホンの画面だと小さくて読みにくいのではないかと思う方もいるかもしれないが逆にその小ささがわたしにはフィットして1行に収まる文字数が少ないので行替わりの時に行を間違えないし画面内の文字数も少ないからまるでツイッターを読み飛ばすように読めて次に移り前のページも次のページも視界から外れてしまっているところも潔くて良い。そしてアイホンなら軽いので片手で読めるし仰向けに寝転びながらも読める。SNSを眺める回数が減った。

4月19日(金)

岡山へ。GW明けの倉敷での爆音のための取材を受けた。初めての岡山である。駅前に太い通りがずどんと走っている開けた感じは甲府駅前にもよく似ていた。そのせいかあまり見知らぬ場所に来た気はしないがもちろん新鮮な何かを見ることもなかった。日帰りでの合計7時間の新幹線はさすがにメニエルにはよくない。夜の東京駅はやたらと混みあっていてさらに疲れが増した。

4月20日(土)

夕方まで寝込む。そして浜離宮へ。レッドブルが浜離宮を使って行う音楽イヴェントにイノヤマランドが出演するのである。妻がヒカシュー時代からの付き合いでマネージメントをやっていてこの日も開場前に久々に井上さん山下さんにも会ってよもやま話をした後会場に向かったのだがこの時期の夜をなめていた。そういえば一昨年の『PARKS パークス』公開の際に5月2日に井の頭公園で劇団ロロのイヴェントをやってその時も昼は半そでで十分なくらい暖かかったのに日が陰りだすととたんに冷えてきてガタガタ震えながら見ていたのだがこの日の浜離宮もわたしなりに用心はしてきたつもりがそんなことでは全然足りなかった。昨夜のリハーサルの時は半そででも大丈夫だったと妻は言うのだが確かに岡山から東京に着いたときは人ごみのせいもあってむっとしていた。ライヴは浜離宮内の3か所に作られたステージにて。すべてテクノ系のバンドなので音が変にまじりあうこともなく遠くから聞こえてきたとしてもそれもまた環境音として体に入ってくる感じはまさにここでしか聞けない何かを作り出していた。しかしイノヤマランドの音は他のバンドの音と確実に何かが違い雑に言えば機材が違うということになるのか中音域の温かい音が冷え切った空気をじわじわと温めていった。このところ海外でのアルバム再発が続いているのもやはりこんな音を作り出せる人たちは世界にもそう何人もいないということなのか。そういえば更なる企画もあれこれ進んでいるようでしかも様々な音源がしっかり記録されているのがすごいと話したらいやわれわれは記録することが演奏だからという答えレコーダーのスイッチを押したところから演奏が始まる演奏とはレコーダーのスイッチを押すことである。平気な顔をしてそんなことを語り始める。

4月21日(日)

一気に8時間以上寝たのは10年ぶりか20年ぶりか。目が覚めると昼はとっくに過ぎていてとにかく選挙に行った。48名とかの区議会議員枠に80名近くの立候補があり国会にも議席を持つ政党や聞いたこともない政党や無所属や同じ無所属でもどうしてこんな人がというような人たちやとにかく情報量が多すぎてくらくらしてしまうのだがひとりこういう人は杉並区でしか立候補しないだろうなというような感触のポスターがあった。もちろんその人に投票したわけではない。

4月22日(月)

新千歳国際アニメーション映画祭のスタッフの小野さんがやってきて打合せをしたのだが今回は新千歳ではなくその1か月前に行われる10月の札幌での爆音映画祭。初めての場所での初めての試みなので準備が大変である。公共の施設で映画の上映がきちんとできる施設は案外少なくてどこも基本的にブルーレイなら上映できますくらい。スクリーンはどうするかDCPはどうするか5.1チャンネル用のサラウンドスピーカーはどうするかなどさまざまな問題が立ち上がる。予算はふんだんにあるわけではない。今回もそれらの問題を解決していかなければならないのだがまだ時間はある。

夜は8月に予定しているワンメコンフェスの打ち合わせ。タイからミュージシャンを招聘しタイやカンボジアの映画を上映することになるのだがもちろん普通にやったら大赤字でそれをどうやって切り抜けていくかどのようにやるのがいいかそろそろひとつひとつ確定していかないとこちらは時間がない。

4月23日(火)

完全休養日。とはいえ東京にいては完全には休めない。だがせっかくなので壊れかけのモバイルWi-Fiの機材を取り換えに某ショップに行くとアイホンのキャリアもそろえて一緒に契約し直せば1か月の通信代金がだいぶ安くなると言われ確かにそうなのでアイホンも新しくして契約もかわすのだが相変わらず時間がかかり映画を観るところまではいかない。本日から妻がグルジア12日間なので夜は猫たちの夕食をあげねばわが家の猫たちは過保護なのでちょっとしたことでご機嫌を悪くする。

4月24日(水)

本日も完全休養日だったのだが各所から連絡があれこれやってきて休めない。休みのつもりだったからイライラが募るばかりでこれなら最初から働くことにしておけばよかったとさらにぐったりする。ぐったりしながら読んだブレッソンの『彼自身によるロベール・ブレッソン』でその中の「どういう経緯で映画をはじめられたのでしょう?」という質問に対しブレッソンはまず「映画のなかで動くものすべてが、私を強く魅了しました。なかでもやはり木の葉ですね」と答えているのだがもちろんそれだけだとそうなのかと思うしかないのだが、三宅の『ワールドツアー』と『ワイルドツアー』の両方を観ている人ならここは思わずニヤリとするに違いない。このふたつの映画では人はふつうこんなところから木の葉を見ないという思わぬアングルからの木の葉のショットがあって同じショットの使いまわしなのだがそれは当然監督が知り合いたちにそれぞれの映像日記を依頼した『ワールドツアー』の性格上監督の意図によるものではないのであるがおそらくこれを観た監督がブレッソンのように反応したのだろうそうでないと直接は関係ない『ワイルドツアー』にも同じショットを使うはずはない。撮影者はわたしも知り合いではあるが今後もこんな思わぬショットで三宅を刺激し続けていってほしいと思うばかり。そういえばこのインタビュー集の翻訳をした角井くんからこの本を受け取ったのは『ワイルドツアー』のトークの後のことだったのだが角井くんは三宅にこの木の葉のことをすでに伝えているのだろうか。

4月25日(木)

いくつかの打ち合わせを事務所にて。半年後や1年後の話はあやふやではあるが確実にboidの今後を示すものでもありその意味で元気が出る。猫たちは不信そうに見たり関係ないふりをしている。

4月26日(金)

本日も完全休養の予定だったので起きたのは昼過ぎだが結構な寒さでひたすら寝ているしかないとは思いつつやはりそうも言ってられずさすがに今回は学習して休むのを早々に諦めぐったりしながらもあれこれ仕事をした。咳が出始めている。

4月27日(土)

昼の12時30分という時間が普通の人にとってどういう時間かはわからないのだが今のわたしにとって12時30分に来てくださいと言われると異様なプレッシャーでいやまあたかだか髪を切りに行くだけなので今日がその時間しか空いていないならほかの日にすればいいのだがたぶん延ばしたら延ばしたで結局タイミングが合わずさらに面倒なことになる。とにかく何とか10分遅れくらいで行きつけの美容院にたどり着きその後はそのままポール・シュレイダーの『魂のゆくえ』に行ったのだが高円寺駅からは街をあげてのお祭りの様子が見えてメニエルと寒さと低気圧で頭がくらくら頭痛も始まっているわたしにはなんだか遠い世界のことに思えた。

『魂のゆくえ』は原題が「First Reformed」で字幕では「第一改革派」と訳されていてつまり教会と牧師の話でしかも画面はスタンダードサイズだからとにかく冒頭から魂どころか頭そのものがゆくえ不明になってしまう。字幕が追えないのはメニエルのせいで左右の目の焦点が合わないためでもあるのだがそれ以上に牧師が抱えている歴史と世界観と神との関係が完全に想像を超えていてキリストの血の歴史を今からたどり直すにはもう遅すぎるのかもしれない。とはいえこうなると『最後の誘惑』やら『救命士』やらを観なおさねばという気にもなり特に『救命士』は抱えている問題が限りなく近いのではないか監督のメッセージによると50年がかりの脚本らしいのでそこで抱えていたものが『救命士』の中でふと顔を出したはずではないかそして確か『救命士』は本来なら最初の爆音作品となるはずだった映画であの時はすでに上映用のフィルムが無かったのだった。中原が『魂のゆくえ』を爆音で上映したいと言っていたのが巡り巡って『救命士』にたどり着くみたいなところから新たな爆音上映が始まってくれたらいいのだが。映画の途中で頭痛がひどくなり終了後はレコードを何枚か買ってすぐに帰宅猫たちに夕飯をあげてひっくり返った。風邪もひいたらしい。400円くらいで買ったフィフス・ディメンションの持っていなかったアルバム『INDIVIDUALLY & COLLECTIVELY』の歌声にウルウルした。

4月28日(日)

結局16時くらいまで寝たり起きたりで風邪薬を飲んでも頭が痛い。とはいえこうグダグダするばかりでもというわけで掃除と洗濯をしたがだからと言って気分が良くなるわけではない。その後は大久保の延辺料理の店に行って友人たちと食事をして食べすぎた。

4月29日(月)

やはり寝たり起きたりの繰り返しで昨日の続きの掃除をしようと思っていたができず猫たちの世話をしているとすでにあたりは薄暗くなっている。こんな体調不安が増幅するばかりのGWはかつてなかったと思いつつもとはいえ解決策はなしぐったりするばかりであるがたぶんもう普通には仕事をしたくないのであろう。そしていつものように夜になると少し調子が戻りいつものようにアマゾンプライムミュージックを駆使して最近のアメリカの音楽を聴いた。案外悪くはないが脇に出てくるこの音楽を聴いている人はこんな音楽も聞いていますというのをたどっていくと本当に似通った音楽が次々に聞こえてくるのでそれはそれでぐったりする。そして全貌はまったく見えなくなる。

4月30日(火)

夕方までぐったりしていた。夜は本来なら相対性理論のライヴだったはずをキャンセル耳を休ませ新文芸坐に行って『ブレードランナー2049』の調整を。映画音楽とも映画の中の音響ともどちらとも言えない微妙な音をさらにさまざまなフィルター処理でその輪郭を崩し単なる響きや痺れ振動に近いものとして空間を作り上げるこの映画の音響にはもはや正解はない。もちろん作者の論理はあるのだろうが上映場所の響きがさらにそれを覆うわけだからその導きに従うことで物語も見えてくるつまり雨の池袋の寒い4月のおわりの音が2049年のラスヴェガスや西海岸と混ざり合う。平静が終わる2分前に調整も終わった。ブルース・ビックフォードと遠藤ミチロウの死を知った。

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
5/9(木)〜12(日)に初開催となる「爆音映画祭 in MOVIX倉敷」、5/30(木)、31(金)は「爆音映画祭 in 京都2019」にて『サスペリア』新旧2作品の爆音上映とヘア・スタイリスティックスによる無声映画ライブ を。次回の「アナログばか一代」は5/16(木)に樋口のお誕生日会スペシャル!そして再びお台場にて6/4(火)〜9(日)に「爆音映画祭 in ユナイテッド・シネマアクアシティお台場」を開催。