特別寄稿:「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」

『トロン』や『ブレードランナー』のデザインを手がけたシド・ミードの大回顧展「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」(4/27-5/19、アーツ千代田 3331 / 1Fメインギャラリーにて開催)について、映画評論家・クリエイティブディレクターの清水節さんによる特別寄稿です。5/1(水)には新文芸坐にて『ブレードランナー2049』“特別音響”上映 & 関連ドキュメント映像上映+ スペシャル・トークイベントも開催。

TOKYO 2040 © Syd Mead, Inc.

『ブレードランナー』という十字架

文=清水節

34年ぶりに「シド・ミード展」が日本で開催される。つまり平成の30年間とは、シド・ミードが顧みられなかった時代ということになる。テクノロジーに全幅の信頼を寄せ、オプティミスティックな未来観を抱かせるクルマや家電を始め、数々の製品・作品を発表し続けてきた天才デザイナー、シド・ミード。バブル期には日本企業からも引く手あまたとなり、魔法瓶からディスコやテーマパークまで手掛けたものは多岐にわたる。巨匠へと上り詰める過程で節目となったのは、ハリウッドに招かれて描いた映画美術だった。リドリー・スコット監督が、1982年に「2019年」を描いたSFノワール『ブレードランナー』だ。

スコットは、それまでのメトロポリス的な欧米文明の進化形を否定した。アジア圏の文化に侵食され、朽ち果てた建物が残されたまま新しいものが付加された、暗鬱としたカオスを思い描いたのだ。汚染されたLAの空に飛び交うクルマなどを描く才能として、ミードに白羽の矢を立てる。スコットは、ミード本来のファンタスティックな特質を抑制させようと考えた。そしてミードは、クライアントの意向に沿いながら人と製品との関係性を表す情景をも描いてきた手業で、スコットのビジョンに説得力を与えるべく、都市や建物、インテリアや小道具に至るまで世界観そのものを描き切り、そのほとんどが採用された。

早すぎた傑作『ブレードランナー』はすぐには受け入れられず、革新性が伝播するには時間を要した。やがて、拡がり始めていた終末観は決定的なビジョンを得て、1960年代までに夢想された希望に満ちた未来イメージは潰えてしまう。その後のSF映画やアニメーションに映し出されてきた未来像は、シド・ミードが描いた光景のエピゴーネンと言っても差し支えない。そして到来した21世紀。それは、いつか観たカオスに近いものとしか言いようがない。『ブレードランナー』の未来は現実を予見してしまったのだ。

Downtown City Scape 『ブレードランナー』

© Syd Mead, Inc. © 1982 The Blade Runner Partnership. All Rights Reserved.

シド・ミードは芸術家ではない。あくまでもデザイナーである。自身の未来観とは相容れないものであっても、プロフェッショナルに徹して悲観的な未来像にリアリティを与えただけだ。とはいえミードの原風景は、幼少期に父から読み聞かせられた『フラッシュ・ゴードン』や『バック・ロジャース』といった大らかな世界だった。1950年代のSF映画ブーム『月世界征服』『地球最後の日』『宇宙戦争』の美術を牽引し、宇宙へのロマンを育んだチェスリー・ボーンステルのイラストには、思春期に強く影響を受けていた。今なお“絶望的な未来”を代表作とされることへのミードの複雑な胸中は、察するに余りある。

その後シド・ミードは、『トロン』でコンピュータゲームの内部を具現化し、『2010年』では真空宇宙で流線形の必然性はないという理論に基づき宇宙船を創造。『ショート・サーキット』で人間味あふれるロボットを生み出し、『エイリアン2』では機能的な宇宙戦艦を描いた。足掛け6年の歳月を費やした『YAMATO 2520』も、20周年リファイン企画『∀ガンダム』も、まさにテクノロジーの可能性を信じ実際に動くことを想定したミード的な意匠である。もしやミードは、『ブレードランナー』という十字架を背負ったがゆえに、それ以降は意識的にディストピアを描く仕事を避けてきたのではあるまいか。たとえ“パストフューチャー”と揶揄されようとも、ミードは努めて、美しく調和の取れた形や未来像を描き続けてきたとさえ感じられるのだ。まるで贖罪のように。

YAMATO BRIDGE FRONT 『YAMATO2520』

© Syd Mead, Inc. © 東北新社/監修 西﨑彰司

TURN A : FRONT 『∀ガンダム』

© Syd Mead, Inc. © 創通・サンライズ

リドリー・スコットは2017年に、続編『ブレードランナー2049』を製作した。さらに退廃が進んだ2049年の創造は、鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴの手に委ねられた。ヴィルヌーヴはミードに、ある建築物のデザインを依頼した。それは都市部から隔絶され、砂が舞って赤く霞む砂漠と化したラスベガスに、ぽつねんと佇む古城のように寂れたホテルだった。朽ち果てた20世紀半ばの夢。ミード自身が担う、楽天的なビジョンのメタファーのようでもあった。

Grand Hotel 『ブレードランナー2049』

© Syd Mead, Inc. © 2017 Alcon Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

ユートピアなど郷愁にすぎないと捉える考え方が、大勢を占めるようだ。『ブレードランナー』以外のミード作品は、ファンタジーと見做すのが主流なのだろう。ますます排他的な感情が高まる混沌とした現実において、完成の域に入った空飛ぶクルマやAI搭載人型ロボットに対し、魅力的な形は一向に施されない。デザインが、夢やロマンを語ることを忘却したからだろう。もはやシド・ミード作品は、せちがらい現実へのアンチテーゼになった。萎縮した夢見る力を甦らせるため、理性とぬくもりに満ちたシド・ミードの幸福なビジョンに向き合いたい。2025年大阪・関西万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに最新テクノロジーの活用による最適化された未来の実現を標榜している。パビリオンのひとつとして<シド・ミード館>を設営することを提案したい。

Sentinel Cover Art

© Syd Mead, Inc.

シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019

シド・ミードの34年ぶりにして今世紀初の大回顧展。4つの企画エリアに分けて150点以上を展示、そのほとんどは原画で構成され、世界初公開となる画稿も多数。

会期:2019年4月27日(土)~5月19日(日)

11:00-20:00(最終入場は閉館の30分前まで)

会期中無休(館内施設は火曜定休)

会場:3331 Arts Chiyoda 1F メインギャラリー https://www.3331.jp/

一般当日2,000円/学生(大学生・専門学校生以下。要学生証提示) 1,000円/小学生以下無料/障害者手帳お持ちの方および付添者1名無料/団体料金あり

https://sydmead.skyfall.me/

清水節

1962年、東京都出身。映画評論家・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経てフリーランス。映画雑誌「PREMIERE日本版」「STARLOG日本版」等で編集執筆。映画情報サイト「映画.com」「シネマトゥデイ」、映画雑誌「FLIX」等で執筆中。ニッポン放送他に出演中。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけDVDを企画制作。円谷プロの新プロジェクト「ULTRAMAN ARCHIVES」で企画制作。遺稿集「眞実/成田亨 ある芸術家の希望と絶望」編集執筆。著書に「いつかギラギラする日 角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのドキュメンタリー番組「ノンフィクションW/撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画構成でギャラクシー賞、民放連賞、国際エミー賞受賞。

Syd Mead(シド・ミード)

1ビジュアル・フューチャリスト 1933年7月18日、アメリカ合衆国ミネソタ州生まれ。フォードのカーデザイナーとしてキャリアを出発させるが、1970年に独立。未来志向でリアルなビジョンの数々は、彼を瞬く間に世界的なインダストリアルデザイナーへと押し上げる。その活躍はプロダクトデザインの領域に留まらず、1979年から始めた映画美術の仕事でも優れた成果を上げた。『スタートレック』(79)、『トロン』(82)、『ブレードランナー』(82)、『2010』(84)、『エイリアン2』(86)など、いまや誰もが知るSF映画の名作を手がけるレジェンド的存在である。近年も『ブレードランナー2049』(17)への参加が話題を呼ぶ。2016年、アメリカの視覚効果協会が主催するVES賞特別功労賞「ビジョナリー賞」受賞。

http://sydmead.com/