妄想映画日記 その89

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」その89は4月前半の日記です。名古屋の爆音映画祭では『マクロス』シリーズの調整をして終了。東京に戻って黒沢監督の新作『旅のおわり世界のはじまり』や『ダンボ』、そして新文芸坐にて初の試みとなる備え付けの機材で音調整をしての特別音響上映も。

文・写真=樋口泰人

4月1日(月)

目覚めたら新しい元号が発表になっていた。

しかし人はほっといてもいつか死ぬわけだから身近な人の死以外はあまり気にしていないのだが、先月は気になる訃報が相次いだ。森山佳代子、ザ・デストロイヤー、ハル・ブレイン、ディック・デイル、スコット・ウォーカー、内田裕也、ラリー・コーエン、ショーケン、アニエス・ヴァルダ。昭和の時代にわたしが影響を受けた人たちである。平成の終わりにあたっていよいよ昭和が終わっていく、そんなことも言いたくなるがそれもまたロマンティックな言い草だろう。Wikipediaを見てみたら、ウィキに載るくらいな有名人でさえ3月1か月間で山ほど死んでいる。

夜はせっかく名古屋に来たのだからと某所でひつまぶしを食う。名古屋のうなぎはうまい。というかうなぎはやはり関西風だと改めて思う。蒸したやつはどうもぬるくて、嫌いなわけではないが、しっかり焼いたやつの方が懐かしい味がして故郷に戻った気がする。しかしそうなると、どうしてこのカリカリバリバリに出汁をかけなければならないのかという疑問が沸き上がる。まあ、そういう人間は単にうな丼とかうな重を食えばいいだけの話である。深夜の調整は『マクロス』シリーズ5本。マクロス爆音映画祭は東京、大阪に続いて3回目の開催なので35年ほどにわたるシリーズの、それぞれの作品の音の違いについても大体把握して楽しみながらの調整となった。

4月2日(火)

14時過ぎに遅い朝食を食べつつ、大阪からやってきた関西支社長と今年のboidのスケジュール確認など。ぼんやりした企画がいくつもあって、それらを具体化していくにはどうするかもちろんひたすら手足を動かすしかないのだがこちらも体力が思い切り衰えている。夕飯の時間に遅い昼飯を食いに出たがせっかくだから名古屋らしいところでと思うとそういう考えの観光客満載でどこもひとが並んでいて例えば時間を外してと思ってもやはり並んでいる。こちらにきて毎日そうだからたぶん一年中そうなのだろう。

深夜の爆音調整最終日は『マクロス』シリーズの最後の2本。最後に大変なことにならないよう最初の方で予定より多めに調整したので助かった。マクロスは1本1本音楽の響きが違うのでそれに合わせて調整している。そのポイントをどこにするかは上映会場や機材によっても違うので毎回それを探るのに時間がかかる。でもそれが決まると独特の歌と戦闘との融合シーンで何か思わぬ変化が起こる。終了後、外に出ると相変わらず寒い。とても4月とは思えない。名古屋駅前はでかいビルがいくつもあって道路もそれなりに広いので風がビュービュー吹き抜ける。地下街が発達するわけである。地上は車の場所であって人の歩く場所ではない。スケール感はまったく比較にならないけどヒューストンとかもこんな感じでほとんど人は歩いていなかった。

4月3日(水)

東京に戻ると何やら空気が生ぬるい。名古屋の寒さに比べたらまったくどうでもいい寒さである。まあでもそれにもすぐになれる。近寄ってきた黒猫がますますでかくなっている。

注文しておいたマーティン・レヴの2017年リリースのアルバムが届いていた。針を落とすといきなり入力大オーバーの音が鳴り響く。CDだとこういう音かと思うのだろうが、レコードの場合はプレスミスなのかカートリッジが壊れたのかアンプの調子が悪いのかとさまざまな思いが渦巻く。2曲目はそんなことはなかったので単にこのボリュームで録音したのだろう。相変わらず恐ろしい人だ。パーカッションのでかすぎる響きや曲の突然の物切れ不意に現れるスウィートなメロディ孤立した音の頼りなさげな存在感など、本人の中に何か論理的な道筋がないと絶対にこれは作れない。その意味でスコット・ウォーカー亡き後はこの人しかいないと不意に思う。40年代50年代のラヴソングからの遥かな木霊がどこかに聞こえ続けるところもよく似ている。

4月4日(木)

よれよれだったが黒沢さんの新作『旅のおわり世界のはじまり』。海外旅番組のテレビロケ隊の物語だが、レポーターの前田敦子が置き去りにされるところから始まる。この置き去り感が最後までずっと前田敦子に付きまとう。何だろうか。世界の中でたったひとりという感覚。誰も助けてはくれない。途中、街中を駆け回る猫や野に放たれたヤギのエピソードがあるのだが、いきなり見知らぬ世界の中に放り出された猫やヤギのような身体感覚を前田敦子が発しているのだ。これはもうたまらない。物語に準じていえば染谷くんが演じる番組のプロデューサーは人にあらず、というふうに見えるのだが、冒頭からこれは黒沢さんが人にあらずだとしか思えず震撼するばかり。フィクションともドキュメンタリーとも言えないただそこにある現実を目の前で見せられているような困惑と痛みがそこにあった。香港から呼び出され言葉もまったくわからないパリにひとりやってきた『イルマヴェップ』のマギー・チャンの孤独を思い出す。あの時マギーは最終的には黒のボディスーツを着て身を守ることになるのだが、前田敦子は最後まで素のままである。必要なことは驚くような素早さと決断で一歩足を踏み出していくくせに誰かが声をかけるといきなり心を閉ざすというか口をつぐむ他者を信頼しないあるいは他者とのかかわり方を知らない野性の肌触り。この強くて弱い皮膚感覚がマギー・チャンのボディスーツに代わるものということなのだろうか。とにかく世界の中に放り出された家猫のような前田敦子のたったひとりぶりに最初から最後までハラハラし続けた。『さらば、愛の言葉よ』の中で濁流を流されていく犬をずっと見続けているような映画であった。その意味で、黒沢さんが映画を撮り続けている限りいつか亡くなる日も来るはずのゴダールの死後の世界でもわれわれはまだまだ映画を楽しむことができるのだと思った。

しかしそれにしてもかなりとんでもない音の処理をしていたように思う。これに関しては再度観てみないと。

『旅のおわり世界のはじまり』

2019年 / 日本・ウズベキスタン・カタール / 120分 / 配給:東京テアトル / 監督・脚本:黒沢 清 / 出演:前田敦子、加瀬 亮、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボフ

6月14日(金)全国ロードショー

4月5日(金)

昼は事務所仕事。夜は新文芸坐に行って『ストップ・メイキング・センス』と『モーターヘッド/クリーン・ユア・クロック』の音の調整。映画館備え付けの音響機器だけを使って音量を上げ音の調整をしてどこまでやれるかという実験であった。年明けのアテネの新年会で上映した安井くんの『ロックスオフ』をそのパターンでやってかなりいい感じまでやれたのでこれはもしかしたらもう特別な機材はいらないのではただ映画に合わせてうまく調整すればかなりの音が出せるのではという半ば確信のようなものを得ていてそのうえでの実験であった。そしてその確信はさらに深まった。もちろんできないこともある。ここは通常の爆音ならこうするのだが、という部分もあってもちろんそれはそれ。ここまではやれる、という基準値のようなものは確かめられてそれが限りなく爆音に近いところまできたことに我ながら驚いた。これからいろんなことができる。そしてこうなると逆にどんなプログラムを組むかどのように伝えるかバウスの最初の頃の立ち位置に戻ってきた手ごたえも同時に得た。

4月6日(土)

具合悪く夕方まで寝ていた。ようやく起きてユーロスペース『ワイルドツアー』のトーク。1年ぶりの鑑賞だったが1年前はスルーしてしまった主人公の言葉に驚いた。映画の中で3人の出演者にインタビューをするシーンがあって、その中で「今一番欲しいものは?」という質問に答えてそのなかのひとりが「楽しい時間」と言う。まさにそれこそ『ワイルドツアー』であると、一瞬にして視界が広がった。それは終わらない。終わりはない。今ここでわたしが生きている、その何でもない人生の時間を「楽しい時間」と言えるかどうか、そしてそういった時に初めて始まる時間の広がりは少年少女たちだけのものではない。おっさんやおばさんの前にも限りなく広がっているのだ。この映画の中に『ワールドツアー』の映像やもしかすると「無言日記」の映像も入り込んでいるのはそういうことだ。すでに終わってしまったことへの郷愁はまったくない。それは終わらない、制限もない、あなたの楽しみはわたしの楽しみでもある。ここに映った人たちや映らなかった人たちの限りない楽しい時間がわたしの中にも入り込んできて足取りが軽くなった。もちろんだからと言ってメニエルが治るわけではない。

『ワイルドツアー』

2018年 / 日本 / 67分 / 監督・脚本・撮影・編集:三宅唱 / 出演:伊藤帆乃花、安光隆太郎、栗林大輔、伊藤己織

3月30日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー!

4月7日(日)

ぐったりしていた。あんまりだったので夕方大久保に行ってビリヤニとクスクスを食った。帰りに寄ったスーパーの品ぞろえに目くるめいた。

4月8日(月)

記憶なし。原稿を書いていたと思う。

4月9日(火)

某書籍の打ち合わせをした後深川不動尊に行って方位除けのお札をもらいお祓いをしてもらう。土居くんの指示によるのだが、今年のわたしは自爆の気配満載とのこと。言われてみると思い当たることが山ほどあるのでこれは従ったほうがいいとは思っていたのだがすっかり忘れていたところに友人から「行く」との知らせありそれならばと乗っかったわけである。初めてのことだからいろいろ驚いたのだがさすがに海外からの観光客の方たちも大勢見えていて、この法螺と和太鼓の盛大な音響はきっとウェス・アンダーソンもお祓いを受けたに違いない次回『犬ケ島』を爆音でやるときはこの音でと思った。

その後時間があったので『ダンボ』。たぶんこれならメニエルでも観られるだろうという選択。たっぷり楽しんだのだが、内容は薄い。短編を引き延ばした感。悪くはないのだが『バットマン リターンズ』ならあれこれいろんな物語が絡み合い唖然とする展開になっていたはずなのにとないものねだりをした。エヴァ・グリーンがそれなりの年齢を感じさせる雰囲気になっていて『ドリーマーズ』からすでに15年以上が過ぎている時間の流れを思い知らされた。

4月10日(水)

雨と寒さでメニエルがひどくなり夕方まで寝ていた。ぼんやりとしたままTBSラジオへ。「アフター6ジャンクション」というライムスター宇多丸氏がパーソナリティをやっている番組で爆音について話すという企画。20分以上の時間はあったのだがあっという間。また今度ということで。

4月11日(木)

池袋で湯浅湾のニューアルバムについての打ち合わせ。ついに始動である。もうあれから10年が経った。年内発売予定。

そして事務所にて税理士との打ち合わせ後吉祥寺で某映画の打ち合わせをして再び池袋新文芸坐という流れ。昨日のような天気ならすべてキャンセルだった。新文芸坐の『ストップ・メイキング・センス』特別音響上映には中原もやってきて、そういえばバウスの頃はいつもこんな感じだったなと妙に懐かしく思い出す。しかし映画館の機材だけでこれだけの音になればもうそれで十分ではないかとさえ思うくらいな音になっていた。キックとベースのタイトな音が身体に響く。たださすがに30分くらいでメニエルの左耳がやばくなり退出。

4月12日(金)

今後のboidと爆音のあり方を決める重大打合せの第1回。と言っても単にわたしがいかにして諸事務や連絡事項から自由になってお気楽ご機嫌じじいとなっていくかそしていかにしてそれでも儲けていくか生活できていくようにするかというまあ何をいまさらということでもあるが、それでも今これをやっておけば近い将来思わぬ面白い展開が見えてきたりするかもしれないと個人的には思っている。

夜は新文芸坐『モーターヘッド/クリーン・ユア・クロック』。演奏が始まる前のざわざわした感じからいよいよ演奏が始まるまでの会場の高揚感が画面から十分に伝わってくるあの感じ。そういえば『ダンボ』のはじまりもこんなざわめきがあったなあと思った。まだまだいろんなお楽しみがある。

4月13日(土)

耳の調子はまだまだ悪いしそれ以上に左目の調子が悪く左右の目で焦点が結べない。ゴダールの3D状態で右目と左目の観ているものが違う。つまりまともには映画が観られないので元気なら『レゴムービー2』を観ようと思っていたのだが諦めて昼寝。そしてせっかくのいい天気&レコードストアデイということもありレコード買いに出るかと家を出たものの吉祥寺に行くか新宿に行くか決めぬまままあでも新宿よりは吉祥寺の方が少しはのんびりしているのではないかと駅の手前で吉祥寺に決める。

ユニオン、HMVともにいつもの休日より混んでいる。年に2回だったかのレコードストアデイだが、やはりこういうイヴェントは大切なのだと実感する。イヴェントがらみのレコードでは、井の頭レンジャーズがクラフトワークの「アウトバーン」のカバーをした7インチとザ・フォールの再発を買う。ザ・フォール、久々に聴いたらやっぱりグッとくる。マーク・E・スミスが亡くなってしまってもう新作を聴くことはできないが、それでもこうやって手に入らないと思っていたアルバムが不意に世に出てこちらの心を耕してくれる。10年前くらいに出た26枚目のアルバム。そういえば吉祥寺ユニオンの店内にいた親子連れ。子供は小学校低学年かと思われたのだが並べられていたレコードを手に取って「セブンインチがどうのこうの」と言い始めた。「ナナインチ」ではなく「セブンインチ」。そして「バズコックスだ」と言いながらまさにバズコックスのアルバムを父親に見せている。まあただそれだけなのだが10年後はどんなことになっているのだろうか。帰宅して妻にそのことを話したら「低学年に見えて実はもう6年生くらいだったのでは?」という見解。妻も6年生の頃にはすでにクイーンとかロキシーとか聞いていたらしい。その点ではわたしより妻の方が確実に早熟だったはずなのだがまだラジオから洋楽があふれるように聞こえてきた当時とは時代が違う。だがとにかくこの子の10年後を祝いつつまだヴィム・ヴェンダースと出会う前のロニー・ブレイクリーのアルバムや『デッドマン』のサントラを手に取っていた。

4月14日(日)

いくつか予定があったのだがすべてキャンセル。ほぼ寝ていた。

4月15日(月)

事務所に行く予定だったが行けず。自宅でぐずついたまま夕方になってしまったので、しかたなくそのままアナログばか一代に。ハル・ブレインの追悼特集なのだが、久々に本気の湯浅さんを観た感じ。フィル・スペクター関係のレコードをかける時の空気の充実感。わかっているはずなのにしかし更にそれを超えたすごい音が出てきてそれにぶちのめされる。何年かぶりに聴いたジャック・ニッチェ「ロンリー・サーファー」のモノのシングル。言葉にならない。さらに、自分が持って行ったのにソニー&シェールのモノの音(かけたのは「I got you babe」だったか)にもあきれた。サイモン&ガーファンクルのモノもすごかった。その他、あれもこれもすごかった。聞こえてくる世界の広がりが圧倒的に違う。世間的に見ればこちらの頭が狂ってるということになるんだろうが、このただ事ではない音の渦や重なりや厚さや混乱や凶暴さややさしさに触れることの喜びを手放すなんてありえない。直枝さんからは「みんなでロサンゼルスに行ってアナログばかツアーをやりましょう。僕がバスを運転しますよ」という提案も出た。無茶な話だがそれくらいは十分にやりたくなるしやれるのではないかと思えるような音が、会場には鳴り響いていた。まだまだお楽しみは続く。帰り際、下北沢の駅の上に月が浮かんでいた。

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
映画批評家、boid主宰。5/9(木)〜12(日)に初開催となる「爆音映画祭 in MOVIX倉敷」、5/30(木)、31(金)は「爆音映画祭 in 京都2019」にて『サスペリア』新旧2作品の爆音上映とヘア・スタイリスティックスによる無声映画ライブ を。次回の「アナログばか一代」は5/16(木)に樋口のお誕生日会スペシャル!