Television Freak 第38回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんによるテレビ時評「Television Freak」第38回は、「平成」の終わりにメディアを通して伝えられた様々なニュース――イチロー選手の引退、フィギュアスケート世界選手権、内田裕也さんと萩原健一さんの訃報、新元号の発表について綴られています。さらに、ドラマ『ひよっこ2』と『ラーメン大好き小泉さん 2019年春SP』についても。

ゼロだよ。とにかくゼロに賭けるんだ。

文・写真=風元正

政治学者の三谷太一郎が3月29日付朝日新聞インタヴュー「冷戦後デモクラシー」で、今回の退位について「天皇が自らの意思と判断で退位しうる、自由と責任を有していることを示した点でしょう。政治家も学者も、まったく予測もしなかった」と述べている。「日本国憲法が当面した最大の問題」という認識には大賛成。新天皇が即位されれば、200年ぶりに「上皇」が出現するわけで、近現代史の中でもまったく未知の段階に入った。

公文書以外、日常生活で「平成」を使う機会はほぼなかった。1961年生まれなので西暦ならばすぐ換算できるが、元号だといつだかわからない。しかし、時間のまとまりとして、明治・大正・昭和・平成の4代は性格がはっきりしており、大雑把な把握をする場合には西暦より便利である。

日本は二重の暦を持つ珍しい国。その根拠が天皇の身体にあることにより、国柄はアニミズム的な性格を帯びている。しかし、天皇もまた近代的な自由意志を持たれていたことが「お言葉」からの経緯で判明した上、肝心の皇統の少子高齢化は解決できず、宮家の女子たちの反乱も収まりそうにない。乱世の予感がぷんぷんするとして、面白そうだから生きていてよかった。後白河法皇の再来とか。

東京のパワースポット・大宮八幡宮

イチローの引退に大騒ぎだ。しかし、2011年に年間200本安打が途切れてからは30本塁打100打点が要求される大リーグの外野手とは呼べないプレイに終始した選手が辞めるのは当たり前。スター集団で「お山の大将」扱いされなかったヤンキースでの態度は痛々しかったし、同タイプのナルシー型スポーツ選手としては羽生結弦の方に断然興味がある。イチローの最後の試合と同じ3月23日の世界フィギュアスケート選手権フリーの鬼気迫る演技には度肝を抜かれた。長く細い手足は先の先まで集中力を保ち、難度が高いステップでもあくまで優雅に。助走のスピードは落とさずジャンプに入るが、満身創痍なのでハラハラする。そして、決まった瞬間の軽いガッツポーズ。この日は演技終了後の全能感がハンパなく、ゾクソクしてしまった。そして、リンクに投げ込まれた異様な数の大きなプーサンのぬいぐるみの黄色……。お片付けの少女たちもてんてこ舞いで、普通の選手ならば潰れてしまうところ、ネイサン・チェンは涼しい顔で超絶演技を見せ、3種類4本の4回転ジャンプを成功させて圧勝。フィギュア史屈指の名勝負だった。

ちなみに、チェンの拠点はイエール大学とのことで、贅沢すぎる別世界の選手。もっとも、私など比較にならないフィギュア狂の家人に言わせれば、「羽生くんは近寄りがたくなっている」そうで、愛らしい宇野昌磨くんを贔屓にしている。仰る通りだが、深い自己愛でしか表現できない境地もある。『Mr.サンデー』をぼんやり見ていたら、イチローはマリナーズの会長特別補佐になり、ただチームに帯同するだけでベンチに入れなかった去年こそ価値があった、と語っていたが、どうなんでしょう。どうしても、日本を代表する「旅人」中田英寿に似たポエム感満載の言動としか思えない。野球にスピード感と知的な自意識を持ち込んだ功績は認めるとして、私は夜空に高々と舞い上がる本塁打や160kmの速球に口をあんぐりしたい。

『ひよっこ2』は、天下の美少女だと知れ渡った松本穂香が演じる丸眼鏡の「青天目澄子」が復活し東北弁が聞けたので、もう満足。岡田惠和の世界観と出演した俳優陣は安定している。しかし、物語上の1970年はまさに「昭和」の安定が終わる年であり、みね子(有村架純)と秀俊(磯村勇斗)の開こうとしている洋食屋はコンセプトが古く成功するかどうか危うい。この後の「すずふり亭」や奥茨城の谷田部家の農業もオイルショック後の激動に晒されれば、のどかな心の故郷であり続けるのは難儀だろう。戦災孤児の面倒なコック井川元治(やついいちろう)の人生はどうなるか不安だし、三男(泉澤祐希)が婿入りした安部米店はコンビニにでも商売変えしていなければまず保たない。岡田はノスタルジーのみで語れるギリギリの時期を選び、破綻を避けた。とはいえ、バブルとともに勃興したフレンチやイタ飯の隆盛期を経て、イタリア人がナポリタンに感動する時代である。巡り巡って「すずふり亭」はしぶとい。

同じ宮本信子がボスなので、どちらも盤石のような気がしていたけれど、『あまちゃん』ファミリーの方はタイヘンだ。ピエール瀧の逮捕で再放送ができなかったし、のんや小泉今日子というメインキャストも表舞台から消え、なにより宮藤官九郎は『いだてん』で苦しんでいる。当方、まだ真面目に見る動機を持てないままで、ドラマの全貌を掴めていない。ただ、部分的な印象でも、クーベルタン男爵の理想が商業主義による肥大化で限界を迎えている今日、サブカル的な面白がりで既成概念を揺るがすポストモダンの申し子クドカンの練達の技をもってしても、2020年東京オリンピックに新たな価値観を付与するのはできない相談、という身も蓋もない結論に達する。

オープニングだけで『まんぷく』になってしまう朝ドラがやっと終わった。しかし、あのドラマの視聴率が盤石だったことこそ日本の「岩盤規制」だろう。毎日見ていれば慣れるらしいが、目が据わった安藤サクラと「武士の娘」松坂慶子がグズグスしているだけの世界に最後まで馴染めず、毎朝愛らしい「なっちゃん」に会えることになって嬉しい。でも、安藤百福の狂気に取り憑かれた長谷川博己が明智光秀役を演じる来年の大河ドラマは成功するだろう。

新国立競技場

さて、新元号発表という直前、ユーヤとショーケンが相次いで亡くなった。内田裕也(『水のないプール』が忘れられない)については、崔洋一が撮影した『ザ・ノンフィクション』が見事に生前葬のような働きをしたし、死後みんな知り合い自慢しているのが何ともいえない印象だけれども、萩原健一には誰も近寄れない。私は『傷だらけの天使』直撃世代。あまりに影響を受けすぎて恥ずかしく、かえって遠くに追いやった時期が長かった。しかし、『傷天』をまた見直して、天才としか呼びようのない俳優だとはっきり確認した。含羞、誇り、孤独、傷、勇気、卑しさ、男気、女性性……愛嬌のある淋しげな顔に、男のあらゆる感情が浮かぶ。第1話、第2話、そして大好きな第3話「ヌードダンサーに愛の炎を」を見てキリがないから止めた。監督は深作欣二。岸田今日子も、岸田森ももういない。小林秀雄の「そこに行くと死んでしまった人間というものは大したものだ。何故ああはっきりとしっかりとしてくるんだろう。まさに人間の形をしているよ。してみると、生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな」という「名言」を思い出す。

私は、高倉健が『幸福の黄色いハンカチ』において、山田洋治の手によって「転向」を行った生き方に対してずっと納得がゆかなかった。しかし、60歳になるのを目の前にして、あれでよかった、と肯定することに決める。ヤクザ役を止め堅気になった男を演ずる健さんが、田中裕子と2人して画面上で年老いてゆくこと。ショーケンには与えられなかった時間である。さて、私は避けていた『不惑のスクラム』を見るか、映画『傷だらけの天使』を夢見るだけにするか。68歳の死だから、私とたった10歳しか違わないのだ! そして、日本人にイーストウッドのような怪物が現れるかどうかが老後の楽しみ。可能性を否定してはいけない。

エイプリルフール、TVの前で新元号発表の瞬間を待っていたが、逐一報告される動静がだんだんバカバカしくなった。有識者会議など意味あるまい。かなりヤサグレた気分で迎えた「令和」。菅義偉官房長官が最後に文字を掲げた瞬間、NHKでは手話通訳士のワイプ画面がかぶって、額縁が隠れてしまったのが愉快だった。号外に群がる人々などを報じる段になって空騒ぎに心が冷えたけれど、「令和」という元号はいいという感触だけは忘れまい。レイワ。綾波レイ。レイはゼロ。ドストエフスキーの「賭博者」は「ゼロだよ。とにかくゼロに賭けるんだ。」という。

「平成」発表の時は、小渕恵三官房長官に悪意は持たなかったが、本当にがっかりした。「自粛」が続き、深夜番組も放映中止で黒く動かない画面を眺める日々の果て、陛下が崩御された直後に発表されたせいもあるが、「平」という字がどうにも気にくわなかった。平均、平定、平坦、ピンチョン……。「平和」も麻雀の安い上がり役だし、いいイメージを持てない。

唯一、共産主義国家の崩壊を「フラット」化という文脈で受け取り、ヨーロッパ統合に理想を投影する気持ちはあったけれど、30年経ってみれば英国は離脱。オックスフォード大学教授のジェフリー・エバンスは、4月3日付朝日新聞インタヴュー「袋小路のブレグジット」で、出身地である陶器生産で有名なストークオントレントを「世界最大だった陶器産業は衰退しました。大半は失業者で、米国のラストベルト(さびついた工業地帯)のようです」と語っている。ブレグジットとトランプ現象の共通点は多く、「ブレグジットとは、取り残された人々による民主的な階級闘争だったのです」と総括している。労働党が労働者階級に依存しなくなったことが原因というから、日本の労働組合の現状を考えれば他人事ではない。ただ、アメリカでも英国でも、事態を単純化すれば「金の切れ目が縁の切れ目」ということ。古代ローマの昔から人間は変わらない。

中西進が考案者だとすぐバレたり、別案がすべて明らかになったり、平成期の儀典のカジュアル化はすさまじい。『万葉集』か『文選』か、漢字を使う限り結局、東アジア文化圏の豊かさに行き着く。日本人の独創はむしろ、「万葉仮名」の発明による言文一致の成功の方にあるだろう。明治維新以降の秘められた問題は、日本語と西欧言語の言文一致がむずかしい事に終始するはず。でも、「平成」は細木数子の夫が「自称」考案者だったのだし、多少の事は大丈夫でしょう。5月1日の大嘗祭だけがホンモノの儀式だから、古式に則って執り行われることを望みたい。

平成最後に取り上げたいドラマは、『ラーメン大好き小泉さん 2019年春SP』。小泉さん(早見あかり)の食べっぷりは相変わらず素晴らしい。やっぱり、女子高生が並んでラーメンを喰っているのはいい景色だな。おじさんですみません。虚構の中に、実在の店のおいしそうなラーメンや店長が登場するセミドキュメンタリー形式が、現在の映像表現の最前線だと思う。「SOBA HOUSE 金色不如帰」「中華蕎麦にし乃」「福寿」「中華蕎麦 とみ田」「松戸富田麺絆」……いやあ、行きたいが行列できない。それゆえ、山岸一雄の「東池袋大勝軒」とも無縁だった。「平成はラーメンにとって進化と発展の時代でした。この時代に生まれ育ったからこそ、たくさんのおいしいラーメンを食べることができました。そして、平成が終わるこのタイミングで、ラーメン史に偉大な足跡を残した山岸さんの魂が感じられる一杯にまで触れることができました」という、小泉さんの言葉に感動しつつ、代替わりに向かおう。

八王子「みんみん」のバラチャーシューメン

風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。