妄想映画日記 その87

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」今回は3月初旬の日記です。東京ではゴダールの新作、フレデリック・ワイズマンの特集上映を観て首相官邸前デモへ。YCAMでの初の試みとなる「密室爆音」では、メニエルの発作が起きるもなんとか無事に終了。休みながらも不安を抱えたまま札幌へ…。

文=樋口泰人

3月1日(金)

事務作業→ゴダール新作『イメージの本』→うちあわせ→首相官邸前デモ、という流れ。『イメージの本』で大きく驚いたのはふたつ。ひとつは、ひとつのショットの途中で画面のアスペクト比が変わること。例によって過去の映画の引用とモノローグで進んでいくのだが、過去の映像なので画面サイズが引用された映画によって変わるのは当たり前。だが、ひとつの映像の途中で変わるのである。アメリカンビスタだったものが一瞬で16:9のハイビジョンサイズへ。画面にノイズを載せたり色味を変えたりフィルターをかけたりという映っている映像そのものの見栄えを変えることはしても、映像のサイズという形式的なところまで手を加えたことはなかったと思う。その代わり音が左右に飛び交い画面を飛び越えわれわれの意識を映画の形式に触れさせてきた。しかし今回はいきなり画面である。音も過激になってはいるが、しかしこれまでの延長線上ではある。今回は「本」だからだろうか。とはいえ、こうやってひとつの映像のアスペクト比が上映の途中でいきなり変えられてしまうとき、何か超えてはいけない一線を越えた気がしてしまうのはこちらの保守性ゆえなのか。あるいは見るということがあらかじめ持っている強固な強制力ゆえなのか。いずれにしてもこうやって、われわれの持つ固定された「イメージ」の輪郭がゆすぶられていく。

つまり、これまでになく非常に疲れるわけである。エンドクレジットが出たときには、ようやくこれで解放されるとか、80年代以降のゴダール作品では思ったこともないような安堵感を覚える。と思ったら、なんと、その先があった。終わりの先。ここが笑わせるのだが、明らかにこれまでのエンドクレジットの先とは違う印象が残る。手で考えろと、映画の冒頭で言っていなかったか? 手による思考と、ワイズマンの『ニューヨーク公共図書館』でのエルヴィス・コステロの発言(2月後半の日記に引用している)とが重なり合う。未来はアーカイヴの中にあるというような発言も、やはりワイズマンの作業を思わせもする。そしてこのダンスの執拗さ。もはや死後のゴダールがゾンビになって手を動かして編集しているような危うい気配満載。確かにその地点から見れば、未来はアーカイヴの中にあるのだろう。

夜の首相官邸前デモは、沖縄の米軍基地の辺野古移設による海岸埋め立て問題で、県民投票の結果を受けてのもの。東京にいない日が多くなかなかこういったデモに参加できなかったのだが、今回はたまたま時間ができた。デモの中の最弱部隊のひとり、みたいな感じでの参加である。身体は動かないし声も出ない。でもまあ、そんな人間でもとにかく出かけたくなるくらいにはひどい状況であることは間違いない。政策以前の部分でこんなに苛つかせる政権のあり方には、自民党支持者でもさすがに疑問を持つ人が多いと思うのだが。しかしそれにしても参加者が少ない。テレビやネットに溢れる首相の品性を欠いた発言や態度が、ほとんどの国民をぐったりさせて、それぞれの出来事を見事に局地化させている。

3月2日(土)

アテネにてワイズマンの『チチカット・フォーリーズ』と『福祉』、そしてその後土田環、相澤虎之助と3人でのトーク。ワイズマンは初心者に近いわたしの、その日初めてそれらの映画を観た感想をふたりに受け止めてもらい解説を受けよう、あるいは話を転がそうという、ワイズマンになじみのなかった人たちのための企画であった。また、初心者の目を通して観たワイズマンが、ワイズマン作品をたっぷりと浴びている方たちにとってさらに別の視界を開くきっかけとなってもらえたらということでもあった。

わたしにとっては、最新作の『ニューヨーク公共図書館』を2日前に観て、そしてこの日にワイズマン第1作の『チチカット・フォーリーズ』を観るという、ワイズマンの50年間を2日で一気に遡るという試みとなった。処女作と最新作との間にある果てなき豊かさを、今現在のこの場所から観ることは、おそらく順を追って作品を観ていくこととまた全然違う体験をもたらしてくれた。ひとつひとつの映画の細部も見えつつ、ワイズマンの50年、アメリカの50年、世界の50年がひとつのうねりになって目の前で動いている。そんな名付け難い運動体に触れたような気がした。それから『福祉』にはタイプライターの音や、以上にしつこく黒人警備員に絡む白人という、昨日のゴダールのダンスを思わせるネタもあって笑ってしまったのだが、こちらは1975年製作である。しかしアテネでこんな長時間映画を観るのはいったい何年振りだろうか。

3月3日(日)

さすがに疲れていて何もできず。とはいえそれでもねえ、ということで青山からそそのかされていた『ラスト・エンペラー ディレクターズカット版』3時間37分を観た。わたしの場合大概がそうなるのだが、それにもまして初めて観た映画、という印象を受けた。このゆったりとした時間の流れとその果てしない広がりの中に、それでも何かが欠けている、その欠けた何かの片鱗を観た気がした。

3月4日(月)

事務仕事満載。

3月5日(火)

山口へ。通勤時間帯に羽田に向かったので、電車が各所で遅れチェックイン締め切り2分前でギリギリ。荷物を持って階段を駆け上がった。成り行き上浜松町からモノレールに乗ったのだが、久々のモノレールからの視界は、なかなか心躍るものだった。

YCAM到着後、『デトロイト』『アンダー・ザ・シルバーレイク』を。初めての狭い会場、それに合わせた機材ということで、機材自体のレイアウト変更も含めた確認と調整。結果的にセンターの音が足りず、補助のスピーカーを足すことにした。とにかく最初はいろんなことを試しながら確認しながら。しかし『デトロイト』の音の分厚さはすごい。キャスリーン・ビグローの映画はたいていこんな感じになる。サウンドデザイナーが同じなのか? そしてこの音で観るとやはり事態の緊迫感が増す。白人も黒人もともに、他者に対する恐れの中で生きている、その緊張感が作り出す音ということになるだろうか。『アンダー・ザ・シルバーレイク』はまさに適音。最初からこの音で上映したいくらいだ。

3月6日(水)~10日(日)

この間の記憶が朦朧としている。というのも6日の深夜から7日の明け方にかけて持病のメニエルの発作が起きて何度も吐き、7日の午前中にとにかく病院へ連れて行ってもらい点滴、ステロイド剤の投薬を経てギリギリ作業ができた、という状況だったからだ。いつかこんなことも起こるだろうとは思っていたが、実際起きてみるとやはりあまりに綱渡りだったのであきれる。でもYCAMでの出来事で本当に良かった。スケジュールに余裕があったのと、スタッフも多くてわたしを病院に連れて行ってくれたり病院の手配をしたり、その他のケアも当たり前のようにやってくれて、ありがたい限りであった。体調の方も薬のおかげで何とか持ち直し、調整も無事に終了。上映ごとのDJも何となく楽しみながら行うことができた。耳鳴りめまいの症状がまだ軽いうちにいきなり発作が来ることはわたしの場合はこれまでなかったのだけど、体力がなくなっているせいかこらえきれなかったのだろうが、逆に言えば早いうちに来てくれたおかげでその他の症状は大ごとに至らずに済んだ。すべて不幸中の幸い、ということにしておこう。でもまあ、さすがに今後の仕事を考えなければ、といつも言っている気がする。そして今回は思い付き&無理やりでDJをつけてみたのだが、終わってみるとこの映画の前に何をかけるかを考える作業がそのまま映画を考える作業につながっていて、わたしとしては非常に面白かった。入れ替え時間はめちゃくちゃ忙しかったが、また機会あったらやってみたいと思う。でもまあ、DJといっても、わたしの場合は単にレコードかけるだけだからねえ。

爆音は予想以上に面白かった。はずだ。大ホールのような壮大さはないが、めったに観ることができない映画を観ているという共犯関係が生み出すのだろうか、奇妙な親密さが会場内に漂っていた。年に1度というより定期的にこういうことができるようになれば、映画の厚みが徐々に増していくのではないか。いい方法はないだろうか。

3月11日(月)12日(火)

山口にて休養。メニエル発症はまったくの予定外だったが、せっかくだからとこの2日間をもともと休養に充てていた。3月でYCAMを去る友人たちも多いこともあり、いつものメンバーで楽しむ最後の2日間というわけである。病院の薬(主にステロイド)が効いているおかげでなんとなくふらつくものの気分は悪くない。ホテルの温泉に入ったり、4年ぶりくらいに麻雀したり(というか初心者に麻雀の基本を教えた)、萩に行ってうまいものを食ったり。薬が切れたらしばらく大変ということはわかっていたので、せめて効いているうちだけでもと、ゆったりと楽しませていただいた。ホテルの温泉が予想以上にわたしの身体に合っていて、もちろんメニエルで投薬されたステロイド剤の効果もあったのだろうが、指や足にできていたアレルギー性の皮膚炎が全部消えた。1年ぶりに爽やかになった指の感触をニヤニヤしながら楽しんでいる。

3月13日(水)

帰りも飛行機の予定だったがメニエルのため新幹線に変更。しかしまあ、それはそれで疲れる。帰宅しても身体の揺れが治らない。

3月14日(木)

目覚めるとやはり薬切れて、めまい感が増している。耳がぼんやり。札幌大丈夫かと不安になるが、とりあえず残しておいためまい止めと、嘔吐時のための薬を持って札幌へ。飛行機では何事もなく無事到着。札幌行きの列車に乗ると、「人身事故のため発車が遅れる」との放送あり。東京なら30分ほどだが一体どれくらいかかるのかとしばらくそのまま座っていたのだが、「90分から120分」というアナウンスがありみんな慌てて電車を降りる。とはいえ一体何に乗ったらいいのか? タクシーだととんでもない金額になるはずだ。バスが出ているというのでバス停に向かうとすでに3台分くらいの列。これでは90分待って電車に乗ったほうが早いのではないかとも迷っているうちに、増便されたバスがやってきてなんとか無事札幌へ。でもまあ、結局21時近くになってしまったわけだから、事故発生から約2時間30分。90分待って電車が来たとしたら同じようなものだったかも。もちろんこの日は札幌爆音チームが札幌で待ってくれていたのでこれが一番の方法ではあった。札幌到着時はさすがにこれはやばいかというメニエルであったのだが、美味しい魚を出され食しているうちにめまい耳鳴が遠退いていく。結局はストレスということで、たらたらとご機嫌で遊ぶしかないのだった。

3月15日(金)

今回の札幌行きの本来の目的である、爆音会場下見。昨年完成した札幌文化芸術劇場という施設のクリエイティブスタジオというホールで行うのだが、通常は映画の上映はしていない。とりあえずブルーレイを上映できる設備と、ライヴ用の音響設備はある。そんな情報だけ受け取っての視察であったのだが、無理してやってきてよかった。映画を普段上映していないということはどういう事かを改めて知らされた気がした。いろんなことが映画を上映する基本から外れていた。これまで映画を1本も上映したことがないということだから致し方なし。音響面は問題なさそうなので、今後のためにもとにかく上映のための足場作りを。当初の予算は確実にはみ出すが、ここは無理してでもベースを整えないとダメだろう。そのための爆音映画祭になればやった甲斐もある。本番が10月なのでまだ時間はある。

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
『遊星からの物体X』全国ロードショー中。3月29日(金)~4月4日(木)に「爆音映画祭 in 109シネマズ名古屋」開催。